ひとりよがりの勇者

Haseyan

第七話 相性の悪い二人

 朝の爽やかな風が通り抜けていく王都。夜明けを迎えた直後であり、そのような時間でも大声が響き渡る。最も、それは普段から耳にできる商売人たちの活気ある宣伝では無い。戦いによって腹を満たしている野蛮な戦士たちの怒声だった。

「緊急依頼を受注する方はこちらまで! 現在一番から八番受付までを専用窓口としております! 通常の依頼をお求めの方は九番以降の受付をお越しください!」

 騒々しくあれこれ言葉を交わし合う冒険者の集団の隙間を縫うように、ベテラン受付嬢の声がホール全体に伝わる。そんなプロらしい技術の一端に感心しつつ、ギルド本部に到着したエリアスたちはあまりの人口密度に唖然としていた。

「人多すぎ……これ全員冒険者って戦争でも始める気にゃの?」

「盗賊相手の戦争って意味じゃ、間違っちゃいないだろうな!」

 さすがにソラも飲まれたように口をポカーんと開けている。ざっと見渡しただけで数百人はいるだろうか。しかも、緊急依頼にはある程度の制限があったため、ここに居るほぼ全員が一定以上の実力を備えた優秀な戦士と言う訳だ。

 戦争云々は冗談では済まされない。この戦力なら、小さな都市程度なら一夜にして落とすことも可能だろう。最も、金銭の匂いがしない限り冒険者がこうして一堂に集結することはほぼあり得ないのだが。

「第二陣に振り分けられた方々はこちらに集合していください!」

「向こうが私たちの担当ですね」

 声に聞こえてきた方へ視線を向ければ、確かに人がより一層集中している場所がある。そこへ足を進めていく一行に追いながら、エリアスはギルドの役員の言葉に首を傾げた。

「第二陣……一陣じゃないのか?」

「ええ、第一陣はもっと集団戦に慣れたベテランじゃないと危険ですから」

「集団戦なら戦争で何年もやってて……いや、この体だと無理があるか。ちくしょう」

 先陣を切れないことに思わず反論しそうになり、それがあまりに無茶な行為だと気が付くと口汚く吐き捨てる。その罵倒はセレナでは無く、明らかに自身へと向けられた自虐気な物だった。

「戦争……?」

「いや気にするな」

 抜け目無く聞きつけたレオンを軽くいなしつつ、気分転換代わりに第二陣として集まっている冒険者たちをざっと観察してみる。
 顔つきや放つ雰囲気を感じ取ってみる限りは全体的には中堅程度と言えるだろうか。今のエリアスでも正面から当たればまず負けない。あくまでその程度の実力が全体的な印象だ。

 最も、異色を放つ存在、“例外”と呼ばれる者たちも存在する。

「あのジジィ……あんなヒョロヒョロでかなり強いだろ」

 軽く見渡した中で、すぐさま目に留まる人物のうちの一人へ視線を集中させる。真っ白に色素の抜けた頭からは犬科の耳が生えている。全身皺だらけで、顔には人の良さそうな柔らかな笑みを浮かべた老人だ。そこらの田舎町を歩いていそうな風貌であるというのに──不思議と立ち振る舞いに隙が無い。
 まるでその振る舞い自体が擬態のような。どこか掴み切れない老人だった。

「そりゃあそうだよ。あの人はギルドお抱えの、それもギルド本部の冒険者だもん。確か名前はクフンだったけ」

 ソラから捻り出された知識を飲み込み、改めてクフンの姿を眺めてみる。姿だけを見れば、本当にただの老人にしか見えない。何の遠慮も無く遠目から嘗め回すように観察して、

「…………」

 周囲の冒険者たちと話し込んでいたクフンが、唐突にエリアスへと顔を向けた。その顔がニッコリと笑みの形を描き──全身の毛が逆立つような寒気を覚えて、咄嗟に視線を外す。どうしてかは、自分でも分からない。ただ目先の動きだけで喉元に刃物を突き付けられたような錯覚を受けた。それしか分からない。

