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リビングデッド・ヴァウズ ・エターナル

通行人C「左目が疼く…!」

エピローグ 「ふたりの永遠」



「俺はラッキーだったと思うんだよ。」


 彼はそう言って笑った。


 昼下がりのことだった。
 よく晴れた空から降り注ぐ光が、真っ白な部屋の中に反射して、眩みそうになるぐらい眩しい。


 締め切られた窓の外には青々とした植物たちが生い茂っており、艶やかな雫を乗せてきらきらと輝いている。
 青い空の下を小鳥が行き交い、歌を歌う。
 そんな穏やかな風景が、今日という日を美しく飾っていた。


 しかし、今のソフィーには見えもしない。
 だってその全てが滲んで歪んで、ぐちゃぐちゃに混ざりあっていた。
 体が小刻みに震えて、それに合わせるように嗚咽が漏れる。


 真っ白な部屋にはベッドが連なってあり、その一つの上に彼はいた。
 その横に添えてある、簡素な椅子。そこにソフィーは座っていたのだ。
 だから…、やせ細った体を薄手の寝間着に包んだ彼がよく見えた。


 ぼろぼろとすすり泣くソフィーの肩を抱きながら、彼は優しく笑ってみせた。


「ホントだよソフィー。俺はこうやってソフィーに見送られて死んでいけるんだから。」


 こけた頰を目一杯持ち上げて笑うその笑顔は、ソフィーの胸をひどく痛ませた。


 だって数ヶ月前までは、こんな細い体ではなかったのだ。
 腕だってもっと太くて、しっかりどっしり地に足をつけて、太陽よりももっと大きく輝いていた。
 その指でソフィーの手を取って、たくさんの場所に連れて行ってくれた。


 だというのに、今は…。
 ソフィーは綺麗な相貌を歪めて声を絞り出す。


「そんな…。」
「聞いてソフィー。俺はヤケを起こしてるわけじゃないんだ。」


 優しい声、暖かい声。…もう二度と聞こえなくなる大好きな声がそうソフィーを呼ぶから。
 その声に諭されて、ソフィーは唇を引き結んだ。とめどなく腹の底から溢れ出る悲哀に耐えるために。


 そんなソフィーの指に自分のそれを絡めながら、彼が吐き出したのはこんな言葉だ。


「俺はこれから永遠になるんだよ。」


 その言葉の意味が理解できなくて、ソフィーは俯いていた顔を上げる。
 ぼやけた視界の中に、そのせいではっきりとしない彼が写り込んだ。
 覗き込むようにこちらを見つめる彼の目のあたりを、ソフィーも見返した。


「あのね、ソフィー。勘違いしがちだけど永遠ってのは未来にあるわけじゃないんだよ。」


 そんな突飛なことを語り始める愛しい人。
 …余命の残り少ない、恋人。
 夫婦の契りさえ結べなかった、大切な人。


 きっともうじき、会えなくなってしまう人。


「信じてソフィー。俺は今日この日君を愛していたよ。全世界の神様にだって胸を張って言える。これは絶対だ。」


 彼はまっすぐにソフィーを見ている。
 真摯な顔をして、まるでプロポーズでもするかのようにソフィーの手を胸に押し当てた。


「ずっとずっとこれからも永遠に。それだけはだがえることはできないんだ。」


 目を伏せた彼の、くっきりとした窪み。
 忌まわしい死の影が、彼を飲み込もうとしているのに。
 彼は柔らかな陽光の中微笑んでいる。


「永遠は過去だよ、ソフィー。」


 彼はそう言い切った。
 まるで閃いたことを自慢する子供のようなそれは、ひどく愛おしかったけれど。
 でも…。


 それは、果たして喜んでいいことなのか。
 もしそうならば、永遠に何の価値もない。
 だってそんなの当たり前だ。どんなに悔いても、泣いても、過去は変えられない。
 現実的で、残酷な、世界のことわりだ。


