黒剣の魔王

ニムル

第35話/黄衣の王1

 ゆっくりと邪悪の影がこちらへとむかってくる。

 黄色のローブに身を包む男の姿を確認したのは、洞窟内で街全体に仕込んであった監視カメラが故障する直前だった。

 男に多量の魔弾やレーザーが当たっていたはずなのだが、その男の体から巨大な人間が現れて軽々とそれすべてを防いでしまったのだ。

 本当にどういうことだろうか。俺のように髪を体に宿していたとしても限界にはかなりの魔力を食うはず。

 たった一人で攻めてきているのにあれだけ大きな神を呼び出したら、魔力の消費量もただでは済まないはずだ。

 あいつは何者なんだろうか。まずはあの神のことをしべなくては……

「お兄ちゃん、あれ、『イタカ』じゃない? あの身長とまるでマネキンみたいなあの顔、ダーレスの書いた設定にそっくりだよ!」

「おバカでも神話関係の知識は誰よりも持ってるのね!? まあいいや、ありがとうっ!」

 よく分からんけど大方の予想はつけられた。確かに彼の周りで発生している以上な風は、風を司る彼のイメージにしっくりとくる。

 クトゥルフ神話系列の恐ろしいところは、他の神話の神のように気を抜いていて倒されたとか、武器がないから倒されたとかそういう間の抜けたところが少なく、多くの神が死んだのではなくて封印されたという点だ。

 彼らは封印されていてもなお、人間に精神干渉をして体を乗っ取ったり、自身を崇める教団を作らせたりして復活の気を狙っているという狡猾な特性を持つ。

 神話体系の中ではイタカ自体もそこまでの大物ではないのだが、やはり神であある以上何をするかはわからない。

 更に、彼を呼び出したあの男はそれ以上の強さであると考えた方がいい。確実にイタカだけですべてを仕留めれることが出来ないことは分かっているはずだ。

 それがわかっていてなおイタカを使ってこちらに向かってくるということは何か作があるのだろうか。

 とにかく対策を建てなければ。

「全洞窟内の住民に告ぐ! 今すぐ最下層の防護シェルターの中に避難しろ! 俺以外の魔王3人と勇者パーティーには話がある。すぐに俺のところまで来てくれ」

 さぁ、ある程度戦える人間達を集めようとしたがこれは厳しい。

 いくらこの国のすべての建造物が秀吉おじいちゃんお手製だとしても、シェルターにも何があるかわからないからシェルターの警備にスカコンティーなどの一部の強い魔物を使わなくてはならない。

 となると、あの化け物とまともに戦えるのはこのメンバーな訳だ。

 なぜ俺一人で倒そうとしないのか。それには明確な理由がある。

 事前に説明を受けていたのだが、髪の中には序列があり、神と神同士の戦いは近いレベルになるためにいつものように一般人を軽くひねるようには行かないというのが現状だ。

 いくら彼らよりもすのスペックが良かったとしても、それを上回る神の特殊能力がある可能性がある。その場合、俺一人ではみんなを守ることは不可能だ。シェルターに入っている魔物達に対してはある程度の安全といざと言う時の逃げ道は確保したから問題は無いが、彼女たちは避難よりも戦うことを選ぶだろう。

 自分に守る力があるのなら、それを使って戦う。昔からそういう奴らだ。

 人を守って傷ついてばかりで、周りの心配なんて考えずに自分の信じるもののためにただ突っ走っていく。

 そんなことをしても命を失うことがなかったのは、元の世界で起こったことに死がつきまとうことは無かったからだ。

 この世界で、しかも戦うということは常に死が付きまとう。

 そんな中で彼女たちに無理をさせるわけには行かない。

「俺があの巨人と男を誘導するから、魔力を兵器に送るのを全てゆいに任せる。姉ちゃんは恭花きょうかと一緒に洞窟の中にいるモンスターたちの中で防御魔法が使える奴らがいたら、魔力の補強を手伝って防御力を全員最大にしてくれ」

「俺たちはどうすればいい?」

「一宮君は俺と一緒に来て。ステラとアルバは洞窟の入口に敵が来ないかの確認。来たらできる限りひきつけた上でアルバの魔法で姉ちゃん達に連絡をして。姉ちゃんは連絡が来たらすぐに隠し通路から砂漠の地下を通って帝国に行ってくれ」

「あの私は?」

「イリアスは魔弾でダメージを与えきれなかった時の巨人との戦闘に参加してもらうから、最初はステラたちと一緒に入口待機。その後で巨人が倒れることがあったらステラ達と行動を共にしてくれ。もし奴らが洞窟まで来るようだったら俺達と一緒に戦ってくれ」

 ステラとアルバは戦力的には強い方であるが、あいつらと戦えるかと言ったらやはり怪しい。そこはやはり最後の防衛線として残ってもらった方がいい。

 一宮君には細かい箇所でフォローをしてもらう。俺の魔法で最強級のバフをかけるのでステータスは普段の10倍くらいだろう。

 イリアスは人間からは逸脱した魔力量を誇っているのでいざと言う時に、強大な魔法をぶち込んで少しでもダメージを与えてもらう。

 想定していたよりも敵が攻めてくるのが早かった……安全な状況に甘えていた。自分が人のことを守るとか宣言しておきながら、安全な今の状況に甘えて、このように向かってくる相手がいることを考えていなかった。



 想定にとらわれるな。現状に甘えるな。俺は二度と同じ失敗をおかせないんだ。大切な人を二度と失っちゃいけないんだ。



 ……二度と?



 何故だろう。今のこの現状にデジャブを感じている自分がいる。

 いや、そんなことはどうでもいい。後でいくらでも考えられる時間を作ろう。

 とにかく今は目の前の敵を対処することだ。


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 無人のビル街に響く射出音と巨人の咆哮。

 爆音があちらこちらで鳴り響く街の中で、風の中心にいる男がフードを脱いで大きく宣言をした。

「俺の名は『ハスター』。【強欲】の大罪だ。今から貴様らが大事に大事に守ってる、黒剣とやらをいただきに来た。さぁ魔王、出てこいよ! 俺に心躍る戦いを味あわせてくれ!」

 そう。彼は純粋に戦いを楽しみたいだけの男だった。しかし、彼は戦いをふっかける相手を間違えた。




 ーこの場にいる強者は1人ではないー

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