黒剣の魔王

ニムル

第39話/主の眠りを妨げる者

「なんなんです?」 「この光景は?」 「どうして?」 「なぜ?」 「なぜ?」 「なぜこんなところにビル街が?」

 ブツブツと独り言をいくつも発しながらゆっくりと魔王の街へと降りてくる、白髪にタキシードの老人がいた。

 まるでその姿は天から舞い降りる白鳥のようで、彼の背中にあるその羽は、彼の姿を天使のように荘厳に見せていた。

 多少の砂塵がまう地面にふわりと着地すると、ゆっくりと時を止められた自分の仲間の方を見る。

 新魔王が誕生してから、まだ1年も経っていないはずだ。そうすると、この時を止めている能力はクロノスではない別の神の能力ということになるのか?




『そう、彼らが止まることもまた運命、そして今ここに君が来たこともまた運命! そして、君と僕が今日ここで巡り会ったこともまた運命っ!』




 鼻にかかった低い声が近くから聞こえた。老人は静かにあたりを見渡すが人影はどこにもない。

「何者です?」

『私かい? 私の名はベートーヴェン。今、自身の耳が周囲の音を捉えていることに歓喜しているところだっ♪』

『ベートーヴェン、遊んでるんじゃない。私達のやることはマスターが再び目覚めるまでこの街を守護することだ』

 もうひとつ、中性的な声が聞こえてきたかと思うと、目の前に立っているのは顔の無い巨人。

『人間に従うのは気が引けるが、いくら人間であろうとマスターはマスター。命令は死守しなくてはならない』

『変なところで真面目だよね、君。私は一度死んだことではっちゃけてしまったよ』

『マスターの脳内の私がはっちゃけすぎているから、私はそうならないでいこうと決めた……』

「ほう? ベートーヴェンとニャルラトホテプ。これはまた奇怪な組み合わせだ」

 老人は素早く巨人の名前を当てたかと思うと、何かで宙をなぞり始めた。

『おい、お前何してるんだ』

 ニャルラトホテプが何かをし始めた老人に向かって大きく手を振ったが、老人はそれを素早く避けて何事も無かったかのように宙をまたなぞり出す。

『おい、ベートーヴェン! 見ていないで手伝え!』

『……ダメだ、私の運命操作が効かない!?』

『何っ!?』

「残念ですが私の今回の相手はあなたがたではないので、これにてお暇させていただきます」

 ニャルラトホテプとベートーヴェンの2人が持てる力で老人のことを攻撃するが、老人はその全ての攻撃を難なく交わしていく。

「では、またどこかでお会いすることを祈っておきましょう」

 そう言うと、老人の姿がゆっくりと中空に溶けるようにして消えていく。

「私のモットーは、『立つ鳥跡を濁さず』なので」

 その言葉を発し終えた時には老人の姿はどこにもなく、2人はその後も周辺の捜索を行ったが、老人が見つかることは無かった。



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 ……暗い……




 ……深い……




 ……心地いい闇の中へとズルズルと引き込まれていく……




 ……ゆっくりと体を形作っていた輪郭が、淡い光の塊へと変わっていく……




 ……これが死ぬ時の感覚か。あんがいあっさりとしてるもんだな……




ーー起きろーー




 ……なんだよ、俺はもう死んだんだ……




 ……今回も誰も救えなかったんだ……




 ……寝かせてくれよ、もう……




ーー私が許さんーー




 ……誰かも知らない奴に私が許さんとか言われても……




 ……しかも、もう死んでるんだからどうにもならないさ……




 ……許さないっていうなら、お前がなんとかしろよ……




ーー調子に乗るなよ、小童ーー




 ……小童って……




 ……どこの誰かもわからないようなやつに、なんでそんな呼ばれ方されなきゃいけないんだよ……





 ……なんのやる気も浮かばない……





 ……寝るか……





 ……目が覚めたら、元の世界に戻っているかもしれない……





 ……このファンタジーな夢から覚めて、日本の自宅のベッドで寝てるんだ……





 ……目覚ましがなって目覚めて、朝食を取って着替えて、学校へと通う……





 ……そんな当たり前の生活に戻るんだ……





 ……なんの根拠もないのだけれど、何故かそんな気がした…





ーー仕方ない、小童には少し痛い目を見てもらわんと行かんなーー





 ……なんだよ、何度も何度も話しかけてきて……




 ……うる、さ、いん……だ……よ……





ーー寝たか。では、早速始めるとしよう。私の力を扱うのにふさわしい人間であるかどうかをーー




 自分の姿すらまともに見えない精神世界の闇の中、その最奥に座っていた龍神グランフェイタスは静かにその重い腰を上げて優の方へと歩み寄る。





 優が、自分の意思を継ぐに相応しい者かどうかを確かめるために。

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