ゼロ魔力の劣等種族

じんむ

第一話 劣等種族

 黒い鉄門の先を見ると、木々が立ち並ぶ大通りの先には、薄橙色の壁に木や窓が配列よく組まれた建物が俺たちを見下ろしている。
 王国ディナトティアの王都に広大な敷地を有するエクストーレ学院の本棟は噂通り絢爛豪華だ。
 貧困層から富裕層まで幅広く受け入れるこの学院は世界でも名の知れた教育の場らしい。俺も今日からここの生徒というわけだ。

「おい」

 ふと前方から声が浴びせられたので見てみると、何やら目つきの悪い人たちが俺を囲んでいた。
 気崩されてはいるが、制服は全員新しそうだからたぶん同じ新入生だろう。

「あ、たぶん同じ新入生だよな? 俺はクロヤって言うんだけどお前らの名前はなんていうんだ?」

 対人関係において第一印象は重要だと聞くので、できる限り明るいトーンで返してみたが、帰ってきた反応は好意的なものではなかった。

「あ? てめェ舐めてんのか、肩ぶつけといて謝りもしねぇったぁよォ?」
「そうだそうだ」
「謝れよ」

 一番体格の良い男に続き、いかにも小物臭溢れる二人が言葉を重ねる。
 しかし肩をぶつけただって? 冗談、だって俺は今、学舎見ながら立ち止まってたんだぞ? ああそういえばさっき誰かがわざわざ俺に近寄ってきて肩をぶつけていたな。でも、今の言い方だとまるで俺からぶつけてきたみたいじゃないか。まぁいちいち反発したら余計こじらせるだろうから適当に謝っておこう。

「まぁなんかごめん、以後気を付けるよ」

 さて入学式の会場へ向かおうと野郎どもを避けて進もうとするが、肩を掴まれ阻止されてしまう。

「おい待てよ」
「まだなんかあるのか?」

 尋ねると、体格の良いリーダーであろう男はさも馬鹿を見るような目をこちらに向けて軽く肩をすくめる。

「おいおい、弥国人ってのはこういう時の礼儀もしらねぇのかァ? なァ?」

 取り巻き二人組に視線を移動させると、その二人組もまたヘラヘラと陽気そうな顔を向けてくる。
 なるほど、俺が弥国人だから難癖つけてきたわけだ。大まか、俺が黒髪という事から類推したんだろう。 まぁ弥国人が嫌われてるっていうのは知ってたけど、やっぱり髪染めくらいしとくべきだったか。

「一応聞いとくけど、何をすればいいんだ?」

 この状況を打破するために内容によっては受け入れるとしよう。

「ほお? 良い心がけだ。じゃあまずは裸で入学式に出場してもらおうかァ」

 体格の良い男がしたり顔で言うと、二人組もまたからからと笑う。随分とまぁ突飛な発想を……。

「ごめん、流石にそれは無理」
「あ?」

 拒否の意思を示すと、不機嫌そうな声が返ってきた。

「そりゃ嫌だろ。ていうか、俺は聞いただけでやるなんて一言も言ってないぞ?」
「んだとコラ? 魔法を使えない劣等種族がよッ」

 太い指が俺の襟をつかみ木に押し付けてくる。
 極東にいる魔法の使えない劣等種族、それが弥国人。弥国人は一応物理的な力に関しては秀でているものの、全ての優劣は魔法に在りと謳う西洋人からすれば、魔法を使えない事程滑稽な事は無いらしい。そのせいあって、弥国人はもれなく嫌われている、というよりは見下されてるって言った方が正しいか。俺もその一人で確かに自分自身では魔力を持ち合わせていない。

 にしても面倒な事になった。どうするか。反撃してもいいけど人通りも多いし、あまり目立ちたくないからな。どうにかこの事態を丸く収めることはできないだろうか。

「なぁあんたら」

 なんとかこの場を治める打開策を見出そうとしていると、別の方向から声が聞こえてきた。

「んだてめェは?」

 野郎どもの目線を追うと、そこには赤髪を尾のようにまとめ、口には枝か何かを咥えた女の子がこちらを見ていた。美人というよりは可愛いに部類されそうな子だ。

「俺か? 俺はフラミィ・エネルケイアさ」

 男たちに真っすぐと向けられる紅玉の瞳は淀みを感じられない。

「エネルケイア? 誰かは知らねェが、何か文句でもあんのか? あ?」
「文句、ねぇ……」

 フラミィという子は味わうかのように言葉を復唱する。

「おうよ。言っとくがここは完全実力主義。俺がこの劣等種族に何したってこいつが弱いのが悪いんだよ」
「まぁそうだな、文句はねーよ」
「だろ? だったらとっとと去りやがれ」

