剣豪幼女と十三の呪い

きー子

五/山賊騎士

 青年――クラストは名前を名乗るなり家の中に引っ込み、「少しだけ待ってて」とカイネたちに告げた。
 その三分後。

「待たせたね。行こうか」
「……お、おまえさん。今から発つつもりか?」
「もちろんだとも、お嬢さん! 僕はこの日をもう三年は心待ちにしていたからね! もう一日も待つ気はないよ!」

 クラストは一抱えの袋だけを手に家から出てくる。
 住んでいた小屋への未練などは微塵も無いようだった。
 日はすでに傾き、雲間から覗く夕日が空を赤く照らしている。

「……そう急ぐこともねえんじゃないかい、クラストさん。もうすぐ日が落ちるぞ」
「いいや、急ぐべきだよ。君たちふたりとも、連中が守っている関所を抜けてきたんだろう?」
「まぁ、大したやつはおらんかったが――」

 ジョッシュがたしなめるも、クラストは構わずに歩きだす。カイネとジョッシュはやむをえずにその後をついていく。
 連中、とはすなわちガストロ傭兵団を指しているのだろう。

「歩きながら話そう。君たちのことも少し聞きたいからね――特に君については」
「おれか」

 クラストからカイネに向けられる視線。
 関心を抱いてもらったのは好都合だった。
 カイネからも彼に聞きたいことがいくつかある。

「君のその格好は? 軍属かい?」
「おれはカイネ・ベルンハルト。王国魔術学院客員教授の号をいただいておる――が、まぁ、食客のようなものだな」
「……教授? 生徒じゃなく?」
「うむ」

 カイネはうなずく。
 クラストのいぶかしむような視線。

「軍属は俺だ。ジョッシュ・アルフォード――カイネの目付役ってとこだな」
「中央の事情は複雑怪奇だね……いやしかし、助けに来てくれたことはありがたい。礼を言わせてもらうよ」
「おれの個人的な目的のためにすぎんよ。おまえさん、解呪師という話であったな?」

 カイネが言うと、クラストはにわかに顔をこわばらせながらも頷く。

「ルーンシュタットの姓というのも引っ掛かる。……おまえさん、領主の関係者か?」
「それは――話す必要があることかな?」
「関係者だとすれば、傭兵団と領主の関係だとか、あんたがなぜ監視されていたのかだとか、聞かせてもらいたいことが山ほどあるんでな」

 ジョッシュの補足に、クラストはしまったなと言うように表情をしかめた。
 彼は草むらをかき分ける手と脚を動かしながらも考え込む。

「……うーん、言わなきゃよかったな」
「奴らとやりあう羽目になる可能性もあろう? そこのところは今のうちに聞かせとくれ」
「やり合う……君がかい?」

 クラストはまたいぶかしむような目をカイネに向ける。
 カイネは刀の柄を掌で覆う仕草だけで応じた。

「僕は……勘当された身の上でね。連中……ガストロ傭兵団は、領主の命令で僕を狙ってる。簡単に言ってしまえばそんなところだよ」
「派手な親子喧嘩か――しっかし、本当にガストロなんかを雇ってやがるのか?」
「そればっかりは、僕も意図が掴めない。多分、都合がいいから使ってるだけなんだと思う」
「……まぁ、ひとまず説明はそれで良かろう」

 領民への略奪については見て見ぬふり、ということか。
 報酬を減らす代わりに略奪権を与えている可能性すらある。
 領主とクラストの関係については判然としないが――

(……十二使徒、あるいはその係累……かも、知れんな)

 当の十二使徒から聞かされた言葉が脳裏をかすめる。
 勘当ということはこの男、一族に反する意見でも申し立てたか。

「とにかく、急いでるのはそいつが理由ってことか」
「そうだ。それに、多分だけれど、君たちにも追手がかかってると思う」
「んな馬鹿な。まだ領内に入ってから一日も――――」
「おまえさんら。静かに」

 茂みの向こう側に馬車の影が見えたその時、カイネはふたりの会話を遮って黙らせる。
 楔で繋ぎ留めている一角馬を取り囲む人影が複数あったのだ。

「……あいつら、まさか……」
「クラスト殿。おまえさんだけは、絶対に顔を出すでないぞ」
「も、もちろんだとも……って、君ッ!?」

 カイネは茂みを突っ切るとともに駆け、人影の前に飛び出す。
 いかにも薄汚れた身なりの、武器を手にした五人の男たち――彼らはカイネの足音に揃って振り返った。

「……なんだぁ、このガキ?」
「おい、嬢ちゃん。こいつの持ち主を知ってんじゃねえか?」
「いーや、待て。こいつがお頭の言ってた――――がッ!?」

 カイネは無造作に抜剣、黒鞘をひとりの男の首筋に叩き込む。
 彼が地面に倒れ込むのを待たずに鞘を翻し、もうひとりの男の背中を打ち据える。男はくぐもった苦痛の息を漏らしてもんどり打つ。

