剣豪幼女と十三の呪い

きー子

十八/侵入者

 イルドゥ・エンディラスは魔術学院側の命令により、アースワーズ家城館の見取り図を制作した。偽証がないかの確認はシャロンの記憶と食い違いがないか照らし合わせることで行われたが、およそ間違いはないようだった。

 見取り図をもとにして作戦立案が行われた。
 目標はこの度の魔術学院攻撃の首謀者――ソニア・アースワーズの拘束ないし殺害。それにも優先して達成するべきは、人質――セルヴァ・グロワーズの救出。
 領内には多数の人形兵が配備されていると目されており、秘密裏に潜入しての斬首作戦が適当であろうと判断された。
 またイルドゥ・エンディラスはその性質上、敵の懐に容易に容易に潜り込めることから一番槍を勤める。
 またカイネとクラリーネは別働隊として、セルヴァの救出を最優先に動く。人質に手を出させないため、目撃者は極力排除しながらアースワーズの城館を目指すものとする。

「……しっかしまァ、慌ただしいこったな。ようやく帰ってこられたかと思ったらいきなり出戻りたァ……」
「すまぬな、病み上がりであったろうに」
「後方勤務でだらけてた身にはちっと堪えるぜ――っつっても、前線よりかはだーいぶマシなんだがよ」

 帰投してから数日も経たないうちに再出発を頼まれたジョッシュは潔く応じてくれた。車内にはカイネとクラリーネが並んで座っている。クラリーネも二度目ともなれば、ひどい揺れにもずいぶん慣れた様子である。

「イルドゥ殿。こちらの速度で問題はないかの」
「大いに結構だ。私としても急ぎたい……報告に戻るという体を取るにしても、遅くなるほど怪しまれるだろうからな」

 学院側についた人形の一体――イルドゥ・エンディラスは一頭の馬を駆って馬車と並走する。
 服装は粗末な服のままであるが、その堂々たる騎乗姿勢は騎士を名乗るだけあってたいへん様になっていた。

「よかったの?」

 クラリーネは馬車に揺られながらぽつりと一言。

「なにがかな、御令嬢」
「シャロンに何も言わないで出てきて」

 その呼び方はやめて、と言い添えながらクラリーネは扉の外を一瞥する。

「この身はあいにくまがいものです。この先々もシャロン様にお仕えできるか、少々判然としないところですからな」
「そうするべきと感じてるのに」
「だから今、こうしてここにいるのですよ」

 イルドゥに課せられた役割は、他三人のそれと比べても圧倒的に危険だった。敵地に身を投げるも同然であり、裏切りが露呈すれば即座に死ぬ。ましてや完全な人形であった頃ならいざ知らず、今そのように彼が振る舞えるかは疑問が残るだろう。

「まがいものねェ。カイネみてェなこと言いやがんな」
「おれは関係なかろうが、おれは」
「カイネ殿の身も依代のたぐいであったか。これは只者ではないとは感じていたが」
「……おまえさんも、なかなか目敏いようだの」
「射手は目敏くなければ務まりませんのでな」

 依代とは言い得て妙だ。
 人形としての肉体が魂を生じさせた彼と、生身の肉体に魂を宿した自分との間に、果たしてどれほどの違いがあろうか?

 いや――――そもそもの話、己の魂が〝本物〟であるという証拠がどこにあるというのだ?

「カイネさん――どうかしたの。カイネさん」
「む……あぁ、いやすまぬ。ちと考え事をな」
「なにを考えてたの」

 クラリーネに問われ、なんと答えたものかと少し迷う。
 考えあぐねた末にカイネはこう言った。

「地下牢で言うておったろう。肉体が魂を生み出したのか、死霊術で招き寄せられた魂なのか、いずれとも判断はつかぬと」
「それが、なにか」
「ならばだが、それはどうすれば判別できるのだ。いやそもそも、判別する方法などあるのか?」
「一応は」

 クラリーネの控えめな答えは、そう簡単に判別できるものではないことの示唆であろう。

「そんなもん別にどっちでもいいだろォがよ。同じ記憶がありゃ同じだって」
「同感する。この身体はあの女の被造物であるという一点において一切の信用がならぬが」
「現金なやつらよ……」

 軍人と騎士、立場は異なっても現実主義にして現場主義であることは似通っているのか。
 元はカイネもそうなのだが、やはり現役を退いて長いことが尾を引いているのかもしれなかった。

「それで、〝一応〟とはなんだ?」
「死霊術で本人の魂を招き寄せる。もしできないなら、その魂はすでにどこかに宿っていることになる」
「……死霊術とやらが使えねばわからずじまい、ということか」

 クラリーネはこくんと大人しく頷く。御者席につくジョッシュはふと後ろを振り返って口を挟む。

「死霊術なんて使えるやつ、本当にいるのかい? 少なくとも、魔術師の手に負える代物じゃねェと思うんだがよ」
「〝魔術の祖〟アーデルハイドは死霊術を扱えたと記録にある。……どこまで本当かはわからないし、誰かに引き継がれてるのかも怪しいけど」
「ただの伝説かもしれねぇし、本当だったとしても失伝してる可能性だってあるわけか」
「…………逆に言うと、死霊術のたぐいを扱える手合いは〝十二使徒〟である可能性が濃厚――ということかの?」
「そうなる」

