剣豪幼女と十三の呪い

きー子

十二/学び舎にて

 カイネは荷台から取り出した大きめの布を魔獣たちにかぶせ、次にびしょ濡れの制服を拭く。それでもまだ肌に張り付いているのが気持ち悪いようでさっさと脱いでしまう。
 ジョッシュは車内で横になったままカイネを一瞥した。

「……少しは人の目を気にしろ、ほんの少しはよ」
「この雨だ。見えるものも見えぬし――見るやつもおらんであろ」
「いるだろうが、ここにひとり」
「左様なことを言うだけの元気はあるのだな」
「冗談で言ってんじゃねーっつの……!」

 カイネの容貌は年端もいかない小娘のごとしであるが、目を見張るほど見目麗しい少女であることには論をまたなかった。
 そしていまのカイネはというと、惜しげもなく馬車の外で無防備な下着姿を晒す始末である。片手に黒塗りの鞘に納められた一振りを手にしているのが異様ではある。

「のう、ジョッシュよ」
「……どうした」

 冗談で流されたのを若干不服げにジョッシュは問い返す。貫かれた腕の痛みは収まりつつあるようだが、やや気怠げなのは出血量がゆえか。
 しとしとと振る雨の中、ジョッシュは荷台に積まれている毛布を引きずり出して膝にかける。雨風と傷に収まりがつくまでの間、体温低下による体力消耗を少しでも抑えようという算段だ。
 彼は同じ毛布を放り投げ、カイネはそれを受け取りながら言った。

「さっきのやつ。真っ先におまえさんを狙いおったが、顔が割れておったということは……」
「ねェだろ。機械的に御者を狙ったってだけだ。あんたを射るよりはずっとずっと簡単だろうしな。魔獣みてェな頑丈さもない」
「……ならば、おれか」
「陛下にも顔が割れてただろうが。忘れたかい?」
「…………七面倒な顔め」

 カイネは忌々しげにつぶやく。
 アルトゥール国王陛下の好意を賜るというありがた迷惑な効能こそあれ、いつぞやかに出回った絵画はカイネのあずかり知らぬところまで広まってしまったということだろう。

「たかが絵画一枚であろうに。どうしてこう……」
「……バカ言え。一枚だけなんかで収まってるわけねェだろ」
「なに?」

 カイネは本当に理解が及ばずに赤銅色の瞳を丸くする。

「王都寄ったろ。見て回ってねェのか?」
「クラリーネを連れて行けるところなら」
「……それでか。元はあんたの肖像がらしいが……偽物だの模造品だの派生品だのがあちこちで出回ってるぜ」
「……そういう取り締まれぬのか?」
「諦めろ。別に違法でもなんでもねェしな……値打ちのつくもんに金払ってるやつがいるってだけだ」
「……まぁそれはよい。よくないがもうよい」

 カイネは脱いだ制服を紐で吊るし、下着姿のまま毛布をかぶり、ため息。

「さっきの人形ども。……人形遣いとやら、こっちの動きにもう勘付いておるのか?」
「……いや、そりゃいくらなんでもねェだろ。勘付いていたとしても追手が来るのが速すぎる……単に鉢合わせたんじゃねェか?」
「……他に目的があった、というところかの」
「かもな。その途中でカイネ、あんたを見かけたから優先的に仕掛けた――……改めて考えると運のねェ話だな」

 ジョッシュは寝そべったまま思わず苦笑。傷のせいか、顔面が急に熱を帯び始める。

「……運……いや……少し待て。他の目的……目標といえば、シャロンの身柄が第一であろう。おれのほうにまで手を回さぬでも……」
「俺たちが行きに見かけた……いや、見つけられなかったやつの目的も多分同じだろ? さっき片付けたのはあくまで予備か、援軍か……」
「それだ」

 カイネは急に起き上がってぽんと手を打つ。ジョッシュは熱を感じながら気怠げに顔を上げた。

「……いきなりどうしたよ」
「さっき片付けた馬車が援軍、というのは間違いなかろう――――同じような援軍が他にいくつ学院に向かっておるか、という話だ」
「……さっきのはそのうちのひとつに過ぎねぇってか? そりゃカイネ、ぞっとしねぇ話だが……」
「ほんの少数の援軍と運悪く行き当たったか、複数のルートから向かっておる援軍のいずれかとかち合ったか。どちらが自然かは自明であろう?」
「…………どうする。急ぐかい」

 アースワーズの現当主を僭称するものがどれほどの戦力を擁しているかは定かでない。だが、曲がりなりにも王国の統治下にある機関に攻撃を仕掛けるからにはそれ相応の準備をしているはずだ。
 全面戦争のつもりは元よりあるまい。生徒ひとりの命を奪い取ってしまえばそれで事は済む。

「……止まぬか」

 カイネは馬車の外をちらりと見る。雨脚は少しは収まったようだが風が強い。

「あの嬢ちゃんが危ねェんだろ。クラリーネ嬢も一緒にいるってんならただじゃすまねぇかも――」
「ジョッシュ。顔」

 ジョッシュは怪訝そうに瞳を眇め、すぐに目を見開く。
 カイネの手がぺたぺたと無遠慮にジョッシュの顔を触りだしたからだ。

「――んなっ、なにやってッ」
「熱が高いな。……ちょいと一寝入りせよ、おまえさんが起きたらすぐに出発するぞ」
「中途半端な無茶言いやがるなこいつ……」

 傷病人の扱いが丁寧なんだか粗末なんだか。
 カイネはジョッシュを無理やり寝そべらせる。自分の毛布もジョッシュの体の下に敷く。彼はその押しの強さに抗えず、やむを得ず目をぎゅっと瞑った。
 いつでもどこでも眠れるというのは軍人に求められる素質のひとつであろうが、ジョッシュはその点常人に毛が生えたようなものだ。痛みや熱に悩まされる状態ではなおさらである。

