剣豪幼女と十三の呪い
十五/追手
「ほ、ほ……本体? てめぇ、なにいってやがんだ?」
「まぁ、吐けと言われても吐かぬであろうな」
カイネはガストロの顔をそっと撫で、彼の瞼を大きく開かせる。
「へ、へへっ、無駄だぜぇ~カイネよぉ。てめえみてぇなガキの生ぬるい拷問で俺をどうこうできると思ってんのかい? え?」
「試してみれば話は早かろう」
「――ちょい待て、カイネ」
カイネが剣指を象ったそのとき、ジョッシュが迷いのない足取りで近づいてくる。
カイネは顔を上げる。
「ジョッシュ。どうかしたかの」
「そいつを痛めつけても時間の無駄だ。んなことしてるうちに術者に逃げられるかもしれん」
「っ、な、なにいってやが――」
「ふむ。どういうことだ?」
「そいつは本体に操られている道具、人形に過ぎねぇ。擬似的な感覚は備えているかもしれねぇが、おそらく痛覚は遮断できるはずだ。つまり、そいつを痛めつけたって術者は痛くも痒くもねぇのさ」
「……なるほどの。心得た」
カイネは納得げに頷いて黒月をかかげる。
ガストロの両目が大きく見開かれる。
「ま、待てッカイネッ! おいッ待ちやが――――」
「静かにしいや」
ひゅんと刃が二度翻る。
剣風が通り過ぎたあと、ガストロの双頭はころりと落ちた。
カイネは血払いをして納刀、改めてジョッシュと向き直る。
「で、だ。こやつの居所を探すあてはあるか?」
「これだけめちゃくちゃな侵蝕術式使ってんだ、術者からの魔力供給を受けているはずだが……」
「クラスト殿、おまえさんは?」
と、カイネは奥に隠れていたクラストを手招きする。
彼は早足で歩み寄り、異形としか言いようのない屍を片眼鏡越しに覗きこんだ。
「……魔力の経路が残ってるね。下のほうに続いているみたいだ」
「道案内を頼めるかの?」
「もちろん。ついてきて」
「ジョッシュは後ろを頼む。やつに集中したいのでな」
「まぁ、この静まり返りようだ。めったなことはねぇだろうけどな――任せられたぜ」
クラストは早速とばかりに前を行く。その後ろにカイネ、ジョッシュと続く。
二層から階段を下り、三層を素通りして四層。
空っぽの牢屋のすぐ横を通り過ぎ、薄暗い通路をしばらく進めば、ようやく最深部へとたどり着く。
行き止まり。
「おいおい、どうなってんだ? まさかもう逃げたってんじゃねぇだろうな」
「い、いや。そんなはずはないよ。というか、この奥にも道が続いてるはずなんだけど――」
「……相分かった。そういうことか」
カイネはクラストの前に出るなり壁の岩盤にぺたぺたと触れる。
ふたり揃って首を傾げるジョッシュとクラスト。
だが、程なくしてカイネのちいさな掌は岩盤の一部をがこんと奥に押しこんだ。
岩盤が抜けたところから壁がずれ、一本の道が開かれる。
「うおッ!?」
「隠し通路であるな。ここには似たような仕掛けがいくつもあった」
もっとも、この場所についてはクベルも知らなかった。
知るものは、おそらくガストロ・ヴァンディエッタただひとり。
カイネはクラストのほうを振り返る。
「このまま、まっすぐで良いのだな?」
「……うん、間違いないよ。場所も動いてないはずだ」
「おれが前を行く。離れんでくれ」
カイネの言葉にふたりとも頷く。
通路の向こう側の空間はいままでにないほど薄暗く、岩床は雨ざらしのように湿り気を帯びている。
そして、大部屋の奥の奥から風とともに運ばれてくる強烈な臭いは、
「……うげ」
「ひどいにおいであるな……」
――まごうかたなき死臭であった。
ジョッシュは露骨に顔をしかめ、カイネはうんざりとしたようにつぶやき、クラストは死にそうな顔で口元を押さえる。
「ほ、本当にこんな……ッ」
「おまえさんに見えておるのはこの先であろう?」
「た、確かにそうなんだけどね……!」
こんな場所に人間が隠れ潜んでいるとは少々信じがたい、というのも確かだが――
カイネは構わず奥へと進んでいく。
最奥はさほど遠くなかった。
そこにあったものは、言うなれば屍の山。
「呆れたな。どこからこれだけの死体を集めてきおったのだ?」
「……村人全員の死体を合わせても足りないんじゃねぇか、こりゃあ」