 自らの主張に同意を得た事が嬉しかったのか、リーダーの男は心なしか満足そうに微笑む。

「でもよあんたら、実力主義だからってこんな弱いのをいじめて楽しいってのか?」
「あ?」
「やり方がめめっちいって言ってんだよ。玉ついてんのかほんとによ?」

 ……今女の子から出たとは思えない言葉が出た気がする。
 男共もそれは感じたのか、若干呆気にとられたようにフラミィを見ている。

「どうせ下もちっせぇ野郎どもなんだろうなぁ?」

 いやだから女の子が言う事じゃないってそれ。

「てめェ言わせておけば……」

 そこまでとは思わないが、やはり二回も言われた本人からすれば大きな侮辱だったのだろう、俺の胸倉をつかむリーダーは毒抜かれた顔から一転、その眼が悪意で満たされる。
 これまずいんじゃないか? 多少目立つ事をしても止めた方がいいかもしれない。

「おらッ!」

 リーダーの拳がフラミィを急襲する。
 同時に、手が離れたので俺は止めようかと木から離れるが――

「おいおいそんなもんかよ。道理でこういう事するわけだ」
「んなッ……!」

 俺が出る必要はなかった。何故なら、リーダーの拳はフラミィによって片手で止められていたからだ。しかも表情には軽く微笑が湛えられ、余裕すら窺える。

「ふざけやがって!」

 ふと、取り巻き二人組のうち一人がフラミィに向かって飛びかかる。
 しかし、フラミィは軽々と躱すと、膝蹴りを鳩尾めがけて突き刺す。

「げほっ」

 かなりきつい一撃だったのだろう、飛びかかった方の取り巻きは地面にうずくまる。

「確か実力主義だったんだっけか? なんなら俺が相手してやってもいいんだぜ?」

 咥えていた枝を吐き捨てると、固定していた拳を粗暴に解き放つ。

「チッ、いくぞお前ら」
「う、うっす」
「へ、へい……」

 女に拳を止められたのが悔しかったのだろう。男たちは下唇を嚙みながらこの場を離れていった。
 取り巻きはさておき、あの男は魔法に頼る傾向がある西洋人にしてはけっこう筋肉量あったみたいなのに、この華奢な身体のどこにそんな力があるんだろう。やはり鍛えているのか、あるいは魔力を通して筋力を強化するという技能、魔力補強マギア・ブーストで強化してるのかもしれない。まぁいずれにせよ、かなり強い子なのに変わりはないか。
 そんな事より、助けてもらったからには礼は言っておかないと。

「助かったよ、ありがとう」

 言うと、フラミィがあくび交じりに答える。

「別にあんたのためじゃねーよ。ああいうの見てると虫唾が走るだけさ」

「でも助かったよほんとに」
「まぁいいさ。それはそうと本当に弥国人なんだな……」

 顎に手を当て、紅い瞳が俺を眺め始める。
 口調とか言う事を抜きにすればかなり可愛い子なので、あまりじろじろ眺められると少々気恥ずかしい。どうするか考えあぐねていると、やがて視線は外れた。

「ま、せいぜい頑張れよ? この学校が完全実力主義なのは本当だからな」

 フラミィの言う通り、この学院は完全実力主義だ。
 力なきものは力ある者に砕かれるのは必定、たとえ貧富の差があれど、力の前にそれは無意味という謳い文句が存在し、実力次第では学費免除、生徒同士の諍いを解決するのにお互いの実力をぶつけ合う決闘制度を設けるなど、まさしく実力主義の名にふさわしい場だろう。

「まぁなんとかしていくよ」
「その意気だ。それはそうとあんたも新入生なんだろ? 俺もだけど、ここで会ったのも何かの縁だ、入学式一緒に行こうぜ」
「あー……おう、サンキュ」

 だしぬけに言われたので、思わず言葉を詰まらせてしまう。
 そのせいかフラミィが心なしか怪訝そうにこちらを見やる。
 それでも特に何もないと判断したのか興味無さそうに俺から視線を外すと、何か関心があるものがあったのか、別の方向を見つめだした。
 目線の先を追ってみると、そこには白銀に煌く髪の毛を片方に結んだ女の子が歩いていた。少し小柄だが、その整った顔立ちは世界中の男を釘付けにするのではないかと思われる程だ。

「知り合いか?」

 聞くと、フラミィはどこか慌てた様子で俺へと視線を戻す。

「ま、まぁなんだ、ほんのちょっと接点があるってか無いってか……」
「なるほどな」

 ちょっとどころでも無さそうだが、あまり他人に深入りしない方がいいので、適当に話題を変える。

「まぁとりあえず行くか。講堂は確か校舎を曲がればいいんだよな」
「あ、ああ。そうだな確か」

 歩き始めると、再度フラミィの視線が銀髪の女の子へと向くが、知らないフリをしておいた。

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