ひとりよがりの勇者

Haseyan

第四話 守護の方法

 天候は快晴。見渡す限りの平原にも異常は無し。既に四日目に突入するエリアスたちと商人の旅は、今のところ平和に続いていた。強いていうのなら僅かに風が強い程度のことだろうか。

「エリアス、セレナ。近くに魔獣の反応は無いな?」

「俺の方は特に。セレナは?」

 だが、初日のようにふざけた雰囲気は綺麗さっぱり無くなっていた。それはエリアスが反省したということもあるが、王都から離れそれなりに魔獣との遭遇率が高い地域に差し掛かったからでもある。
 さすがにいつ襲われるか分からない土地で気を抜くほど、エリアスは平和ボケしていない。むしろエリアスほど戦場に慣れている少女はそう多くない。

「私の方は……いえ、たぶん気のせいです。異常はありません」

「俺様も見つからないな!」

「ブライアンは魔力の感知できないでしょ」

 僅かに困惑するように眉をひそめ、だがすぐに首を振るセレナ。その様子に少々気にかかるものを感じるが、セレナがそう言っているのなら問題無いだろう。少なくとも彼女の誠実さを考えれば、確信するまでは断言しないはずだ。

「遭遇しないに越したことは無いけど、全く気配がしないのも珍しいねぇ」

「へー、普段だったらもっといるのか?」

「商品を運んでいる時は魔法使いさんの索敵に引っかかったり、遠吠えが聞こえたりすることは多いよ。そうしたら迂回するから実際に襲われることはまれだけどね」

 平和なのは良いことである。冒険者としてなら真っ当な生活を手に入れて、これまでの人生が散々なものだっただけにエリアスはそれをひどく噛みしめている。それは本当だ。しかし、エリアスにだって別の欲求もある訳で。

「この辺だと獣型の奴が多いんだろ? ……ちょっと見てみたい」

 それは純粋な好奇心だった。理由は不明だが、エリアスは『勇者』時代に魔獣も魔物を見かけたことがほとんどない。魔力に依存した生態を持つ彼らがエリアスの『魔力掌握』を嫌ったのでは、とはセレナの言葉だが理由はどうでも良い。

 ただただ、見たことが無いものを自らの目で見たい。あまりに狭かったエリアスの世界が急速に広がったことによって、エリアスの好奇心は近頃爆発的に膨れ上がっていた。

 眼を輝かせ、まだ見ぬものへの想像を働かせるエリアスは、微笑ましそうな視線を向けられていることに気づかない。その中にはソラもいて、すぐに困ったように頬を掻く。

「気持ちは分かるしお小遣いにもなるけど、今は護衛中だから止めて欲しいな。この人数じゃ荷物に被害が出ることも……」

「……魔獣の群れを感知。数は……確認できるだけで八匹です」

 一番の懸念をソラが口にした途端、見計らったかのようにセレナが警告を上げた。あまりのタイミングの良さにソラが頬に指を置いたまま固まり、全員の視線が集中する。

「別にあたしのせいじゃないでしょ! 別に今なら迂回するだけで済むし」

「残念ですが真っ直ぐにこちらに向かってきてますね」

「…………」

 普段ならソラの言葉通り迂回すればよいのだ。しかし、どういう訳だか既にこちらに向かってきていると。魔獣の移動速度で接近されては、荷馬車で移動するエリアスたちは逃げきれない。腹を括るしかないわけである。

「あー、もうあたしのせいじゃないのに! こうなったら八つ当たりだよ、熊でも狼でもかかってこいっ!」

「ソラはエリアスと、セレナはブライアンと一緒に動け! 俺は非戦闘員の護衛に回る。ソラ、張り切り過ぎて深追いはするなよ!」

「エ、エリィみたいなことはしないって……」

「おい、俺だってもう特攻はしねえよ」

「二人とも来ますよ!」

 セレナが杖を構え、向けた方向に全身が意識を集中させる。商人もレオンのすぐそばに駆け寄り、迎撃の準備は簡易ながらも完了だ。妙な静けさが場を支配して──高速で三匹の狼が荷馬車目掛けて飛びかかってきた。

「させるか!」

 そのうち一匹が馬を狙っていると見るや、レオンが槍で横っ腹に一撃を入れる。悲鳴を上げながら転がっていく狼の傷は浅い。だが、レオンの役割は商人の守り。止めを刺すのはエリアスたちだ。

