剣豪幼女と十三の呪い

きー子

九/転回

「どこの誰。目的は」

 クラリーネは男へと義務的に問う。
 返答は刃の一閃によってなされた。

「……ッ」

 その鋭さ、素早さにクラリーネは一瞬たじろぐ。白銀の殻――脚甲に覆われた蹴りと一閃が拮抗する。
 何より彼女を驚かせたのは、男の変化の無さだった。剣を振り抜いたにも関わらず、表情の変化や呼吸音といったものが皆無であったのだ。
 クラリーネに刃を受け止められたことにも感慨は一切ない。焦点の合わない目が彼女を見つめ、ただ脚甲を押し返そうとしている。

 だが、

「これで、おわり」

 勝負は一瞬でついた。
 宙を漂っていた〝妖精式〟が男にいっせいに取り付き、男の形をしたものの身動きを完全に封じたのだ。
 拘束を振りほどかれるより早く相手の腰を蹴り砕く。人体とは明らかに異なる硬質な手応えを感じながら続けて首筋を蹴り裂く。脚甲が接触する瞬間に鋭利な装飾が形成され、首を完全に切断する。

「……ぉ、お、おおおぉ……す、すごいであります……!!」
「感動するところじゃないから」

 命の危機に晒されても自己を見失わないシャロンの様子にクラリーネは思わず苦笑。
 おかげでというべきか、その男の正体を目の当たりにした衝撃はいささか減じられた。

「に……人形……?」

 ネレムの呆気に取られたようなつぶやき。
 クラリーネはバランスを崩して倒れ込んだ人形の両手足をしっかりと踏み潰し、切断しておく。

「……う、うあ……」

 寝起きのシャロンは事態を飲み込めない様子でありながらも顔を青ざめさせる。
 彼女に心当たりがあるのか。少なくともクラリーネにはあった。
 模倣、模造――『似ているものは同じもの』という呪術における大原則を突き詰めた結果が、すなわちこの人形であるならば。
 この人形の使役者は、おそらくアースワーズ家のものに他なるまい。

「心当たりがあるの」
「…………は、はいであります。まずは、先生にご連絡を……」
「待って。魔力の反応は」

 クラリーネはネレムに問う。

「……無いみたい。探知範囲から逃げられたんだと思う」
「わかった。しばらく一緒にいて」

 クラリーネは念のために人形が落とした剣を拾い、腰につけた鞘に納めておく。
 人形の動力はおそらく根源の魔力マナであろう。限りなく人間の形に近づいたものが、人間と同じように――あるいはそれ以上に動けるほどの力を得たのだ。
 首と四肢を跡形もなく破壊された人形はもはや人間とは似ても似つかない。これはただのガラクタであり、残骸だ。だからもう根源の魔力が働くことはない。
 寮監室に向かって暗い廊下を歩いていると、後ろを歩くネレムが不意に言った。

「……やっぱり、嘘だった。リーネ」
「なにが」
「なにがでありますか?」

 クラリーネとシャロンは図らずも声を重ね合わせる。シャロンは照れくさそうに眉を垂らし、クラリーネはむすっと不服そうに唇を引き結ぶ。

「……お人好しなんかじゃない、って言ってたよ」
「べつに嘘じゃない」
「でも、私とシャロンを助けてくれたよ」
「…………放っておいたら私もあぶないから。身体が勝手に動いただけ」

 なんだか言い訳じみてるなと自分でも思わずにはいられない。
 なんで言い訳なんかしてるんだろう。クラリーネはますます不機嫌そうに眉をひそめる。

「そ、そうでありましたか……なにがなにやらわかりませぬが、リーネが助けてくれたのでありますな!」
「そうだけどそうじゃない」
「感謝するであります! リーネのおかげでありますよ!」
「きいて」

 シャロンは寝ぼけ眼を擦りながらもクラリーネの背中をぽんぽんと叩く。ネレムはくすりと笑みをほころばせ、役目は済んだとばかりに大あくびを決める。
 クラリーネは思う――あの時、どうしてとっさに守りに入ったのだろう。シャロンがいなくなればクラリーネを思い煩わせる種はすっかり消えて無くなる。でも実際にそうなった時のことを考えると、胸の奥がずきりと疼くような痛みを覚える。
 クラリーネは何も考えないようにひたすら周囲を警戒しつつ、足早に歩を進めた。