 一瞬で与えられた恐怖を振り払うように、別の一角へと視線を動かしていく。他に周辺に目ぼしい冒険者はいないかと、首を回していって、

「……あ? なに見てんだよ」

「別に何でもねえっての」

 一人の少年と目線が絡み合い、何故だか同時に悪態を付き始める。男性にしては身長の低めな──それでも今のエリアスよりかは高いが──短く銀髪を切り揃えた眼つきの悪い少年だ。

 生意気小僧と言った呼び方が適切な彼と、男勝りで乱暴な少女と言ったエリアス。絶対に気が合わない。視線を合わせた瞬間に、お互いのそんな思考が流れ込んでくるような気がした。
 これ以上は関わりたくない。そう判断して視線を外そうとするが、先にそれをしたら負けるような気がして逆ににらみ続ける。少年の方も不思議と同じ行為を返してきていた。

「ガン飛ばしてるんじゃねえよ」

「それはお前がだろ、ちび女」

 悪態が悪態を呼び、それぞれの頭に血が昇っていく。無意識の内に右手に魔力を収束させていき、少年の方も腰のホルスターへ手を伸ばしていた。
 敏感に戦闘の気配を察知した周囲の冒険者たちは、面白げに距離作って野次馬根性丸出しだ。正しく一発触発。相性の最悪な二人の間には、出会って一分も経たずに火花が散っており、

「エリアス、さすがにここでは止めておけって」

「また喧嘩するつもりか、クリス。相手に迷惑じゃないか」

 少女と少年。それぞれの腕が背後から掴まれ、鏡写しのように振り返る。見ればレオンが呆れたような表情でエリアスの手首を掴み上げていた。

「ちっ……分かったよ」

「邪魔するなアラン。売られた喧嘩は買うのが男だ」

 同時にソラがいつでもエリアスを抑えるように身構えている気配を感じ取ると、苛立ち気に吐き捨てながら大きく息を吐く。だが、向こうの方は人数の問題か、未だに喧嘩腰のままのようである。
 アランと呼ばれた青年に腕を押さえつけられたまま、強引にホルスターを開いていって、

「やめろって言ってるだろ、アホ」

「イってッ!! 何すんだ!?」

 心地の良い音が少年の頭と青年の拳が響き渡り、両手で頭を抱えながら少年が悲鳴を上げる。右腕を振り上げ抗議する少年を無視しつつ、青年はエリアスとレオンに向き直った。

「すみません。ちょっと喧嘩っ早いやつでして」

「こちらもパーティーメンバーが粗暴して申し訳ない。言い聞かせておきますんで」

「保護者面するんじゃねえ!!」
「保護者面するなっての!!」

 もはや芸術のように悪ガキ二人の声が重なり、そのまま睨み付け合う。今にも暴れ出しそうな仲間を押さえつけつつ、レオンと青年は困ったかのように顔を見合わせると、苦笑を交換していた。

「そちらも第二陣で?」

「ええ、そうです……せっかくだし少し話しませんか?」

 レオンの言葉に青年は僅かに考えるように顔を俯かせ、すぐに心地良く了承するとこちらに向かってくる。その際、少年があからさまに嫌そうな表情を浮かべていたが、軽く殴りつけることで黙らせていた。丁寧な対応と裏腹に、身内には容赦が無いらしい。

「それじゃあ、冒険者らしく堅苦しいのは無しで。俺はアラン。こいつは一緒に仕事してるクリスだ。見ての通りペアで仕事をしてる。よろしく頼む」

「俺はレオン。見ての通り後ろにいるのは俺の仕事仲間だよ」

 お互いに落ち着いた性格をしているせいか、冒険者らしからぬ穏やかな挨拶が進んでいく。その様子に少々残念そうな雰囲気を醸し出した野次馬たちは次々と興味を無くしていっていた。

