剣豪幼女と十三の呪い

きー子

三/解明

 翌昼、白亜の城がごとき学び舎の最上階――学院長室。
 ユーレリア・コルネリウス学院長はカイネの一言を聞いて大きく目を見開いた。

「それは……まことのことですか、カイネ殿」
「記録の上ではそうなっておる。一方的な記録に過ぎんがな」

 長机を挟んで対面のソファに腰掛けたカイネは、机の上にルーンシュタット家の史書写本を投げ出す。
 カイネがしおりを挟んだ箇所には確かに〝姉弟子アースワーズ〟と言った記述が見られる。当時のルーンシュタット家当主とアースワーズ家当主の間に親交があり、また双方がアーデルハイト・エーデルシュタインに師事していた証拠ともなろう。

「ですが、カイネ殿……実のところを申し上げると、シャロンさんのことなんですが」
「聞いておる。ちと面倒な事情があるのであろう?」
「……どこまで勘付かれているのですか」
「そんな顔をするでない。単に教えてくれたものがおるだけだ」
「十分に恐ろし過ぎます」

 ユーレリアは真紅のケープからこぼれるはちみつ色の髪をかきむしり、深い深いため息をつく。端正な顔が半分泣きそうになっている。
 数多の貴族の子息子女を学生として受け入れる関係上、表沙汰にできない事情は十や二十では効かないだろう。まだ妙齢の学院長が背負う心労の重みはいかばかりか。
 彼女は観念したように背中を深く椅子の背にもたせかけ、言った。

「カイネ殿。あなたのお望みは?」
「シャロンを学院に入れるよう画策したのは誰だ。シャロンに生きていてもらいたい誰か……今の当主か?」
「……安心しました。カイネ殿も全ては存じておられなかったようですね」

 ユーレリアは安堵の息をつき、カイネは怪訝そうに眉をひそめる。
 シャロンを相続権一位としたのは現在の当主ではないか。とすると、彼女に生きていてもらいたいのも現当主と考えるのは自然なことに思えるが――

「まずですが、シャロンさんが相続権第一位であることは当然です。アースワーズの血を引くものは、現当主と彼女の他にひとりもいないようですから」
「……なんだと?」

 対立候補がいないということは、相続権争いなど起きようはずもない。
 では、シャロンが暗殺されかかったという話はどこから顔を出したのか。

「シャロンさんがまだ幼いころに両親は早逝、シャロンさんの叔母――前当主の妹君が当主の座に就かれました。しかしこれは実質的なもので、シャロンさんの成人後には当主の座を引き継ぐことになっていたようです」
「……なるほどのぅ。話が見えてきたぞ」

 シャロンが十五の成人を迎える前に葬れば当主の座を奪える。そのための暗殺は幸いにも未遂に終わり、シャロンは何者かの手によってここ魔術学院に落ち延びた。
 ユーレリアはふと口ごもり、カイネをじっと見つめた。

「カイネ殿は、いかがなさるおつもりですか。シャロンさんを保護しているのが誰かを知り……何をなさるおつもりです?」
「生徒の命を守るためならば尽力は惜しまん、というところで手は打てんか?」
「そのために何をしでかすかが気がかりなんです。……あなたを制御できるなどといった思い上がりは最初からありもしませんが」
「全くの言葉通りの話に過ぎんとも――当主とやらが十二使徒の関係者であるならば〝平和的に交渉〟したいところだがの。ルーンシュタットの協力があってもまだほんの手掛かりしかわかっておらんのだ」

 国王アルトゥールに釘を差された通り、ことを荒立てるつもりはない。
 さりとて十二使徒と聞けば事態を静観しているつもりもない。
 相手が学院生の命を狙う輩であるならばなおさらだ。
 それは言うなれば、大事件に発展する前に小さな火種を揉み消しておこうという算段であった。

「失礼を承知で申し上げますが、カイネ殿――少し、焦っていませんか?」
「…………かもしれぬな」

 カイネはユーレリアの指摘に苦笑を禁じえない。
 理由は明らかだった。クラスト・ルーンシュタットの片眼鏡が見せた〝魂の形〟は、カイネに決して少なからぬ衝撃を与えていたのだ。

