剣豪幼女と十三の呪い

きー子

十/鎧袖一触

 カイネと二十一人の女たちは洞窟内の貯蔵庫に寄り道する。
 目的は営々貯め込まれた食料だ。

「全ては持ち出せぬであろうが……持てるだけ持っていこう」

 というカイネの言葉を皮切りに、二十一人が総掛かりで物資に手を付ける。
 カイネはすでに酒樽を括りつけた背負子をそのちいさな背中に背負っていた。

「……あ、あの、カイネさん。大丈夫ですか……?」
「いやなに、問題ない。腰は鍛えておるからな」
「荷車とか、使えないかな」
「……できればそうしたいところだが、荷物は少ないに越したことはないでなぁ」

 第一に優先するべきは、彼女たちを一刻も早く安全な場所まで送り届けることだ。
 いざとなれば物資は捨てて逃げれば良いが、大荷物のせいで発生した時間の遅れは取り戻せない。

「……全部持って帰れたら、村のみんなも喜んでくれるのに」

 女のひとりが大きな麻袋を抱えながらつぶやく。
 叶うならばそのように取り計らいたいところだが――

(ジョッシュは……明日にはこの地を出ておるだろうな)

 手離してからそのありがたさに気がつくとはこのことだ。
 王都までの旅路はどうしたものか。
 カイネは今からすでにそのことで憂鬱だった。

「なあ。カイネ」
「……む。なんだ」

 そのとき女たちのひとり、ヘレナに声をかけられて振り返る。
 彼女はやぶから棒に言った。

「なんで、殺したんだ」
「……あやつらのことか」

 牢屋から貯蔵庫に至るまでの道には十数という死体を転がしていた。
 それを気に病んだのかと思ったが、彼女は首を横に振った。

「違う、あいつだ。クベルの野郎だ」
「あぁ。あれか」
「なんでだ? ――なんで私たちに殺させなかった!?」

 ヘレナの怒鳴り声に他の女たちもはっとして振り返る。
 カイネは虚を突かれたように目を見開き、ゆっくりと眇める。

「おまえさんは、殺したかったのだな」
「ああ、少なくとも私はね。いや、殺せるなら殺したかったやつは他にもいるはずだよ。きっとね」
「……左様か」

 他の女たちは気まずそうに視線をそらすが、面と向かって否定もしない。
 あれしきのことで晴れるような恨みではない、ということだった。

「おれがやったほうがよい、と思った」
「……なんでさ」
「慣れておる」

 まだ誰も殺していない人間と、数知れぬほどの人を殺めた人間がいるなら、後者が手を染めたほうがまだしも良い。
 それがカイネの、つまるところ単なる我がままだ。

「……やめてよ。そんな姿で」
「先ほども言ったろう――おれは見かけ通りの年ではないよ」
「だからって……」
「齢の近い子どもでもおるのか」

 カイネがそう言った途端にヘレナは瞠目する。
 驚かせようというつもりはなかった――ただ、女たちのほとんどは子どもがいておかしくない年ごろというだけ。

「怒りを晴らす機会を奪ってしまったのなら、すまなかった」
「……いいや、いい。怒鳴ったりしてごめんなさい」

 ヘレナは食料入りの麻袋を抱えたまま今一度物資の山を漁りに行く。
 そのときだった。

「――おいお~い、ずいぶん派手にやってくれたみてぇじゃねえかよおぉ~カイネちゃん、ええ?」
「……遅いお出ましであるな」

 少し時間をかけすぎたか。
 貯蔵庫の入り口を塞ぐようにひとりの男が立っている。
 その後ろには十数人という傭兵団の構成員が人垣を築いていた。

 びくり、と怯えた様子の女たちに「下がっておれ」と目配せして背負子を降ろす。
 この場所なら少なくとも奇襲を受ける心配はない。

「誰の許可あって女どもを連れ出してんだぁ~ええ? 見張りはどうしてくれたってんだ? ああ?」
「おまえさんの目はどこについておる。道に転がっていたものが見えなんだか」
「……ちょぉ~っと自由になったからって調子に乗りやがって。その刀、どうやって奪ったんだかは知らねぇがよぉ」

 男――ガストロはおもむろに背中の大剣を抜く。
 幅一尺30cm、丈にして七尺210cmはあろうかという一振り。
 彼がその柄を両手で握り締めたとき、肩部がにわかに盛り上がった。

「……む」
「きっつい仕置きをくれてやるぜ、カイネちゃんよぉ~どうせクベルあいつはもう死んでるんだろ? 言っておくが、俺は死なせてなんかやらねぇぞ――――〝融殖肉腫〟ッ!!」

 腹心の死を察しながらもガストロにさしたる変調はうかがえなかった。
 瞬間、男の両肩の突起がなめし革の肩掛けを押しのけるほどに膨張する。
 それは、腕のかたちをしていた。
 左右の腕、そして肩から翼のように生えた一対の腕――合わせて四本。