 カイネが首を傾げると、クラリーネは端的に首肯した。
 扱えるものが現存するかどうかも不確かな術式の話となれば、手がかりと呼べるかどうかも怪しいところだが――――

(……もし、死霊術師とやらが実際にいて……その魂が本人かどうか、確かめられるとしたら……)

 例えばイルドゥは本人の魂ではない可能性が高いという話だが、記憶はほとんど共通しているようだった。
 本人を模した人形から生じた魂である以上、その意識や記憶も本人に通じたものになるということか。

(……この身体に宿った魂がほんものであれば、それでよい。……だが、偽物であったら? おれは、このイルドゥという男と変わりない存在であるとすれば?)

 イルドゥはそのことを苦にしているようには見えない。むしろ死んでしまった〝本物〟に代わって役目を果たそうという献身的な姿勢すらうかがえる。
 それはひとえに、〝本物〟のイルドゥが亡くなってからあまり時間が経っていないためだろう。もしシャロンがいなくなった後だったりすれば、彼は果たすべき役目を喪失する。

 ――もし自分が、カイネ・ベルンハルトという人間と同じ記憶を持つだけの〝偽物〟にすぎないとしたら――

(……やめよ。いまは考えるな。考えても詮無いことだ)

 カイネはぞっとしない考えを追い払うように頭を振る。
 余計な雑音を入れたせいで作戦を仕損じることがあっては一大事である。

「……おい、カイネ? どうした、ぼーっとして」
「なんでもない。ちと寝る」
「私も」
「……この揺れで寝られんのはあんたらくらいだぜ、実際よ」

 ジョッシュは苦笑し、ややあって運転に集中する。
 アースワーズ領にたどり着くまでには今しばしの時間が必要だった。

 ***

 川沿いの隘路に設けられた関所に、馬に乗ったひとりの男が近づいていった。
 男は〝無駄なし〟のイルドゥだった。

「目標の暗殺に成功した。今すぐソニア様に伝令を送ってくれたまえ」

 イルドゥは関所の衛兵に言った。
「貴殿、その馬は……」
「現地から奪取したものだ。ソニア様より拝聴したものは失ってしまった」
「……了解した、代わって向かおう。この場を頼む」

 衛兵は急いで準備をして、領主の城館へと出発した。人形じかけの機構馬は疲れ知らずであり、生き馬を使い潰すよりは遅いが安定して走り続けることができる。
 イルドゥは後ろを振り返って言った。

「いまだ」

 林木の影にあった馬車が走り出した。イルドゥも揃って走り出し、関所を遠く置き去りにした。一行はアースワーズ領に何事もなく侵入した。

 イルドゥいわく、現在のアースワーズ領内の衛兵や代官はその多くが人形でまかなわれているという。
 人目につかずに進むのはさほど難しくもなかった――領主城館がそびえ立つ小都市の近くにたどり着くまでは。

「……さすが本拠地っつーか。あそこをこっそり行くのは無理なんじゃねェかい?」
「で、あろうな――やむを得まいか」

 円形の都市城壁を目前にした小丘の上。カイネはジョッシュに手渡された双眼鏡をちらと覗き、前もっての計画案から最適の作戦を選ぶ。
 領主城館近辺の守りが堅いであろうことは当然織り込み済みだった。

「クラリーネ、ここからは徒歩だ。よいな」
「うん」
「ジョッシュは馬車を守っとってくれ。たのむ」
「おうよ」

 帰りの脚が無くては話にならない。場合によっては人質を運ぶ必要もある。不本意ではあるが、ジョッシュには留守を守ってもらわねば。
 カイネはクラリーネを連れ立って馬車から降り、イルドゥをそっと一瞥した。

「イルドゥ殿。武運を祈る」
「うむ。先駆けの誉れをいただこう」

 ふたりは視線を見合わせ、イルドゥの乗馬は駆け出した。丘を下り、衛兵が待ち構える城門へと一直線に向かう。

「では、行くか」
「ん」
「はぐれるでないぞ」
「私が追い越しちゃうかも」
「……言うてくれおる」

 銀色の球体を率いて堂々と立つクラリーネは以前よりも自信に満ちているようだった。ほのかに見え隠れする卑屈さというか、不必要な遠慮が無くなったかのような……。

「じゃあな。行ってこいよ」
「半日帰ってこんだら行ってよいぞ。それ以上待っておったらおまえさんも危なかろ」
「……縁起でもねェっての」

 ジョッシュは軽やかに笑い、ひらひらと手を振る。
 イルドゥが丘を降りきるのを待たずしてふたりは出発した。

「どっちがやる?」
「……見張りは……ふたりだの。せーのでやるかえ」
「わかった」

 何気なく話しつつ、カイネはあらかじめ用意していた黒外套のフードを目深にかぶる。クラリーネも同様だ。
 イルドゥが門を抜けた直後、ふたりは城門の外側から城壁にぴたりと取り付いた。
 壁沿いに進んでゆっくりと近づき、門前の衛兵を射程に収める。

