剣豪幼女と十三の呪い

きー子

一/双つの忠告

 ルーンシュタットから魔術学院に戻る道中、カイネ一行は王都ロスヴァイセに三日間滞在することとなった。
 あの厄介な国王の目を避けていきたいのはやまやまだが、ジョッシュによる報告とその結果が出るまでは待機する必要があったのだ。
 旅の脚を置いたまま出発するわけにも行かない。
 かくしてカイネは昼間クラリーネと王都を見て回り、夜は市井の宿を取る滞在生活を送っていた。

「……む」

 それは二日目の夜、ちょうどクラリーネが寝付いたのを見届けた頃合いだった。
 若い娘と同室というのはいささか気が引けるが、十五歳の少女を一人部屋に放っておくのはますますまずい。ゆえに臨時保護者としての責務を全うしていたカイネは、息をつく間もなく不穏な気配を見て取った。
 気配は窓の外からであった。
 カイネはベッド脇に立てかけていた愛刀を手に立ち上がる。
 卓越した身のこなしであった。ベッドの上から颯爽と身を翻しながらもクラリーネにかけられた羽毛布団はぴくりとも揺らいでいない。

 ひゅっ。

 カイネは風切り音とともに薄刃を窓の隙間に滑り込ませた。窓の戸は開かず、ただ窓の向こう側で金色の髪がはらりと散った。
 この時すでにカイネは不審者の正体に気づいていた。気づいていなければ窓越しに斬殺していた可能性は少しだけあるし、そうでなくとも地面に突き落とすくらいはしていただろう。宿の部屋は二階の高さにあった。
 カイネがするりと刃を引くと、ややあって侵入者は外側から器用に戸を引いた。本来は粗末な閂のおかげで開かないはずだが、カイネの一太刀が門戸を開いていたのだ。

「貴様は何を考えている。おれでなければ死んでいたぞ」
「……よくわかっておるな。おぬしでなければ突き落としておったよ」

 窓の外から部屋に降り立ったのは、上品な垂れ袖の服を身に付けた金髪碧眼の美青年だった。
 というか、この国の王だった。
 名をアルトゥール・ワレンシュタインという。
 カイネの出自を知りながら、一国の王という身分でありながら、衆人環視のもとで求婚を断行してみせた筋金入りの奇人である。

「それは賢明なことだ、カイネ・ベルンハルト。俺に剣を向ける程度の無礼は貴様の顔の良さに免じて許せようが、さすがに傷を負ってはそうもいかん。俺は構わんのだが、そこで黙っておれんのが忠臣という存在のようでな」
「慕われておるようでなによりではないか。……それで、王ともあろうものがおれに何の用かの?」

 アルトゥールの腰の軽さは今に始まったことではない。市井の噂によれば彼は城下町にもしばしば顔見せするらしい。
 女二人が眠る宿の個室に侵入を試みるとはさしものカイネも想定外であったが。

「その娘がルーンシュタットの末子か」

 アルトゥールはベッドで寝息を立てているクラリーネを一瞥して言った。
 カイネは警戒心の段階を一段階強める。

「……一時のことではあるが、おれはその娘の保護者ということになっておる。おかしな目で見てくれるでないぞ」
「カイネよ、それは冗談のつもりであるならばいささか笑えんぞ。その娘はどこからどう見ても子どもではあるまいか?」
「おぬしは何を言うておるのだ」

 クラリーネよりもさらに幼く見えるカイネに愛の告白をつむいだ男が言える言葉では断じてない。
 しかしアルトゥールはいささかも動じなかった。

「誤解してくれるな、カイネ。あいにく俺に幼児性愛の気は断じてない」
「……おぬしまさか本気で……」
「貴様はすでに齢一〇〇を数えていよう。つまりそういうことだとは考えられんか?」
「もうよい。なにやら深入りしたくない話になってきよった……」

 アルトゥールの鋭い眼差しには一点の曇りもなかった。まごうことのない本気の目に見えた。
 ともあれう、カイネにしてみればクラリーネに無用な厄介が降りかからぬという保証があれば十分だ。