「はっ!」

 倒れた隙を見逃さぬよう、ソラの刀で斬りかかる。が、狼の方が僅かに早い。素早く身を起こすとソラの横に回り込むように移動し、足首目掛けて鋭い牙を剥いた。
 それを回避すべく、ソラは咄嗟に飛び退こうとして、

「そのままいけ!」

「え──うんっ!」

 エリアスの言葉に一瞬戸惑いを見せつつも、すぐさま従った。後ろへ移動していた重心を再び前へ。下段という剣技を扱う身では苦しいはずの攻撃を、器用に行って見せる。
 しかし、狼の牙の方が先にソラの足首を捉え、

「儚き守りの加護を『幻盾』」

 直前、宙に出現した半透明の盾が狼の牙を迎え撃った。それもひどく小さな、最小限の大きさで顕現した守りの魔法はソラの動きは一切阻害しない。
 勢いを止められ、大きく隙を晒した狼はそのままソラの斬撃によって切り伏せられた。痙攣しながら倒れる狼の首を一思いに切り裂き、ソラがエリアスに振り返る。

「助かった! 前と比べてずいぶんと形になったね」

「初日のセレナの教えが上手かっただけだっての……ほら、まだまだいるぞ!」

 正面切っての感謝に居心地の悪さを覚え、短杖を構えたままに次の獲物を探す。

「どっせぇぇぇい!」

「向こうは任せて平気だな」

 最初に襲ってきた残り二匹は、既にブライアンの大鎚によって平原の赤い染みにされていた。それを見てあちらに気を割く必要は無いと判断。身軽なソラとエリアスは遊撃に徹するのが一番だ。

「もう二匹が同じ方向から来るな……ソラ行くぞ」

「了解―。エリィはあたしが守ってあげるから魔法に集中してね」

「逆だっての!」

 再び接近する魔獣の気配を感じ取り、ソラと言葉を投げつけ合いながらそちらに向かう。目を凝らした先、やや離れた地点からこちらに向かってくる影を見つけると短杖を構えて、同時に怪訝そうに目を細めた。

「なんだあれ……でか、あと気持ち悪い……」

「芋虫、かな。珍しいね。普通は魔獣化する前に魔力の過剰摂取で死んじゃうと思うんだけど」

 動きは鈍足なのに大きさのせいかあっという間に距離を詰めてくる。てっきり先ほどと同じ狼型かと思っていたのだが、まさかあのような化け物が現れるとは。今から相手するかと考えると、顔が引きつるのを抑えきれなかった。

 まずシルエットが気持ち悪い。次に頭らしき場所にある巨大な口が気持ち悪い。そこから零れる謎の体液はもっと気持ち悪い。

「あれだけは触りたくねえ……! 近寄る前に燃え尽きろ!」

 先手必勝。本音が口から漏れているが気にする必要は無い。短杖を構え短く詠唱すると、一筋の雷が芋虫の片側を貫いた。煙を上げながら横倒しになり、その場で苦しむように暴れ出す。

「うっそだろ、あのなりで頑丈……」

「避けて!」

 だが、エリアスの魔法を受けても魔獣は未だに生きていた。想像以上に耐久力に驚き、直後もう一匹の芋虫の体当たりが視界に映って、ソラに引っ張られながら回避する。
 すぐに自分の足で体勢を立て直したのを確認すると、ソラはエリアスの手を離して芋虫へ背後から接近。斜め上段からの斬り下ろしが見事に芋虫を捉えた。

「ひっ、忘れてたぁ!」

「──っ!? ちょまてって『障壁』!」

 かなりの被害なのだろう。暴れる芋虫だが、悲鳴を上げたのはソラも同じだった。芋虫の傷から緑色の体液が噴き出し、ソラに襲い掛かる。間一髪、エリアスの作り出した盾が間に割って入ることで難を逃れるが、半透明の盾の上を気味の悪い液体が流れる光景は目に毒だ。
 珍しく顔を青くしたソラにエリアスも慌てて駆け寄った。

「あんなことになるなら先に言っておけよ! あれはなんだ? 毒か?」

「いや、ただ臭いだけの液体……別に飲んだりしなければ害はないよ……。ただ当分匂いが取れないの……」

「それはまあ……無事で何よりだ」

 実害がないなら問題無い、とは口が裂けても言えなかった。少なくともエリアスは近寄りたくも無い。言われてしまうと余計に意識してしまって、離れた位置からでも匂っているような気がしてくる。恐らくは気のせいだろうが。