 しかし、そんなソフィーの絶望を知ってか知らずか、彼はこともなげに彼女の涙を指で掬ってどこか得意げに笑んだ。


「でもね、未来に持ってくこともできる。…わかるかいソフィー。」


 そう問われて、ソフィーはゆっくりと首を振った。
 彼が何が言いたいのか、わからない。
 彼が何を言おうとしているのか、わからない。


 …もう終わり行く身だというのに、そんな。
 ああ、そんな夢物語。


 ──もしも本当にあるとしたら、どんなにか。


「あのね、俺の『愛してた』じゃなくて、『愛してる』も永遠になるんだよ。」


 そうして耳元でこんなセリフを吐いてみせる。
 内緒話をするように小さな声で、悪戯っぽく言ったその声に、死の仄暗さはカケラも感じられない。
 やんちゃな子供のような、無邪気な、それ。


「俺は君を愛したまま死ぬからね。」


 ソフィーは目を見張る。


 ああ、彼はなぜこんなにも。
 死に別れ、だなんて絶望的な最期。それをどうしてそんなに…。
 まるで、希望のように語れるのか。


「俺の『愛してる』が嘘になることは永遠にないのさ。」


 時ほど残酷なものはない。
 時が過ぎれば何もかもが衰えていく。


 …それは物だったり、人だったり、名声だったり。
 ──愛だったり。
 衰退から逃れられるものなど存在しない。
 もしあるとしたら、それは…。


「終わったらね、止まるんだよ。何もかもが死ぬ直前のまま。」


 ぱたり、瞬きをして目から雫が滴り落ちる。
 それと同時に、彼の輪郭線がはっきりと映った。


 窓から差し込む暖かな光の中、彼はソフィーだけを見ている。
 骨ばった指も、肉の失せた体も、ただ一心にソフィーだけに、ソフィーだけのためにそこに在った。


 彼はわずかに照れ笑いを浮かべて、それでも『その言葉』をソフィーに告げる。


「ソフィー、俺は君に永遠の愛を誓うよ。」


 終わるものだけが誓える永遠がある。
 ずっとずっと変わらないと言える。
 それはもう二度とたがうことのない、…老いることのない、終わることのない、愛だった。


 彼の唱えた謳うような言葉は、まるでベールをめくる新郎のそれ。
 そんな彼に指を絡める自分は、夢にまで見た純白の新婦か。


 真っ白で殺風景な部屋は教会と呼ぶにはあまりに粗末だけど。
 ソフィーはそれでもいいと思った。


 彼が愛を誓ってくれるならば、どんな場所だって。
 ソフィーにとって特別だった。


「俺は今、君を愛してるんだ。そして近々俺は死ぬだろう。……だから。」


 彼はひたすらに穏やかな目をしていた。
 それは死期を悟っているから?
 目の前のソフィーを励ますため?


 …永遠となる事を喜んでいるから?


「ずっと、ずっと、この先何があっても永遠に。」


 彼が臥せってからというもの、ずっとソフィーは絶望していた。
 彼がいなくなることに、彼と会えなくなることに。
 彼との甘い生活を望んでいたのだ。
 もう少しだけ、もう数十年だけ先の最期を望んでいたのだ。


 ああ、でも。
 それでも…、


 いや、だからこそ。


 ──彼が自分だけを見つめてくれている今が…、ずっと続けばいいと思った。


 そして彼は、彼女のその思いを汲み取るように。
 望むままに、そうなるように、ソフィーに囁いた。



「君を愛してるよ。」



 まっすぐにソフィーを見つめて、吐かれた言葉は、今日この日、ソフィーの永遠となる。
 これが最後とばかりに重なる唇。
 その味はこの世の何よりも甘くて、やさしかったとソフィーは記憶している。






 それからもう大分時が経っているというのに、昨日のことのように思い出せるほどに。はっきりと。


 ああ、なんの運命の悪戯か。
 彼女はこの数ヶ月後に、偶然にも彼と再会し、『永遠にソフィーを愛したままの彼』を手に入れることとなる。


 結局夫婦になることのできなかった2人に神が遣わした、全く笑えない悪ふざけのようなプレゼント。
 それを彼女は喜んで祝福として受け入れた。


 神の皮を被った悪魔からの贈り物だったとしても、構わない。何だってよかった。
 彼といられるのならば。


 そして、きっと『永遠に』幸せに暮らすこととなるのだろう。
 だって彼女も彼の『永遠』となることを望んでいるから。


 いつかきっと、『ふたりの永遠』になるために…。


 ああ、果たして『リビングデッド』はどちらの名前だろう。




          

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