 彼はそれでもなんとか一寝入りしようとして、ふと額に触れる掌を感じた。
 冷たい手だった。その感触はジョッシュの火照った肌に心地よく感じられた。
 ほどなくして意識を落とす彼を、カイネは我が子を見守るように見下ろしていた。

 ***

 学院内の生徒が襲撃を受けたという知らせを受け、学院側はただちに敷地内の捜索を実施した。
 下手人の姿は発見されず、すでに敷地内から脱出したのだと目される。また敷地内では衛兵隊のものが幾人か死体で発見されており、おそらくは同一人物による犯行であろうと推測された。

 さらに特筆すべきは、地元領主から報告されていた殺人事件のことだ。
 現場には凶器の矢と壊れた人形が残されており、この度の襲撃と合致する。被害者がアースワーズ家ゆかりのものとなれば目的には一貫性があり、やはり同一人物の犯行と見なすのが妥当であろう。

 ヴィクセン王立魔術学院長ユーレリア・コルネリウスは地元領主に領を出入りする馬車を可能な限り監視するよう指示。学院側からも人員を派遣し、協同して事件解決を目指すということで合意を見る。
 ユーレリアは魔術学院の長であるとともに王都の紋章官という側面もあり、アルトゥール国王陛下の支配を受け入れている地元領主と同等以上の権限を有しているのだった。

 だが――

「今すこしの辛抱なのです、シャロンさん。何よりも優先するべきはあなたの安全なのですから――今すこし、安全な場所で保護させてはいただけませんか?」
「つまり、閉じ込めておくのでありますか」
「……ええ。言葉を飾らずに申し上げれば、そうなります」

 領主と匹敵する権力を有するユーレリアであれ、目の前の少女を説得することは困難を極めた。
 学院長室。シャロンはユーレリア学院長をじっと見つめ、ぷるぷると首を横に振る。

「学院長先生の御指導でも、それは、どうしてもいたしかねるであります」
「……シャロンさん。どうかここは、我を抑えられて――」
「私のせいで他の誰かが危険に晒されているのは承知であります。ですが、私がどこかに引っ込んでいれば、他の方はますます危険になるでありましょう?」
「……シャロンさん、あなたが相手の手の届かないところに隠れれば、今度は無差別な殺戮を始めるかもしれないと――そう仰りたいのですね?」

 単なる我がままとはユーレリアも思っていない。シャロンは考えを見抜かれていたことが意外であるように瞳を丸くし、おずおずと頷く。

「その危惧はあながち誤りではないでしょう。ですがシャロンさん、我が校に表立って牙を剥くということは、国王陛下への叛逆にも等しいこと。あなたが継承権のために狙われる身であることは存じていますが、それはあなたの命を狙うものが自らの地位を安泰にするためでしょう。そうするために国王陛下の不興を買い、かえって地位を揺るがすようなことがあれば全くの本末転倒――違いますか?」
「……理屈の上では、そうでありますが」
「まだ何か気がかりでも?」

 ユーレリアは学院の長として、シャロン・アースワーズが抱える事情をおおよそ心得ていた。
 シャロンはこくりと頷き、言葉を選びながら話し出す。

「まず、根本的なことでありますが……例え敵の人形を捕まえたところで、それと叔母上の関係は証明できぬでありましょう。人形がどれだけの凶行を働いたところで、その責任を問いただしたところで――シラを切り通せばそれまででありますから」
「……人形遣い、というものの心理を、失念していましたね……」

 ユーレリアは苦々しげに唇を噛む。
 彼女自身、壊れた人形の実物を確認しても信じがたいほどだった。これがまさか人間のように動いていたなどとは。

「人形は痛みを感じませぬ。もちろん使役者に繋がる情報を口にする可能性も皆無であります。だから叔母上は、奥に引っ込んだ私を引きずり出すためならなんでもやるでありましょう」
「……それなら下手に逃げ隠れしない方が、周りの人を巻き込まないで済む。そうお考えなのですね?」

 またこくり、とうなずくシャロン。

「……わかりました。ですが緊急時に移動が可能であれば、どうか所定の避難場所に。あなたの安否が確認できれば、学院内の捜索をより迅速に行えますから」
「――良いのでありますか?」

 シャロンはぴくりと肩を震わせて顔を上げる。
 ユーレリアは苦笑しつつ、ゆっくりと立ち上がった。

「あなた自身の警護ではなく、周辺の警戒を厳重にいたしましょう。戦闘警備体制でさえあれば、人形の一体や二体に遅れを取ることもないでしょうから」
「……感謝するであります!」

 シャロンはきびきびと立ち上がって深く礼をする。
 ユーレリアは彼女を学院長室から送り出し、早速人員の手配を始める。壊れた人形からもわかるように、相手は生きている人間と見紛おうほど精巧なつくりをしていた。怪しい相手を見極めるためには一般の衛兵隊からではなく、領内に配備されている軍の中でも練度の高い部隊を動かす必要があろう。

 あの方なら簡単に見抜くのでしょうが――いま学院内にはいない顔を思い浮かべる。
 先日オーレリア領に連絡を送ったばかりだが、無事に届いているかどうか。どうして自分の代に目覚めてくれたのかとかつては悲嘆したものだが、今回ばかりは彼女の力を頼りたくて仕方がないユーレリアであった。

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