「かなり古い死体もあるみたいだね。ここ数年で集まった、って感じじゃあないよ」
カイネは数十、あるいは数百にも及ぼうかという死体の山を見渡す。
これならば人形の材料に事欠くようなことはあるまい。
「……で、術者らしいやつがおらんのだが」
「言いづらいんだけど……その、多分……山の中に、隠れてるね」
「正気じゃねぇな」
まさに死に物狂いということか。
カイネはため息を吐いて手を差し出す。
「ジョッシュ、たいまつを貸してくれぬか」
「携帯用の油だ。全部使っていいぞ」
「うむ助かる」
カイネは死体の山に歩み寄り、古着に油を染み込ませる。
そして、たいまつの火をそっと近づけた。
――――ぼっ、と弾けた火種がすぐさま燃え移る。
湿った空気をものともせず死肉を媒介にして燃え上がる炎。
激化した火勢はもはや途絶えることなく屍の山を包みこまんばかりの大火を為す。
「ひッ! あ、ぎゃっ、ひいぃッッ!!」
不意に、声がした。
くぐもったような、妙にかん高い男の声。
山の支柱が半ばから崩れて雪崩を打つ。
代わりに側面の一部が掘り起こされ、次の瞬間、何かが坂を滑るように転がり落ちた。
「あ、ぎゃっ、ひッ! あああああぁぁッ!?」
カイネは声の主へと視線を移す。
そこにいたのは、ひとりの男だった。
何の変哲もない小男だ。
全身を藍色のローブに包み、フードに包まれた頭髪が前髪から後退している。
男は痩せさらばえた身体に鞭打ち、煙が上がるローブの裾を叩きながら立ち上がろうとする。
「……あれがか?」
「あぁ。間違いないよ」
クラストは男の姿を目で追って太鼓判を押す。
カイネは彼に歩み寄るとともに脇腹へ回し蹴りを見舞った。
「ちと寝ておれ」
「ぐげぇッ!?」
男は少女の蹴りを食ってまともに地面へ倒れこむ。
カイネは彼を見下ろして言った。
「おまえさん、ガストロ・ヴァンディエッタに間違いないな?」
「えっ……な、なんのことです? 人違いでは?」
「……しらばっくれる気か。ならおまえさん、なぜこんな場所におる」
カイネは男をじっと見下ろす。
齢は四十半ばといったところ。その外見はガストロと似ても似つかない。
「わ、私は……あの男、そう、ガストロに殺されかけて……そこで死んだふりをしていたら、いつの間にかここにいたんです」
「……なんかもう面倒臭いな。斬ってから考えるか」
「ま、待ってください、カイネさんッ!! あ、あなたみたいな子どもが、人を斬るなんて――」
男はがばっと立ち上がってカイネの肩に手を伸ばす。
カイネはその手が触れるより早く男の頬をぶん殴った。
「ぶげぇッ!?」
小男は後ろに向かってもんどり打ちながら倒れ伏す。屍の山を焼く燎原の火に巻きこまれかねない距離。
カイネはローブの襟を引っ掴んで彼を引きずり起こす。
「ッ、な、なにをッ……!!」
「おまえさん、なぜおれの名を?」
「……ッ!!!」
「おれの名前は、おまえさんの前では一度も呼ばれておらぬはずだが――はて?」
カイネは片手で黒月を抜き放って剣先を首筋に突きつける。
ちいさな手の中で男が震え上がる。
「ゆ、ゆ、ゆる――許してください!! どうか、命だけはどうか!!」
「それは認めたということで間違いないな?」
「し、仕方がないことだったのです!! 私がこの地で生き延びるには誰かより奪う他には――」
「どの口で左様なことを抜かすか」
〝ガストロ・ヴァンディエッタ〟とはつまるところが虚栄の姿。
この小男が自己を誇大に見せようとしたまやかしに過ぎなかった。
カイネは剣先を立てて喉仏に狙いをつける。
「ま、待ってくれ!! 頼む!! 私の、私の溜めこんだものは全てあなたに譲ります!!」
「おまえさんに言われぬでも持っていくとも。あれはこの地の人々のものだ」
「う――う、あ……ゆ、許して。頼む、どうか殺さないでくれ。そうだ、あなたと私が力を合わせれば……この地、いや帝国の連中も」
「……もうよい」
カイネはそっと刃を引く。男の表情が助かったと言うようにやわらぐ。
カイネは彼の背中を足裏で突き飛ばした。
今なお燃え盛る屍の山へと。
「あッ!? がッ!?」
「離れるな」
「ぎゃああああああああッッ!?!」