「ぎゃッ……!!」
「ッ、な、なッ!? このガキ――――ぃッ!?」
「疾く退け。さもなくば斬る」

 少女の背後から槍を突きこんだ男がひとり。
 カイネは槍頭の付け根から切り飛ばし、続けざまに白銀の刃先を首筋に突きつけた。
 残るふたりが動く余地もなく絶句する。
 刃先を突きつけられた男も合わせ、彼らは声もなく後ずさった。

「に――に、逃げろッ!!」
「お頭に報告するんだッ!!」
「応ッ!!」

 十分に距離を取ったところで一目散に逃げ出す男たち。
 倒れ伏したふたりは言うまでもなく置き去りだ。
 しかし妙なのは――彼らが逃げ走った先が、馬車を停めてある村の中、ということだった。

(……よもや)

 嫌な予感がした。
 ジョッシュが茂みの奥から視線を投げるが、カイネはふっと首を横に振る。
 まだだ。まだ何が起こっているのか明らかになっていない。

「て、てめッ……」
「が、ガストロ様が、黙って――がッ!?」
「いましばし寝ておれ」

 カイネの足元でうめく男ふたりをがんがんと鞘で殴って昏倒させる。
 証言を引き出すことも考えたが、しょせんは下っ端。大した情報は持ち合わせていまい。
 カイネは村の中へ続く無数の足跡、そして土を荒らした馬蹄の痕跡に視線を落とす。

(……誰かが、村に入り込んでおる)

 カイネは足跡を追うように村の域内へ踏み入る。
 中には数頭の馬、拘束した村の女を積んでいる荷車、そしてそれらを守る誰とも知れぬ男たちがいた。
 彼我の距離は数十歩分――さしものカイネも気づかれずに忍び寄ることは至難。
 遮蔽物がないために身を隠すこともままならない。
 その時である。

「おぉ~っと。動くんじゃねぇぜ、お客さんよぉ」

 集会場の建物から、ひとりの大男が姿を見せる。
 黒く大きな犬のような男だった。
 もうもうとたくわえた黒髭と縮れた黒髪、浅黒い肌、顔面のあちこちに垣間見える火傷と刀傷。
 全身を革の衣類で固め、首や手首に骨飾りを身につけている。
 そして、背中には男の身の丈ほどもあろうかという大剣。

「……おまえさんは」
「口の利き方には気をつけろよ、お嬢ちゃん。俺のことが誰だか、もうわかってんじゃあねえのか? 村の連中から聞いてんだろぉ?」
「知らん」
「ぶっはは、こりゃいいぜ。おもしれぇこと言うじゃねえか」

 大男は肩を揺らしてげたげたと笑い、ふと真顔になり、ともに集会場から出てきた男たちに命じる。

「おい。油撒けや」
「おっす」
「うす」

 荷車で運んできたものであろうか。男たちは壺のふたを開け、その中身を建物のすぐそばにかたむけた。
 その正体は否が応でも理解できる。

「――何をする気か!」
「わかってんだろ? ま、どうするかはお嬢ちゃん次第なんだけどよぉ~」

 大男はまたカイネに向き直ってげたげたと笑う。
 配下の男たちが壺を打ち捨てる。また別の男たちが火の点いた松明を手に近づいていく。

「ガストロ様。いつでもやれますぜ」
「よ~しよし。だが待て。待てよぉ。殺しちまったら価値が無くなっちまうからよぉ~」
「うっす!」

 ガストロ・ヴァンディエッタ。
 知性も、品性のかけらもうかがえないような、山賊の延長線上にしかないような大男。
 その印象は、実際に目にしてなお少しもくつがえることがなかった。
 カイネは彼の隙をうかがいながら問う。

「……おれ次第とは、どういうことだ」

 カイネは着衣の各所に数本の短刀を仕込んでいる。いまの場所から松明を手にした男を狙い撃つことは可能だろう。
 だが、松明を回収することまではできない。一度燃え上がった炎をかき消すような芸当は到底不可能だ。

「嬢ちゃんよぉ、どうやらうちの連中が世話になったみてぇじゃねえか。ん?」
「――人のものに手を出す不埒な男を引っ叩いたまでのこと」
「かぁ~っ、ちょ~っと腕が立つからってなぁ。女の身体なんざ触らせときゃいんだよ、でなきゃ価値がねぇだろうが?」
「価値を決めるのはおまえさんではない」
「だーかーら、口の利き方を考えろっつったろうがよぉ~立場わかってんのか? そこによぉ、ここの住人全員集めてあるわけだ。いいか?」
「……ふん」

 そのようなことであろうとは予想がついた――悪い予感が的中したというわけだ。
 単なるはったりの可能性もあるが、他の家屋から人の気配を一切感じないのも確かである。

「俺の命令ひとつでそいつらは全員サヨナラってわけだぁ。ハハハ、最近殺してなかったからなぁ~たまには派手にやってみるのもいいか?」

 ガストロが周りの男たちをぐるりと見渡せば「やっちまいましょうぜ」「ぱーっと派手に!」「とにかく燃えるのが見てぇ」と囃し、煽る言葉が次から次に飛び出す。

「……おまえさん、なにが目的か」
「お嬢ちゃん、ここの連中から聞いたんだってな? 村の離れで暮してるってぇ隠者の話よ」
「聞いたが、それがどうした」
「連れてきな」
「できん。おれも断られてきたばかりでな」

