落ちこぼれ少年の黒魔術

皐月 遊

2話 「白い怪物」


真っ白な部屋に真っ白なベッドが1つある部屋、椅子に腰掛けた若い女性の前で、僕は緊張しながら座っていた。

「んー…全治5日ってとこだね」

「い、5日⁉︎」

今僕はアルドーラの冒険者専用の病院に来ていた。

この冒険者専用の病院は、風邪、熱、怪我、病気、全てに対応している。
しかもこの病院の医療技術は高レベルだ。
こういった施設を使えるのも冒険者の利点なのだ。

今僕を診察してくれている眼鏡をかけて白衣を着た若いお姉さんは、僕の腕と足を見てそう言った。

「あ、あの…もっと早く治りませんか? た、例えば…魔法でパパーッと…」

僕がそう言うと、お姉さんは僕の事を睨み…

「そりゃあ魔法を使えばこの程度の怪我ならすぐに治るわよ? えぇ、一瞬で治るわ」

「な、ならお願いします!」

「200ドーラ」

「へ…?」

「だから、200ドーラかかりますよ? あなた、今日冒険者になったんでしょう? 払えますか?」

ドーラとは、ここら辺一帯のお金の単位だ。

因みに、僕が今住んでいる一部屋の小さな家の家賃は、月50ドーラの格安の家だ。

そんな貧乏生活をしている僕には、200ドーラの大金は払えるわけがない。

「はぁ…診察するのはタダですけど、魔法で治療するならそれなりの金額がかかります。 これから冒険者をするのなら、覚えておいて下さい」

「は、はい…すみません」

…それにしても…5日か、長いなぁ…

出来るだけ早く強くなりたかったんだけど、仕方ないか…

「ありがとうございました。 では僕はこれで…」

「ヒール」

「え⁉︎」

椅子から立ち上がろうとした僕に、お姉さんは回復魔法をかけてきた。

するとすっかり傷は消え、腕を動かしても痛みはなかった。

え……えぇ⁉︎

「ちょ、ちょっと⁉︎ ぼ、僕200ドーラなんて持ってないですよ⁉︎」

「あら? そうなの? なら警備隊に通報するわね」

「えぇ⁉︎」

僕が本気で焦っていると、お姉さんは口に手を当てて笑い…

「ふふ…冗談よ。 今回のは初めてだから特別。 料金は後払いでいいわ。 200ドーラ集まったら払いに来て」

「え…いいんですか?」

「あなたはこれからこの病院の常連になりそうだからね、今の内に貸しを作っておくわ」

……それ、僕がこれからも何回も怪我してこの病院に来るって事ですか…?

…あまりにも失礼じゃないだろうか…まぁ、僕もそんな気はするけどね…

「さぁ、次のお客さんが控えてるから、早く出てちょうだい」

「は、はい! ありがとうございました!」

「はいはーい」

お姉さんはてをひらひらと振り、僕は診察室を出た。

「さて…今日はもう家に帰ろう」

病院を出た僕は、家に帰る為に歩き始めた。

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木で出来たボロい見た目の一軒家、ワンルーム、キッチン、風呂、トイレ付きの家賃50ドーラの格安物件。

このボロい一軒家は、僕の家だ。

中に入ると、床はキシキシと音を立てて、今にも壊れるんじゃないかと心配するかもしれないが、僕はこんな状態で5年もこの家に住んでいる。

この家はそう簡単には壊れない、僕はこの家を信頼しているのだ。

これまでこの家の家賃は、コツコツと地道にアルバイトをして払っていたが、冒険者になった日に辞めた。

これからは冒険者で稼いで行くんだ。

廊下を歩き、1番奥にある部屋に行く。

ベッド、テーブル、本棚、棚といった最小限の家具が置いてある小さな僕の部屋。 

とりあえず僕は背負っていたカバンを床に置き、ベッドに横になる。

そして今日の事を思い出す。

初めての冒険、初めての迷宮ダンジョン、初めて戦った怪物モンスター
、初めて感じた死の恐怖、そして…初めての出会い。

迷宮ダンジョンは怖かった。 怖かったけど、それ以上に、楽しかった。

ずっと夢みていた冒険を、今日したんだ。

「…明日も、行こう」

明日も迷宮に行こう。 そう決意すると、今日の疲れがきたのか、僕はそのまま眠ってしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