 結局、この夜にはもう何も起こらなかった。弓矢の使い手も見つからずじまいであった。

 ***

 翌朝。カイネは村の代官屋敷を訪ね、学院の使者がこの地で亡くなっていたことを伝えた。また、村に居住するはずのセルヴァ・グロワーズが行方知れずであることも。代官はレーベンという名の神経質そうな細面の男で、最初こそ二人を不審げに観察していたが、カイネが魔術学院に籍をおく身分であることを知るとすぐに対応を始めた。先んじては領主のもとに部下を送り、情報を伝達するという。

 カイネとジョッシュはその間、村内外の監視を粘り強く続けた。この時期に村を出入りするものがあれば、それが人形の使役者に情報を伝える役割を担った人形である可能性は決して低くない。

「……なんつゥか、こうなると……どいつもこいつも人形に見えてきやがるな」
「目で見て判断するのは難しかろうな。近づいて、音で聞いて確かめる他にはあるまい」
「関節の動く音だのなんだのが聞こえる人間なんぞあんたしかいねェだろ……!」
「判断はせんでよい、目星をつけろということよ」
「……そう言っちゃくれるがな。外側にも意識を向けた方が良いんじゃねぇか?」

 現在、カイネとジョッシュはセルヴァ・グロワーズの住居を拠点として代官屋敷の周辺を監視していた。

「しかしな、この村で一番情報が集まる場所といえばどこだ?」
「……密偵を忍び込ませるなら代官のそば、っつゥわけか」
「まさか『おまえさんの部下に敵の人形が紛れておるかもしれんのだが』とは言えんしな」
「そりゃ意外だ」
「なにがだ」
「カイネならそんくらいは言うんじゃねェかと」
「真っ向から疑ってかかっては取り逃すかもしれんからな」

 使役者の元に帰還しようとする人形を追跡し、始末する。
 これが最も単純な解決策であることは間違いなかろう。セルヴァ・グロワーズの人形を始末したことが伝わらなければ、囚われのセルヴァ・グロワーズを少しは生き長らえさせることができるはずだ。

 ――――彼本人がまだ生かされていれば、の話だが。

「……まどろっこしくてしょうがねェな。いっそ堂々と向こうさんに踏み込んでやりゃいいんじゃねェか?」
「おまえさん、それを窘める役割を忘れておらんか」
「そういやそうだった……いや、目的がはっきりしてりゃいいんだが……待つことしかできねェってのはどうも辛気臭くていけねェな」
「まあのぉ。おれとしても霧を掴むような話でどうにもいかん。直接乗り込んでいきたい気持ちもわからんではないが……」
「……そうだ。カイネじゃなくて俺が行くんなら別に問題ねェんじゃねえか?」
「死んでも知らんぞ」

 カイネが一太刀で斬り捨てたあの人形。カイネにとっては物の数ではないが、かなり非人間的な動きを可能とすることは確からしい。
 ジョッシュに対応できないとまでは言わないが、敵陣に乗り込めば一体や二体では済まない人形が揃っていることは必然。そうなると多勢に無勢、魔術師としては十人並みの力量であるジョッシュが生還するのは困難を極めるだろう。

「……確かに、力量がわからないのは上手くねェな。あれだ、結局馬車に乗ってたやつを殺したのが誰かもわからんままだろ?」
「あぁ、うむ……しかし、黒幕が同じであることは間違いなかろうな」

 あの馬車の中に転がっていた人形と、セルヴァ・グロワーズを模した人形。
 外側は似ても似つかないが、内部はまさに瓜二つであった。内容物がどのように作用しているのかが一切不明であり、単に人体を模倣する役割しか果たしていない点が特に酷似していた。

「あれをやったのも……まァ人形としてだ。その人形はどこに行っちまったんだと思う?」
「目的を果たしたなら領地に戻ったとするのが妥当であろうが……」

 そこで問題になるのは、目的は果たされたのかということだ。そして目的とは何だったのかということだ。
 殺された男がアースワーズ家ゆかりのものであったことを鑑みれば、シャロンに味方をする貴族は片っ端から消しているとでも言うのか――

