ゼロ魔力の劣等種族

じんむ

第二話 入学式

 講堂に入ると、まず最初に舞台上にある、天竜ドラコーン猛虎ティグレムル大亀トルトゥーガ神鳥ルフが描かれた学院の紋章が目に飛び込んだ。それぞれ東西南北を司る守り神と西洋では位置づけられているらしい。

「席は決まってねぇみたいだな」
「あ、おう」

 フラミィが適当な席に座りに行くので俺もその後に続く。

「そういやあんたの名前聞いてなかったよな」
「ああ、俺はクロヤ・シラヌイだ。クロヤとでも適当に呼んでくれ」
「なるほどクロヤか。俺はさっき名乗ったから知ってるかもしれねぇけど、フラミィ・エネルケイアだ。フラミィでいいぜ」
「ああ」

 しばらく四神が描かれる校章を眺めていると、どこか訝し気にフラミィが俺の顔をのぞき込んできた。

「なんか考え事でもしてんのか?」
「え、なんで」
「さっきから上の空ってーか……。まぁあんまり深く考えてると寿命縮むぜ?」
「まぁ、それはそうかもしれないな。でも別になんもないぞ俺は」
「だったらいいけどさ」

 フラミィが両手を頭で組み前を向くと、ほぼ同時に講堂内が暗くなり舞台だけに光が集中する。とうとう始まるらしい。

「諸君、まずは入学おめでとう」

 出てきたのは薄紫の正装に身を包んだ男だ。どことなく自分に酔っていそうな雰囲気であまり良い印象は抱けない。

「魔法の研究者であり、この学院の教頭、セス・オニールだ。学院長はご多忙の身であるため不在な日が多くてね、今回も出張のため私がその代わりを務めさせてもらうよ」

 学院長じゃないのか。……まぁ確かに、学院長って感じはしないな。

「さて、既に知っているかと思うが、この学院は完全実力主義だ。我々は実力が無いと判断した場合、容赦なく君たちを振るい落とす事だろう。ただ、学院側としてその後の君たちの動向を制限することは無い。故にもし仮にこの場を去る事になっても安心してもらいたい」

 その言葉に若干講堂内の雰囲気がざわつく。
 振るい落とす、この教育の場においてそれは退学を意味する。一定水準の成績を得られず退学なんてのはザラらしい。確かにこの空気になるのも分かる。知っていたとはいえ不安なのだろう。

「何が安心だ。要するに去った後は一切面倒なんか見てやらねぇって事だろ。にごさねぇでダイレクトに言えっての」

 真っすぐな心の持ち主なのか、フラミィにとって婉曲表現は不快の対象らしい。不機嫌そうな声が横から聞こえる。

「まぁ静かにしたまえ」

 教頭が声を張ると、次第に生徒たちは落ち着きを取り戻していく。

「君たちがここに来た目的は様々だろうが、その目的の多くは王直属の近衛守護部隊を目指しての事だと思う」

 王直属の近衛守護部隊、通称【ルミエル】。国でその名前を知らない者はいないというエリート集団だ。この部隊は王直轄の下組織されているとだけあって、将来安泰なんだとか。聞くに、毎年この学院からは成績優秀な数名の生徒がルミエル行きを約束されるらしい。

「そうでなくても、卒業後は恐らく常に死が付きまとう環境に身を置く事が多いだろう。我々としては元々生徒だった教え子には死んでもらいたくない。故に心を鬼にして力の無き者は排除するというわけだ」

 教頭はわざとらしく辛そうに鼻を抑える。
 死なない生徒を育てようとは思わないんだな。というかそもそもだ。人間、いかに力を持っていても死ぬ時は突然だ。だからこそこの教頭の言葉はどうしても詭弁に聞こえてしまう。あるいは実際そうなのだろう。
 こちらに来る前の記憶、弥国にいた頃の記憶が脳裏を掠めるのを感じていると、ふと教頭が黙りこくっていることに気付く。
 しばらく言葉を待っていると、ややあって、教頭は再度口を開いた。

「……とは言え、君たちも実力の分からない我々教師陣に人生を左右されるのは良く思わないと思う。だから、今この場で誰でもいい、何人がかりでもいい、かかってきなさい。君たちは私に傷一つ付けることがでないだろうが、我々の実力も知っておいてもらいたいのでね」

 唐突に放たれた言葉に講堂内がざわつく。
 かくいう俺も一瞬意味を呑みこめなかった。現状、この会場内には二百名の新入生が存在する。もしもその二百名全員が相手でも傷一つ付けられないと、そう言っているのだろうか? あるいは全員が攻撃してくるはずもないと高をくくっての事なのか。

「なーに心配はいらんよ。教師という立場上君たちに手をあげはしないし、もし仮にここで出たとしてもその者の成績が下がる事は一切ない。それどころかもし傷をつけられたのなら即刻卒業、近衛部隊に入れても構わない」

 大よそ、実力主義の名に相応しく、教師陣の力をあらかじめ見せつけ、今後生徒を統制を確固たるものにするための発言なのだろうが、それにしたってそこまで言うのかこの教頭は。相当腕に自信があるらしい。
 流石にこれだけの餌に新入生たちもどうせならやれるだけやってみようという空気が漂い始める。
 だが、それでもいざやるとなると不安なのか出ようとする者はいない。

 そんな中、突如一筋の光が頭上を迸る。まさに光速だった。
 目で追うと、既に舞台上の一部が黒く焦げていた。その隣では無傷の教頭が悠然と佇んでいる。
 この教頭はあの速さを避けたというのか。