「出たぞ、団長の魔術だ!!」
「あれが……」
「よく見とけよ、雑魚相手じゃ魔術を使うことなんてないからな……!」

 団員らがにわかにざわめく最中、カイネは距離をおいたまま黒月を抜き払う。
 たいまつの薄明かりを照り返した刃が朱にきらめく。

「また、面妖な……」
「ははっ、顔付きが変わったじゃねぇかぁ~こいつの厄介さをちったあ理解してるってわけか?」
「……さてな」

 四本の腕が自在に動くとすれば確かに脅威ではあろう。
 カイネは楽に構えたまま、とことこと歩いて距離を詰めていく。

「不用心だねぇ~いいのかい、カイネちゃん。うかつに近づいてきてよぉ」
「おまえさんこそ、後ろのやつらは利用せぬでよいのか」
「――前言撤回だ。どうやら俺を舐めくさってやがるみてぇだなぁ~おい、メスガキ風情がぁ~ッ!」

 彼我の距離はおよそ三歩5m
 ガストロが大剣を軽々と振り掲げる。
 カイネは着々と歩を進めた。

「おらっ喰らえやッ!!」

 迎え撃つは愚直な振り下ろし。
 カイネはそれをぎりぎりまで引きつけ、すんでのところで横に避ける。

「そいつは通じねぇよぉ~ッ!!」

 瞬間、カイネが避けた方向から押し包むように肩から伸びた腕が迫る。
 が、

「――読めておらぬと思うてか」

 と、カイネの掌がにわかに閃いた。
 ひゅん――
 という風の音とともに銀の剣光が瞬き、ガストロの右肩から伸びた腕がずるりと落ちた。
 ガストロが口元を笑みに歪める。その表情に苦痛の色は一切ない。

「はッ……速えじゃねぇかよ、ひははははッ!」

 その時、カイネは斬り落とした腕の断面を垣間見る。
 むき出しになった筋繊維の表面は沸騰したようにぼこぼこと泡立ち、即時に再生を始めていた。
 カイネは一歩飛び退り、再生の経過を観察する。

 斬り落とした腕が完全に再生するまで要した時間、約三秒。

「だが――無駄だぜ、無駄。こんなもん後からいくらでも生えてくっからよぉ~」
「……どうなっておるのだか」

 魔術とは魔力から幽体アストラルを形成する営みの総称である――かつてシャロンから教えられたことを思い出す。
 しかしガストロの生み出した腕は、明らかな実体を持って具現していた。

「と、とんでもねぇ……」
「さすがガストロ様!!」
「だ、だがよぅ……あのガキもおかしくねえか……?」
「団長が勝つんだから関係ねえよ!」

 にわかに沸く傭兵団の面々。
 女たちはもはや言葉もなくふたりの対峙を見守っている。

「……まぁ、よかろう」
「どうしたよぉ~カイネちゃん。そろそろ諦めが付いたかぁ?」
「まさか」

 カイネは両手で柄を握る。
 刃を返し、腕を引く。ガストロの巨躯に狙いをつける。

「そりゃぁ~残念だ。今投降したらよぉ、そこの女どもの命も助けてやろうと思ってたのによぉ~!」
「……なにが言いたい?」
「俺としちゃぁ~カイネちゃんみてぇな上玉を殺すわけにはいかねぇからよ。しかぁし、キツーい仕置きは必要だ。ま、そこの女の何人かくれぇなら構いやしねぇ。見せしめにおっ死んでもらうぜぇ~」
「……たわ言を」
「かわいそうになぁ。カイネちゃんはどのみち死ぬこたぁ~ねぇが、そいつらはカイネちゃんのせいで死ななきゃいけねぇわけだ。ははッ!」

 ち、とカイネは舌打ちする。
 余計な言葉を弄されぬうちに蹴りをつけねば――
 と、カイネが瞳をすがめたそのときだ。

「構うもんか、やってくれ!!」

 女たちのひとり――ヘレナの声――が言う。

「そいつらの家畜なんてはなから願い下げなんだ。さっさと死んだほうがずっとましだよ!」

 彼女の叫び声をさえぎるものは誰もいなかった
「……チイィ」とガストロが歯噛みする。

「……左様か」

 カイネはかすかにほほえんでみせる。
 果たして彼女にどのような心境の変化があったか――
 あるいは、少女の剣さばきを目にして理解したのかもしれない。

 これは、いわく言いがたい別種の存在ものであると。

「しょうがねぇ~実力ちからでわからせてやるよぉカイネちゃん。ちょいときつい躾になるだろうがよぉ、恨むんじゃあ――――」

 ガストロが肩の上の両腕を広げた刹那、カイネは歩くような速さで距離を詰めた。
 少女の足取りに衝き動かされるように振り放たれた大剣が斜線を描く。
 びゅん、と空を切る刃。
 ガストロの視界内にカイネの姿はもはや無い。