「……シャロンさんの保護者については掛け合ってみます。ですが、くれぐれも軽挙は控えてくださいますよう……生徒たちにとって最も安全なのは、この学院内に留まっていることなのですから」
「心得ておるとも。あちこち飛び回るのはおれだけでよかろうさ」

 またあやつには付き合わせることになろうが――カイネはジョッシュのことを思い浮かべる。
 学院に戻ってからはクラリーネに付きっきりで、彼と顔を合わせる機会がなかった。今度また挨拶に出向いておこうかと考える。

「返事まではどれだけ待てばよい?」
「遅くても十日ほどかと」
「ふむ……まぁ、やむを得んか」

 身柄を狙われているシャロンを庇護する立場ともなれば慎重な動きを必要とされるのも当然か。
 ユーレリアは立ち上がって備品の羊皮紙を取り出す。

「とにかく、カイネ殿は焦らぬことが寛容です。時間はたっぷりと残されているのですから……ともすれば、私たちよりも」
「……皮肉なことよな」

 本来、カイネに残された時間など幾ばくもなかったはずであろうに。
 彼はちいさくため息をつくが、それはやはり幼い娘が似合いもしない達観を見せているようにしか見えなかった。

***

「ソーマ殿、前衛よろしくであります!」
「……ふたりがかりってのも気が引けるけどいいのか、カイネ殿」

 それはある日の夕刻。学院中庭の川べりに五人が集まっていた。
 まずひとりはカイネ・ベルンハルト。それに対峙するは眼鏡をかけた灰青色の髪の青年――ソーマ・ルヴィングとシャロン・アースワーズのふたり。

「かまわぬ、というか済まぬな。おれの都合で付き合わせてしもうて」
「めっそうもないでありますよ!! ねぇソーマ殿!!」
「否定しづらい剣幕で言ってくるんじゃない」

 ソーマは眼鏡をくいと持ち上げつつも幽体刃を具現する。カイネと手合わせできるとあっては満更でもない様子である。
 そして、残るふたりはネレム・ネムリスとクラリーネ・ルーンシュタット。彼女らは外野から三人を見守るように位置取っているが、単なる観戦目的というわけではない。

 なにを隠そう、この状況の発端となったのはクラリーネその人であった。

「では行くぞ。ほどほどに行くから本気でくるがよい」
「……応」
「了解でありますっ!!」

 カイネに求められたことは極めて単純、彼の持つ力を振るうこと――その状況をクラリーネの観察眼に晒すこと。それが自分にかけられた呪いを暴くことに繋がるならば、とカイネは二つ返事で承諾した。

「参るでありますっ!!」

 その仮想敵に選ばれたのがソーマとシャロンのふたりだ。
 シャロンは幽体を練り上げた槍を幾重にも撃ち放つ。瞬間カイネの黒い刃が踊り、断ち切られた槍が幽体として霧散していく。

「どう?」

 クラリーネはすぐ隣のネレムに問う。

「……すごく微妙にだけど、カイネさんが剣を振るたびに幽体が収束してるみたいだよ」
「やっぱり」

 ネレムは肩の上のうさぎと毛玉の間の子めいた奇妙な魔獣を撫でながら答え、クラリーネは納得げに頷く。
 その魔獣〝ラッピー〟は幽体網――探知した幽体を追跡するという能力を持っていた。

「……なんでだろ。カイネさんは魔力を持ってない――魔術を使えないし、幽体のコントロールもできないはずなのに」
「それが呪術。幽体を断ち切り霧散させるという離れ業も、つまりは呪術の産物」

 カイネの振るった刃がソーマの幽体刃を切り飛ばす。彼は飛び退いて距離を取りながら刃を再構築するが、劣勢の感は拭えない。
 クラリーネはネレムの探知網を頼りにしつつもカイネの動向を、大気中に偏在する不可視の幽体のゆらぎをつぶさに観察し続ける。カイネにかつて求められた役目を果たすため――彼の呪いを解き明かすための一助となるために。

