剣豪幼女と十三の呪い

きー子

十五/人の形をしたモノ

 雨が上がったあと、カイネとジョッシュは足止めを食らったうっぷんを晴らすように馬車を飛ばした。夜は宿場に寄らない野宿をいとわず、朝には日の出前から出発した。

 ジョッシュの傷は完治には遠いものの、幸いにして大事には至らなかった。そしてとうとう学院領内に通じる関所に差し掛かったふたりは――学院に迫りつつある脅威を即座に察していた。

「カイネっ当たるんじゃねェぞ!!」
「誰に言うておる!」

 馬車に乗り込んだまま〝筒〟を構えて人形の足元を吹き飛ばしていくジョッシュ。
 カイネは踊るような鮮やかさで人形たちを両断してがらくたに変え、あらかた片付いたところで馬車に飛び乗った

「次いくぞ。出しとくれ」
「さっさと中入っちまうか。嬢ちゃんが無事かどうかが気がかりだろ?」
「いや――あそこにちょうどよいのがおるな」

 カイネはすぅっと目を眇めて彼方を見る。
 なにせ駆けつけてきたばかりで情報が何もない。事情を知る前線指揮官に話を聞くのが手っ取り早かろう。

「真っすぐ。頼めるか」
「味方まで轢いちまうか?」
「たわけ。そばまでやってくれればそれでよい――」

 と、言ったときすでに一角馬は駆け出していた。
 カイネは馬車の戸を開けたまま、扉口から戦況を観察する――乱戦に突入している様子がうかがえる。
 カイネは程なくして飛び降り、乱戦の最中に飛び込んだ――人形たちの背後から。

「――――ィッ」

 かすかな呼息ひとつして、振るわれた銀の刃が鉄の躯体を両断する。
 乱戦におけるカイネの太刀筋には切れ間がなかった。一度振り切ったかと思われた一閃はすぐさま次の一振りに転じ、最も近くにいる人形を一太刀で仕留めていく。
 斜に斬り下ろした刃を跳ね上げ、横薙ぎ、魔炎を辿るかのごとき軌跡を描き、短い振りで足首を払う。

 流れるような、とはこのことだった。銃剣格闘にもつれこんでいた防衛部隊の面々が標的の命をかっさらわれたことに気づいたとき、カイネの目標はすでに別の人形に映っている。

「いいねェ。盛大にやるじゃねェか」

 鮮やかな剣戟を見届けたジョッシュはヒュウと口笛を吹き、兵たちは半ば呆然としつつも身を退ける。半ば無意識に、年端もいかない子どもにしか見えないような少女に道を譲るように。

「――――うむ、よいな。血も肉もないというのはなんとも斬りやすい」

 カイネが吸気とともに刃を振り抜いた時、辺りには先ほどまで人の形をしていた鉄くずが数十と散らばっていた。刀身にまとわりついていた金属粉が風に揺られ、カイネは静かに納刀する。

 兵たちが開けた道を進む脚は迅速だった。急いでいるとも焦っているとも取れる早足であった。

「相済まぬ、突然邪魔をした。魔術学院客員教授カイネ・ベルンハルトと申すものだ。状況を教えてくれぬか」
「あ……は、はいッ! あなたがあのッ……!」
「そういうのはよいから。それなりに急いでおる」
「すすすすっすみませんッ! 今すぐに説明をッ!」

 小隊長と、そのそばに控えていた伝令の男から話を聞く
 とにかくのっぴきならない状況であることを聞けば、カイネは「足止めをしてしもうたな。侵入経路の遮断をどうか頼む」と小隊長にちいさく頭を下げた。

「と、とんでもございません! この度は助太刀に感謝いたします!」

 小隊長はきびきびと折り目正しく敬礼し、部下の兵たちもそれに倣う。
 彼らが駆けていくのを見送りつつ、カイネは伝令から状況をうかがった。

「他の方面はどうだ」
「まだ持ちこたえております。こちらが片付きましたから、時間とともに好転するかと思われます……! ですが――」
「すでに侵入されておるのだったな」
「――はい、まだ水際で食い止めてはいますが」
「相分かった。そちらへ向かうとしよう。案内を頼めるかの」
「も、もちろんです!」

