ゼロ魔力の劣等種族

じんむ

第二十八話 強襲者


 男子生徒が向かってきた先に着くと、想像しがたい光景に出くわした。
 木の根っこ付近で伏せているのはまたしても別の男子生徒。ただし、背中には痛々しいまでの裂傷があり、息も荒い。

「おいおい何があったってんだ!?」

 フラミィが駆け寄ると、男子生徒は苦し気に答える。

「不意を……突かれた。背中から、やられた」
「誰に!」
「見え……なかった。だが誰かの、悲鳴は……聞こえた、気が……ゲホッ」

 傷を負った男子生徒の言葉に先ほど走ってきた男子生徒を連想する。
 同時にある嫌な予感が頭をよぎったので不如帰ホトトギスを顕現させ、自らの手の甲を軽く裂く。
 すると、ヒリリとした痛みと共に血がわずかに滴り落ちた。

結界フラグが、機能してない」

 つぶやくと、フラミィの顔がこちらに向くので、未だ血の止まらない手の甲を見せる。
 フラミィもそれでようやく状況を理解したのか、信じられないといった様子で改めて目の前に倒れる生徒へと目を向ける。

「たぶんこの傷はさっき走ってきた奴がつけたんだろう。結界が張られているはずなのに本当に傷つけてしまったから錯乱してたんだ」
「だから自分は悪くないって言ってやがったのか……」

 状況の把握はできた。もしさっきフラミィと全力をぶつけ合っていたらと思うと想像するだけで恐ろしい。
 ただそれはさておいても、まずはこの生徒の傷をどうにかしないとダメだ。だがどうする。恐らくこの傷はかなり深い。多少の傷の応急処置なら心得ているがここまで大きいものとなると手に負えない。

「チッ、これ以上血が流れるよりマシだろ」

 思考を巡らせていると、不意にフラミィがダガーを顕現させる。元々赤いそれはさらにその色を濃くすると、白い湯気を立ち昇らせた。

「ちょっと我慢しろよ」

 フラミィが言うと、同時に断末魔が森に響き渡る。
 傷を負った生徒の悲鳴だった。見れば、フラミィのダガーの腹が背中に押し付けられていた。同時に嫌な臭いが立ち込める。

「っと……とりあえず止血はできたか」

 言うフラミィの手前、生徒は気を失っていた。

「お前ほんと大胆だな……」
「仕方ねーだろ。あのままじゃ血がなくなって死んじまってた」

 倒れ伏す生徒に目をやると、未だその地面にはすでに流れた血で池ができていた。

「それはそうだけど」

 まぁ実際フラミィの判断は正しかったのだろう。ここはあくまで学院の敷地内。結果的に大やけどを負ったかもしれないが、あのまま血を流し続けるよりはマシだったはずだ。そんな判断を一瞬でやってのけるフラミィの判断力はやっぱりすごいんだと思う。

「そんな事より学院は何やってんだ? こんな異常事態だってのに音響魔法の一つも入りやしねぇ」

 確かにフラミィの言う通りだ、結界が消えてるなんてそんな大事なことはいち早く知らせなくてはならない情報のはずだ。
 明らかにおかしい。疑念が膨らんでいると、ふと森の奥から気配を感じたので不如帰ホトトギスを構える。フラミィもまた同様らしく厳しい目で気配の方を見やる。
 警戒していると、ふらりと現れたのは見たことのある姿だった。

「教頭じゃねぇか! ちょうどよかった。こいつやべぇから早く見てやってくれ!」

 フラミィが言うが、教頭は薄ら笑いを浮かべたまま動こうとしない。

「おい教頭何やってんだよ! 火で止血はしたけど火傷もあまり放ってはおけねぇ!」
「そう焦る必要もないよエネルケイア君。それくらいなら少しは持つ」

 薄紫の正装は相変わらず悪趣味な恰好だ。しかし傷を負った生徒を放っておくというのは教育者としてどうなのだろう。初対面の印象は正直あまりよくないだけに、どうしても不信感を覚える。