「あたしは獣人のソラだよー。よろしくー!」

「エルフのセレナです。よろしくお願いしますね」

「ブライアンだ! 見たまんまドワーフだ!!」

「ははは、こっちもよろしく頼む」

 三人の自己紹介にもアランは笑みを浮かべて反応し、続いて一斉に視線がエリアスと少年へと集まる。何だか、少し前にも経験したような気がする状況に、エリアスは観念するように大きくため息を付く。こうなってしまえば、もう逃げ場は無いのだ。

「エリアスだ。ちびとか女じゃねえからな」

 そして最後に残った少年へと視線が一点放下される。困ったように納得いかなそうにきょろきょろと首を回す。だが、彼に助けなど無い。

「分かったよ、言えばいいんだろ言えば!? アランから合った通りクリスだ。よろしくなクソッタレ」

 あまりに口汚い自己紹介で、しかしやや幼さの残る少年が騒いでも微笑ましいものが占める割合の方が大きい。口調が荒いだけでは全く迫力は出ないなと、エリアスは自分のことは棚に上げてそう考えを巡らせていた。
 そうやって馬鹿にした目線を送っている姿を、さらにソラに笑われていることには気が付いていない。

「俺たちここまで大規模な仕事は初めてで。こうやって大人数のパーティーと縁を作って置けたのは運が良かった」

「人脈はあって困るものではありませんし、少し顔を知っているだけでも助け合いやすいですからね」

 セレナの言葉にその通り、とアランが力強く頷く。命や商売道具である自らの肉体を危険に晒す冒険者家業では、少しでも安全性の高めることは特に重要だ。こうやって縁を作れたことはアランにとって言葉通り幸運なことだったのだろう。
 その発端が喧嘩早いエリアスとクリスというのは、複雑な気持ちにさせられそうなものである。

「戦闘以外でも、たまには役に立つってことか」

「たまにはってなんだ。たまにはって」

「二人分の旅の支度とかしてるのは誰だと思う?」

 痛いところを突かれたのか、クリスが苦い顔で視線を逸らす。その様子にエリアスとクリス以外の一同は苦笑を浮かべていた。

「現時刻を持って依頼の受注を終了とさせていただきます! 各隊の代表者の説明をお聞きください!!」

 短い時間ながらも雑談と、少し情報の共有を行っていると、再び受付嬢の良く通る声が鼓膜を揺らし、冒険者一堂が一斉にそちらに視線を向けた。そうして一時的に生まれた静寂を引き継ぐように、各隊の代表者が、エリアスたちの近くでは例の老人クフンが台の上に乗り周囲の注目を一身に集めていた。

「ふほほほ、これだけの熱視線を浴びさせらると偉くなった気分になれるのう」

 軽く百人以上の視線だ。例え視線だけでも、その圧力は計り知れないものがある。ましてや、一つ一つが戦い慣れた冒険者の鋭い眼光では。
 しかし、老人はさして緊張した素振りを見せることなく言葉を続けていく。

「これが王国軍なら有難い演説でも読んでみるべきなんじゃろうが、わしらは冒険者だ。あくまで商売、金さえあれば働く。そうじゃろ?」

 その言葉には誰も否定しない。むしろ頷いて見せる者までいる。だが、それが冒険者という生き物だ。彼らが戦う理由は単純明快。腹を満たし、快適な生活を送るため。その方法に戦いを選択しただけに過ぎない。

「今回の仕事では既に契約された報酬以外にも、盗賊の首を持って帰った者には追加の恩賞を与える! 証拠として左耳を切り取るのじゃ。一つに付き、銀貨三枚! もちろん手配書に載るような重罪人であればその分の報酬もじゃ!」

 銀貨三枚、つまり三万ジェムだ。盗賊一人の討伐にしてはあまりに破格の金額であり、冒険者たちの歓声が広まっていく。別の隊でも同じ話をしているのか、そこら中から同じような反応が広がっていた。

「正義だとか、信念だとか、そんな口先だけの理由を吐けとは言わん。金のためにせいぜい働け!!」

 彼の言葉を肯定するように、冒険者たちが湧き上がる。それが収まるのを確認してからクフンは作戦の概要を話し始めていく。
 その様子をエリアスはどこか胡散臭げな表情で眺めていた。

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