 だが、クラリーネの視線は時にシャロンを追っていた。
 手合わせという絶好の場でカイネと対峙するというまたとない機会。彼女が十二使徒であるならば何らかの尻尾を出すはずだ。カイネには敵わないにしても、呪術師としての片鱗を覗かせるのではないか――
 そんな彼女の思惑は完全に空振りだった。

 シャロンの魔力量や出力は一級品、魔術戦士としては十分に一流といえるだろう。しかしその戦術は単純で、力押しと物量の一辺倒。物量ほど万事に渡って有効な力もなかなか無いが、少なくとも呪術師の理とは似ても似つかない。

「……リーネさん」
「なに」
「シャロンのほうばっかり見てない?」
「えっ」

 ネレムの糸みたいに細い目で見られながら指摘されて鼓動が跳ねる。
 彼女はなぜか微笑ましげに口元を緩ませていた。

「……シャロンのこと、気になるのかな?」
「ちがう」

 クラリーネは首を横に振る。
 ネレムはシャロンとすこぶる親しい間柄だ。もしシャロンの素性を疑っていることをネレムに悟られたら、そのことが当人にも筒抜けになってしまうかもしれない。

「ううん。わかるよ」
「なにが」
「たまに、ふたりが年の離れた姉妹みたいに見えることがあるから」
「それはない」

 なにやらあらぬ思い違いをされているような気がする。
 確かにここ数日はシャロンにぴったりくっついて行動しているが、それはあくまでカイネに監察を頼まれたからだ。シャロン本人に懐いているわけではない。ましてや姉妹になど見えてなるものか。自分とシャロンが似ている点など目の色と髪の色と髪の長さ、そして十二使徒の出自であることくらいではないか。

「……そんなにおかしいこと言ったかな?」
「私は、あなたたちのほうが姉妹らしいと思った」
「そうかも。シャロンには色々と世話になってるから」

 あっさり首肯されてなんだか納得行かない気持ちになるが、とにかく追求は逃れたので良しとする。
 シャロンがこの場で尻尾を出すことは無さそうだ、と見切りをつけてカイネの監察に集中する。カイネ相手に全力戦闘を強いられたふたりが魔力を切らすより早く、クラリーネは彼らに待ったをかけた。

「ネレム。カイネさんに幽体が集まるタイミングは」
「剣を振るった時……特に幽体を断ち切った時に顕著だよ。いくらかは剣の方に集ってるけど、それは一部でしかない」
「わかった」

 クラリーネが頷いたとき、模擬戦を打ち切った三人が歩いてくる。
 カイネはひょうひょうとしてソーマに肩を貸しながら。シャロンはソーマほどの疲労困憊ではないが、若干の疲労の色が見られる。

「か、カイネ殿……前より、強くなってないか……?」
「おまえさんらふたりだからな。いつもより多少気張らせてもろうた」
「実際に相対してみると本当にでたらめでありますな……! 量だけでなく速度も高めていくべきでありますか……」
「おまえさんは一点張りで突き詰めたほうがよかろう……で、クラリーネよ。なにかわかったかの?」

 ソーマが自ずから芝生に五体を投げ出して倒れたあと、カイネはクラリーネに問いかける。その隣のシャロンも興味津々といった感じで耳を傾けている。
 クラリーネは頷いて言った。

「第一に、カイネさんにかけられた複合呪術にはルーンシュタットの呪術――〝感染霊域ハーモナイズ〟に近しいもの、またはその原型が含まれている」
「……あまりピンとこんな」

 ルーンシュタットの呪術とは、『距離と同一性の相関』――近いものは同じもの、という原理原則を利用したものである。
 しかしクラリーネは説明を省いて言葉を続けた。

「第二に、カイネさんにかけられた呪術は、カイネさんが剣を振るうたびに強まる」
「……なに?」

 カイネの顔が驚きに歪む。普段はめったに見ることのない表情。シャロンの目付きが心配そうなそれに転じる。

「さらに言うと、カイネさんがただ生きているだけでも呪術は強まっていく――――長い時間が経つほど解呪は困難になる」

「剣豪幼女と十三の呪い」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く