剣豪幼女と十三の呪い
十九/解放
攻性呪働甲冑〝妖精式〟――その使い魔としての役割を果たす最小型外殻〝妖精〟の総数は四六一にも及ぶ。
だが、
「そろそろ、諦めるという考えはないかの」
「……誰が」
それらはすでに半数以下まで数を減らしていた。
何ゆえにか。
カイネ・ベルンハルトは無数の妖精に取り囲まれながらも縦横無尽に動き回り、追いすがる外殻のことごとくを一刀のもとに斬り捨てたのである。
「思うたより減らぬものだな。……再生しておるのか?」
「そう。だから、諦めるのはあなた」
「わかっておらぬな」
「……なに」
クラリーネ・ルーンシュタットは困惑を隠しきれない。
再生というのは決してはったりなどでは無かった。
各々の妖精はカイネに両断された端から再生を開始、数分とかからず戦線に復帰する。
つまり――再生機構が存在しなければ、妖精はとうに殲滅されていただろう。
「再生するよりも早く落とせばよかろう」
「……ばかな」
「気づいておるぞ。多く落とすほど再生するのも遅くなる――であろう?」
「……!」
クラリーネは瞠目する。
雨のように降りそそぐ一撃必貫の光条に晒されながらなんという洞察力か。
今この時も光の線が飛び乱れているというのにカイネは息のひとつも乱さない。
とても見かけ相応の少女とは――否、人間とは思えない腕前だった。
――ひゅん、と。
すでに聞き慣れてしまった風の音の後から妖精の一基が断ち切られる。
一瞬でも彼女の間合いに立ち入ったものが見逃されることはない。
「……散開」
クラリーネはカイネとの距離を離すことを妖精に命じる。
このままではあっという間に十も二〇も斬り落とされてしまうから仕方のないことである。
「少しは、話を聞く気になったかの?」
「……話」
「うむ。おれは別におまえさんを殺しとうは無いのでな」
クラリーネは踊るような軽やかさでカイネとの距離を取る。
白兵戦ではとても敵わないと認めざるをえないためだった。
「話だけならば」
「うむ。それで充分ありがたい」
時間を稼げるのはクラリーネにとっても好都合。
再度万全での攻勢を仕掛ければ好機はあるはずだ。彼女がどれほどの達人であれ、身体的に未発達であることは否めないのだから。
カイネは言った。
「おれの呪いを解いてもらいたい、と言うたであろう」
「……」
「あれはつまり、この姿のことだ。おれは本来、このような姿でないはずなのだが……呪いで変えられてしもうてな」
「……そう」
クラリーネは即座にかつて父から聞かされた未知の呪いを連想した。
十三番目の呪い〝不老不変〟――開祖アーデルハイトから誰にも受け継がれることのなかった呪術。
カイネの証言はにわかには信じがたいが、仮に真実だとすれば彼女の不可解なまでの剣の実力には合点がいく。
幽体弾を剣だけで斬り捨てるなどという芸当をやってのけたのだ――魔力を少しも持たないにも関わらず。
「なにせ呪術とやらには手がかりがない。縋れるものならなんにでも縋りとうてな」
「それで、敵の私と話を?」
「敵、とは思うておらぬのだがな」
「……なにを」
「いや。クラスト殿の妹御でもあるからのう」
クラリーネはその名を聞いても無表情を保つ。そして淡々と言った。
「心当たりならある――原理にもおよその検討はつく」
「まことか」
「あなたにそれを言う理由はない」
「……まぁ、そういうとは思ったがの。父上殿は裏切れぬと?」
「…………」
現時点における〝妖精式〟再生率は約七割。
もう少しだけ時間がほしい。
「私はただの道具」
「……また、そのようなことを」
「我が身は剣。我が身は盾。我が身は我らが血族の末裔。我らが血を継ぎ技を接ぎ、御敵に相対するための鎧――ただそのような道具であれば良い」
あの日、あの時から、クラリーネは自らにそう課した。
ただの道具であれ。
ただ父君に使われるための道具であれ。
道具に意志は不要。道具に思考は不要。道具に感情は不要。道具に判断は不要。
外からの干渉を排除するべく身を鎧った。
外部への露出を排除するべく身を鎧った。
果たしてクラリーネの肉体は時を止めた。