いつの間にか寝てしまい、起きた時にはもう外は明るく、僕は急いで迷宮に行く準備をして、まずは武器屋へ向かった。

昨日、ゴブリンに折られた剣は逃げる際に捨ててきてしまったから、今は武器がない。 

魔法使いでさえ短剣を持つのが当たり前なのに、魔法が使えない僕が武器を持たずに迷宮に行ったら、確実に死ぬ。

「えーと…1番安いのは…」

今僕が使えるお金は、今月と来月の家賃と、食費、光熱費を抜いて、30ドーラ程だ。

そしてこの武器屋に売っている1番安い剣は、20ドーラ。

……うん。 無駄遣い出来なくなるなぁ…

「すみません、この剣を下さい」

「はいよ!」

僕は鉄で出来た白い片手剣を買い、腰に刺して迷宮へと向かった。


迷宮がある塔には、人が沢山いる。 
パーティー内で打ち合わせをする人達、武器の点検をする人達など…様々だ。

僕は構わずに迷宮の入り口へと向かった。

迷宮へは階段を下って行く、迷宮内からモンスターが出てこないように、扉が何個もある。

その階段を降り切ると、ついに迷宮の地下1階だ。

昨日は、初めて見るモンスターに驚いて、一体も倒す事は出来なかったけど、今日は一体は倒そう。

腰に刺している片手剣をいつでも抜けるようにし、警戒しながら進む。

ある程度進むと、前から僕のものとは違う、何者かの足音が聞こえてきた。

僕と同じ冒険者とも考えられるが、迷宮では油断は出来ない。

鞘から剣を抜き、構える。

どんどん足音が大きくなってくる。 そして、ついに足音の正体が分かった。


………ゴブリンだ。

「っ!」

「グオオオッ!」

緑色の人型、背の高さは僕と同じくらい、上半身は裸で、下半身は半ズボンを着ている。

ゴブリンは皆同じ格好をしている。

「ガアッ!」

「うわっ!」

ゴブリンが先に剣を振り下ろしてきた。 僕はそれを後ろに飛んで回避する。

よし…避けられた。 昨日は足が竦んで最初の一撃を思い切り喰らっちゃったけど……これなら、戦える!