 その時、ちょうどカイネのすぐ隣にジョッシュの馬車が横付けされる。
 カイネと伝令役の男はともに馬車に乗り込み、学院内へと走り出した。

 ***

〝無駄なし〟のイルドゥは敷地内への早期潜入に成功した。壁の上を登るには五人の肉体を用いた階段があればよかった。
 とにもかくにもひとりが登り、上から引っ張り上げられるようになれば潜入はさらに容易だ。壁の上に張られた鉄条は、人形の妨げにはならなかった。

 正面からの突入を試みる部隊は陽動だ。本命は全員合わせて五十体ほどの潜入要員だ。すでに二十体ほどが潜入に成功した。イルドゥも含めた全員が無作為に散開し、目標の捜索を開始した。

 魔術学院の敷地内には目立った建造物がいくつかある。
 学生寮、教授研究棟、一般教室棟、食堂、事務受付棟、駐屯所、厩舎、〝神殿〟――そしてこれらの中心に位置するのが中央講堂である。学生全員に対する伝達事項や節目の催事のみに用いられ、普段人の出入りはあまり無い。

 イルドゥは中央講堂への人の流れを観察し、そこに学生たちが避難しているのであろうと推測した。見張りの交代要員や伝令が絶えず行き来しており、双眼鏡越しに見た周辺にも見張りの衛兵がずらりと並んでいるからだ。

 侵入に成功した二十体ほどのうち、三体がイルドゥに付いていた。彼らは序列や階級を持たないが、自然とイルドゥを上官と見なしていた。イルドゥは比較的〈原型〉に近く、より完璧に模されていることが人形としての格とされた。これは人形たちの意志というより、製作者――人形遣いの意識が反映されているためである。

「中央に攻撃をしかける」

 イルドゥは小声でささやく。他の三体は頷きもしなかったが、イルドゥが講堂に向かって歩きだすと、彼らもその後ろに続いた。

 外部からの攻撃に人員を割いているためか、敷地内は比較的手薄だった。イルドゥは先遣隊として地の利を得たことを生かし、各建物内の通路を利用して移動することにした。もぬけの殻な建物内の警備はますます手薄である。

「止まれ」

 中央講堂の側面についたところでイルドゥは命じる。他の三体が手にする幽体投射筒では建物内部に届くが、イルドゥの弓なら届く。攻撃を断続的にしかけてパニックを引き起こし、中にいる生徒を炙り出そうという算段だ。目標は別の地点に隠されているかもしれないが、その際は生き残りの学生を人質に取るのも悪くはない。

 建物側面の窓ガラス付近には衛兵がぴたりと付いている。排除は難しくなさそうだった。イルドゥを含む四体は一分ほどかけて周囲の警戒を行う。その時、驚くべきものが目に入った。

 シャロン・アースワーズだった。
 中央講堂正面――イルドゥたちからは死角になっていた物陰から、目標その人そのままの影がふっと姿を現したのだ。

 目標までの距離は十分に幽体投射筒の有効射程だった。遮蔽物は何もない。こうなっては見張りを排除する必要も無くなった。他の三体はすかさずその場に膝をつき、筒先をシャロンの影に向ける。イルドゥも弓を構える。人形たちは号令を待たずに引き金を引いた。

 イルドゥも矢を放った。鉄の矢が隣の人形の頭を貫通した。

「えっ」
「あれっ」

 撃たれた人形は膝射姿勢のまま横倒しになった。頭だけが首から離れ、矢ごと地面に突き刺さっていた。
 イルドゥも驚きに――というより、戸惑いに目を見開いた。自分のしたことが理解できないかのようだった。

「えっ」
「えっ?」

 残る二体の人形が放った幽体弾はシャロン目掛けて真っすぐ飛び、すり抜けた。事ここに至っては理解せざるを得なかった――あのシャロンは欺瞞術式による虚像に過ぎない。
 しかし人形たちの戸惑いの声は、むしろイルドゥの奇行から発せられていた。感情を帯びるはずもない人形たちがそのような声を漏らしたのは、まさしく人形にはありえない行動をイルドゥが起こしたからだった。

「あれ?」

 イルドゥは首をかしげながら矢をつがえ、もう一体の人形の脚を射た。そしてすかさず弓を捨て、腰のサーベルを抜き払い、投射筒を構える相手の腕を切り落とした。
 なぜそうしたのかはわからなかった。ただ、シャロン・アースワーズの形をしたものを撃った彼らをそうしなければならないという衝動に駆られていた。なぜ? 自分はなんのためにここにいるのだ? 彼女を殺害するためではなかったか?

 いや、そんなはずはない。〝無駄なし〟のイルドゥはシャロン・アースワーズの守護者たるものだ。少なくとも〈原型〉はそうだった。だから自分もそのはずだ。そうだろう?