三年前、兄が勘当されてクラリーネが唯一の跡取りとなったその日から、彼女の肉体は寸毫も違わない。
「やめておけ」
「……なにを」
「人は人でしかあれぬよ。どれだけ無理を重ねようともいつしか無理は破綻する」
「関係ない。我が身は元より――」
「ならば、なぜあやつを逃した?」
クラリーネの肩がびくりと跳ねる。
カイネは剣先でルーンシュタット子飼いの魔術師たちを指す。
「あそこで待機させておくよりはふたりを追わせたほうが何かしら実を結んだろう。もちろん、やらせるつもりはないが」
「…………」
「少なくとも、あんなにあっさり通すわけはあるまい。本気で兄を殺したいのであればな」
クラリーネの頬がかすかに震える。
現時点での〝妖精式〟再生率は約九割。
「私は、反逆者を殺さねばならない」
「そうだ。結局のところ殺したいわけではなかろう? いいや――」
「――やめろっ!!」
続くカイネの問いを遮るような怒声。
クラリーネはついに〝妖精式〟が完全再生するのを待たずに全基を招集した。
カイネの周囲全方位を取り囲む白銀の最外殻が合わせて四二〇――それら全てが目もくらむような光を発す。
「攻性呪働甲冑根源解放――〝妖精式・彩禍〟ッ!!」
瞬間、四二〇より放たれた光の線の軌道が鮮やかな光の花を描く。
カイネは刀を手に佩いたまますぅっと矮躯を翻らせた。
ちいさな身体が雨のような光条の狭間を抜け、クラリーネを鎧っていた外殻の破片へと迫る。
「っ、な――――」
「ほっ、と」
クラリーネは目の前で繰り広げられる光景に唖然とする。
カイネは自律浮遊する白銀の外殻を足場にして飛び渡りながら刃を振るい始めたのである。
ちいさな手が閃くたびに妖精が一基ずつ斬り落とされる。しゃりん、と金属の擦れ合う音が響く。
その速度は先刻とは比べものにもならなかった。
「やめ、やめろッ――やめっ、やめてえぇぇぇぇっ!!」
「やめるのは、おまえさんのほうだ」
一秒とかからず二度、三度と刃が振るわれる。
十基、あるいは二十基と斬り捨てられるのに十秒も要さない。
百基斬り伏せるのにも一分とあらば十二分。
数を減らされるほど攻勢も弱まり、ひるがえって斬り捨てられる速度が加速した。
「あ、あ、あぁぁ――――」
空からばらばらと降り落ちる白銀の雨。
それは少女を鎧っていたものが虫けらのごとく斬り捨てられた姿に他ならない。
クラリーネを一個の道具たらしめていた呪縛が解けていく。
薄膜を一枚ずつ剥がすかのように。
再生速度は到底追いつかず。
クラリーネの手足が決して届かないところにカイネはいる。
数分とかからず一〇〇を割った妖精はバターでも溶かすようにその数を減じていく。
「やめて――私の、私は、もう」
「自らを呪うのもたいがいにせぇよ、呪術師――こいつで、終いだ」
カイネは空の彼方より身を翻し、ひゅんと剣身を閃かせた。
傍目には徒手空拳で空を飛んでいるのとなんら変わりない。
カイネが踏みつけにしていた白銀はまっぷたつに断ち割られ、地に落ち、そして華奢な脚がとんっと土を踏んだ。
「あ――――あ、ぁ……」
武具と一体化していたクラリーネの四肢がほどけ、華奢な肉身を取り戻す。
器械の四肢もまた呪働甲冑の一部に過ぎなかった。
だからこそクラリーネは身の丈に合わない甲冑のまま自在に動くことができたのだ。
「クラリーネ殿」
「……」
静かな声だった。
クラリーネはその場にへたり込みながらも、カイネの呼びかけに頷く。
「行くぞ」
「…………どこ、へ……?」
クラリーネの表情はもはや冷静さとは縁遠い。子飼いの魔術師たちの手前でありながら毅然と振る舞うこともままならない。
そこにいるのは、年齢相応のただのひとりの少女であった。
「おまえさんの父上と兄上がおる場所だ。もしものことがあるやもしれん」
「……!」
クラリーネはがばっと顔を上げる。カイネは刀を鞘に納め、ちいさな手を差し出す。
そして言った。
「円満な結末、とは行かぬかもしれんが――どうだ、行くか?」
「……」
クラリーネは答えず、ただカイネの手を取った。
***
「……というわけだがおまえさんら、なにか文句はあるか」