「ッ、な――――」
ね」

 彼我の距離はすでに四半歩45cmもない。
 とん、と鳴り響くかろい足音。
 少女の影が掻き消え、後から剣風が吹き抜けた。

「あ、んだァ……?」

 六尺180cmをゆうに超えるガストロの巨躯がにわかに静止。
 カイネは彼の後ろにあらわれ、剣先を下ろすとともにちいさな背中を晒す。
 まるで無防備な少女の背筋。短く切られた銀髪の裾野から覗く白いうなじ。
 ガストロは口元を笑みに歪め、両肩の腕部を振り掲げた。

「詰めが甘えなあッ!? 隙ありだぜぇ~カイネちゃ」
「もう、終わっておるよ」
「……ん?」

 カイネはガストロを振り返るとともに残心。
 自然体のまま下ろされた剣身には血の一滴も付着していない。
 カイネがゆっくりと刃を鞘に納めた瞬間――――ガストロの首の付根が〝ずるり〟と滑った。

「――――あ゛が?」

 食道と咽頭の継ぎ目から漏れた空気が音を立てる。
 ガストロの頭部は大地に引かれるがままに落ち、地面と衝突すると同時に十数切れの肉片と化した。

「……え?」

 と、困惑の声を漏らしたのは果たして誰だったか。
 少なくともガストロにそれを可能とする器官はすでに無い。

 ベルンハルト礼刀法〝ラク〟。
 抜刀した状態から刃を返し、すれ違いざま斜に斬り上げる――
 本来は馬上の騎士を斬殺するための技である、という点では〝バツ〟とほとんど変わりがない。
 ただ唯一異なるのは、抜刀状態からの型であるがゆえに複数回の切り返しを許容する点だった。

「……おどろいた。まだ動きおるか」

 首無し死体になり果てたガストロの首の断面がボコボコと泡立ち、うごめく。
 しかし再生する兆しはない。
 刻まれた肉の残骸が元通りになることもない。
 カイネが足蹴にすると、死体はそのまま後ろにぶっ倒れた。

「すまぬが、油があったらわけてくれぬか。肉塊の一片も残しておきたくはない」
「わかった。ちょっと探すよ」

 カイネが女たちに一言頼む。と、ヘレナは率先して物資の山から植物由来の油を探し当てた。
 カイネはその間に壁際に立てかけられたたいまつを調達しておく。

「……お、おい。ガストロ様が……ガストロ様が、死んじまったぞ」
「ばっ、馬鹿野郎!! 団長は不死身なんだ、こんなに簡単に死ぬわけがねえ!!」
「そうだ、団長はもっとひでえ怪我でも一日もすりゃ蘇ったんだ!!」
「で、でも……今はどうすれば?」
「……あ、あのガキに好き勝手やらせるんじゃねえ!!」

 そういう方針で定まったようだ。
 カイネは片手にたいまつ、もう片方の手にヘレナから渡された小樽を抱えながら傭兵団の面々を射すくめる。

「この通り、おまえさんらの頭は死んだ。このようなものに殉じるつもりか?」
「黙れッ!! 団長は死んじゃいな――がッ!?」

 カイネは腰の杖を抜いた男めがけて小樽をぶん投げる。頭でまともに受け止めた男はガストロのすぐ近くにぶっ倒れ、樽はその衝撃に砕け散った。
 中身の植物油が周囲に飛び散る。ガストロの死体にもまた油がたっぷりと染み込んでいく。

「ほれ、さっさと退け。まとめて焼け死んでも知らんぞ」
「ひっ……や、やめろッ!!」

 男は油のぬめりに足を取られながらも必死にガストロから離れた。
 他の男たちもまた状況を察していく。

「う……に、逃げろッ!!」
「お、おい!! 逃げてんじゃねぇ!!」
「ガストロ様が殺されたんだ!! 勝てるわきゃねえだろ!!」
「あっ……く、くそッ!!」

 蜘蛛の子を散らすように逃げていく傭兵団員たち。
 カイネは貯蔵庫の周囲に待ち伏せがないことを確認してから背負子を背負い直し、女たちを誘導する。

「行くぞ。火に巻き込まれては締まらん」
「……あの方たちは……逃がして、良かったのでしょうか……?」
「寄ってくる分には迎えるが、追いかけて駆り立てるには割りが合わん。頭が無くてはなにもできぬよ」

 彼らはガストロ・ヴァンディエッタという大きな力に寄りかかった手足に過ぎないのだ。
 見逃すのは得策ではないという思いもあるが――

「敵を追う時とは無防備なものでな。守りの手がどうしてもおろそかになる」
「……そのような、ものなのですね」
「山を降りる体力も残しておかねばならぬしな」

 ガストロを仕留めたはいいが、村まで辿り着くことが肝要である。
 それまでに余計な労を費やしたくはないというのが正直なところだった。

 荷物を持った女たち全員が貯蔵庫を出たところでカイネはガストロの死体に火をかける。
 炎は瞬く間に燃え上がり、洞窟内の暗がりを照らし出しながら肉の残骸を灼き尽くした。

「夜の間にできるだけ山から離れたい。……ちときつくなるが、良いか」

 カイネは女たちを振り返って問う。
 彼女らは思い思いに頷く――振り返らない。

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