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剣豪幼女と十三の呪い

きー子

六/利用価値

 集会場に続く扉が開かれ、屋内の灯火が入り口まで届く。
 カイネは薄目を開きながら奥へと歩を進めた。

「か、カイネ殿ッ!?」

 村長がカイネのあられもない姿を目の当たりにして声を上げる。
 広々とした建物の中には、ガストロの言葉通り数十人の村人たちが拘束されていた。
 死者はいないようだが怪我人はいた。抵抗して返り討ちにあったのだろう。

「すまぬ、皆よ。おれが後をつけられたのだろう。そのせいで迷惑をかけてしまった」

 一角馬の速度に追従するのは困難だが、車輪の跡を追えばこの村に行き着くことはたやすいだろう。
 カイネは縛られたまま鈴蘭のように頭を垂れる。

「カイネ殿、そのお姿は……」
「お頭の命令だ。おまえらは解放してやるよ」
「この嬢ちゃんが身代わりになってくれるそうだからな!」

 十人ほどの傭兵らがひとりずつ村人の拘束を解いていく。
 生かさず、殺さず。
 この場で殺されずとも、生殺与奪を握られる恐怖は身に染みることだろう。
 カイネは村人たちのいたましげな視線を感じながら言った。

「おれのことは気にせんでよいさ」

 例のことは任せておけ、とごくちいさな声で付け加える。
 村人たちはジョッシュがいないことに気づいただろう。
 カイネが囚われようとも彼が目的を果たすはずだ。王国軍人の責務として。

 その時だった。

「な……なんでだよ、あんた!?」
「……おまえさんは、あの時の」

 後ろ手に縛られたまま叫ぶ若い男。
 彼こそは確か、最初に村を訪ねたときににカイネへ弓引いた男だった。

「あんた、腕利きなんだろ!? どうしてそんなざまで……!」
「はは。腕っ節だけではどうにもならんこともあるものだな」
「わ、笑ってる場合じゃないだろ!」

 その時、「静かにしやがれ!」という傭兵の男の怒声が響く。
 若い男は声をひそめ、カイネを遠慮がちに見上げる。

「なんで……俺たちの名前もろくに知らねえだろうが、あんた……!」
「おぉ、そうだ。名前を聞いておらなんだな。おまえさん、何という?」
「だ、だからそんな場合じゃ」
「せっかくだ、聞かせとくれ。この身と引き換えにするのだ」

 まだ幼い女児とはいえ、裸身を直視するのはためらわれるというような視線。
 彼は感情を押し殺すように息を呑み、言った。

「……俺は、アルゴだ」
「アルゴか。うむ、達者でな」

 カイネは表情をほころばせてほほえむ。
 いつの世も血気盛んな若者を見るのは良いものだ。
 アルゴはにわかに目を見開き、そしてがくりとうつむいた。

「おい、いつまでも喋ってんじゃねえぞ」
「あだだ。そう引っ張るでない」

 カイネの縄を引く男がつややかな銀髪をがしっと掴む。
 彼はカイネのゆるい反応を見て舌打ちした。

「気味の悪いガキだぜ……先行くぞ」
「うっす」

 カイネはふたたび傭兵の男に連れ添われて集会場を出る。
 村人たちは順調に開放されている。約束を反故にすることはなさそうだ。
 そのとき、カイネはふと村の入口方面を一瞥した。

(……やりおったな)

 と、カイネはひそかにほくそ笑む。
 一角馬の牽く馬車が、先ほどの騒ぎの間隙を縫うように消えていた。
 これでジョッシュとクラストの心配は無用。
 カイネは縄を引かれるがまま、ガストロのすぐそばに連れてこられる。

「よぉ~嬢ちゃん。満足したか? 今生の別れは済んだんだろうなぁ?」
「無事に解放さえしてくれるなら、それでかまわんよ。……それで、おれは何をすればよい?」

 後は、ただ自分が助かることのみに注力すればよい。
 すでに拘束されているという少々面倒な条件ではあるが。

「その前にだ。名前を言え、お嬢ちゃん。そこそこいいとこの娘なんじゃねぇか?」
「カイネ。カイネ・ベルンハルトだ」
「……あぁん?」

 ガストロはその名を聞いて眉をしかめる。

「嬢ちゃんよぉ~つまらねぇ嘘は吐くんじゃねぇぜ? 偽名か? それとも頭がいかれた親の名付けか?」
「なんと言われようとも、これが本名なのでな」
「――ハッ。いいぜいいぜ、カイネちゃん。こってりと調教してそのおすまし顔をグチャグチャにしてやるからなぁ~覚悟しとけよ? メスガキじゃいられなくしてやっからな?」