カイネはクラリーネの手を引いて魔術師たちに言う。
(反発に合うのは無理からぬであろうが)
というカイネの予想に反し、魔術師のひとりはあっさりと言った。
「滅相もない」
「……なに?」
その一言がきっかけのようだった。
各々の魔術師がクラリーネに向かって膝をつく。
「我らはルーンシュタットの猟犬」
「クラリーネ・ルーンシュタットに従うもの」
「クラリーネ様がそうせよと仰るならば」
「我らはクラリーネ様の命に応じ」
「ルーンシュタットの一族にも牙を剥きましょう」
「……これはまぁ、なんともはや」
カイネは銀色の髪をがしがしと掻きながら呆れ返る。
クラリーネは絶大な信頼を得ていたようだった。
軍上層部より直属の指揮官への信頼のほうが遥かに大きいというのはありすぎるほどよくある話ではあるが――
この少女も例に漏れなかったらしい。
(……追跡より治療を優先しておったものな)
クラストを殺したくないからではないかとカイネは推測したが、単に部下思いという理由でもあったのか。
クラリーネは少し呆然としたまま呪働甲冑の断片を引き寄せる。
白銀の破片はクラリーネの部分鎧を構成しながらも全身を覆いはせず、あまりもので十二振りの短剣を構築した。
「…………皆」
「参りましょう、いずこへと」
「必ずやお守りいたしますゆえ」
「どうか、おそばに」
「ご命令くだされ」
魔術師たちは主から捧げられた銀の短剣をうやうやしく受け取る。
クラリーネはこくりと頷き、濡れた唇をそっと開く。
「きて。一緒に」
「はっ!」
魔術師たちは声を揃えて敬礼の姿勢を取る。
「いやはや。果報者であるなぁ」
「……やめて」
クラリーネは少し恥ずかしそうに、カイネの手を引いて歩き出した。
***
「ぐ、あ、があああああッ!!」
「……何事だ!?」
書斎から叫び声が聞こえるやいなや、ジョッシュは扉を蹴破って中に踏み入る。
彼の視界に飛び込んできたのはいささか奇妙な光景だった。
「ぐ、うッ……! がああああッ……!!」
「く、はっ! ははっ、ふははははッ!!」
無傷のまま床に倒れこんで身悶えしているクラスト。
そして彼に対するは、胸元から血を流しながらも高笑いしている壮年の男。
ジョッシュは慌ててクラストのすぐそばに駆け寄る。
「な……おい、なんだ! クラスト、どうしたってんだ!?」
「ッ、あ、頭が……!! 僕の頭の中に、やつが……!!」
「落ち着け、別にどこも怪我しちゃいねえ! 幻覚だ!」
「否。断じて幻覚などではない」
壮年の男はふっと真顔になって言う。
ジョッシュは彼に目を向ける。
「……どういうことだ。あんた、こいつに何をした?」
「その前に名を問おうか。侵入者よ」
「呪い屋に名乗るほど馬鹿じゃねぇよ」
「なるほど。見た目よりは知恵があるようだ」
「お褒めの言葉をどーも」
この男がクライヴ・ルーンシュタットかと見当をつける。
クライヴは負傷した胸を押さえながらも笑みを見せる。
狂気を感じる笑みだった。
「その知恵に免じて答えてやろう。その男は我が道具となった――いや、我が道具となりつつある、とでも言うべきか」
「……何言ってんだ、あんた」
「その男にクラストという名を与えたのは、何を隠そう私だ。どれだけ足掻こうとも私に抗うことなどできはしない」
「説明になってねえんだが……?」
ジョッシュの反言をクライヴは意にも介さなかった。
「それは我が息子ではもはや無いが、それはそれで構いはしない。改めて我が道具にするとしよう。もっとも遠いもの、自ら我が意に背いたものを我が道具にしてこそ、我が力はふさわしく保たれるのだ」
「あー、もういい。あんたが完全にイカれてるってことはよーくわかった。取りあえずあんたをぶっ殺しゃあそれで済む話だな」
「……全く野蛮な男だ。クラストよ、我が道具らしく私を守りたまえ」
クライヴの突拍子もない命令にジョッシュはふと視線を落とす。
彼の表情が驚愕に歪んだ。
床にうずくまりながら呻いていたクラストが突如としてジョッシュに組み付いてきたのである。
「……クラスト!? まさか本当に――」