 カイネはいけしゃあしゃあと嘘をついた。
 ガストロは初めて不機嫌そうに顔をしかめる。

「……けっ。ならしょうがねぇ……こっちから行くしかねぇか……おい嬢ちゃん、連れの男はどうした?」
「先に逃した。ただならぬ気配だったのでな」
「つくづく勘のいい嬢ちゃんだこった――しょうがねぇ。武器を捨てな」
「さすれば、この村に手出しはせぬと約束してくれるのだな?」
「約束はしねぇ。俺が温情をかけてやるのさ、お嬢ちゃんの態度次第でなぁ」

 カイネは目をつむって数瞬考える。
 この村には大した縁もゆかりもない。
 村人たちをさっさと見捨てて連中を叩くのが良策であろう。
 それで他の村は恐怖から解放される。この村は犠牲になるかもしれないが。

「……相分かった」

 カイネは腰帯を緩め、黒鞘の一振り――〝妖刀・黒月〟を土の上にそっと置く。
 縁もゆかりもない他人の命。彼らが死のうが生きようが、究極的にはカイネには関係ない。
 だが。

(おれの命よりは、いくらか重かろう)

 カイネ・ベルンハルトはすでに死んでいるはずの人間だ。
 ゆえにこそ――縁もゆかりもない他人の命であれど、それが罪無き人々ならば、自らの保身よりは遥かに優先順位が高い。
 ガストロは素直に従うカイネを見据え、言った。

「次だ。服を脱げ」
「しばし待て」

 カイネはうなずき、服の袖や裾、靴の踵に仕込んだ短剣を放り投げる。
「とんでもねえガキだな……」「鍛冶屋かよ」とうそぶく声が傭兵の男たちから上がる。
 カイネは続いて制服の上着、スカートとその場に脱ぎ捨てていく。

「おい、待て」
「なんだ」
「履物はそのままにしておけ」
「…………左様か」

 カイネは頭の中に大量の疑問符を浮かべながらも下着を脱いだ。
 身に帯びたものは膝上まであるニーソックスと革靴ばかり。
 夕刻の風がいとけない肌を撫でていく。
 向かいからしきりに囃し立てる男どもの声が上がった。

(そういえば、黒月あれはおれから引き離せないと聞いたような覚えがあるが……)

 カイネは地面に置いた刀を一瞥し、ユーレリア学院長の言葉をふと思い返す。
 自らの意志で引き離した場合は例外、ということか。刀から引き寄せられるような兆しはない。

「おいおい、少しは恥じらってみせるもんだろうがよぉ~つまらねぇガキだなおい?」
「女児の肌によくもそこまで盛り上がれるものよな」

 少しの感情も感じさせないカイネの声。 
 ガストロは鷲鼻をふんと鳴らして命じる。

「ちっ。そのまま大人しくしてろよ? おい、あのガキを縛ってこい」
「え、おあずけですかい?」
「ここでやっちまいましょうよ」
「馬鹿野郎がぁ~あんな上玉を壊しちまったら価値が下がるだろうが、価値が。さっさとやれ!」
「う、うっす!」

 と、命令に従って数人の男たちが縄を手に近づいてくる。
 カイネはされるがまま後ろ手に両手首を縛り付けられた。

「ちと、頼みたいことがあるのだが」
「なんだぁ? ふざけたこと言いやがったらただじゃ置かねえぜ?」
「いますぐ全ての村人を解放して、無事な姿を見せよ。さもなくばおれは従わん」

 カイネは少しの恥じらいも見せずにガストロを睨めつける。
 彼はにやついた顔をふっと真顔にして顎をしゃくった。

「案内しろ。中を見せてやりな」
「う、うっす」
「いいんすか、頭」
「構いやしねぇよ。俺もそこまで連中を殺したいわけじゃねぇ――灰になっちまったらなぁんの価値も無くなるからなぁ?」

 ガストロはまたげたげたと笑い声をあげる。
 カイネは荷台の上に積み込まれている数人の若い女を一瞥した。

「……彼女らもだ。浚ってゆく道理はなかろう」
「こいつらはなぁ、俺の大切な部下どもの慰安係にするつもりだったんだがなぁ~嬢ちゃんがこいつらの分も頑張ってくれるってんなら解放してやっても構わねぇぞ?」
「かまわん。それなりに頑丈な自負はあるでな」
「よく言うぜ」

 元より脅迫以上の意味はなかったのか。
 ガストロは配下に命じて村の女たちの拘束を解かせる。 
 一方、カイネはあられもない姿のまま配下に連れ添われて集会場へと向かった。

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