「なるほど悪くない速さだ。威力も申し分ない。だが、私に当てるにはどちらも足りない」

 教頭が見据える先に目を向けると、そこには登校中に見かけた白銀の髪の毛の女の子が、無表情で掌を舞台上に向けていた。どうやらあの子は放った魔法だったらしい。

「エクレ……」

 フラミィが小さく呟く。恐らくあの子の名前なのだろう。さっきも何やら面識があるみたいだったから知っていても不思議じゃない。

「よそ見してる暇はないよ!」

 ふと、声が聞こえたので見ると、誰かが魔法を放ったらしかった。風と共に空気の塊が教頭めがけて襲いかかる。
 それを合図に、至る所から魔法が放たれ始めた。

 雷、火、水、氷、岩、他にも様々な種類の魔法が飛び交う。流石実力主義の学校とだけあって多種多様、威力もなかなか強いものばかりだ。伊達に入学してきたわけじゃないらしい。でもこれもし傷つけても誰が傷つけたとか本当に分かるのかね……。
 フラミィも魔法を行使するのかなと思い目を向けてみると、吟味するかのように俺同様この光景を眺めているだけだった。

 少しの間魔法の嵐で舞台上の様子が分からなかったが、やがて生徒の魔力も尽きてきたのか嵐は弱まり、やがて完全に消え去ると、焦げ付き凍り付き砕かれボロボロになった舞台の姿があった。
 だが、その光景とは不釣り合いに、教頭の装いは整ったものだった。何事も無かったかのように悠然とこちらを眺めている。

 どうやって避けたのかは分からないが、あの殺戮の嵐を受けてもなおある余裕ぶりは流石としか言いようがなかった。

「なるほど、君たちは素晴らしい腕をお持ちのようだ。我々教師陣としても非常に鼻が高い」

 よくもまぁ無傷でいけしゃあしゃあと……。
 呆れていると、ふと横でパキポキと子気味の良い音が聞こえる。
 見てみれば、立ち上がったフラミィが虚空から一対の紅いダガーを取り出し、慣れた手つきで逆手に持った。

「お、行くのか」
「ま、卒業云々はさておき、小手調べにな」

 問うと、挑戦的な笑みを浮かべ、フラミィが飛翔。魔法依存の傾向にある西洋人でここまでの身体能力とはなかなか珍しい。

「直接攻撃はどう対処すんだ教頭先生よぉ!」

 フラミィが吠え、舞台へ到達。同時に斬撃を教頭へと打ち込むと、教頭を両断。攻撃が入った事に講堂内がざわつく。

 まさかやったのか? と思われた矢先。斬られた教頭の姿は水に溶けだす絵の具のように霧散する。
 何があったのかと目をこすると、気付けば教頭はフラミィから少し離れたところで佇んでいた。

 フラミィは即座に反応。踏み込むと、再度現れた教頭に紅の一閃。しかし教頭は霧散。フラミィの背後にふらりと霧散した残像が集まり、教頭の姿を形成する。勿論傷一つない。
 フラミィの苛立たし気な素早い刺突。同じく、霧散。するとさらに教頭は距離を置いて姿を現す。だがそれは読んでいたのか、すかさずフラミィはもう一方のダガーを突き出し、紅蓮を教頭めがけて放った。

 これは対処できないだろう。誰もがそう思ったかもしれないが、大量の炎は見えざる壁に阻まれ、全て受け流されていた。物理攻撃を躱すあの奇妙な魔法は聞いた事ないが、炎を防いだ方は恐らく魔法反射リフレクという奴なのだろう。魔法使いが魔法使いに対抗するために編み出された魔法らしく、どれほどの魔法を無効化できるのか、あるいは素早く発動できるのかは術者の技能による。あの速さであの量を無効化するという事はやはり教頭はかなりの手練れなのだろう。

 フラミィもそれを悟ったのか、しばらく教頭と対峙していたが、やがて諦めた様に手をあげダガーを虚空に収めると、こちらに向けて歩いてくる。

「魔法だけではなく体術も申し分ない。彼女に拍手を!」

 もはや嫌味にすら聞こえてくる教頭の講評にフラミィが手だけあげて答えると、軽い拍手が起こる。
 まぁ教頭が凄すぎたから仕方ないけど、フラミィも十分凄かったもんな。

「ったく参ったね。流石啖呵を切るだけあるぜあの教頭」

 ふいーとお疲れなのかため息をつくと、フラミィは椅子に深々と腰を掛ける。

「やっぱり強いなフラミィ」
「んな事ねーよ。それより、クロヤは行かねーのか?」
「行かない。どうせ勝てないからな」
「そっか。俺としては魔法の使えねー奴がどんな戦いをするのか見てみたかったんだけどな」
「ったく、馬鹿にしてんのかそれ?」
「まさか、むしろ逆だ。この学院に入ってきた時点でクロヤが強い事くらい予想できるぜ。ついでに並外れた何かがあるんじゃないかって勘ぐってるところさ」

 強いという言葉が重く肩にのしかかる。何故なら俺は弱い。途方もなく弱いからだ。

「強い、か。残念ながら俺は弱い。買いかぶりだよ」
「本当にそうかねぇ?」

 フラミィはまだ信用しきってないようだったが、とりあえず良しとしたのか舞台の方を向き直る。
 その後、教頭が退場すると、別の教師が現れ学院で生活するにあたっての諸注意等を話し解散となった。

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