「気でも狂ったか!」

 人形が振り返り、筒先をイルドゥに向けながら形式的な言葉を発した。イルドゥはその首を薙ぎ、返す刀で左上から振り下ろした。ギンッという甲高い音とともに胴が割れた。

 その時、首を飛ばした人形が腕だけで筒を構えていた。筒先はすでにイルドゥに向いていた。肩から上を吹き飛ばすべきだったなとイルドゥは後悔する。そして最後の時を待った。

「――〝血束の鎖〟ッ!!」

 先ほどシャロンの影があった場所から声がした。壮年の男の杖先から放たれた真紅の鎖は首から下だけで動く人形を絡め取り、投射筒を奪い取る。
 鎖はイルドゥにも伸びていた。四肢を強烈に縛り付ける朱色の鎖はその場から一歩も動くことを許さなかった。鎖の真紅は地面に染み込んでいて、さながら躯体を地に縫い止めてしまうかのようだ。

「おー、パネェっすねセンセ。やるときゃやるじゃないッスか」
「……あれ。同士討ち?」
「……君たち、協力には感謝したいところだがね、ひとまず講堂内に戻っていなさい。外はまだ危険だ」

 イルドゥの視線の先――青黒のローブを着た壮年の男の後ろには眠たそうに細められた瞳の小柄な少女と、逆立てられた金髪が印象的な少年が控えていた。
 少女は肩に奇妙な生物を乗せているため魔獣使い。少年は杖を手にしているため、先ほどの虚像を投影したのは彼だと推測できる。

「うん。……わるいね、手伝わせちゃって」
「いーっていーって、お互いさまっしょ。今度デザート一品でどーよ」
「……シャロンに払ってもらうっていうのはどうかな」
「それな」

 少年少女が避難するのと入れ違いに壮年の男が歩み寄ってくる。周りの衛兵たちを引き連れて。

「この者だけは残してくれ」

 壮年の男はイルドゥを指して言った。他の人形は衛兵たちの手によってただちに破壊された。
 人形たちがどれほど危険であるか、彼らはすでによくよく見知っているのだ。
 続いて、イルドゥが手にしていた弓矢とサーベルは回収された。破壊していないとはいえ、決して信頼しているわけではないという明確な意思表示。

「このような場所で立ち話はごめんこうむる。場所を移させてもらうぞ」
「貴殿らの学び舎だろう」
「そうだ。貴様ら人形どもに攻め込まれた学び舎だとも」

 壮年の男は忌々しげに吐き捨て、ややいぶかしむように眉をひそめた。
 イルドゥの脚の拘束が緩められ、自分の足で歩くことをうながされる。イルドゥは言われたとおりにする。

「……貴様は何者だ?」
「イルドゥ……イルドゥ・エンディラスだ」

 道すがらの問いに、イルドゥは家名まで正確に答えた。それは人形遣いからも知らされていない情報で、イルドゥ自身もそのことに無自覚だった。

「ごまかすな、貴様も人形だろう。先ほどのやつらの仲間ではないか」

 仲間。仲間であるはずがない。虚像といえどシャロン様を殺めようとしたのだぞ――
 イルドゥはゆっくりと首を横に振る。

「人形……人形だ。だが、違う」
「そう言って我々を騙くらかすつもりか。目標に近づこうという算段か。我々をそのような間抜けだと思ってくれるな。そのために同士討ちなどしてみせたのではないかね?」
「違う。そうではない。私は……私は、シャロン様を――」

 青黒ローブの男はわけもなくイルドゥを追い詰めているわけではなかった。冷静な眼差しが彼をじっと観察し続けている。

「話はゆっくりと聞かせてもらうとしよう。人形の演技が我々に通じると思ってくれるな」
「……了解しました」

 イルドゥは大人しく頭を垂れる。今がどうであるにせよ、一度は先遣隊としてシャロンの居場所に襲撃をかけたのも事実であった。

 虚像でこそあれ、シャロン・アースワーズの姿を直接目の当たりにしたことがきっかけとなったのか。もはやイルドゥ自身にもわからない。彼女本人に顔合わせできずとも構いはしないが、イルドゥは男の質問にただ正直に答えるつもりだった。
 彼は〝無駄なし〟のイルドゥ――シャロンの母親の代からアースワーズ家に仕える騎士にして、彼女に忠実な臣下であるのだから。

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