「それよりもシラヌイ君、私は君に用があるのだよ」
「俺に?」

 聞き返すと、教頭の手に光が発生する。
 一瞬目を細めると、その手の中には開いた分厚い本が鎮座していた。

氷細工ラフトグラッセ
「危ねぇ!」

 教頭のつぶやきのすぐ後に、フラミィが叫ぶと、衝撃と共に俺は地面にしりもちをつく。

「おいおいどういうつもりだ教頭……」

 どうやらフラミィに押されたらしい。教頭を睨むフラミィの肩は氷漬けになっていた。状況に理解が追い付かない。

「エネルケイア君、私は君に用はないのだよ」

 教頭が面倒くさそうに言い放つと、ひとたび腕を振るう。連動して、フラミィが身体は空を切り、少し先の木に叩きつけられる。

「ぐ……っ!」
「君はそこまで大人しくしておきたまえ」

 教頭が冷淡に言い放ち再度手を振るうと、フラミィの身体が木に張り付いた。苦痛を伴うのか、フラミィの瞳孔がわずかに開く。
 この状況は極めてまずい。何が起きているのか理解できないが、少なくとも教頭は敵だ。ならやることは一つ。
 俺は跳ね起き、すかさず疾駆。
 教頭の脇腹めがけ不如帰を入れ込む。が、斬った感触は皆無。
 見れば、そこにいたはずの教頭の姿は絵の具のように虚空に溶け込む。

「やれやれ、いきなりとは君も危ない事をしてくれる」

 ふと、背後から声がかかった。
 振り返ると、平生と変わらない様子で佇む教頭の姿。入学式の時にフラミィの物理攻撃を封殺した奇妙な魔法か。

「何が目的だ」
「私の研究のため、とだけ答えておこう」
「研究?」

 聞き返すも、返ってくるのは矢の形が象られた炎だった。
 紙一重でかわすも、わずかに服が焦げ付く。魔法相手だと分が悪いか。この状況で自分の力を試してもいられない。

「ヒイラギ!」

 念じると、視界に青色が混じる。刹那、教頭がすぐ目の前に迫ってきた。

「それを待っていた」
「な……ッ!」

 醜悪な笑みを浮かべる教頭の言葉と共に、凄まじい激痛が目に襲い掛かり、思わず膝をつく。
 眼球が潰されたかと錯覚したが、つい抑えた手を目から離せば、いつもと変わらないように景色は見える。ただ、一つだけ先ほどと変わった事があった。
 視界の先に青色が一切混じっていない。

「くくく……」

 上から喉を鳴らす音が聞こえる。
 見上げれば、片手に本、もう片方に青い光の球を浮かばせる教頭の姿があった。
 それだけで直感的に確信した。あの光はヒイラギのものだと。
————ヒイラギが、奴の手に渡った。

「貴様ッ!」

 地面に落ちていた不如帰を拾い上げ、刃を振るう。
 だが、相変わらず斬った感触は皆無。少し間合いの開いた場所でこちらをあざ笑う教頭の姿があった。

「これさえ手に入れば君に用はない。消し炭となれ、烈火の颶風ケオ・テンペスタ

 フラミィが使っていた魔法か。
 俺はすかさず不如帰を引き絞ると、肉薄する莫大な炎の塊を両断する。ヒイラギだけは、渡せない。渡してたまるか。
 まさか魔法が無効化されると思っていなかったのか、教頭の顔には驚愕の色。神速で詰め寄り不如帰を振るうが、やはり不発。教頭はまたも霧散する。

「驚いたよ。まさか上位魔法を身体一つで無効化するとは」
「黙れ、ヒイラギを返せッ!」

 背後から不快な声が届いたので、反転。一気に間合いを詰め斬撃をお見舞いする。しかし案の定、不発。

「頑張ってくれるのは結構だが所詮無駄だよ。私に物理攻撃は通用しない」

 教頭が背後で言った転瞬、目の前が純白に覆われ、耳を裂くような烈音が響き渡る。
 急で目がくらみそうになるが堪え、背後を振り返る。

「もちろん、魔法による攻撃もだがね」

 教頭が目をやる先には白銀の髪の毛を悠然と称える少女——エクレの姿があった。どうやら先ほどの光はエクレによる雷魔法だったらしい。
 エクレがあたりを見回すと、拘束が解けたのか木に背を預けるフラミィが目をわずかに伏せる。

「これは、どういう状況?」

 エクレが尋ねると、不意に森の奥から声が聞こえる。

「あちらに生徒と思われる魔力を確認!」

 その声を聞くと、教頭が不快そうに舌打ちをする。

「チッ、相変わらず手の早い……まぁいい。目的は達成した」

 教頭が吐き捨てると、金属がきしむような音と共に空間が裂ける。

「それではお元気で」
「待て!」

 恐らくあそこに入れてしまえばヒイラギは取り戻せない。
 焦燥と共に教頭にとびかかるが、遅かった。教頭のいた場所はもとの森へと姿を戻していた。

「大丈夫か!」

 灰の外套をまとった人間に声をかけられた気がするが、俺は無言で膝をつき地面を殴ることしかできなかった。

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