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れいぶる~自宅警備隊~

望月まーゆノベルバ引退

終幕の唄


僕は夢を見たーー

それは凄く永い夢だった。
内容は覚えてないけど、悲しくて楽しくてそして切ない夢だった。

ゆっくりと目を覚ました僕の視界に映ったのは見知らぬ天井だったーー

「あっ、お兄ちゃん起きたのね」

優梨奈の声が聞こえた。

「なあ、エリカはどこだよ?みんなは」

我に返った僕は、慌てて起き上がる。

「お兄ちゃん?」

「優梨奈、エリカは?」

「何も分からないんだね?」

「どう言うことだよ」

「ついて来て」


部屋を出たらそこは病院だったと初めて気付いた。

少し離れた病室に佐倉絵里香と書かれたプレートが付いている。
「エリカ、入院してるのか?怪我か、病気か?いつから」
優梨奈は僕の話を聞いていないのか、無視してノックをして中に入ったーー

「・・・エリカさんよ」
「えっ・・・」

僕は病室に入りエリカを見たーー

エリカは色んな管を付けて酸素マスクをしている。

「エリカ・・・何で?」
「お兄ちゃん毎日ここに来て反応のないエリカさんに話しかけていたのよ」
「は?反応のないってーー」
「エリカさんずっと植物状態でもう何年もこの状況なのよ」
「嘘だよ、だって僕とエリカは・・・」
「目を覚ましてよ!!おかしいよ」
「違う、違うんだ。柊や千夏は?カイトは?」
「お兄ちゃん・・・自分の目で確かめてくればよく分かるよ」
「へっ・・・」

第十二支部のメンバーは全員同じ階の病棟に部屋があった。

柊はベットに体を括り付けられていた。
ノイローゼで自分の体を傷付けてしまうらしい。狂ったように暴れていたーー
そして腕の皮膚は爪の跡が無数にあり血だらけだった。

カイトは精神安定剤やら何やらの薬を投与しているのか何の反応もない空っぽで人形のようだった。目は虚ろで死んだ魚のように光がなかった。

千夏はもうこの世にはいなかったーー自殺したらしい。
自殺未遂を何度も何度も繰り返していて要注意人物だったらしい。看護師が目を離したほんの僅かな隙に自殺してしまったと言う。

これが現実世界なのか?
どうなってる?

再び自分の病室に戻ったーー
何が何だか分からない。

「お兄ちゃん分かった、思い出した?」


「僕は自宅警備隊だよな・・・」

「ーーーー」


「僕は自宅警備員になってみんなの為に働いて、戦ってきたんだ」

「お兄ちゃん、しっかりして自宅警備員なんて職業初めからないのよ」

「僕は現に戦って来たんだよ!お前だって一緒にーー」

「お兄ちゃんいい加減にしてよ!!私もう社会人なんだよ。働いてるの、お兄ちゃんの世話してる時間なんてないんだから」

「何言ってんだ? 世話? はあ?僕は引きこもりをやめて今日まで一人で生きてきたんじゃないか。 お前だって知ってるだろ? ゾンビもクリーチャーも他支部からだってみんなを救ってきたじゃないか?何言ってんだよ」

「ーーお兄ちゃん・・・本当に何も覚えてないの?」

「ーーーー」

「お兄ちゃん、統合失調症って病気なの。お兄ちゃんずっと幻惑と妄想で毎日、毎日暴れまわってたのよ。 お母さんもお父さんも社会厚生施設の方もお兄ちゃんが暴れまわって手に負えなくなって・・・」

「幻想と妄想?」

「鏡に映る自分の姿に怯えて、窓ガラスを割る。病院の先生や施設の方に敵意を抱く。目を離せばエリカさんの部屋に無駄で入る。もう私お兄ちゃんの面倒見てられないよ」

「違う、違う」

「もうお母さんにお願いするから。とりあえず大人しく部屋に居てね」
妹はスマホ片手に部屋を出て行ったーー

何がどうなってる?

僕が戦ってきたと思ってきた日々は幻想と妄想だったのか?

僕は病気だったのかーー

こうなったのはいつから?
空白の時間に何があった?
 
思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ
思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ
思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ
思い出せ、思い出せ、思い出せ、思い出せ
























誰が言ってた・・・

「肘、治って良かったな」

あの言葉がずっと気になってた・・・

そうだ、僕はーー










★ ★ ★

僕は、ずっと小さい頃から野球だけをやってきた。
小学校、中学もシニアでやって甲子園の常連の県外の高校から幾つも誘いを受けてた。親も親戚もみんな俺に期待してたんだ。

だけどーー

それは突然やってきたーー嫌、予兆はあったずっと隠してた。中学三年のある日から肘が少しずつ痛かった。ただ、言えなかった・・・。もしそれが知れたら高校の推薦の話がなくなってしまうかもしれない。シニアのチームのエースでなくなってしまうかもしれない。僕は肘が痛いのを隠してた投げ続けた・・・

自分の曲がったまま、真っ直ぐ伸びない肘を見つめた。

結果、夏のシニアの全国大会の二回戦の途中で壊れた・・・その後、三度肘にメスを入れた。プロ野球選手も来ると言われている東京の病院でも手術したが結局俺の肘は元には戻らなかった。