 ガストロはカイネの顎を掴み、ちいさな子どもに言い聞かせるように言う。
 よくもこうまで小物臭いことを言えるものよ、と思いつつもカイネは無表情を保った。

(こやつが、元は帝国魔術師ギルドのBランク……か)

 ごろつきの精神性を維持したまま成り上がれる、というのもある種の才覚かも知れぬ。
 傭兵の男のなすがまま荷車に載せられるカイネ。そして荷車は村の中に留められていた最も大きな黒馬に繋がれる。
 荷車の上には袋詰めの大麦や塩漬けの野菜類、酒樽も大量に積み込まれていた。

(……これも持って帰れればのぅ)

 村人たちの命が助かったまでには良いにせよ、貴重な食料を奪われれば困窮するのは時間の問題だ。
 傭兵団麾下の男たちが騎乗すると、黒馬に乗り込んだガストロは大剣を振り掲げながら声を張り上げた。

「よぉ~してめえら凱旋だァ! 食い物、酒、女ッ!! 何も言うこたぁねぇ、砦に戻ったら今日は宴だァ!」
「おおおおおおおッ!!!」
「お頭最高ォッ!!!」
「ガストロ様万歳ッッ!!!」

 ガストロ傭兵団の異様な熱狂と同時、土埃を蹴立てて走り出す騎馬の群れ。
 何人かの村人たちが家屋から顔を覗かせて不安げな視線を送っている。
 村の風景はすぐにも夜の帳の向こう側に消えていった。

(……今のうちに縄抜けをするも良いが、こやつらの本拠地を知っておくほうが得策か)

 荷車に揺られながらカイネは思案する。
 その時だった。

「なぁ~カイネちゃんよぉ」
「おまえさんの話に興味はない」
「おいおいつれねぇなあ。俺はただ、カイネちゃんに聞きたいことがあるだけだぜ?」
「……なにをだ」
「あいつらを助けることに何の意味があるんだ、って話さ」
「……なぜそのようなことを聞く」

 まさか声をかけられるとは思いもしなかった。
 ガストロは巧みに手綱を取りながら荷車のカイネを一瞥する。

「俺はなぁ、がっかりしてるんだよ。腕利きのお嬢ちゃんがいるっつ~からよぉ。この俺が! 直々に鼻っ柱をへし折ってやろうと思ってたってのに! 見知らぬ他人様のために身を投げ打つときた! どういう了見だそりゃあ?」
「おれの命と彼らの命を天秤はかりにかけたというだけだ」
「へぇ。人の命が等価値だとでも思ってんのか?」
「まさか。価値のない命もあろうさ」

 カイネは目を眇めてガストロを見据える。
 対するガストロはあっさりと言った。

「ハハッ、わかってねぇなぁカイネちゃん。全ての人間には価値がある。かけがえのない価値がなぁ」
「……なに?」

 ガストロは毛皮鎧に包まれた肩を揺らしてげたげたと笑う。

「人間は生きていれば価値を生む。生きているだけでも価値がある。村人あいつらも死ねばただのゴミだが、生きてさえいれば人質に使えるわけだァ」
「それは、おまえさんにとっての利用価値だろう」
「あぁ~そうだ。それ以外になんの意味がある? 俺にとっての利用価値、それが全てだ。すべての人間には価値がある――――この俺に収穫されるための価値がなァ!」
「……収奪者めが」

 肩を揺らし、空を震わせるような大声で高笑いするガストロ。
 カイネは吐き捨てるように言い、ただ目的の場所にたどり着く時を待った。

 ***

 あいつ本当にまじでありえん――――
 と、いう心の叫びがジョッシュの脳内で無限に繰り返される。
 クラストを載せた馬車は村から離れるように道なき道を進み、ぐるりと一周して元の場所へと戻った。

