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リビングデッド・ヴァウズ ・エターナル

通行人C「左目が疼く…!」

プロローグ 『永遠のひと』 ⚠︎



「ん、…ふぅ。」


 女は男と舌を絡める。
 ただただ貪るように唇を重ねて、深い口付けを繰り返す。
 夕暮れ色の仄かに陰った部屋の隅。悩ましい呼吸が、この空間を満たしている。


「はっ、ぁ。」


 呼吸を挟んでもう一度、もう一度。
 角度を変えてもっと深く、深くへと。


 艶かしい水音と、女の鼻から抜けるような嬌声が、何度も溢れて男の口へ吸い込まれていく。
 衣服を着込んだままの女のシャツに、ぬるりと汗が滲んで、その奥の色を透かした。
 同じくうっすら浮かんだ汗の玉が、形のいい顎を伝う。


 どろどろに絡まり合うふたり。


 そこは、どうやら民家の一室のようだった。
 大きめの机に二つ椅子が並び、壁際には食器棚や、電気の落とされたテレビやラジオが部屋を彩っている。
 奥の方にはキッチンらしき空間が見え、きっとここはリビングなのだろうと察する事ができた。


 その中心で深い愛を語らう男女は、夫婦だろうか。


 大きなふたりがけのソファー。そこに座ったままになる男に覆い被さるような形になったその女は、ひどく美しかった。
 紅く上気する肌や、湿り気を帯びた瞳、滑らかな肌や凹凸の目立つ体つき。どれもが情欲的で、艶めいていた。


 時折溢れる甘い喘ぎも、うっそりと耳に灼きつくようだ。
 滑らかなかいなで男を抱き、息をするいとまさえ惜しんで薄く濡れた唇を押し付ける。


「あい、してるわ。」


 女は男の頬を撫でた。
 温度の高い息は彼女の喉を灼き、男の鼻筋を撫でた。
 熱に浮かされた、甘い甘い愛の告白。


 茹って蕩けた表情を浮かべた女は、火照った体を絡めて、淫靡に荒い息を吐く。
 しかし、それを告げられた男は何も応えることはなく、女を見上げていた。


 それでも女は構わず繰り返す。


「愛してる。愛してる、の…。あなたを、あなただけを、ずっと…。」


 鼻と鼻が擦り合うほど近くに顔を寄せて、愛を囁き続ける。
 薄く笑みを浮かべたその表情に滲むのは、恍惚とした欲情。


「あなたが…、誓って、くれたから。」


 言いながらも繰り返す愛撫に合わせて、女の言葉が途切れ途切れになる。
 鼻にかかった切なげな息を吐く熱っぽい彼女とは正反対に男はピクリとも動かず彼女の愛を甘受していた。


 女はゼロ距離をさらに埋めようと、足を絡ませて、汗ばんだ体を押し付ける。
 慣れ親しんだ彼の匂いを肺いっぱいに吸い込んでもっともっとと愛を紡いだ。


 彼だけを求める女は、彼の爛れた肌を撫でた。
 そして、その指は誘惑するように淫らに男の胸を滑る。


 皮膚の剥がれた、醜いそこを。


「どんな、姿になったって。」


 男の姿は酷くいびつな形をしていた。
 大きく剥かれた目はもう飛び出そうなほど。呆けたように開きっぱなしになる口は端が切れて皮一枚で顔の造成を繋ぎ止めていた。


 爛れ剥がれ、腐臭さえ漂わせる体。
 あり得ぬ方向に曲がった足、ボロボロと腹からこぼれ落ちる内臓。
 その節々に割れ目が走り、乾いた赤黒い断面をのぞかせていた。


 おおよそ人とは呼べないその姿は、まさしく『死体』だ。
 生きているのがおかしい、ではなく。生きていてはおかしい男の姿。
 しかし、彼の体は彼女の愛撫とは他に確かに動いていて…。彼女が口を離せば「あ゛ー…。」と意味のない母音を吐いた。


 そう、彼はただの死体などではない。
 動き回る死体、俗にゾンビと呼ばれるそれだった。


 映画なんかではよく見るが、現実には存在しないはずのもの。
 それが今、美女と絡み合っている。


 腐りかけた彼の体には羽虫が産卵床にしようと群がっていた。
 そんな蟲にさえ構うことなく、女は美しい体を彼の胸へと沈ませる。


 触れ合うたび固まった赤黒い液体や細かな肉や皮の切れ端が彼女の真っ白い衣服を汚した。
 もはや赤とか黒ではなく、茶色く汚らしいそれ。
 しかし、女は死体の男ばかりを見つめて…。それに気づいていないのか、もはやどうでもいいのか視線さえよこさない。


 抱き合っても、見つめあっても、熱の一つさえ交換できないというのに。
 女は笑みを浮かべたまま、彼への愛を吐息に載せるのだった。


「私たちは永遠よ、」


 女はその吐息ごともう一度彼に唇を落とした。
 人らしい温度を失った口内には鉄の味の他にも腐った不快な臭いが広がっている。
 そこを舌の代わりとばかりに這い回っているのは蛆虫うじむしだ。


 女はどういうわけか、自分の舌でそれを拾い、唇を離した。
 口の中で蠢く乳白色の虫。
 その存在を口内で確認すると、歯をすり合わせて噛み潰した。
 プチプチと淡白な味が広がる。
 唾液に混ぜて女はゆっくりとそれを嚥下した。


 それはまるで彼と少しでも一つになろうとするようで。
 …彼の全てを呑み込むようだった。


「愛してる、愛してる、愛して…。」


 繰り返す言葉はもはや愛情か狂気かわからない。
 ただ、閑静なリビングに溶けて…。







          

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