 その時だった。

「ベルンハルト様! ベルンハルト様、こちらにいらっしゃいましたか!」
「……おぉ、どうした急いで。何かあったかの?」

 カイネとジョッシュのそばに駆け寄ってくるのは、つい先日領主代官の指示で領主のもとに向かっていた青年だった。
 彼が人形でないということはしかと確かめてある。
 青年は息せき切って足を止め、手にしていた巻物をしゅるりとほどく。

「すみません、急に。レーベン様がお呼びで……ああいえ、急ぎのことですので、まずは今ここでお伝えさせていただきます」
「……ずいぶんな大事みてぇだな、どうした」
「焦らぬでよい。間違いのないように、ゆっくりと話しとくれ」
「は……はい」

 青年は胸を手で押さえ、肩を弾ませながらゆっくりと呼吸を落ち着ける。
 そして告げた。

「……昨日未明、王立魔術学院にて生徒らが何者かの襲撃を受けたそうです。ベルンハルト様に至急連絡願うとご領主様に連絡されていた次第で、襲撃を受けた生徒の名は――」

 その先は聞くことなしに理解できた。
 学院から離れたこの地にわざわざ連絡を送ってくることの意味を察せられぬほどカイネは鈍くない。

「……死傷者は。生徒は無事であったのか?」
「え……は、はい! 幸いながらけが人はひとりも出なかったと。クラリーネ・ルーンシュタットという名の生徒が襲撃者のひとりを返り討ちにしましたが、まだ学院内に残党がいるのではないかと目されているとのこと。そして、返り討ちにした襲撃者というのが――その、人形だったそうで」
「……左様か」

 けが人は無かった。そのたった一言に、カイネは深い深い安堵のため息を漏らす。
 そして驚くべきは、襲撃者を返り討ちにしたのがクラリーネだったということだ。狙われたのはシャロンではなかったというのか?
 そんなカイネの疑問はすぐに氷解した。

「現場の状況は。誰が狙われたのだ」
「現場には先に述べたクラリーネ様の他二名、ネレム様とシャロン様が同室しておられたそうです。どなたが狙われたのか、確定はしかねるとのことで……」
「……相分かった。それだけわかれば十分だ。よく伝えてくれた、礼を言うぞ」

 胸の前に手を当て深々と礼をする。「い、いえ滅相もっ」と青年は恐縮げに肩をすくめ、代官屋敷に出向くよう伝えてその場を立ち去った。
 カイネはすぐそばで見聞に徹していたジョッシュを振り返り、言った。

「決まりだ。ジョッシュ、馬車の用意をしといてくれ」
「……なに? そりゃまた急な――」
「今すぐだ。ここで切り上げて学院に戻るぞ」
「あ!? ここまでやって全部ひっくり返してくんかよ!?」
「生きておるかもはっきりせん男の心配よりも優先するべきものがあろう。そもそもここで起こった面倒事の管轄はおれではないしの。追跡はこの地の騎士団にでも任せとけばよい」
「めちゃくちゃに身も蓋もねぇこと言いやがるなコイツ……」

 ジョッシュは呆れたようにつぶやくがカイネの意志はすでに堅い。
 元よりジョッシュが愚痴っていた通り、相手の出方次第という手詰まり感が否めないのも事実であった。

「……わぁかった、用意してくら。んであんたはどうすんだカイネ、呼ばれてんだろ?」
「挨拶くらいはしてくるとも。誰かの行方がわからなくなれば、そやつが人形だったと思え――とでも言えば良いかの?」
「あらゆる意味で最悪だな……!」

 ジョッシュの『それくらいは言うんじゃねェかと』という言葉が奇しくも現実になるというわけだ。
 カイネはジョッシュと一度別れ、用を済ませるために代官屋敷へと向かう。

(……あのとき見つけられなかった射手。……よもや、あれが)

 アースワーズ家ゆかりのものを始末するのみならず、魔術学院の襲撃さえ目的に含めていたとするならば。
 カイネは嫌な予感を抱えたまま、その日のうちにオーレリア領を出発する。
 収穫といえる情報はただひとつ――『シャロンの庇護者セルヴァ・グロワーズは敵の手に落ち、生死すらも定かではない』ということばかりだった。

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