顔面から火を浴びて絶叫する男の背中を鞘で押さえ込む。
炎は程なくして小男の全身へと回った。
まるで人間の形をしたろうそくに火をつけたかのようだ。
「あぎゃっ、あぢッ、だぢげ―――あがッッ」
「寄るでない」
カイネは抱きすがろうとする男の腰を鞘で殴打する。
骨がへし折れる手応え。
名も知れぬ小男はその場にもんどり打ち、とうとう動かなくなった。
男を燃やす火は止まない。
物言わぬ屍をただ焼くのみ。
「おっかねぇ……」
「……なんだか、ガストロに怯えていたのが阿呆らしくなるね」
「あれは、この男なりの恐怖の象徴だったのであろうよ」
魔術師のそれにしてはあまりにも野卑で、品がなく、俗っぽすぎたが。
カイネは死体が焼ける臭いから離れようと振り返り、ふと視線の先に見慣れぬ姿を認めた。
「あやつは……」
「……いつの間に!?」
カイネがつぶやいた瞬間、ジョッシュは瞠目する。
彼は後方を警戒していたはずにも関わらず接近に気がついていなかった。
おそらくは、手練。
カイネは暗闇に浮かぶ白銀の影――肌を少しも晒さない全身甲冑の巨躯に目を留める。
身の丈にして六尺以上、あるいは七尺《2m》近くにも及ぼうか。
「なにものだ、おまえさん。このような場所で」
カイネはふたりを制して前に出る。
クラストはその姿を目の当たりにするやいなや瞠目して身をこわばらせている。
白銀鎧の従士はがしょんと脚甲の金属音を立て、
「カイネ・ベルンハルトに相違ないか」
と言った。
「相違ないが。……おまえさんは?」
「ならば死んでもらう」
「騎士であろうに名乗りもなしか」
鎧の奥から聞こえるくぐもった声は、女であった。
女従士は腰の剣をするりと抜き、篭手のうちに収める。
カイネもまた黒塚の柄に指先を絡め、彼我の距離を見計らう。
「ま、待ってくれ、カイネ殿!!」
「……なに?」
「その人は――その子は、騎士なんかじゃあない」
「どういうことだ」
彼の言葉にも関わらず女従士はカイネとの距離をじわりと詰める。
クラストは焦燥のにじむ声で言った。
「僕の、妹だ」
「まぁ、吐けと言われても吐かぬであろうな」
カイネはガストロの顔をそっと撫で、彼の瞼を大きく開かせる。
「へ、へへっ、無駄だぜぇ~カイネよぉ。てめえみてぇなガキの生ぬるい拷問で俺をどうこうできると思ってんのかい? え?」
「試してみれば話は早かろう」
「――ちょい待て、カイネ」
カイネが剣指を象ったそのとき、ジョッシュが迷いのない足取りで近づいてくる。
カイネは顔を上げる。
「ジョッシュ。どうかしたかの」
「そいつを痛めつけても時間の無駄だ。んなことしてるうちに術者に逃げられるかもしれん」
「っ、な、なにいってやが――」
「ふむ。どういうことだ?」
「そいつは本体に操られている道具、人形に過ぎねぇ。擬似的な感覚は備えているかもしれねぇが、おそらく痛覚は遮断できるはずだ。つまり、そいつを痛めつけたって術者は痛くも痒くもねぇのさ」
「……なるほどの。心得た」
カイネは納得げに頷いて黒月をかかげる。
ガストロの両目が大きく見開かれる。
「ま、待てッカイネッ! おいッ待ちやが――――」
「静かにしいや」
ひゅんと刃が二度翻る。
剣風が通り過ぎたあと、ガストロの双頭はころりと落ちた。
カイネは血払いをして納刀、改めてジョッシュと向き直る。
「で、だ。こやつの居所を探すあてはあるか?」
「これだけめちゃくちゃな侵蝕術式使ってんだ、術者からの魔力供給を受けているはずだが……」
「クラスト殿、おまえさんは?」
と、カイネは奥に隠れていたクラストを手招きする。
彼は早足で歩み寄り、異形としか言いようのない屍を片眼鏡越しに覗きこんだ。
「……魔力の経路が残ってるね。下のほうに続いているみたいだ」
「道案内を頼めるかの?」
「もちろん。ついてきて」
「ジョッシュは後ろを頼む。やつに集中したいのでな」
「まぁ、この静まり返りようだ。めったなことはねぇだろうけどな――任せられたぜ」
クラストは早速とばかりに前を行く。その後ろにカイネ、ジョッシュと続く。
二層から階段を下り、三層を素通りして四層。
空っぽの牢屋のすぐ横を通り過ぎ、薄暗い通路をしばらく進めば、ようやく最深部へとたどり着く。