「う、あ、ぐっ……ああああッ……!!」
クラストがジョッシュの襟を掴む手に力はほとんどこもっていない。
そうしている彼の顔もひどく苦しげだった。
「そうだ、それでいい。貴様にはそれがお似合いだ、我が道具よ。その男をしばし押さえつけておけ」
「……くそッ!」
クラストを強引にでも張っ倒してあの男を撃ち殺すべきか――
ジョッシュはクラストを力尽くで押さえつけながら考える。
そのときであった。
「ちょいと、邪魔をするぞ」
「その声は――」
ジョッシュは振り返った先に見慣れた少女――そして、見慣れないもうひとりの少女を見る。
彼女らふたりの後ろには十二人のローブ姿の男たちが付き従っていた。
「カイネ――と、えーと、どちらさん……?」
「さっきまでいて今おらぬものを考えよ」
「えー、あー…………マジで?」
「まじだ」
ジョッシュは全身甲冑の女従士がどこにもいないことを理解して目を見開く。
必然、簡素な白い貫頭衣と銀の部分鎧を身に付けた金髪碧眼の少女――彼女こそクラリーネ・ルーンシュタットということになる。
「……どういうことだ。クラリーネ」
驚いたのはジョッシュだけではない。
クライヴは全く別の理由によって驚愕をあらわにしていた。
「なぜだ。なぜお前が、お前たちが、素性も知れない娘と共にいる――そのような姿で」
クライヴはクラリーネを凝視し、カイネに視線を移し、次いで魔術師たちを見た。
「なぜだ、おまえたち!! なぜ我が娘が、我らが猟犬が、我が命を果たさぬ!! なぜ!?」
「実に簡単な話だとも、領主殿」
カイネはあっさりと言った。
クライヴがにわかに目を剥く。
「クラリーネ殿」
「……」
クラリーネは一言促されて前に出る。その周囲を魔術師たちが万全に固めている。
クライヴも、そして床で這いつくばっているクラストもまた彼女に視線をそそぐ。
クラリーネはクライヴをじっと見つめた。
「父君」
「……何だ」
「私は、あなたの道具であり続けられませんでした」
彼女が告げた瞬間、苦痛にあえぐクラストの表情がふっと和らいだ。
だが、
「そろそろ、諦めるという考えはないかの」
「……誰が」
それらはすでに半数以下まで数を減らしていた。
何ゆえにか。
カイネ・ベルンハルトは無数の妖精に取り囲まれながらも縦横無尽に動き回り、追いすがる外殻のことごとくを一刀のもとに斬り捨てたのである。
「思うたより減らぬものだな。……再生しておるのか?」
「そう。だから、諦めるのはあなた」
「わかっておらぬな」
「……なに」
クラリーネ・ルーンシュタットは困惑を隠しきれない。
再生というのは決してはったりなどでは無かった。
各々の妖精はカイネに両断された端から再生を開始、数分とかからず戦線に復帰する。
つまり――再生機構が存在しなければ、妖精はとうに殲滅されていただろう。
「再生するよりも早く落とせばよかろう」
「……ばかな」
「気づいておるぞ。多く落とすほど再生するのも遅くなる――であろう?」
「……!」
クラリーネは瞠目する。
雨のように降りそそぐ一撃必貫の光条に晒されながらなんという洞察力か。
今この時も光の線が飛び乱れているというのにカイネは息のひとつも乱さない。
とても見かけ相応の少女とは――否、人間とは思えない腕前だった。
――ひゅん、と。
すでに聞き慣れてしまった風の音の後から妖精の一基が断ち切られる。
一瞬でも彼女の間合いに立ち入ったものが見逃されることはない。
「……散開」
クラリーネはカイネとの距離を離すことを妖精に命じる。
このままではあっという間に十も二〇も斬り落とされてしまうから仕方のないことである。
「少しは、話を聞く気になったかの?」
「……話」
「うむ。おれは別におまえさんを殺しとうは無いのでな」
クラリーネは踊るような軽やかさでカイネとの距離を取る。
白兵戦ではとても敵わないと認めざるをえないためだった。
「話だけならば」
「うむ。それで充分ありがたい」
時間を稼げるのはクラリーネにとっても好都合。
再度万全での攻勢を仕掛ければ好機はあるはずだ。彼女がどれほどの達人であれ、身体的に未発達であることは否めないのだから。