「……も、戻ってきたのかい?」
「ああ。連中は……撒いたみてえだな」

 ふたりは一度馬車から降りて周囲の様子を確認する。
 ガストロ傭兵団の姿はすでに無い。そこかしこの家屋から灯りが漏れているため、村人はどうやら無事のようだった。

「カイネさんも……いない、のかな」
「連れ去られたんだろうよ。間違いない」
「……どうして断言できるんだい?」
「あの状況で何かできると思うか?」
「そりゃあ、そうだけども」

 ジョッシュの問いにクラストはすっと押し黙る。
 もっとも、ジョッシュが〝連れ去られた〟と断じたのは全く別の理由である。
 もしもカイネがあの状況を覆したのならば、村の中に連中の死体が転がっていなければおかしい――そして現実は異なる。
 ジョッシュはそうなることを願っていたが、あいにくそうはならなかった。

「しかし、その……カイネさんは、彼らに何か恩でもあったのかい?」
「強いて言えば、あんたの住地を教えてもらった恩だろうな」
「……それだけ、かい?」
「それだけだ」
「……たったそれだけの、ことで……あんな辱めを受け入れた、と?」

 愕然とした表情で立ち尽くすクラスト。
 理解できないのも無理はない――なにせ丸一ヶ月ほどの付き合いがあるジョッシュもまるで理解できないのだから。

「とにかく、連中の後を追うぞ。放ってちゃおけん」
「え? ……お、追いかけるのかい?」
「そのつもりだが」
「ば、馬鹿いっちゃあいけないね! 僕と君のたったふたりであの連中に喧嘩を売るって!?」
「正面切って戦争するってわけじゃない。手はいくらでもある」

 もっとも、カイネ・ベルンハルトは馬鹿ではない――とジョッシュ・アルフォードは信じている。
 脱走のための方策、ないし段取りのひとつやふたつはあるだろう。
 自分たちはカイネを回収できさえすればいいのだ。

「……僕からは勧められないな。彼女は囮になってくれたと考えて、今すぐ脱出を――」
「このバカ!!」
「ふげぇッ!?」

 ジョッシュの拳骨がクラストの頭蓋をまともに叩く。
 クラストはその痛みに頭を抱えてうずくまった。

「ふぐッ……う、な、なにを……ッ!?」
「……悪い。思わず手が出た」
「理不尽過ぎやしないかい!?」
「すまん、俺も命がかかってんだ。熱くなっちまった」
「……は? い、命って?」
「俺はカイネのお目付け役だ、って言っただろ」
「あ、あぁ。それは覚えているけれど……」

 クラストはまだ要領を得ないように首をひねる。
 ジョッシュは端的に事実のみを口にした。

「カイネ――あの娘は、国王陛下のお気に入りでな。もし彼女を見捨てて逃げたなんて話になったら、間違いなく俺の首が飛ぶ」
「……は?」
「だーかーらー!! あいつはなぁ、一度はアルトゥール陛下に婚約を申し込まれた女なんだよ!! こんなところに捨てていったら俺が死んじゃうの!! 助けるの手伝え、いいな!?」
「そんな話を誰が信じると思うんだい!?」
「信じないならそれでも良いが、俺の馬車には載せねえからな!!」

 認めよう。
 ジョッシュ・アルフォードは混乱していた。
〝あの〟カイネ・ベルンハルトがまんまと囚われの身となったという事実にはなはだしく錯乱しきっていた。

「ぐっ……わ、わかった。でも、まずは朝を待ってからにしないかい?」
「……仕方ねぇか」

 周囲はすでに真っ暗闇。灯りひとつない環境下では車輪の跡を追うことも難しい。
 クラストは村の方角を指差す。集会場の建物から外に向かって仄明かりが漏れている。

「僕は彼らに顔が利く。一晩の宿をお願いして……それと、何があったかを聞いてみよう。それでどうだい?」
「……わかった。そいつで行こう」

 クラストの提言にジョッシュは少しずつ冷静さを取り戻す。
 確かに、なんの情報もなく敵陣に突入するなど正気の沙汰ではない。
 もっとも、緊縛のおまけ付きでそれをしでかしたのがカイネ・ベルンハルトなのだが……

「なぁ、クラストさんよ。この村は……」
「なにも無いよ。何の変哲もない、ごく普通の村だね」
「……だろうな」
「美味い酒はできるよ。水がいいんでね」

 クラストは緊張をほぐすように笑う。ジョッシュも笑みを返しながら、ますます解せないという思いを抱く。
 この村の人々の命に、カイネはなにを見出したのだろうか、と。

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