 ややあって、カイネとクラリーネはお互いに視線を見合わせた。
 ふたりの唇が同じ動きをする――『せーの』。

 カイネは飛び出すとともに抜刀。衛兵の胴を真っ二つに両断し、切断面からこぼれた歯車を跳ね飛ばす。

「なにやつ――」

 と、カイネのほうを振り返った衛兵の腹から白銀の刃が飛び出す。ちいさな手のひらが男の口元に押し当てられている。
 クラリーネは白銀の篭手から伸びる刃をゆっくりと引いた。銀色の球体は形を変え、シャロンの両手に篭手として装着されていた。
 人形は傷口から油を流し、その場にずるずると崩れ落ちる。

 ふたりは無言を保ったまま、お互いに仕留めた人形を同じ場所に固めて捨て置く。
 いちいち隠しているような暇はない。むしろ発覚するまでに、異変に気づかれるまでに迅速に行動することを心がけるべきだ。

「ゆくぞ」
「ん」

 小声で囁きを交わし、どちらともなく顔を伏せて駆け出す。小奇麗な町並みを抜け、小都市の中心部にそびえる領主城館を一直線に目指す。

 町中を行き交う人々は当然、生身の人間が多かった。領内を支配する大部分が人形に置き換えられていようとは思いも寄らないだろう。
 彼らの目に付けば少女二人組という風体は当然に怪しまれる。カイネとクラリーネはできるだけ人影の少ない裏通りを選んで進んだ。

「思ったより、平和そう」
「民を虐げれば回り回って損になろうからなぁ」
「うちよりましかも」
「臣下を人形で済ませるというのは、他人の意見を容れぬも同じこと。……今はうまく回っていようが、あるいは暴政を敷いていようが、本質はさして変わらぬさ」

 ルーンシュタット領は確かにひどい有り様であったが、ソニア・アースワーズとやらも権力基盤が盤石になればどう転ぶかはわからない。
 今はまだシャロンが生きているから大人しくしているだけ、という可能性も十分にあるのだ。他人の領地では人形を操って好き勝手していることを踏まえればなおさらであろう。

「カイネさんって、呪いを解きに来たみたい」
「……みたいもなにも。まさにそのつもりだぞ?」

 小道を歩みながら囁く。クラリーネはちいさな声でつぶやくとともに頭を振る。

「シャロンが言ってた。……カイネさんは自分の呪いを解きたいのに、人の世のしがらみ――他人の呪いを解いて回ってるみたいだって」
「……縁起でもないことをいうでないよ」

 カイネは思わず苦笑する。確かに呪術師を名乗る人間の多くは、それ自身が何かに呪縛されているような手合いばかりだった――クラリーネさえ例外ではないだろう。 

「手掛かりになるかもしれないから、って言ってたけど。……いくらかは、シャロンを助けるためでしょう?」

 クラリーネのその問いを、カイネは一概に否定できなかった。
 人並み以上に交流のある生徒の一大事となれば捨て置いてはおけまい。客員教授という立場もあり、仮住まいや日々の糧を得ているからにはせめて食客の役割を果たすべきではないか――その程度の責任感もある。言うなれば、カイネもまた人の世のしがらみにゆっくりと染まりつつあるということ。

 だが――

「……それも無いとは言えんが、その役目には他に適任がおるであろう」
「え」
「わからぬか?」

 カイネはクラリーネに同行を許した。呪術の情報を得るには彼女の知恵・知識が必要という名目で。
 だが実のところ、彼女にはそれ以上に重要な役目があった。

「……それって」
「そう、おまえさんだともクラリーネ。――――友の危機とあっては手を差し伸べるのが友というものであろう?」

 しばらく見ない間にすっかり親しくなっていたふたりの様子を思い返せばこそ――シャロンに絶えず疑惑の目を向けていた少女はどこへ行ったのやら。
 カイネはフードの下に隠れて微笑み、クラリーネはぎゅっと表情を引き締める。

「はじめから、そのつもりだったの」
「いや、後から考え直しての。――これはおまえさんがシャロンを守る戦いだ。なればこそ、おれが助太刀をする面目も立とうさ」

 事を荒立てるな、という王の忠告をカイネは決して忘れていたわけではない。
 カイネの名は影に潜むであろう。体を張って友を守った勇気ある魔術師として名を馳せるのはクラリーネの方だ。

「うまく担がれてる気がする……」
「そこはお互いさまというやつであろうよ――ほれ、見えてきたぞ」
「……思いきり派手に暴れてやる」

 ふたりの行く手に領主城館が見える。カイネは表通りに出るように角を曲がり、クラリーネはその後を追従しながら八つ当たりの声を漏らした。

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