カイネは言った。
「おれの呪いを解いてもらいたい、と言うたであろう」
「……」
「あれはつまり、この姿のことだ。おれは本来、このような姿でないはずなのだが……呪いで変えられてしもうてな」
「……そう」
クラリーネは即座にかつて父から聞かされた未知の呪いを連想した。
十三番目の呪い〝不老不変〟――開祖アーデルハイトから誰にも受け継がれることのなかった呪術。
カイネの証言はにわかには信じがたいが、仮に真実だとすれば彼女の不可解なまでの剣の実力には合点がいく。
幽体弾を剣だけで斬り捨てるなどという芸当をやってのけたのだ――魔力を少しも持たないにも関わらず。
「なにせ呪術とやらには手がかりがない。縋れるものならなんにでも縋りとうてな」
「それで、敵の私と話を?」
「敵、とは思うておらぬのだがな」
「……なにを」
「いや。クラスト殿の妹御でもあるからのう」
クラリーネはその名を聞いても無表情を保つ。そして淡々と言った。
「心当たりならある――原理にもおよその検討はつく」
「まことか」
「あなたにそれを言う理由はない」
「……まぁ、そういうとは思ったがの。父上殿は裏切れぬと?」
「…………」
現時点における〝妖精式〟再生率は約七割。
もう少しだけ時間がほしい。
「私はただの道具」
「……また、そのようなことを」
「我が身は剣。我が身は盾。我が身は我らが血族の末裔。我らが血を継ぎ技を接ぎ、御敵に相対するための鎧――ただそのような道具であれば良い」
あの日、あの時から、クラリーネは自らにそう課した。
ただの道具であれ。
ただ父君に使われるための道具であれ。
道具に意志は不要。道具に思考は不要。道具に感情は不要。道具に判断は不要。
外からの干渉を排除するべく身を鎧った。
外部への露出を排除するべく身を鎧った。
果たしてクラリーネの肉体は時を止めた。
三年前、兄が勘当されてクラリーネが唯一の跡取りとなったその日から、彼女の肉体は寸毫も違わない。
「やめておけ」
「……なにを」
「人は人でしかあれぬよ。どれだけ無理を重ねようともいつしか無理は破綻する」
「関係ない。我が身は元より――」
「ならば、なぜあやつを逃した?」
クラリーネの肩がびくりと跳ねる。
カイネは剣先でルーンシュタット子飼いの魔術師たちを指す。
「あそこで待機させておくよりはふたりを追わせたほうが何かしら実を結んだろう。もちろん、やらせるつもりはないが」
「…………」
「少なくとも、あんなにあっさり通すわけはあるまい。本気で兄を殺したいのであればな」
クラリーネの頬がかすかに震える。
現時点での〝妖精式〟再生率は約九割。
「私は、反逆者を殺さねばならない」
「そうだ。結局のところ殺したいわけではなかろう? いいや――」
「――やめろっ!!」
続くカイネの問いを遮るような怒声。
クラリーネはついに〝妖精式〟が完全再生するのを待たずに全基を招集した。
カイネの周囲全方位を取り囲む白銀の最外殻が合わせて四二〇――それら全てが目もくらむような光を発す。
「攻性呪働甲冑根源解放――〝妖精式・彩禍〟ッ!!」
瞬間、四二〇より放たれた光の線の軌道が鮮やかな光の花を描く。
カイネは刀を手に佩いたまますぅっと矮躯を翻らせた。
ちいさな身体が雨のような光条の狭間を抜け、クラリーネを鎧っていた外殻の破片へと迫る。
「っ、な――――」
「ほっ、と」
クラリーネは目の前で繰り広げられる光景に唖然とする。
カイネは自律浮遊する白銀の外殻を足場にして飛び渡りながら刃を振るい始めたのである。
ちいさな手が閃くたびに妖精が一基ずつ斬り落とされる。しゃりん、と金属の擦れ合う音が響く。
その速度は先刻とは比べものにもならなかった。
「やめ、やめろッ――やめっ、やめてえぇぇぇぇっ!!」
「やめるのは、おまえさんのほうだ」
一秒とかからず二度、三度と刃が振るわれる。
十基、あるいは二十基と斬り捨てられるのに十秒も要さない。
百基斬り伏せるのにも一分とあらば十二分。
数を減らされるほど攻勢も弱まり、ひるがえって斬り捨てられる速度が加速した。