「用をはよう言え。用件も片付かんうちに家臣に見つかりでもしたら笑い話にもならぬぞ」
「至極残念だが貴様の言う通りだ、歓談はここまでとしよう――――時にだ、カイネ・ベルンハルト」

 アルトゥールは窓辺に寄りかかってカイネを見据える。
 その目は先刻までの比にならない真剣さを帯びているようだ。

「この短期間で、二件だ」
「なにが――あぁ、うむ。そのことか」

 その言葉が意味するところを理解できぬほどカイネは危機感を欠いていなかった。
 ルーンシュタットでの一件が起きてすぐのことだからなおさらだ。

「ラザロヴァに、ルーンシュタット。……くだんの領主がマギサ教の一門であったことには大いに留意するべきであり、また貴様にとっては災難であったろう」
「まぁの。得るものもあったが……」

 最大の収穫とも言えよう少女はいま、部屋のベッドで静かに寝息を立てている。
 アルトゥールは静かに頷き、言葉を続ける。

「だが、表向きのみの話をするならば……領地規模に関わる国内の政変が相次いで二件……カイネよ、貴様の関与によって起こっているということになる」
「問題か」
「問題ではない。〝まだ〟な」

 その一言をもって、カイネはアルトゥールがわざわざ訪ねてきたわけを理解した。
 これは警告――というよりは忠告と言うべきだろう。彼ほどの権勢にあるものが本来骨を折る話では全くないのだから。

「……ルーンシュタットにおれが関与していることは表向きではなかろうが……」
「その通りだ。だが、それも〝まだ〟のことだ。いずれ知れる。仰々しく表沙汰にするつもりはないが、人の口に戸は立てられん。――――おれにもできないことはある」
「……ラザロヴァの件でおれを注視しておったらなおさら、というわけか」

 カイネのつぶやきにアルトゥールは重々しく頷く。

「二件、とはいえたかが二件だ――だが、もしもこれ以上のことが相次げば状況の変化を招きかねん」
「……しばらくは大人しくしておれ、と?」
「もとを正せばルーンシュタットの件はこのおれと彼奴が地理的条件によって結びついた共犯関係のようなものだ。貴様には本来頭のひとつ、ふたつでも下げるべきだろうが――」
「王にそれはできぬであろうな」

 カイネは苦笑した。アルトゥールは頷きも、しかし否定もしなかった。
 一国の王という地位は決して盤石でなく、国内領主の支持や宣誓などの幻想を基盤にして成り立つものである。その権力は絶対的ではなく、力を及ぼせる範囲にも自ずと限界がある。その限界を超える場所で、例えばルーンシュタットのような地方が歪みとなって表出するのであろう。

「力をいかに振るうかということ、力の限界を見極めること。それが俺の役目であるゆえにな」
「おぬしの力で抑えられる範囲を超えかねぬ……そういう忠告と受け止めさせてもらおうかの」
「過不足ない。――個人としてはよくやったと拍手喝采させてもらいたいくらいだがな。なんなれば報奨でも盛大に贈るところだが、そこから貴様の関与を嗅ぎ付けられては元も子もないのでな――」

 アルトゥールはそういって懐に手を入れる。
 カイネは下げていた剣先をすっと掲げ、彼の胸元に突きつけた。

「なにをする」
「何を出そうとしておる」
「指輪を」
「断じていらぬ」
「贈れぬのだから今ここで手渡すほかに無かろう!」
「だから止めておるのであろうが……!」

 つくづく懲りない男であった。
 アルトゥールはしぶしぶ懐から手を引き、何も持っていないことを示すように両手を掲げる。
 カイネもまたすっと静かに剣先を降ろした。

「……そうまで言うからにはやむを得まい。息災でいろ、カイネ。呪いが解けぬ程度にな」
「その余計な一言さえ無ければ素直に礼を言えたのであるがな……!」
「礼など構わん。またその顔を拝みに来るのでな」
「いちいちきもちがわるいなおぬしは」
「賞賛の言葉として受け取っておこう――では、去らばだ」