行き止まり。
「おいおい、どうなってんだ? まさかもう逃げたってんじゃねぇだろうな」
「い、いや。そんなはずはないよ。というか、この奥にも道が続いてるはずなんだけど――」
「……相分かった。そういうことか」
カイネはクラストの前に出るなり壁の岩盤にぺたぺたと触れる。
ふたり揃って首を傾げるジョッシュとクラスト。
だが、程なくしてカイネのちいさな掌は岩盤の一部をがこんと奥に押しこんだ。
岩盤が抜けたところから壁がずれ、一本の道が開かれる。
「うおッ!?」
「隠し通路であるな。ここには似たような仕掛けがいくつもあった」
もっとも、この場所についてはクベルも知らなかった。
知るものは、おそらくガストロ・ヴァンディエッタただひとり。
カイネはクラストのほうを振り返る。
「このまま、まっすぐで良いのだな?」
「……うん、間違いないよ。場所も動いてないはずだ」
「おれが前を行く。離れんでくれ」
カイネの言葉にふたりとも頷く。
通路の向こう側の空間はいままでにないほど薄暗く、岩床は雨ざらしのように湿り気を帯びている。
そして、大部屋の奥の奥から風とともに運ばれてくる強烈な臭いは、
「……うげ」
「ひどいにおいであるな……」
――まごうかたなき死臭であった。
ジョッシュは露骨に顔をしかめ、カイネはうんざりとしたようにつぶやき、クラストは死にそうな顔で口元を押さえる。
「ほ、本当にこんな……ッ」
「おまえさんに見えておるのはこの先であろう?」
「た、確かにそうなんだけどね……!」
こんな場所に人間が隠れ潜んでいるとは少々信じがたい、というのも確かだが――
カイネは構わず奥へと進んでいく。
最奥はさほど遠くなかった。
そこにあったものは、言うなれば屍の山。
「呆れたな。どこからこれだけの死体を集めてきおったのだ?」
「……村人全員の死体を合わせても足りないんじゃねぇか、こりゃあ」
「かなり古い死体もあるみたいだね。ここ数年で集まった、って感じじゃあないよ」
カイネは数十、あるいは数百にも及ぼうかという死体の山を見渡す。
これならば人形の材料に事欠くようなことはあるまい。
「……で、術者らしいやつがおらんのだが」
「言いづらいんだけど……その、多分……山の中に、隠れてるね」
「正気じゃねぇな」
まさに死に物狂いということか。
カイネはため息を吐いて手を差し出す。
「ジョッシュ、たいまつを貸してくれぬか」
「携帯用の油だ。全部使っていいぞ」
「うむ助かる」
カイネは死体の山に歩み寄り、古着に油を染み込ませる。
そして、たいまつの火をそっと近づけた。
――――ぼっ、と弾けた火種がすぐさま燃え移る。
湿った空気をものともせず死肉を媒介にして燃え上がる炎。
激化した火勢はもはや途絶えることなく屍の山を包みこまんばかりの大火を為す。
「ひッ! あ、ぎゃっ、ひいぃッッ!!」
不意に、声がした。
くぐもったような、妙にかん高い男の声。
山の支柱が半ばから崩れて雪崩を打つ。
代わりに側面の一部が掘り起こされ、次の瞬間、何かが坂を滑るように転がり落ちた。
「あ、ぎゃっ、ひッ! あああああぁぁッ!?」
カイネは声の主へと視線を移す。
そこにいたのは、ひとりの男だった。
何の変哲もない小男だ。
全身を藍色のローブに包み、フードに包まれた頭髪が前髪から後退している。
男は痩せさらばえた身体に鞭打ち、煙が上がるローブの裾を叩きながら立ち上がろうとする。
「……あれがか?」
「あぁ。間違いないよ」
クラストは男の姿を目で追って太鼓判を押す。
カイネは彼に歩み寄るとともに脇腹へ回し蹴りを見舞った。
「ちと寝ておれ」
「ぐげぇッ!?」
男は少女の蹴りを食ってまともに地面へ倒れこむ。
カイネは彼を見下ろして言った。
「おまえさん、ガストロ・ヴァンディエッタに間違いないな?」
「えっ……な、なんのことです? 人違いでは?」
「……しらばっくれる気か。ならおまえさん、なぜこんな場所におる」
カイネは男をじっと見下ろす。
齢は四十半ばといったところ。その外見はガストロと似ても似つかない。
