ひとりよがりの勇者

Haseyan

第十一話 それは暗闇に潜む

 起床という名の夢と現実の境界。比較的浅い位置で揺れていたエリアスの意識がその水面を通り、現実へと浮上していく。そして覚醒した青髪の少女はすぐさま目を見開くと僅かに手足を動かした。握って開いて、動作に問題無いことを確認。戦闘は多少不安だが、それ以外ならいつでも動けるだろう。

「時間か」

 それは熟睡とは程遠い浅い眠りだ。だが例え数回に分けられた仮眠でも、疲労を取る効果は十分にあった。むしろ十年近く熟睡というものを知らなかったエリアスからしてみれば、これこそが普通にさえ感じられる。
 そして体をゆっくりと起こして、視界の端に入り込んだそれに視線が吸い込まれた。

「セレナ! もう大丈夫なのか?」

「……ええ。ご迷惑おかけしました。もう、問題ありません」

 確かに自らの力で体を起こし言葉を返すのは、昨晩までうなされ続けていたセレナだ。しかし、発した言葉と裏腹にどこか体調の悪さが表情に表れており、美しいはずの銀髪も今は艶に欠けているように思える。他者の心情に機敏とは言えないエリアスからしてみても、平常では無いことは明らかだった。

「ぅう? セレナ、か。良かった目を覚ましたのか」

「ちょっと元気無さそうに見えるがな」

「本当に大丈夫なの?」

 すぐに目を覚ましたレオンとブライアン。そして見張りから戻ってきたソラが心配げにセレナに駆け寄った。仲間たちの視線を一身に受け、照れ臭そうにセレナは苦笑する。見た限り絶好調とはとても言えない様子だが、それでも確かにセレナは言葉を紡いだ。

「少しだけ体調は悪いですが、寝起きだからですよ。すぐに探索に復帰することぐらいは問題ありませんから」

「……俺からして見てもそうとは」

「そんなに心配してくれて嬉しいですけど、本当に大丈夫です」

「別に心配してるわけじゃねえってのっ! ……ならいい」

 どうにも決まりが悪く、胸の下で腕を組むと顔を逸らす。何だかはぐらかされた気がしてならない。しかし、逸らした視線をちらりと一瞬だけ戻して窺ってみても、セレナの瞳に嘘を付いたり無理をしていたりする様子は少なくとも見える範囲では無かった。聡明で客観的に物事を見通すことのできるセレナがそう言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。
 レオンとブライアンが安心したように肩の力を抜いて、それはエリアスも同じだ。話にも一区切りついたことを確認し、セレナは荷物を収納している鞄を指差した。

「えっとなら少し食事にしてもらえませんか? さすがにお腹が空いていて」

「時間の感覚が無いけどもう朝方のはずだし、それじゃあ朝食にしようか」

 テキパキと食事の用意を始めていくレオン。手を貸そうとしたセレナをブライアンが無理やり座らせて、それを横目にエリアスも立ち上がる。

「…………」

 それでも手伝い申し出るセレナをどうにか足らず口で説得するブライアン。そんな様子をソラが心配げな眼つきを見つめていたことには、誰も気づかなかった。その視線の先にいるセレナでさえも、気づくことは無かった。




 ☆ ☆ ☆ ☆




「それじゃ、気を付けてね! のんびりと無事を祈ってるよ」

「お前はぶれないな」

「陽気でないと、独りで生きてられないからね!」

 食事を終えた一行は再びエレベーターに乗り込み、地下の遺跡探索を始めようとしていた。侵入と同時に出鼻をくじかれる形になってしまった先日の挑戦だが、だからと言って手ぶらで帰還しては無駄足もいいところだ。
 何よりここで『宝玉』に関する文献を発見できれば、それは『勇者』や『魔神』と敵対することになったとき切り札に成りうる。敵対することがそもそも間違いなのだが、保険はいくらでも用意しても損はなかった。何より“教会”が隠し玉を持っていないとも限らない。

 こちらからの信用は地に堕ちているというのに相変わらず軽薄な態度を変えない幽霊に白けた視線を向けて、それを遮るようにゆっくりとエレベーターのドアが閉まっていく。やがて小部屋ごと下降していく奇妙な感覚に耐えながら神経を集中して。

「もう、罠は……無さそうだな」

「私も魔力の兆候は感じられません」

「じゃあ次は防御の準備を頼む。ドアが開いた瞬間に撃ち込まれるかもしれない」

「あたしたちは下がってるね」

 レオンの警戒の言葉にセレナと顔を見合わせて頷くと、魔力を練りながらドアを凝視する。エレベーターが到着した。ドアが開いていく。いつでも魔力の盾を発現できるように短杖を構えて、

「あれ……何も来ないぞ」

 広がるのは薄暗い明かりに照らされた白い通路だけだった。先日の戦闘痕か、所々の壁に破損が見られるが機械兵たちは影も形も無い。レオンの言葉通り、ドアが開いた瞬間に銃弾を撃ち込まれると思っていたのに。とんだ拍子抜けだった。

