記憶共有的異世界物語

さも_samo

第58話:無慈悲の恐ろしさ

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悪夢を見た。

あの時見た夢と全く同じ夢。
でも今ならわかる。
あの夢の男....不明瞭に喋りそして狂気的に笑うあの男...。

シュンだ。

正直もうあの夢は見たくない。
そりゃそうだろう、あんな夢を見るぐらいなら寝ない方がましだ。

部屋から教会に行くと、そこには荒れ果てた部屋と、壊れた壁から覗いている馬場さんの墓があった。
その墓を見て、昨日起こったことは夢ではなかったんだなぁ...と痛感するのと同時に、絶望した。

墓に手を合わせ、馬場さんの店の事を考える。
思えば僕は馬場さんの店でウィッチラニーノーズ以外を頼んだ覚えがない。

もっと別のドリンクを試しても良かったのに。

もう彼の淹れるコーヒーは飲めない。

バリッシュさんの淹れるコーヒーは馬場さんと同じなのだろうか?
いや、それはない。
少なくとも馬場さんが【淹れる】コーヒーは二度と飲めないだろう。

クソ...クソ!

気が荒れる。
自分の無力さを思い出して辛くなる。

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荒れ果てた部屋の机の上に一枚の置き手紙が置いてあった。
その手紙はバリッシュさんのものだったのだが、その内容はこうだ。

『俺は旅をリタイアする。』

至ってシンプル。
とても分かりやすい。

しかしなんだこの無責任さは、そしてバリッシュさんからそれを引き起こしたのは誰だ?

僕だ。

クソ!

クソ!

クソ...。

本当に気が荒れる。

ウッドソードで右手を固くして壁を壊した。
もうこれ以上壊れるところが無い教会の壁を壊した。
八つ当たりだ。腹いせだ。
しかしモノに当たったところで落ち着くはずもない。

ひとつ大きい溜息をついて自分の昂ぶる感情を殺した。

「ウッドソード」

ウッドソードを使って壊れた教会を修復していく...。
グリシアが重力の能力でペチャンコにしたこの瓦礫だらけの教会を直す。
時間こそかかるが、不可能ではない。

ライリーが起きてきた。

「おはよう....」

静かにそう言うライリー。
僕が教会を直しているのを見て、瓦礫集めを協力してくれた。
吸い込みで瓦礫を集める様に違和感を感じたが、彼女からすればそれが常識なのだろう。

シュンヤも起きてきて、僕の作業を手伝ってくれた。
2人で直したという事もあり、壊滅的だった教会はあっという間に修復された。

「ありがとな」

「あぁ....なぁ?」

「ん?」

「お前これからどうするつもりなんだ?」

シュンヤの疑問と困惑募る鬼気とした表情に対して、僕の表情は至って温和だったと思う。
この時の僕はなぜかとても落ち着いていた。
これからの事を考えたから?
これからに希望もクソも無いことを知っているのに?

しかし僕は至って冷静に、こう答えた。

「このままエルフ探しを続けるよ、少なくともエルフの禁忌の書を処分するまではね」

僕はそのままの足で自分の部屋に戻った。

聞こえるのは自分のコツ...コツ...と言う足音だけで、辺りには静寂が走っていた。


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目が覚めた。

昨日のあの一件があったせいで教会に行くのが怖い。
俊介との距離が離れたように感じていたけれども、昨日の一件でそれは確信に変わった。

私はそう思う。

あそこでバリッシュさんがステンエギジスに頼ったのは何故だろう?
ライリーの吸い込みならあの天井を吸い込めたかもしれない。

いや、バリッシュさんは【最善策】を選んだのだろう。
最もそれで【失敗】してしまっているのだが...。

俊介の精神に大ダメージを与えて、それで馬場さんも殺した。
グリシアのあの一撃は本当に冷酷で残忍で姑息なモノだったが、しかし敵として見るならこれ以上ないほどに恐ろしいモノだった。

私を殺したあのエルフは誰かに操られていたようで気色悪かったが、恐ろしくは無かった。
彼らの目に【殺意】と【敵意】がハッキリと見えたからだ。

しかしグリシアは違う。
ただ単に【必要だったから】殺しただけだ。

人間が動物や魚の肉を平気で食べるのと同じように、【当たり前】でグリシアはあの一撃を落としたのだ。

これを恐ろしいと言わずに何と言うのだろうか?


恐る恐る教会に足を運んだ。
教会は完全に修復されていて、シュンヤがウッドソードを使って直したんだなと理解した。
そのシュンヤとライリーは椅子に座ってただ俯いていた。

「あ、奈恵。丁度いい所に来た」

シュンヤがこちらを向いてそう言うと同時に、ライリーの目にハイライトが戻った。

「ちょっと俊介見に行ってくれねぇか?」

「俊介を?私が?」

「あぁ、さっきまでここに居て一緒に教会を直してたんだがな...」

シュンヤは少し俯いて、何かを思い出すような仕草をしていた。

「今の俊介を励ましてやれるのはお前だけだと思うんだよ。今の俊介と一番心の距離が近いのは他でも無いお前だ」

シュンヤのその一言に、私は目を丸くした。
一番距離が近い?
どんどん離れていく俊介と?

ミレイやライリー。シュンヤに冬弥。
みんな揃って私を置いてけ堀にしていったのに?

「記憶を共有してるからこそ言えるんだよ、俊介はいっつも一人で突っ走るだろ?それは極端な孤独なわけだ。そんな俊介の心の拠り所ってどこだと思う?」

「他でもないお前なんだよ、奈恵。ちょっと前俊介に【ミレイ・ノルヴァと関わるな】って言っただろ?アイツ結構気にしてんだぜ?あの発言」

「馬場さんが死んで、バリッシュさんも旅をリタイアした今。どんどん仲間が減っていく孤独を埋めてあげられるのはお前だけなんだよ、奈恵」

そう言ってシュンヤは一枚の紙を見せてきた。
その紙には『俺は旅をリタイアする。』とだけ書いてあった。

バリッシュさんが書いたのであろうその紙を見て、気付くと私は俊介の部屋の前まで来ていた。

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