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剣豪幼女と十三の呪い

きー子

八/脱獄

「おや、団長、どちらへ?」

 傭兵団のひとりが下層へ降りていこうとしたガストロを呼び止める。
 彼は振り返りもせず団員たちの宴席に指先を突きつけた。

「あぁ? 金勘定だよ、クベルだけに任せちゃあおけねえからなぁ~他の奴ら見張っとけ、いいな?」
「うっす。了解です」

 傭兵の男は鷹揚に頭を下げて頷く。
 彼はクライス帝国時代の傭兵団――〝ガストロ山賊騎士団〟を名乗っていた頃からの配下であった。
 ガストロは〝悪徳の大洞穴〟三層に築かれた天然の貯蔵庫に足を運ぶ。
 そこには食料、酒樽、武器に防具、旅商人から奪い取った金目のものや毛織繊維、そして意味をなさない日用品が雑多に積み上げられていた。

「どぉ~だクベル、今日の収穫は?」
「おぉ、これはこれはガストロ様。品目と分量を紙にまとめておきましたので、ぜひご一読くだされ」
「よぉ~しよし。もし誤魔化してやがったらてめぇをあの部屋で丸焼けにしてやっからな?」
「ははは、これはおそろしい。滅相もないことですよ、ガストロ様」

 ガストロの命令通り作業に当たっていたクベルがうやうやしく礼をする。
 彼は昔から副団長の地位にあったわけではない。
〝ガストロ山賊騎士団〟副団長の地位に近かった男たちはのきなみ帝国軍の牙にかかり、クベルが繰り上がりで副団長の座に就いたのだ。
 ガストロは手渡された一枚の羊皮紙に視線を落とす。

「……おい、女性服一着ってのはなんだぁ~おい? そんなもんってきてたか?」
「ええ、カイネが着用しておられた服を拝借いたしました。かなり高品質の素材が用いられているようです」
「あぁ? ……あぁ~あの時の。あんなもん拾ってたのかよ。いくらモノが良いからってよぉ~着られないなら価値もねぇだろ。あのサイズだぞ?」
「彼女を売り払うときはあの服で着飾らせておくのが良いでしょう。見栄えが良いですからね。中身さえ作り変えてしまえば、かなりの高値が期待できますよ」
「あぁ~……その辺りはよくわからんからよぉ~てめぇに任せるぜ。で、あのメスガキのほうはどうなんだ? 首尾よく行きそうか?」

 かつての大戦における英雄の名を名乗る少女――カイネ・ベルンハルト。
 その高い実力に加えひょうひょうとした物腰は、十才かそこらの幼い少女とは到底思えなかった。

「ええ、もちろんですとも。少し脅かしてしまいましたが、それもいい薬になったかと」
「油断するんじゃねぇぞ。しょせんガキだが、他の女と違って剣の実力は本物みてぇだからな」
「ははは、剣が無くては何もできぬでしょう。少し躾けてやればすぐ泣きが入るに違いありません」
「まァ~魔力も持ってねぇメスガキだ、何ができるってこともねぇだろうがなァ」

 ガストロはそう言いながら羊皮紙に記された品目――『刀剣一振り』に目を留める。

「こいつもあのガキのもんか」
「はい。なかなかの業物のようですが、どうでしょう。お目にかかりますかな?」
「……そォだな、持ってこい。どんなもんか確かめてやる」

 その一言にうながされ、クベルは樽に立てられた無数の刀剣類から一振り――黒漆塗の鉄鞘を掴み取った。
 ガストロはクベルから受け取ったそれをゆっくりと鞘から抜いていく。

「――ほおぉ」

 ガストロはにわかに感嘆する。
 漆黒の柄と鉄鞘の狭間であらわになる白銀の刃。
 刀身は触れるものをことごとく斬るような鋭さを有し、薄暗い洞窟の中にあってなお目映い剣光を発した。
 彼は魅入られたように刀身を見つめながら鞘から抜き放つ。
 あの少女の身の丈ほどもあろうかという一振り。

「こいつぁ~大したもんだ、値打ちもんだぜ。どこで手に入れやがったんだ?」
「王国らしからぬ剣ですね。ましてや帝国風でもない……」
「こういう剣を使う連中がいたってぇ話は聞くがね、今じゃめったにお目にかからんだろうよ」

 ガストロは粘度の高い視線を剣身に送ったあと、再び鉄鞘の内に納めていく。
 実用性には疑問符が付くが、骨董品や美術品としての価値は極めて高い――それが妖刀・黒月に対する男の評価であった。