「はぁっ!」

「グオッ…!」

右側から全力で剣を振る、だが、ゴブリンは自分の剣で僕の剣を受け止めた。

やっぱり、そう簡単には行かないな…

剣を持つ力を緩めずに力を入れ続ける、するとゴブリンも負けじと剣を持つ手に力を入れる。

…これで、ゴブリンの意識は完全に剣だけに集中したはずだ。

「ふっ!」

「ガッ…⁉︎」

僕は剣を持つ力を急に緩め、剣を引く。

すると、剣だけに意識を集中していたゴブリンはバランスを崩し、よろける。

「今だ!」

体制を崩し、よろけているゴブリンの腹を思い切り蹴る。

するとゴブリンは地面に倒れる。 

……チャンスだ

「はあああっ!」

「ガッ…⁉︎ ガアアアアッ!」

倒れたゴブリンの胸に剣を突き刺す。 
ゴブリンは悲鳴をあげるが、構わずに刺した剣を抜く。

ゴブリンは少しもがいていたが、力尽きたのか、光になって消滅した。

迷宮のモンスターは、死ぬと何故か消滅する、死体が残らないのだ。

そして、消滅する際にランダムでモンスターの一部が残る事がある。 

例えば、角、尻尾、腕、足など。 このような事を、冒険者達は”ドロップ”と言う。

モンスターのドロップ品の用途は様々で、武器を作ったり、防具を作ったり、売却したりする事が出来る。

次に、モンスターを倒すとモンスターの一部と別で確定でドロップする物、それがお金だ。

「10ドーラ…命がけでゴブリン倒して10ドーラか…割りに合わないなぁ…」

残念ながらゴブリンの素材はドロップしなかった。

もう1つ、モンスターを倒すと得られる物がある、経験値だ。

冒険者になった際に、与えられた冒険者カード。
僕自身の名前と、レベルが書いてある。

これは、モンスターを倒すと自動でこの冒険者カードに経験値が記録される。

そして経験値が一定以上溜まると、レベルが上がり、身体能力が上がるらしい。

……原理は分からないけど。

当然ながら、僕のレベルは1だ。
あと、この冒険者カードは身分証明書にもなる。

「割りに合わないけど……倒せた…1人で、倒せたぞ…」

昨日は手も足も出なくて、大怪我をさせられたゴブリンを、怪我する事なく倒せた。

僕でも出来た、落ちこぼれだった僕でも…倒せたんだ。

「よし! この調子でドンドン進むぞー!」

剣を鞘にしまい、僕は奥へ奥へと進んで行った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「……なんだろう、この部屋は…」

あれから大分進んだ、別れ道も勘で進んで来たが、その先は謎の部屋だった。

この部屋はとても広く、天井がとても高かった。

そして、何よりも謎なのが、川だ。

この部屋はとても広いが、部屋の半分以上は川で、歩ける範囲は狭い。

何故迷宮に川があるのかは分からないけど…川があってもどうしようも出来ない。

「んー…結構深いな…流れも強いし」

川の流れが以上な程強く、もし間違って落ちたりしたら、絶対に上がる事は出来ないだろう。

川はこの部屋の外に続いており、どこまで続いているか分からないが、落ちたら死を覚悟するしかないだろう。

「…何もなさそうだし、引き返すか」

仕方なく引き返そうと、振り向いた瞬間。

「…っ⁉︎」

全身が震えた。 背筋が凍った。 

”ソレ”は、僕が通路からこの部屋に入って来た入り口に、”立っていた”

ただ無言で、動かずに、ジッとこっちを見ている。

何で…? 足音も、気配も何もなかった。

しかも…あんなモンスター…知らない。

姿は、ゴブリンと似ている、けど、決定的に違うところがある。

体の色だ。 ゴブリンは緑色の体に対し、目の前のこいつの体の色は白。 純白、汚れのない、真っ白な体をしていた。

白い怪物モンスターは、さっきから僕の顔をずっと見ている。

迷宮のモンスターは、人間を見ると無差別に襲いかかってくる。 その筈だ、学校ではそう教わった。

だから、この白い怪物モンスターは異常だ。

モンスターが何もせずに人間を観察するなんて、あり得ない。

「……お、お前…何なんだ…?」

モンスターに言葉は通じない、そう分かっていても、何故か言ってしまった。

だが、返ってきたのは思ってもいないものだった。

「オレ…カ…? オレハ…タダノ…モンスターサ…」

「っ⁉︎」

喋っ…た…? 確かに今…喋った。

”俺か? 俺はただのモンスターさ”

モンスターが…言葉を話すなんて…

「ソンナニ…オドロク…コトカ…? ニンゲン」

「え…な…え…?」

「コノバショニ…キタニンゲンハ…オマエガ…ハジメテダ」

「何で…言葉を…」

「オメデトウ…ニンゲン…オマエニ…プレゼントダ…」

そう言うと、白い怪物モンスターは急に僕の前に来た。

一瞬。 そう、一瞬で僕の前に来たのだ。

僕には、こいつが消えたように見えた、僕と白い怪物モンスターの距離は大分離れていたはずだ。

なのに、こんな一瞬で…?

「オマエノ…ウンガ…イイコトヲ…ネガッテイル」

「…え…?」

そう言うと、白い怪物モンスターは僕の事を突き飛ばした。

僕の体は宙を舞う、下は…もちろん川。 流れの強い、どこに続いているか分からない川だ。

「う…うわああああああっ!!」

僕は重力に逆らう事が出来ずに、川に落ちる。

川は足がつかない程深く。 思うように身動きが取れない。

白い怪物モンスターは、川に流される僕を、最後までずっと見ていた。

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コメント

  • ふなさん

    ツイッターからきました。頑張って下さい٩( 'ω' )و

    1
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