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剣豪幼女と十三の呪い

きー子

十三/進軍

「……あのですな、リーネ」
「なに」
「心配してくれているのはわかるし大変ありがたいのでありますが」
「うん」
「トイレにまで付いてくるのはやり過ぎではないかと思うのでありますが!!」

 午前の授業が済んだ昼のこと。
 手を洗いながら抗議するシャロンに平然とした面持ちのクラリーネ、そしてネレムは我冠さずの構えを取る。三者三様である。

「そんなことはない。就寝、食事、水浴、排泄――これらは人間が最も無防備になる瞬間。現に前回は就寝時が狙われた」
「いい年頃の娘が排泄言うなであります」
「ネレムだってそのことは心得てると思う」
「うん。そうだね」
「今めっちゃ適当に頷いてるでありましょう!? そういうのわかるでありますからな!?」

 襲われる危険を内在した状況下にあるとは思いがたい能天気さであるが、すでに学院全体が警戒態勢にあることは事実であった。
 魔術学院に所属するものは多かれ少なかれ戦闘の心得があり、自衛の術を身に着けている。また、なくては話にならないというのが実情だ。

「……実際のところ、相手の魔力を感知できないのは厄介だよ。警戒は怠らないにこしたことはないと思う」

 ネレムと彼女が率いる魔獣は斥候役としての適性が高く、隠れ潜んだ魔術師を探し出すにはうってつけの力を持つ。学院側主導で行われた調査にも多少は協力していた。
 しかしながら今回ばかりは分が悪い。シャロンに襲撃をかけた人形を動かすのは通常魔力と呼ばれる末流オドではなく根源マナであるからだ。

 根源とは大気中のあらゆるところに偏在する魔力であり、つまりは基準点そのものだ。末流の魔力を持つ人間や魔獣は基準値の乱れとして観測されるのだが、人形たちにはどうやらそれがほとんど無いらしい。

「不可能ではないけど、根源のごく微小な変化や乱れを嗅ぎ当てるのは難しい。……例えるなら、大気中の酸素の減少でヒトの居場所を探り出すようなもの」
「そんなのに神経を張り詰めさせてたら頭がおかしくなるであります。ちょっと気を抜いてたほうがよほどましでありますよ……」

 シャロンは力なく肩を落としながら化粧室を出る。クラリーネはその後ろにぴたりとつき、ネレムはすぐ横に控える。
 無難な安全策は単純で、人の多い場所にいることだ。人形の戦闘能力は低くもないが高くもない――Bランク相当の魔術師であれば単独で十分対処できる範疇であり、こちら側の人数が多いほど安全性が増す。

 三人は揃って学院生でごった返す食堂に足を踏み入れ、シャロンはぽつりとつぶやいた。

「……こういう場所にいると気が気でないでありますな」
「大丈夫だよ。妙な仕掛けがないか、人の集まる場所は一番入念に調べられてるから」
「いえそうではなく。……ネレムは考えがたまに物騒でありますな……?」

 シャロンたちはトレイを取って各自献立を取り分けながら、しばしば顔見知りから「災難だったな」「なかなか厳重な護衛じゃないの」と冗談めかした言葉をかけられる。学院側から名指しでの発表があったわけではないが、人の噂に戸は立てられないということだろう。

「……こう、思いのほか、反応が柔らかいような気がするでありますな」
「お家騒動からの刃傷沙汰となれば明日は我が身。他人事じゃないってことだよ」
「協力的なら幸い。味方は多いほうがいい」

 三人は揃って空席を見繕う。クラリーネは依然としてシャロンのそばにつき、警戒を解かないままである。
 簡易式に食前の礼を捧げつつシャロンは言った。

「……そう言うなら少しは気を抜けばどうであります。せっかく人の目の多い場所でありましょう? ネレムもそう思わないでありますか?」
「うん、そうだね」
「やっぱり適当に頷いてないでありますか!?」
「ううん、これは本当――相手は疲れ知らずの人形なんだからことは長引くかもしれないし」

 ネレムは眠たげに眉を垂らしながら発酵キャベツをもくもくと頬張る。
 クラリーネは少し黙ったあと、ちいさな手の上に載せたものをぱっとシャロンに差し出した。

「なら、これ」
「……髪留めでありますか?」
「そう」

 シャロンの言うとおり、クラリーネが差し出したのは艶やかな白銀の髪留めだった。極めて精巧なつくりで、表面に小さな鷲の紋章が彫られている。

「……くれるのであります?」
「着けてて。役に立つかも」
「なにか変わった力でもあるのであります……?」
「ちょっとしたおまじない。お守りのようなもの」
「……ずいぶんお高そうな代物に見えるのでありますが」
「貰っておいた方が良いんじゃないかな。かなりの魔力が篭ってるみたい」
「……ね、ネレムがそういうのでありましたら……」

 シャロンは遠慮がちに髪留めを受け取り、「あとで着けておくであります」と囁く。食事中にというのはいささか品がないからだ。
 クラリーネは「そうして。できるだけ早くに」と言って昼食に取り掛かる。「……おそろいってやつかな」とネレムは楽しそうに笑う。

「お、おそろい? なにがでありますか?」
「……ね、リーネ。いつか私にもわけてくれる?」
「ネレムさんの命が脅かされたなら」
「ううん、それだと当てが無さそうかな……跡目争いになったらお願い」
「聞けであります!! というか縁起でもねーでありますよ!!」

