約束〜必ずもう一度君に〜

矢崎未峻

“あれ”

 話は数時間前に遡る。いつもの時間に学校に着いた俺は、いつものようにイヤホンを耳につっこみ音楽を聴きながら教室に入った。窓際の自分の席に座り寝たふりをする。大抵のやつはそうしていれば話しかけてこない。
 うーん、一人最高!間違っても独りではない。自ら望んで一人になっているのだ。まあいわゆる一匹狼ってやつ。一匹狼は気楽でいい。ストレスがたまらないからな!
 なんて考えてる間にホームルームの時間になった。先生が入ってきて、号令がかかる。再び座って窓から空を見る。何かが空に浮いているのに気がついた。

「あれ、なんだ?」

 同じ窓際に座るクラスメイトの一人がそうつぶやいた。その声が思ったより響いてクラス全員に広まった。次第にホームルームそっちのけで“あれ”を見に来るやつが増えた。さらに少しすると他のクラスからも騒がしい声が聞こえてきた。
 よく見ると“あれ”は少しずつ大きくなっていた。遠近法のせいではなく、単純にサイズが大きくなっている。
 ボーッと眺めていると“あれ”から何かが落ちてこっちに向かってきていた。先生だろうと思わしき人が“人型の何か”に近づくと、“人型の何か”が手のひらで先生?にふれた。何気ない動作だったから先生?が消えていた事に気づくのに少し遅れた。
 って、え?

「え、は?消え、た?」

 我知らずそんな風につぶやき、自分が笑っている事に気がついた。

「は、ははははは!なんだこれ?さいっこー!」

 あぁ、テンションおかしくなってるのか。・・・いや、違うな。俺はこんなのを心の奥底で望んでたんだ。
 さぁて、最大限に楽しむにはやっぱり逃げないとね。
 うっし、廊下到着!どこ逃げたらいいかな?
 いや、わざと見つかって鬼ごっこしよう。っとなると、外に出ないと始まらないわけだ。
 しばらくして無事に外に出た俺は、まっすぐ“人型の何か”に向かって歩いた。しかし、全く向かってこず、それどころか道を空けだした。
 何が何だかわからなかったが取り敢えず“何か”まで続くそれを歩いた。“何か”までたどり着いたとき、目の前が真っ白になり、気づけば、教室に戻ってきていた。
 突然出て行ったはずのクラスメイトが現れたのでクラスメイトは混乱している。
 しかし、それどころではなかった。
 あれは、ヤバイ!

「逃げろ。ここから、逃げろ」

 無意識のうちに、逃げろと言っている自分にひどく違和感を覚えながら、ひそひそと何かを呟いているクラスメイトに向けて、今度は明確な理由をつけて警告した。

「早く逃げないと、“人型の何か”に捕まるって言ってんだよ!あれに捕まったら、どこに飛ばされるかわかんねぇ!」

 クラスの委員長がそれに反応を示した。

「飛ばされるとは、どういうことなんだい?なぜ君はそんなことを知っている?」

 当然の疑問だった。自分が“何か”に飛ばされてあれが何をしようとしているのかわかった旨を伝えると、幸い簡単に信じてくれた。
 全員が理解する頃には教室内はパニックそのものだった。
 避難場所は、いつもは女子の使う更衣室になった。理由は簡単。たまたま鍵を保っていたからだ。
 避難場所が決まったとたん、一斉に更衣室まで全員が向かうのを見届けて、教室に残った。
 もちろん、後でちゃんと更衣室まで行くつもりだ
 残ったのにも理由はある。護身用に先生がいつも教卓の中に入れているナイフを拝借しようと思っての行動だった。

「成宮君、いるの?」

 不意に話しかけられて驚いた俺は過剰に反応してしまってから、振り向いて自分の名を呼んだ人物を確認した。

「なんだ、朝霧か」

 学年で五本の指に入る美少女が俺に何の用があってきたのか問いただそうかと思ったがすぐにそんな場合ではないと思い直し、やめた。そして心のどこかで朝霧で良かったと安堵していた。
 教卓の中からは二本のナイフが見つかり、一本は錆びていて使い物にならないと分かっていながら二本とも取り出した。
 そして錆びていないきれいなナイフを朝霧に向かって差し出した。

「いつも先生が教卓に入れてるこれを、護身用に持って行こうと思って残ってた」

 どうして?という顔をしていた彼女になぜここに残っているか説明も加えた。
 すぐに納得した表情に変わったが、ナイフは受け取ってくれなかった。

「なぁ、どうして受け取らないんだ?」

「私なんかが持つより、成宮君が持ってた方が良いと思うから」

「大丈夫、もう一本あるから」

 それでも彼女は首を横に振って続ける。

「だったらなおさら、高瀬君とか、ほかの人に渡した方が良い」

 ちなみに高瀬は彼女の彼氏だ。そして、数少ない俺が良いやつと思える人物でもある。

「あいつを探してる暇はないし、他のやつも同じだ。それに俺は、君に持っていて欲しいんだ」

 ここからは、拒否権を与えなかった。否、そんな暇がなかった。
 隣のクラスから悲鳴が聞こえ始めたのだ。
 俺は、無理矢理ナイフを持たせてそのまま彼女の手を取り教室を飛び出した。
 幸いおそわれている教室は更衣室とは反対側だったので、スピードを緩めず更衣室まで走った。

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