「厳重に保管しとけ、間違っても持ち出させるんじゃねぇぞ。出すところに出しゃあ~相当なもんだ、こいつは」
「かしこまりました」
「いやいや、金の卵を拾ったようなもんだぜ今日は。あの村の連中には礼を言っておいてやらねぇとなぁ~」
「また近いうちに向かわれるので?」
「あぁ? ……いやいや、そんなこたぁ~しねぇよ。連中に干上がられちゃ困るだろ?」
「……ごもっともです」

 毛皮を剥ぎ取るためだけに畜産動物を生かし続けるかのように。
 生かさず殺さず、細く長く奪い続ける。
 それがガストロの当面の行動指針であった。

「で、だ。女どもの方はどうしてんだ?」
「見張り番をふたり付けております。脅かしておいた分、しばらくは大人しいもんでしょう」
「ま、縁もゆかりもねぇ奴らのためにあっさり降参するようなお慈悲の深いお子さんでいらっしゃるからなぁ~自分ひとりで脱走する、なんてことはできねぇだろうな~」
「その意味では、調教を始めた後こそ警戒を強めるべきかもしれません。いざとなれば誰しも我が身がかわいいもの……」
「いやまったく。俺は一寝入りしてくっから後は任せたぜ、クベルよぉ?」
「御意に」

 ガストロはクベルの肩をしたたかに叩き、軽い足取りで貯蔵庫を去った。
 ひとり残されたクベルは刀の保管場所について思案する。
 およそ十分が過ぎたころ、彼は少女を辱めるために刀を用いることを考え付き、一度自らの個室に移すことにした。

 ***

 カイネは女たちに縄を解いてもらったあと、牢屋の隅で彼女らと肩を寄せ合うように円陣を組んだ。
 鉄格子の外からは見張り番の男ふたりの視線が向けられる。
 カイネは構わず話し続けた。

「ふぅむ――この洞窟、入り口はひとつだけではないのだな」
「……私も、知りませんでした」
「みんな同じところから来たのかと……」
「……それがなんか関係あるのかよ? その……脱出と」
「これ、あまり大きい声を出すでない」

 カイネは声をひそめて女のひとりをたしなめる。

「いや、もうめちゃくちゃ見られてるしさ……絶対怪しまれてるって」
「怪しまれても構わん。話が漏れなければそれで良い」
「そんなむちゃな」
「もし今入ってきたらどうするの……?」
「うむ。そのときこそ好機というつもりで行こう」
「本気で言ってます……!?」
「いや、さすがに今は困る。事を起こす前に最低限、逃げ道だけは決めておかねばな」

 カイネが大真面目な顔で言い切ると、何人かの女たちは呆れたように肩をすくめる。
 こんな子どもの言うことを聞いていて大丈夫なのか、という不安は当然にあるだろう。

(……悪くはなかろう。少なくとも、無感動ではなくなったのだから)

 この場の誰もが現状を望んでいない。
 こんなものが、彼女らの望みであるはずがない。
 であるならば、その思いをひとつにすることはあまりにも容易だった。
 ただ、男たちを恐れる思いから口にすることができなかっただけ。
 カイネは彼女らの望むところを口にした――たったそれだけのことだった。

「それで、だ。外への道がわかるやつはおらぬか?」
「それは……」
「私たち、ここと上を往復するばっかりだから……」
「初めて来たときは道が空いていた気がするんですけど、あとから見ると塞がってたり……私の記憶違いかもしれないんですが……」
「……隠し通路があるのかもしれんな」

 洞窟内を観察していて気づいたことだが、この洞窟はやけに人工的な作りであった。
 少なからぬ岩盤が平らに均され、削られ、あるいはくり抜かれている。たかだか十年や二十年で作り変えられたという感じではない。

「隠し通路……ここに、そんなものが……?」
「城だろうが洞窟だろうが、軍事拠点を構えるものならば非常用の脱出口は誰しも求めるところであろうよ」
「軍事……って、あんた何者……?」
「軍人だ。もともとはな」
「そのなりで?」
「まぁ、このなりでは勤まらんであろうなぁ」

