『愛してるゲーム』に負けたらキスするなんて先輩のバカ!

みりん

9 何もかもが、うまくいかない。最悪な一日だった。

 目を覚ますと、窓の外を流れるネオンや信号の街明かりが見えた。そして、独特のにおい。タクシーの中だった。

 慌てて横を見ると、奏多先輩が心配そうにこちらを見ていた。

「大丈夫か?」

「あれ……奏多先輩? なんであたし、こんなとこに――」

「なんでって、お前急性アルコール中毒でぶっ倒れたんだよ。覚えてないのか?」

「あ……」

 そっか。あたし、奏多先輩に会うためにマッシュルームパーティーに行って、そこで変な人に絡まれてたところを、奏多先輩に助けられたんだった。思い出した。でも、

「あたし、お酒なんて飲んでないです」

「何言ってんだ。うちで女だけに無料で配ってるスミノフ飲んだんだろ? びん握り締めてたぞ」

「ええっ。あれ、ジュースじゃなかったんですか!? っつ。頭痛い」

「大丈夫か? 寒くないか? 呼吸がしにくいとかないか?」

 先輩が、ずり落ちていたタオルケットをかぶせてくれながら、聞いてくれる。優しい……。先輩、バーテンの衣装のままだ。慌てて付き添ってくれたのかな。

「いえ、それは大丈夫です。頭がガンガンするだけで」

 答えると、先輩は盛大に溜息をついた。

「お前、心配させるなよ。最初、揺すっても起きないから、マジで焦ったぞ。死ぬかと思った――」

「ごめんなさい」

 謝ると、奏多先輩は今度は怒ったように問いかけた。

「なんであんなところに一人でいたんだよ。女一人でクラブなんか行ったら危険だってことくらい分からないのか?」

「ごめんなさい。でも、あの、一樹部長と一緒だったはずなんだけど、はぐれちゃって……うう。ガンガンする……そういえば、一樹部長は知りませんか?」

「知るかよ。くそ、一樹の野郎、何考えてんだ」

 奏多先輩はイライラした様子で進行方向を睨みつけている。

「一樹部長は悪くないんです。あたしが、奏多先輩に会いたくて来ただけですから」

「……」

 そう言うと、先輩は黙ってしまった。

 そして、その時、ちょうど夜間救急病院にタクシーがついた。連絡が行っていたからか、台車ストレッチャーを準備した看護師さん達が入り口で待っていてくれてるみたいだった。あたしは、タクシーから降りると、しっかり歩けたので恐縮してしまった。ほんと、お騒がせしてしまって、申し訳ないです。

 それでも、念のため、検査して、頭痛を抑える薬を投与してもらった。

 その間、奏多先輩がずっと付き添ってくれていて、さらに文句も言わずに手続きとかも手伝ってくれた。

 入院することも出来るらしかったんだけど、これ以上医療費がかさむと手持ちで払えなくなってしまうので、慌てて断った。

 夜の人のいない病院の前で、先輩と二人、タクシーが再び来るのを待つ事になった。ペットボトルのお水を渡されて、とにかくあたしは水を飲んだ。1本目を全部飲み干すと、先輩が自分の分も渡してくれたので、ありがたく頂く。半分くらい飲んで、やっとあたしは飲むのをやめた。

 23時を回っていた。夏とは言え、夜は涼しい。セミが鳴いている。何の種類かは分からないけど、夜なのに、一生懸命鳴いている。虫が鳴くのは、求愛行動なんだよね。より大きな音で鳴いたオスの元へ、メスが集まる。

 もし、奏多先輩がセミで、鳴いてくれたら、あたしは飛んでいくのに、とぼうっとする頭で考えた。

 でも、本当はあいつ、梨花ちゃんのこと好きだったんだ。

 一樹部長はそう言った。本当に?

 気づいたら、あたしは口を開いていた。

「奏多先輩……政略結婚って、本当ですか?」

 奏多先輩は、驚いて目を見開いた後、顔を伏せて毒づいた。

「一樹だな。ったく。あいつ……口止めしといたのに」

 そして、観念したようにため息をつくと、頷いた。

「ああ、そうだよ。馬鹿オヤジが経営ミスして、借金まみれ。おまけに経営で取り返せないからって、持ってきたのは俺への見合い話。受けてくれなきゃ首くくるって泣きつかれるわ、母さんは出て行くわで、どうにもならなかったんだ」

 やっぱり、3億って本当だったんだ。あたしはやるせない気持ちで奏多先輩を見つめた。

「正直、そんな押し付けられた結婚なんてクソくらえだ。だいたい、オヤジが借金作った原因も竜崎の家の圧力があったからだってことは分かってんだ。けど、だからこそ、無下にも出来ないからな。とりあえず、今茜と付き合ってる。今度の日曜、お見合いがあって、そこで正式に婚約することになってるんだ」

「そう、ですか……」

 婚約の話しも本当なんだね。

 確かに、先輩の意思じゃないかもしれない。本当は、あたしのこと思ってくれてるのかもしれない。けど。

 やっぱりあたしの出る幕はないじゃん。マッシュルームパーティーまで出向いて行って、痴漢にまであって、酔っ払って色んな人に迷惑かけて、あたし、何やってるんだろう。何を確かめたかったんだろう。聞いたところで、何になるんだろう。あたしには、奏多先輩の力になってあげることも出来ない。ちょっと、好きって言って欲しかっただけ? だとしたら、ばかだ。あたしはただの、大馬鹿だ。

「梨花? おい、大丈夫か?」

「いえ。平気です」

 あたしは、頭が痛いふりをして俯いた。先輩は、まだ何か言いたそうだったけれど、その時ちょうどタクシーが到着したので、会話は途切れてしまった。

 タクシーで送ってもらって、あたしは無事、寝静まった我が家まで辿り着いた。先輩は、「俺のせいだから」と言ってタクシー代を受け取ってくれなかった。お家が三億借金ある人に奢ってもらうなんて心苦しいと思ったけど、先輩の有無を言わさぬ口調にあたしは逆らえなくて、結局お礼を言って分かれてしまった。

 玄関の鍵を開けながら、妙に冷静に溜息をついてしまった。こんなに遅くなって、明日起きたら、お母さんに怒られるだろうな。

 何もかもが、うまくいかない。最悪な一日だった。

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