「ピギャァァァァァアアァァ──!」

 大きく体を切り裂かれた芋虫が怒りの声を発しながら再び突撃してくる。背後の先ほど雷を撃ち込んだ個体は未だ動けずにいるようであり、ひとまずは目の前の一体に意識を傾ける。
 ソラも合わせて刀を構えて、エリアスは甲高い芋虫の叫びの中に妙な気配を感じ取った。

「これ魔力の流れが……ちっ! そういうことか!」

 芋虫の口が開かれ、体液が再び噴射される。さっきの傷口からとの違いは魔力を帯びていること。これは正真正銘の魔法毒の類だ。
 すぐさま『障壁』を発現してそれを防ぎ、体液の雨が止むとソラが独り飛び出した。縦横無尽にステップを踏み、体液の雨を掻い潜りながら芋虫へ迫っていく。そこに普段の明るく騒がしい猫耳少女の姿はない。

 ただ真っ直ぐに、何者であろうと斬る。そんな剣士の吟味だけを小さな背中が語っていた。

「はあぁぁぁぁ!」

 一際多くの体液が放たれる。一瞬大きく避けようとしたソラだが、宙に巨大な盾が顕現するのを見るや迷いなく前に突き進む。横に構えた刀を振り抜きながら芋虫の側面を駆け抜けていく。
 大きく身体の両断された芋虫は、今度こそ脱力すると地面に倒れ伏した。もう片方の芋虫もセレナとブライアンが処理してくれたようだった。素早く後退していたソラはその様子を見ると、肩から力を抜いて、

「向こうはブライアンたちがやってくれたみたいだね」

「馬鹿野郎!」

 背後から襲い掛かる羽音に気づいていなかった。芋虫と同じく巨大化した虫が空中からソラに肉薄する。どういう原理か巨大なはずの羽音は小さく抑えられていて──そんなことは今考える必要など無い。
 短杖を片手に踏み出す。羽虫の速度はあまりに早く、射線にソラが被っている現状では雷撃によって撃ち落とすことは厳しい。狙うなら接近戦だけだ。

 だが、それでは絶対に間に合わない。小さくなってしまった歩幅がこの時ばかりは恨んだ。防御魔法も不慣れな現状では発動に時間がかかる。さっきまでは予め予期しているからこそ、素早く発現できていただけなのだ。

 ソラが背後を振り返る。慌てて刀を構えるがもう遅い。どう足掻いても間に合わない。

 ──ただ一つの手段を除けば。

「くそっ!」

 魔力を外に出さず、手足へ集中させる。それを筋肉に浸透させて──エリアスの体が加速した。
 魔法使いとして生きると決めたはずのエリアスが、かつてのような速度で駆け抜ける。杖の先から刃を模した雷が生え、勢いそのままは跳躍した。

 羽虫はソラにたどり着く前にエリアスの疑似的な斬撃を受け、勢いを失う。そのままソラのすぐわきに墜落するのを視界に収めつつエリアスも着地して、

「いって……っ」

 四肢を侵す激痛にその場でしゃがみこんだ。肉体を強化する『身体強化』は確かに強力だが、負担もまた大きい。小さな少女の体になってしまったエリアスにはあまりに負荷がかかり過ぎると、禁止されたはずの魔法。それの代償がこれだった。

「それは使っちゃダメだって言ってたでしょ! いくらあたしが危なかったからって、別にあれぐらいじゃ軽い怪我で済んだかもしれないのに……」

「かも、だろ? それで大怪我したらどうするんだ。俺に、また後悔させるな」

 エリアスの顔を覗き込んだソラがハッとしたように目を見開く。だがすぐにその表情も引っ込めてしまって、それを追求する前にソラが言葉を続けた。

「……今回はあたしのせいだから怒れはしないけど、本当に無茶は止めてね?」

「ああ、もちろんだ」

 心配げなソラにはっきりと頷いた。それで満足したのだろう。手を差しだしてくるソラに掴まり、エリアスも立ち上がる。痛むだけで動かすことに支障は無い。今回は発動も一瞬だったためすぐに回復するはずだ。

「二人とも無事ですね? 他の魔獣が寄ってきかねません。魔核は回収できませんが、すぐに出発しましょう」

「了解。ったく、あんな気持ち悪いのがいるとは聞いてねえぞ」

「芋虫の魔獣でしたらご愁傷様です。あれは遠距離からでも相手したくありません」

 迎えに来たセレナに続いてエリアスとソラも荷馬車に戻る。二人の無事にほっとした様子を見せる商人は、やはり人の良さがにじみ出ていた。

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