突然、目の前が真っ暗になったような気がした。


それからは何も考えられなかった、何もしたいと思わなかった。両親も親戚も僕から目を背けるようになった。ウチでは甲子園、野球と言う言葉は禁句になったーー

僕はもう夢を見ることも追いかけることも無い。夢中になることも無い。僕はあの日に全てを棄てたんだ。

そして、僕は引きこもったーー

何もかもに絶望してーー




「そうだった。僕は投げれなくなって・・・夢を諦めたんだ」



僕は、止めどなく涙が溢れた。
ゆっくりと立ち上がり病室を出て、エリカの部屋に入った。

エリカはただ眠っている様に見える。
無数の管と酸素マスクが痛々しい。

「エリカ、僕だよ。君と出逢って今日までの日々は僕の妄想や幻覚だったのかな?自宅警備隊なんて本当はなかったのかな?僕は君と出会えて楽しい毎日を過ごせたよ。これが本当の現実なのかな。出来るならまた君と同じ時間を一緒に過ごしたいよ。僕は君が、佐倉絵里香が大好きだから」

返事がこないことは分かっていたーーただ、もしかしたら聞こえているかもしれない。
いつものように「嬉しい」と言って抱きついてきてくれるかもしれない。

ただ、そう思った。

僕は、眠っているエリカの顔を見た。
眠っていてもその可愛い顔は変わらなかった。

僕が立ち去ろうとした時、エリカの頬に一筋の雫が溢れた。

僕はそれに気付かず部屋を後にしたーー

僕の生きる希望だった彼女は何も話してはくれない。良き理解者の仲間も全員何も語ってはくれない。

これが本当の現実なのか。
僕はただ自分の都合に合わせて妄想に浸ってただけだったのか?

もう何が正しくて間違いなのか分からない。


僕の足は自然と上へ上へと階段を登って行く。

そして屋上にやって来た。

風が気持ち良かったーーまるで先ほどまでの暗い嫌な出来事などなかったことにしてくれるかの様に心地よい。

空は晴れて雲ひとつない青が広がっていた。

「カケちゃん」

聞き覚えのある声が聞こえたーー

振り返るとそこにはエリカが微笑んでいた。

「ーーエリカ、大丈夫なのか?さっきまで病室で」

「大丈夫よ、カケちゃんに会いたかったの」

「そっか、そうだな。僕は何が正しくて何がどうなってるか分からないんだ」

「ふふ、可笑しなカケちゃん」

エリカのその笑顔は確かにそこにあったーー

そうだ、これが現実だと思う。


★  ★  ★


病室のドアを勢いよく開ける優梨奈ーー

「お兄ちゃん、お母さんがーー、お兄ちゃん? あれ?」

辺りを見回してもカケルの姿はそこにはなかった。

「ーーもう、またエリカさんのとこね。私も仕事に戻らなきゃならないのに」
優梨奈は眉間にしわ寄せエリカの病室へと向かう。

エリカの病室の前で看護師達が慌しくしているの光景が飛び込んで来たーー

優梨奈の姿を見るなり一人の看護師が慌てて近寄ってくる。

「あなたのお兄さんはどこ?」
「ーーえっ? 私も今捜しててエリカさんの病室かな?と」

「そのエリカさんが居なくなっちゃったのよ。一人じゃ起きれる訳ないわ、誰かが連れ出したとしか思えないわ」

そう言うと看護師はまた走り出し他の看護師と捜しに去って行ったーー

「お兄ちゃん・・・」


★  ★  ★


「カケちゃんと出会え本当に良かった。例え現実の世界で会えなくてもこうして繋がっていれたから」

「ん? 何言ってんだよ」

「違うんだよ。カケちゃん、私はそこには居ないの。これはあなたの幻想の世界に私が存在しているだけなの」

「・・・お前も優梨奈と同じような事言うんだな」

「カケちゃんお願い目を覚まして、このままだともう元に戻れなくなっちゃうよ」

「ーーだから!!僕は正常で目を覚ますだの何だの訳が分からないんだって」





えっ?






あれ?

身体が焼けるように熱い・・・

苦しくて息を吸っても吸っても空気が入ってくる気がしない。

堪らず咳込んで吐き出したのは吐血だったーー

どうしてこうなった?
何で、何で、何で、何で?

口の中が鉄の味がするーー
視界がぼやけて霞んで見える。


「・・・えりか?」

「カケちゃん・・・カケちゃんに正気に戻って欲しかった。私のこと覚えててね。例え妄想でも幻想でもカケちゃんと過ごせた日々は幸せだったよ」

「・・・・・・」
声が出ないーー




瞼が重い。




消える前にもう一度、君の笑顔が見たかった。



エリカそこにいるの?
カケちゃん、隣にいるよ。


ずっと一緒だよね?
うん、ずっとずっと一緒だよ。


もう離さないよ絶対に。
うん。



エリカ・・・




屋上に男女の遺体が発見された。

男性は腹をナイフで刺されて死亡。
女性の手にはナイフが握られていた。

二人は重なり合って穏やかな表情で眠るように亡くなっていたーー



まるで何かから解放されたかのように。


僕は夢を見ていたのかな。

ここは眠らない都会トーキョー、
今日もまた誰かが開けてはならない世界への扉を開くーー




おわり。

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