 シャロンの渾身の叫びにくつくつと笑みを漏らすネレム。「……律儀なひと」とクラリーネはつぶやきながらスープを啜る。
 その騒々しい姿は周囲の生徒らに、「思ったより元気じゃないか」という印象を与えるには十分であったという。

 ***

 月のない真っ暗闇の夜。
〝無駄なし〟のイルドゥは険しい山岳を登り詰めていた。人里から遥か遠く、林木を切り開いてもいない山だった。

 彼に意識と呼べるものはなかった。人形遣いは彼を他の個体と区別するために〝無駄なし〟のイルドゥと呼んだ。人形遣いは彼を先遣隊として目標地点Aがくいんに送り込んだ。

 目標の抹殺は失敗した。少人数での潜入を試み、暗殺を実行するのが人形遣いの考案した初期作戦だった。失敗したからには予備作戦を実行しなければならず、失敗することは最初から人形遣いの考慮のうちだった。

 イルドゥは一度たりとも足を止めず、足を動かすペースを変えず、息ひとつ切らさずに山の中腹へと至った。
 そこは人形遣いが魔術学院に攻め込むための前線基地として見繕っていた土地であり、目標地点Aの存在する領地と程よい距離があった。

 そこに建物は一切ない。人形に身を休ませる居住空間は必要ないからだ。
 そこにはただ無数の人形だけが、ずらりと規則正しく整列していた。

 兵を集めていることを悟られないようアースワーズ領から様々なルートで送り出され、最終的には同じ場所に集まった戦闘用の人形たち。
 中にはイルドゥと全く同じ顔、背格好、形をしたものもいた。人形はその原型によって個体差が現れ、人形遣いは射手の基礎としてイルドゥの原型を量産していた。

 人形の総数は300を下らないか。魔術学院との全面戦争を行うならばあまりに心もとないが、目標はただひとりだ。奇襲を仕掛け、要衝を一時的に占拠し、目標の首を狩るだけだ。その後なら全滅しても構わない。人の形をしているだけのものは死を恐れない。

 イルドゥは人形たちの列に並び、直立したまま夜を越した。その間にも何体かの人形が現れ、列に加わった。

 ぴくりとも動かないまま夜が明ける。まだ日が顔を出すか出さないかという刻限。
 定められた予備作戦の開始時刻が訪れ、目標等の確認は一切行われなかった。一糸乱れぬ数百の足音だけが、渇いた山肌を同時に打ち鳴らした。何体かの人形が足場を踏み外して滑落したようだが、多少の損傷として無視された。作戦行動に支障はないものとみなされた。

 それらは初め、森林から漏れ聞こえるかすかな地鳴りとして観測された。
 行軍と考えるものは少数だった。
 人間の部隊は物資運搬の都合上、街道沿いや河川沿いに行われることがもっぱらだ。小部隊を隠して動かすことはあるが、数百人という規模になれば速度との兼ね合いが難しい。行軍が遅滞すれば物資の消耗が増加し、発見されてしまう可能性も高まる。

 だがそれは、人間の部隊であればの話だった。
 生命なきものにそれらの条件は制約足りえない。

 やがて関所が近づいてくる。一度開けた土地に出れば、後は行軍速度だけが肝心だった。
 関所に異常が起こっていないか否かは、最寄りの通信局と腕木通信による連絡が行われており、定時連絡の時間を把握していればその隙をちょうどすり抜けられる。
 調査はとどこおりなく済んでいた。早朝の定時連絡を済ませた直後と言って差し支えない時間に、人形の部隊はその姿を晒した。

「いっ……」と、早朝警備を努めていた関所の衛兵は言葉を失った。どこからともなく現れたとしか思えない、三百を超える一個中隊。
 一糸乱れぬ歩みを見せながら、彼らの装備に統一感は無い。それがひときわ不気味であり、人形たちを亡霊の兵かなにかのように見せてもいた。

「や――――やめろ、やめ、来るなっ、ひッ」

 号令はなかった。部隊と関所の距離が一定まで狭まった地点で攻撃が開始された。幽体の投射と矢が無数に降りそそぎ、前面に立つ兵は各々が手にする軍刀か槍を抜いた。
 殺戮は静かに、かつ迅速に行われた。中には地元領主の擁する衛兵だけでなく直轄地に遣わされた軍兵も含まれていたが、皆殺しにされた。これほどの数が突如として攻め寄せてくることは、全く先例のないことである。
 占拠は滞りなく済んだ。しかして、彼らがこの要衝を保持し続ける意味は全く無い。田畑を食い荒らしながら各地を飛び渡るイナゴさながらに彼らはすぐ移動を再開する。少しでも早く目標地点にたどり着くために。

 イルドゥは移動の最中にひとりの男を視認した。彼は統一規格の軍服を身に着けていた。人形たちの接近を察知し、咄嗟に逃げ出したものだった。彼はどこか遠くに向かって腕を振り、イルドゥが後ろから射殺すその瞬間まで不可解な動作を止めようとはしなかった。

 その男の死に様は、衛兵の姿が見当たらないことを不審がって望遠鏡を覗き込んだ最寄りの局の連絡員によって見届けられた。
 男の腕の振りが意味した暗号は〝人形の軍来たり〟と解読され、たちまちほうぼうに伝達される。
 人形たちは彼らの置かれた状況を理解することなく、ただ目標に向かって突き進む――彼らが人形であるがゆえに。

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