「わ、私は……あの男、そう、ガストロに殺されかけて……そこで死んだふりをしていたら、いつの間にかここにいたんです」
「……なんかもう面倒臭いな。斬ってから考えるか」
「ま、待ってください、カイネさんッ!! あ、あなたみたいな子どもが、人を斬るなんて――」
男はがばっと立ち上がってカイネの肩に手を伸ばす。
カイネはその手が触れるより早く男の頬をぶん殴った。
「ぶげぇッ!?」
小男は後ろに向かってもんどり打ちながら倒れ伏す。屍の山を焼く燎原の火に巻きこまれかねない距離。
カイネはローブの襟を引っ掴んで彼を引きずり起こす。
「ッ、な、なにをッ……!!」
「おまえさん、なぜおれの名を?」
「……ッ!!!」
「おれの名前は、おまえさんの前では一度も呼ばれておらぬはずだが――はて?」
カイネは片手で黒月を抜き放って剣先を首筋に突きつける。
ちいさな手の中で男が震え上がる。
「ゆ、ゆ、ゆる――許してください!! どうか、命だけはどうか!!」
「それは認めたということで間違いないな?」
「し、仕方がないことだったのです!! 私がこの地で生き延びるには誰かより奪う他には――」
「どの口で左様なことを抜かすか」
〝ガストロ・ヴァンディエッタ〟とはつまるところが虚栄の姿。
この小男が自己を誇大に見せようとしたまやかしに過ぎなかった。
カイネは剣先を立てて喉仏に狙いをつける。
「ま、待ってくれ!! 頼む!! 私の、私の溜めこんだものは全てあなたに譲ります!!」
「おまえさんに言われぬでも持っていくとも。あれはこの地の人々のものだ」
「う――う、あ……ゆ、許して。頼む、どうか殺さないでくれ。そうだ、あなたと私が力を合わせれば……この地、いや帝国の連中も」
「……もうよい」
カイネはそっと刃を引く。男の表情が助かったと言うようにやわらぐ。
カイネは彼の背中を足裏で突き飛ばした。
今なお燃え盛る屍の山へと。
「あッ!? がッ!?」
「離れるな」
「ぎゃああああああああッッ!?!」
顔面から火を浴びて絶叫する男の背中を鞘で押さえ込む。
炎は程なくして小男の全身へと回った。
まるで人間の形をしたろうそくに火をつけたかのようだ。
「あぎゃっ、あぢッ、だぢげ―――あがッッ」
「寄るでない」
カイネは抱きすがろうとする男の腰を鞘で殴打する。
骨がへし折れる手応え。
名も知れぬ小男はその場にもんどり打ち、とうとう動かなくなった。
男を燃やす火は止まない。
物言わぬ屍をただ焼くのみ。
「おっかねぇ……」
「……なんだか、ガストロに怯えていたのが阿呆らしくなるね」
「あれは、この男なりの恐怖の象徴だったのであろうよ」
魔術師のそれにしてはあまりにも野卑で、品がなく、俗っぽすぎたが。
カイネは死体が焼ける臭いから離れようと振り返り、ふと視線の先に見慣れぬ姿を認めた。
「あやつは……」
「……いつの間に!?」
カイネがつぶやいた瞬間、ジョッシュは瞠目する。
彼は後方を警戒していたはずにも関わらず接近に気がついていなかった。
おそらくは、手練。
カイネは暗闇に浮かぶ白銀の影――肌を少しも晒さない全身甲冑の巨躯に目を留める。
身の丈にして六尺以上、あるいは七尺《2m》近くにも及ぼうか。
「なにものだ、おまえさん。このような場所で」
カイネはふたりを制して前に出る。
クラストはその姿を目の当たりにするやいなや瞠目して身をこわばらせている。
白銀鎧の従士はがしょんと脚甲の金属音を立て、
「カイネ・ベルンハルトに相違ないか」
と言った。
「相違ないが。……おまえさんは?」
「ならば死んでもらう」
「騎士であろうに名乗りもなしか」
鎧の奥から聞こえるくぐもった声は、女であった。
女従士は腰の剣をするりと抜き、篭手のうちに収める。
カイネもまた黒塚の柄に指先を絡め、彼我の距離を見計らう。
「ま、待ってくれ、カイネ殿!!」
「……なに?」
「その人は――その子は、騎士なんかじゃあない」
「どういうことだ」
彼の言葉にも関わらず女従士はカイネとの距離をじわりと詰める。
クラストは焦燥のにじむ声で言った。
「僕の、妹だ」
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