「あ、あ、あぁぁ――――」
空からばらばらと降り落ちる白銀の雨。
それは少女を鎧っていたものが虫けらのごとく斬り捨てられた姿に他ならない。
クラリーネを一個の道具たらしめていた呪縛が解けていく。
薄膜を一枚ずつ剥がすかのように。
再生速度は到底追いつかず。
クラリーネの手足が決して届かないところにカイネはいる。
数分とかからず一〇〇を割った妖精はバターでも溶かすようにその数を減じていく。
「やめて――私の、私は、もう」
「自らを呪うのもたいがいにせぇよ、呪術師――こいつで、終いだ」
カイネは空の彼方より身を翻し、ひゅんと剣身を閃かせた。
傍目には徒手空拳で空を飛んでいるのとなんら変わりない。
カイネが踏みつけにしていた白銀はまっぷたつに断ち割られ、地に落ち、そして華奢な脚がとんっと土を踏んだ。
「あ――――あ、ぁ……」
武具と一体化していたクラリーネの四肢がほどけ、華奢な肉身を取り戻す。
器械の四肢もまた呪働甲冑の一部に過ぎなかった。
だからこそクラリーネは身の丈に合わない甲冑のまま自在に動くことができたのだ。
「クラリーネ殿」
「……」
静かな声だった。
クラリーネはその場にへたり込みながらも、カイネの呼びかけに頷く。
「行くぞ」
「…………どこ、へ……?」
クラリーネの表情はもはや冷静さとは縁遠い。子飼いの魔術師たちの手前でありながら毅然と振る舞うこともままならない。
そこにいるのは、年齢相応のただのひとりの少女であった。
「おまえさんの父上と兄上がおる場所だ。もしものことがあるやもしれん」
「……!」
クラリーネはがばっと顔を上げる。カイネは刀を鞘に納め、ちいさな手を差し出す。
そして言った。
「円満な結末、とは行かぬかもしれんが――どうだ、行くか?」
「……」
クラリーネは答えず、ただカイネの手を取った。
***
「……というわけだがおまえさんら、なにか文句はあるか」
カイネはクラリーネの手を引いて魔術師たちに言う。
(反発に合うのは無理からぬであろうが)
というカイネの予想に反し、魔術師のひとりはあっさりと言った。
「滅相もない」
「……なに?」
その一言がきっかけのようだった。
各々の魔術師がクラリーネに向かって膝をつく。
「我らはルーンシュタットの猟犬」
「クラリーネ・ルーンシュタットに従うもの」
「クラリーネ様がそうせよと仰るならば」
「我らはクラリーネ様の命に応じ」
「ルーンシュタットの一族にも牙を剥きましょう」
「……これはまぁ、なんともはや」
カイネは銀色の髪をがしがしと掻きながら呆れ返る。
クラリーネは絶大な信頼を得ていたようだった。
軍上層部より直属の指揮官への信頼のほうが遥かに大きいというのはありすぎるほどよくある話ではあるが――
この少女も例に漏れなかったらしい。
(……追跡より治療を優先しておったものな)
クラストを殺したくないからではないかとカイネは推測したが、単に部下思いという理由でもあったのか。
クラリーネは少し呆然としたまま呪働甲冑の断片を引き寄せる。
白銀の破片はクラリーネの部分鎧を構成しながらも全身を覆いはせず、あまりもので十二振りの短剣を構築した。
「…………皆」
「参りましょう、いずこへと」
「必ずやお守りいたしますゆえ」
「どうか、おそばに」
「ご命令くだされ」
魔術師たちは主から捧げられた銀の短剣をうやうやしく受け取る。
クラリーネはこくりと頷き、濡れた唇をそっと開く。
「きて。一緒に」
「はっ!」
魔術師たちは声を揃えて敬礼の姿勢を取る。
「いやはや。果報者であるなぁ」
「……やめて」
クラリーネは少し恥ずかしそうに、カイネの手を引いて歩き出した。
***
「ぐ、あ、があああああッ!!」
「……何事だ!?」
書斎から叫び声が聞こえるやいなや、ジョッシュは扉を蹴破って中に踏み入る。
彼の視界に飛び込んできたのはいささか奇妙な光景だった。
「ぐ、うッ……! がああああッ……!!」
「く、はっ! ははっ、ふははははッ!!」
無傷のまま床に倒れこんで身悶えしているクラスト。
そして彼に対するは、胸元から血を流しながらも高笑いしている壮年の男。
