記憶共有的異世界物語

さも_samo

第5話:2倍の成長

次の憑依。僕もだいぶ前向きになったものだ。
シュンヤの仕事は完全に才能が作り出しているわけだが、そのすぐれた才能故に周りに集まる人間も強者ぞろいだ。
羨ましいことこの上ないが、シュンヤが僕になっている事を見抜いた所を見るとやはり優れている様だ。

少なくともうちの学校に僕をシュンヤと見抜いた人間は居ない。
悲しくもあり、虚しくもある。

そんな感情。

微妙な感情になっているのもそうだが、こちらから起こしたあのアクション。
コミュニケーションを取ろうとしたあの行為。
向こうにはどのように伝わっただろうか?
僕はこの前初めて憑依を体験してシュンヤの存在を完全に理解した訳だが、向こうはどうだろう。
僕の予想が正しければきっとシュンヤが憑依を体験したのもこの前が初めてだろう。

僕の存在を記憶の中の、それこそ強い妄想癖のようなものと周りに認識されていた事を踏まえると、シュンヤが僕の事を周りにどう伝えていたかがよく分かる。

まぁこれといって取れるアクションもないわけだ。

しかしまぁ、ダメ元で【あの人】に相談してみてもいいかもしれないな。

後のことはそれからだ。

憑依、異世界、記憶の共有、なり代わり。
これ以上ない程に舞台は揃った。

***


カランカラン...と高い音が鳴り、僕はとあるバーのお店に入った。
店の名前は【Bar.レインウォーター】。直訳で雨水な訳だが、決して雨水を出すお店という訳ではない。

「マスター、いつものお願い」

「はいよ」

白髪のウルフカット。
白黒のピシッとしまったシャツ。
清潔感の漂う老人。

彼を紹介するとしたらこんな感じだろうか?

コツン...と机に置かれたそのドリンクは神々しい黄色の光を放っており、炭酸特有の泡が美しさを際立てている。

「はい、【ウィッチズラニーノーズ】。いつものね」

そう、これがいつもの。

僕が最も愛しているエナジードリンクだ。
ここの店のマスター【馬場さん】、彼がどこからこのエナジードリンクを仕入れているのかのルートは聞いたことがない。
というか聞いたらダメな気がしている。

「相変わらずの事だが、お前がここに来てこれ飲んでるところみると、未成年飲酒を強要しているようで背徳感があるな」

「そんな楽しみ方するなよ」

ハハハと乾いた笑いを飛ばしてしまったが、ここの店の雰囲気といいエナジードリンクの味といい、本当にここにはありとあらゆる【幸せ】が詰まっている。

「なぁ馬場さん。一つ相談があるんだがいいか?」

「聞くだけならいくらでも、答えるならモノによる」

「だろうな。で、馬場さん。もし僕が僕じゃなくなったとしたら気付ける自信ある?」

もはや自分でも何を聞いているのかさっぱりだ。
質問がおかしいのは分かっているが、間違った事を聞いていないのも確かだ。

「ないな、もしそれがお前の皮をかぶっただけの動物でも俺は気付けないと思う」

馬場さんから返ってきた答えにかなり残念な気持ちになって肩を落としてしまった。
しかしやはり...そうなってしまうのだろうか。

「いいか?人間でいる以上どうしても固定概念から逃れる事は出来ない。思考、反射、感情。全部ひっくるめて人間だ。細かいところを見ていけばその違いに気付けるだろうが、人間は見た目しか見ない。恋愛感情を見てみろ。外見、性格、財力。恋愛に必要なパラメーターは全部上っ面だ。人間なんて極端な言い方をすれば肉の塊だ。人の皮をひっくり返してしまえばただの肉。そこに布や外部機器を取り付けただけ。人が人でいる以上相手の人間の全てを見る事は出来ない。それこそ【記憶】に関連する能力を持つ人間でもいたなら話は別だろうが、少なくとも俺にその能力は無い。だから極端な話、お前の中身が鳥になってチュンチュン鳴いていたとしても、誰かが『あれが俊介なんだぜ』と言ってしまえば俺はそれを俊介だと認識して錯覚する事だろうよ」

「つまり人にとって他人の中身は全くと言っていい程に不必要って事か?」

「随分極端な解釈だな。まぁ間違っちゃいないんだがな、だからこそ俺はお前が俊介じゃなくなったとしても気付けないだろうよ」

なんというか、僕が期待していた答えと違ったのだが、違う意味で現実を見せられた。
馬場さんの言ってることは正しいのだろう。
偉人と言われ語り継がれている人間もみな表面的な部分しか残っていない。
やってきた偉業も、性格描写も、何もかもが表面的で薄っぺらい。

人が、自分自身が残すものでさえ薄っぺらくなるのだ、これは何かしらの力が働いてるようにしか思えない。
自己啓発本も、様々な学問のハウツー本も、小説でさえ著者の表面的な部分までしか見えない。

「さっき記憶に関連することがどうこう言ってたが、仮に僕の記憶の中に別人の記憶があるって言った場合これはどうなるんだ?別人の内面的な、【核】の部分を見る事が出来てるって言えるのか?」

「いや、俺にそんな記憶がないからなんとも言えないがどうなんだろうな。もし本当に別人の人生の【全て】を覗けたのだとしたらそれはこの世の誰よりも優れた人間になる資格を手に入れてる事に言い換えられるだろうな。だって考えてもみろ、成長のスピードが2倍3倍になっていくんぜ?優れた上流階級の人間数人の【全て】を追体験でもしたのなら、もう人間卒業ってレベルじゃないさ」

人間卒業のさらに先....そんな世界を僕が覗けるのだろうか?
シュンヤは上流階級じゃないにしろ優れた能力者だ。
だったら僕は彼と同じ人生を歩む...【追体験】することで何を得るのだろうか?

「そうか、ありがとう馬場さん。なんだか気がグッと楽になったよ」

「あぁ、また何かあったら来るといいさ、聞くだけならいくらでも、答えるならモノによる...だぜ」

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