 アルトゥールは自らが入ってきた窓をまたぎ、平然と二階から飛び降りた。
 カイネは思わず外の路地に視線を落とす。
 彼は脚をくじいた様子もなく、その場から一目散に離れるべく駆け出していた。

「傲慢だか義理堅いのだか。……さて、どうしたものやら」

 面倒事が起こらぬならばそれに越したことはないのだが。
 カイネは窓を閉じ、内側から閂を通して施錠。
 クラリーネはベッドの上で一度寝返りをうち、また静かに寝息を立て始める。
 カイネは彼女を見守りながらふっと笑み、自らも大人しくベッドに潜り込む。

 翌日の昼、ふたりはジョッシュの率いる馬車に揺られて何事もなかったように王都を出立した。
 魔術学院までの道のりは実に平穏無事であったという。

 ***

 魔術学院に戻ってからの平穏な時間は瞬く間に過ぎた。
 王都からの通達がすでに行われていたためか、クラリーネの処遇などについては迅速な決定が下されていた。
 特別生徒枠――学生の中でも特筆するに値し、学院に資するところが大きい才能を持つ生徒が当てはめられる枠。それがクラリーネに用意された席であった。

 カイネが最も懸念していたのはクラリーネの対人関係に絡むことであったが、結果から言えばこの点はほとんど心配する必要がなかった。
 カイネらが魔術学院に帰参してすぐに「カイネ殿と同室とはいかなるわけでありますか!?!?」と騒がしい女生徒――もといシャロン・アースワーズ(と、彼女を引き止めそこなったネレム・ネムリス)が押しかけてきたからである。
 部屋の配置は自然とそうなった。というのもカイネがクラリーネの一時的保護者であり、クラリーネの才能を発揮してもらうにはカイネのそばにいてもらうのが最も都合がいいからであるという。

 これはごもっともな話で、クラリーネの才能とはつまるところ呪術である。
 複雑怪奇な呪術の産物であるカイネが発生した機序を解析できるのは、当面クラリーネ以外には候補者すら存在していない。そのクラリーネをカイネのすぐそばに付いて回らせるのは全く合理的な判断と言えよう。

「納得したか。おまえさんが納得せんでもそうなると思うが」というカイネの言葉に「な、納得したであります……」とシャロンはしぶしぶ頷いた。
 性根が素直で善良なたちであるからか、彼女はすぐ立ち直ってクラリーネに先達としての振る舞いを見せていた。クラリーネはいつも通りの無表情で応じていたが、シャロン・アースワーズの名を聞けば肩をぴくりと震わせた。
 果たしてその繊細な反応にどのような意味があったか。その後クラリーネは何事もなかったかのごとくシャロンとネレムに校舎を案内されることとなった。

(これは案内する手間が省けた)

 などと、カイネは大いに笑みをほころばせたものである。

 話がある、とクラリーネが切り出したのはそれから数日後の夜のことだった。
 カイネは自室の机を挟んで座るクラリーネに遠慮がちに言った。

「学院内のことで悩みがある、という話ならばあまり力になれぬかもしれぬが……それでもおれで良いというなら……」
「ちがう」

 大真面目な表情で、しかも幼い少女の顔でそんなことを言い出すカイネの姿は少々間が抜けていた。
 クラリーネは表情ひとつ変えずに言った。

「最近は、シャロン・アースワーズと一緒にいた」
「ほう。結構なことではないか」

 うまが合ったのであろうか、学び舎で起きたことの報告とはかわいいところもあるものだと瞳を細めるカイネ。

「ネレムさんが離席してふたりきりになる機会も何回かあったけれど、特に不審な点は見当たらなかった」
「ほう、不審……なに?」

 なにやら話の雲行きが怪しいぞとカイネは不意に眉をひそめる。

「事をはっきりさせてから話すつもりだったけれど、私だけでは判断できない。だから、カイネさんにも知っておいてほしい」
「……おまえさん、何を知っておる?」

 カイネの問いにクラリーネは一瞬口ごもり、慎重に言葉を選びながら言った。

「ルーンシュタットの記録にもその名があった。――アースワーズ家は十二使徒に連なる血筋」

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