ジョッシュは慌ててクラストのすぐそばに駆け寄る。
「な……おい、なんだ! クラスト、どうしたってんだ!?」
「ッ、あ、頭が……!! 僕の頭の中に、やつが……!!」
「落ち着け、別にどこも怪我しちゃいねえ! 幻覚だ!」
「否。断じて幻覚などではない」
壮年の男はふっと真顔になって言う。
ジョッシュは彼に目を向ける。
「……どういうことだ。あんた、こいつに何をした?」
「その前に名を問おうか。侵入者よ」
「呪い屋に名乗るほど馬鹿じゃねぇよ」
「なるほど。見た目よりは知恵があるようだ」
「お褒めの言葉をどーも」
この男がクライヴ・ルーンシュタットかと見当をつける。
クライヴは負傷した胸を押さえながらも笑みを見せる。
狂気を感じる笑みだった。
「その知恵に免じて答えてやろう。その男は我が道具となった――いや、我が道具となりつつある、とでも言うべきか」
「……何言ってんだ、あんた」
「その男にクラストという名を与えたのは、何を隠そう私だ。どれだけ足掻こうとも私に抗うことなどできはしない」
「説明になってねえんだが……?」
ジョッシュの反言をクライヴは意にも介さなかった。
「それは我が息子ではもはや無いが、それはそれで構いはしない。改めて我が道具にするとしよう。もっとも遠いもの、自ら我が意に背いたものを我が道具にしてこそ、我が力はふさわしく保たれるのだ」
「あー、もういい。あんたが完全にイカれてるってことはよーくわかった。取りあえずあんたをぶっ殺しゃあそれで済む話だな」
「……全く野蛮な男だ。クラストよ、我が道具らしく私を守りたまえ」
クライヴの突拍子もない命令にジョッシュはふと視線を落とす。
彼の表情が驚愕に歪んだ。
床にうずくまりながら呻いていたクラストが突如としてジョッシュに組み付いてきたのである。
「……クラスト!? まさか本当に――」
「う、あ、ぐっ……ああああッ……!!」
クラストがジョッシュの襟を掴む手に力はほとんどこもっていない。
そうしている彼の顔もひどく苦しげだった。
「そうだ、それでいい。貴様にはそれがお似合いだ、我が道具よ。その男をしばし押さえつけておけ」
「……くそッ!」
クラストを強引にでも張っ倒してあの男を撃ち殺すべきか――
ジョッシュはクラストを力尽くで押さえつけながら考える。
そのときであった。
「ちょいと、邪魔をするぞ」
「その声は――」
ジョッシュは振り返った先に見慣れた少女――そして、見慣れないもうひとりの少女を見る。
彼女らふたりの後ろには十二人のローブ姿の男たちが付き従っていた。
「カイネ――と、えーと、どちらさん……?」
「さっきまでいて今おらぬものを考えよ」
「えー、あー…………マジで?」
「まじだ」
ジョッシュは全身甲冑の女従士がどこにもいないことを理解して目を見開く。
必然、簡素な白い貫頭衣と銀の部分鎧を身に付けた金髪碧眼の少女――彼女こそクラリーネ・ルーンシュタットということになる。
「……どういうことだ。クラリーネ」
驚いたのはジョッシュだけではない。
クライヴは全く別の理由によって驚愕をあらわにしていた。
「なぜだ。なぜお前が、お前たちが、素性も知れない娘と共にいる――そのような姿で」
クライヴはクラリーネを凝視し、カイネに視線を移し、次いで魔術師たちを見た。
「なぜだ、おまえたち!! なぜ我が娘が、我らが猟犬が、我が命を果たさぬ!! なぜ!?」
「実に簡単な話だとも、領主殿」
カイネはあっさりと言った。
クライヴがにわかに目を剥く。
「クラリーネ殿」
「……」
クラリーネは一言促されて前に出る。その周囲を魔術師たちが万全に固めている。
クライヴも、そして床で這いつくばっているクラストもまた彼女に視線をそそぐ。
クラリーネはクライヴをじっと見つめた。
「父君」
「……何だ」
「私は、あなたの道具であり続けられませんでした」
彼女が告げた瞬間、苦痛にあえぐクラストの表情がふっと和らいだ。
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