「……罠だったりする?」

「可能性は十分にありますね。ですが、進まない訳にもいきません」

 研究所への道はここだけであり、警戒しすぎては一歩も進めやしない。びくびくとあるかもわからない罠に震えるためにここまで来た訳では無いのだ。ならば全身以外に道は無く、ブライアンが一歩前に出た。

「なら俺様が先頭だな」

「ブライアンも昨日の怪我だって治り切ってないじゃないか。ここは俺が……」

「あの程度掠る傷だ! 問題無いッ!」

 勇ましくというのか、無鉄砲と言うのか。レオンの心配げな発言も一蹴してしまうブライアン。その濁りの一切ない笑みにレオンもため息一つで了承するしかなかった。

「別に俺が先頭に行ってもいいぜ」

「女の子に先に危険な役回りさせるなんて一番ダメだろう」

「俺は中身は男だって……!」

「今は女の子なんでエリィはダメ―」

 割り込んで真っ先に通路へ躍り出ようとしたところを、慌てて全員で止められた。防御魔法を鍛えており、元剣士なだけあって反射神経にも自信があるエリアスこそ危険な役回りに出るべきだと思うのだが。別に以前のように自暴自棄になって、半ば自殺染みた行為に走っているわけではない。合理的な考えに基づいた行動だったのだが、誰も認めてくれる様子はなかった。

「こんな体でも男扱いしてほしいんだけどな……」

「いつか自分から女の子らしくなるのが楽しみだね」

「ゾッとしないから止めてくれ」

 体は少女になってしまっても、二十年以上培ってきた男としての自意識が崩れることなど早々あって堪る者か。確かに服装などは女物に抵抗が無くなりつつあるが、男物は似合わないのだから仕方ない。それ以上は別に困ることも無いわけで、絶対にあり得ないだろう。あり得ないはずだ。

「そんじゃあいくぞ!」

「ソラとエリアスが二番目、その後ろにセレナ。最後尾の警戒は俺がする。それで行こう」

 ブライアンが特に気負うことも無く通路へ足を踏み出した。街中のように歩いていくドワーフの背中をエリアスとソラも慌てて追いかけ、後ろから二人分の足音の追従してきている。
 それにしても、ブライアンの速度はあまり早すぎた。下手くそな鼻歌まで歌いだしそうな気楽な雰囲気で、突き当たりの分かれ道にも平然と突っ込んでいく。そのあまりの無警戒さにさすがのエリアスも声を張り上げた。

「ちょっと待て。さすがに死角がある場所は……」

「いや、通路に入って分かった。この階は安全だぞ。俺様の勘を舐めるなッ!」

 制止も虚しくブライアンの姿が付き辺りを迷いなく右に曲がっていき、本当に何も起こらない。大量の銃声が聞こえることも、精神に作用する術式が作動する様子も無く。本当に、何も危険なことが起きる様子が無かった。
 曲がってすぐの部屋の前で振り返ったブライアンが、慌てて追いかけてきたエリアスたちにどや顔を向ける。そのムカつく顔面に短杖を突き立ててやって。

「何が勘だ! 間違えてたらどうするんだ!?」

「そうは言われてもな……俺様はこれまで勘で生き残ってきたんだから問題無いだろうよ!」

「あのなぁ……」

 これまで致命的なことになっていないのだから、これからも平気だろうと。そんな滅茶苦茶な理論に反論さえ忘れてしまう。確かに直感を信じるのも時には大事なことだが、それは本当に土壇場での話だ。
 予め対策ができるのならそれに越したことは無い。昔のエリアスならまずは自分から直せと突っ込まれそうだが、少なくとも今は違う。安全策を取れるならそうするべきだと考えられるようになっていた。

「止めても昔からこうだから意味ないんだよ……実際凄い当たるから俺も頼ってるところもあるしさ」

「まあ、うん。ブライアンだしね」

「見てて怖いのは同意ですがね」

「そんなこと言ってるからこいつも直す気ないんじゃないのか……?」

 つまり何だかんだで黙認しているらしい。実際にそれでうまくいっているのなら良いのか。否、全然よくないだろう。万が一にことになってからでは遅いのだ。呆れた視線をぶつけるがブライアンに気にする様子はまるで無かった。
 何だか加速度的に緊張感が抜けていくのを自覚していると、セレナがドアの前に。正確にはドアがあったはずの通路と大部屋の前に立って、室内の様子を窺う。

「……ここはオフィスか何かでしょうか。コンピューターもありますね、情報が抜き出せるかもしれません」

「おふぃす? こんぴゅーたー?」

「何かあれだよ。古代のすごいやつ」

 エリアスとソラが二人してアホみたいな会話を繰り広げ、セレナがゆっくりと部屋の中に入っていく。数は少ないながらも照明がついていた通路と違い、部屋の中は真っ暗だ。故にセレナは踏み入ると同時に手のひらに魔法で光の玉を生み出して、光源を確保する。それに続くエリアスたちの眼前に広がっていたのは、

