運命の人に出会えば
会話は闇夜で
思考の海に溺れかけていたミリィは、自分のすぐ傍に人がきたことを、その人物に話しかけられるまで気付かなかった。
「こんばんは、レディ。今日は素晴らしい月夜ですね」
ラルフはできるだけ、気取って話しかけた。
どうやら落ち込んでいる彼女を慰めることができたらと思う。近くで見ると思っていた以上に小柄な女性に庇護欲が湧くことをラルフは感じている。
ミリィは顔を勢いよく上げ、乱暴に目を擦った。そして相手が、紳士であることを服装から知ると、焦っていることを感じさせないように、ことさらゆっくりと立ち上がり、仕事の一環として、サフィアと共に家庭教師から教えてもらったお辞儀をした。
「どうもありがとうございます、サー。ですが、私はレディではありません。使用人なのです」
言葉にすると、余計にミリィは自分が惨めに思える。体はこんなにも貴族社会の礼儀を覚えていて、本来ならばと考えている自分は滑稽以外の何者でもないだろう。
思考を変えるため、彼はこの明るい月の下にいるのに、メイド服に気づかないのだろうか、と自分の服装について考えることにする。
ミリィは失礼にならない程度の素っ気なさで応えた。
「君が使用人でも、私には本物のレディに見える」
ミリィの美しいお辞儀に、ラルフは内心驚いていた。こんなに優雅なお辞儀をする娘が、ただの使用人なはずがない。
「美しいあなたに出会えたことを幸運に思います。月の女神に嫉妬されたことはありますか? いや、君ほど美しいと、嫉妬より寵愛を受けるのかな」
なんて口が上手い人だろう。
ミリィは頬が熱くなることを感じる。
狼のように光る琥珀色の目にじっと見つめられる恥ずかしさと、こんなにも人に誉められる嬉しさで、ミリィは口を上手に動かすことができなかった。
ラルフはそんなミリィに微笑みかけると、また口を開いた。
「お名前を聞いても、レディ? 私はラルフ。ただのラルフだ」
使用人だと言うミリィに気を使ったのか、それともミリィには爵位など関係なく自分を見てほしかったのか、それはラルフにすらわからなかった。
「では、私はレディではなくミリィですわ。あなたと同じ様に、ただのミリィです」
ミリィは差し伸べられた手に、手を重ねた。とても大きいラルフの手から逞しさを感じ、ミリィの胸は飛び跳ねた。
ラルフは、羽の様に軽いミリィの小さな手に思わず、優しく包み込む様に握ってしまった。
「ただのミリィ、よければ君の話を聞かせてもらえるかい?」
ミリィは手から伝わる温もりに、心臓の鼓動を急かされていた。手のひら伝いに知られないように平静を装いながら、手を引っ込め、胸に手を当てる。
この胸の高鳴りは、突然話しかけられた焦りだ。彼の瞳に優しい炎が灯っているかの様に見えるから、ときめいているのではない。
「あの、私はロンドンは初めてなんです。あなたは?」
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