「何だこの……箱?」

 大量のテーブルとイス。それと様々な小物に、大きな箱が並んでいる光景だった。テーブルには何やら大量のボタンが付いた板も置かれており、何かしらの用途があるのは分かるが使い方はさっぱり分からない。
 少なくとも魔力は感じないため、危険は無いように見えるがそれでも奇妙な者には本能的な恐怖が湧いてくる。エリアスも魔法で光源を生み出し、触らずに遠くから恐る恐る観察を続けた。

「とりあえず壊してみるか? 何個かあるし」

「どうして壊そうとするんだ……あれがコンピューターってやつだよ。俺もちょっと知識があるだけで使えるわけじゃないけど。何百年も昔の道具のはずなのに、まだ動かせるのは本当にどうなってるだろうな」

 レオンの簡易的な解説に分かったような分からないような。とりあえず相槌だけは打っておいて、ふと視線を移せばセレナが例の大量のボタン付きの板を叩いていた。そして彼女の目の前の箱から光が放たれ、宙に何やら絵を描き始める。
 ちょうどスクリーンに映像を投射するように、何もない虚空に映像を流し始めたのだ。

「良かった、まだ生きていますね。さすが古代帝国です。では、少し集中しますので辺りの警戒をお願いします」

「よく分からないが了解だ!」

 さすが専門家だ。古代の道具であろうと難なく使いこなすらしい。元研究者の肩書は伊達では無いのだろう。

「エリアスとソラは何か変わったものが無いか探してみてくれないか? 俺とブライアンはセレナに付いてるから」

「おう。俺とセレナしか光源は作れないからな」

「とは言っても、全部変わったものにしか見えないけどねー」

 ソラを引き連れて、部屋中を照らしながら何かないかと歩き回る。埃の積もったテーブルやコンピューター。イスなどがあるが、それ以外に目ぼしいものは特にない。引き出しも取り付けられているのだが、ほとんど鍵がかかって開くことはできなかった。残りの一部も中身が空で収穫は無くて。

「ん? 何か蹴ったか?」

「えっと……これだね。ノート……かな?」

 靴越しに何かとぶつかったのを感じて、屈んだソラがそれを取り上げる。それは何の変哲もないノート。現代でも大きな組織などでは使われることもある、ごく普通のノートだった。何もかもが異質なものばかりのこの遺跡では、そんな普通のものが逆に異質に見える。
 中身を開いて確認するソラ。その手元をエリアスも覗き込んでみた。

「読めないな……」

「だね。セレナなら読めるんじゃない?」

 しかし、使われているのは見たことも無い文字だった。さらに言えば、劣化せずに形を保っているあたり、一見ただのノートでも素材は古代の技術が使われているのかもしれない。ひとまずセレナに見せてみないと何も分からない。尚もコンピューターの操作を続けるセレナの元に戻ろうとして、

「え、これは……っ! 全員警戒してください! 何か来ます!」

「エリアス、ソラ! すぐに戻れ!」

 手元の画面に目を見開いたセレナが声を荒げて、レオンがすかさず指示を出す。しかし、たった数メートルの移動さえままならない。理由は単純。部屋の入口とは反対方向、つまりエリアスとソラの目の前の壁の向こうから、魔力を気配を感じたからで──

「──『障壁』ッ!」

 咄嗟に放つ防御魔法。詠唱をする余裕も無く小柄なエリアスとソラがどうにか覆いきれるほどの小さな盾が顕現し、直後壁が吹き飛ぶ。急ごしらえの防御では爆発の衝撃を抑えきれずに、軽い二人の身体が盛大に吹き飛んだ。
 どうにか受け身を取るが、レオンたちとは部屋の反対方向へ着弾してしまった。手元の光源も術者の集中の途切れで掻き消えてしまい、何故かセレナの光源もまた消滅する。光を失った部屋の中は闇に支配されて、状況の判断も困難だ。

「くそ、レオンどうなってる!?」

「あたしが前に出るからエリィは下がって!」

 隣に倒れていたソラがすぐさま立ち上がると刀を抜く。一瞬制止しようかと思ったが、暗闇の中で猫人族の彼女の瞳は浮き上がって見えていた。忘れていたが、彼女は夜目が効く種族なのだ。光源を作り直すにも、戦闘を行いながらではかなり厳しい。現状すぐに対処できるのはソラ一人だった。

「機械兵が八人! 二人はなんかおっきい筒みたいなのを持ってる!」

「両端のやつだな。魔力の規模からしてそいつらが爆発を起こしたやつだ! レオン、早く指示をくれ!」

 しかし、動き出すにしてもバラバラに動いては意味が無い。悲鳴を上げるようにレオンに返事を乞う。

「セレナ、おい! しっかりしろ。大丈夫だから、みんなここに居る!」

「嫌で、す……暗いところは……もう一人にしないでって、言ったのに……」

 だが、返ってきたのはエルフのすすり泣く声だけだった。混乱を免れないエリアスの正面から無慈悲にも再び魔力が収束する気配を感じる。確かに数は二つ。ソラの言う“大きな筒”の銃口が火を噴くのが暗闇の中で一瞬だけ浮かび上がって。

「──その盾はよ、まにあわな……!」

 魔法の発現も時間が足りず。エリアスとソラの二人が爆風に呑まれていった。

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