 カイネはしみじみとつぶやく。
 女たちの怪訝そうな視線。不安そうな雰囲気は少しだけ払拭されたようにも見える。
 カイネはこほんと咳払いして言葉を続ける。

「ともあれ、道がわからぬなら聞けばよい。できれば詳しいやつにな」
「……あいつらは、だめだと思う。一番の下っ端だから」
「上下関係があるのだな」
「うん。大ざっぱにだけど……」

 カイネは女たちが知るかぎりの情報を得る。
 いわく、ガストロ傭兵団の構成員は古参組と新参組に大きく二分されるという。
 古参組の多くは年かさの男であり、ひとりの例外もなく魔術師。
 対する新参組は比較的若い男で、魔術師はほとんどいないようだ。

(頭数を揃えるのと……雑用に使うにはちょうどいい、といったところかの)

 女たちの見張り番、というのも傭兵団の中では下っ端の雑用に過ぎないのだろう。
 彼ら新参組が洞窟内の構造に通じているとは考えがたい。

「……やっぱり、クベルしかないと思う」
「あやつがか?」
「あの男が、傭兵団のだいたいのことを取り仕切ってる……みたいだから」
「……左様か」

 カイネは頷きつつも考える。
 二十一人の女たちをともなって村まで辿り着く、というのはそれだけでも難事である。
 一昼夜では難しいだろう。やはりある程度の食料を持ち出したい。
 彼女たちが牢屋に留まっている間に傭兵団を壊滅させるという手もあるが、もし逃がせば目も当てられないことになるだろう。
 つまり、逆に言えば――

(逃がさねばよいのだな)

 と、いうことだった。
 情報は知っているものから引きずり出せば良い。
 カイネは腹をくくった。

「すこし出てくる。おまえさんらは、ここを一歩も動かんでくれ」
「……ど、どういうこと?」
「出るって、どうやって――」

 カイネは女たちの声もよそに立ち上がる。
 一糸まとわぬ幼い裸身を見つめる視線。

「来やれ、〝黒月〟」

 カイネは眼前の虚空に手を突き出し、確信を持ってつぶやいた。
 瞬間、ちいさな掌の中に黒漆塗の鉄鞘に包まれた一振りが生じる。
 それはまごうかたなきカイネ・ベルンハルトの愛刀。
『カイネ・ベルンハルトと一体化している』とまで評されたいわくつきの呪物。

「……え」
「な、なに、どこから……!?」

 女たちが驚きを隠せずに声を上げる。
 見張り番の男たちもまたいよいよ異変を察して叫び声を張り上げた。

「おい、おまえらッ!! さっきから何をこそこそ話しているッ!?」
「そうだ! 特にそこのガキ――――……え?」

 彼らは鉄格子のすぐ近くでたいまつをかざし、途端に驚愕をあらわにする。
 灯火の光を浴びて輝くしろがねの白刃。
 それは少女の疾駆とともに鞘の内から抜き放たれ、鉄格子を横切るように一閃の軌跡を描いた。

「え――――あ」

 男が声を上げた時すでにカイネの矮躯は鉄格子の直近にある。
 がしゃん。
 と、かん高い音が響き、まふたつに分かたれた鉄格子の一部は岩盤に叩きつけられた。

「退け。斬るぞ」

 カイネはちいさな頭をかがめて鉄格子にうがたれた穴をくぐる。
 男たちは一瞬立ちすくみ、次の瞬間、カイネを取り囲みつつ短剣を抜いた。

「な、舐めんじゃねぇ!!」
「おまえみたいなガキに――ぎゃあぁぁッ!?」

 カイネは男が声を張り上げた隙に腹を突いた。
 噴き出した血潮がいたいけな裸身を彩る。
 それを目にした男は後ろから突きかかるがすでに遅い。

「うおおおぉぉ――ぎゃッ!!」
「……喋る暇があるなら早う来い」

 カイネは振り返りざまに男の手首を鉄鞘でかち上げ、次いで側頭部をしたたかに打った。
 見張り番の男たちふたりは瞬く間もなく倒れ伏す。
 カイネは男の腹を突いた剣先を抜き、納刀。痙攣する男たちを引きずりながら牢屋の中に向き直る。
 彼女たちは目の前で繰り広げられた刃傷沙汰への衝撃、そして困惑からいまだ脱せずにいた。

「あとでかならず戻ってくる。だから、どうか待っていてくれぬか」
「……本当、なんだな?」
「かならずだ」

 女たちのひとり――ヘレナは困惑を隠しきれないまま念押しする。
 カイネが間髪入れず応じると、彼女は瞳を隠すように頷いた。

 ***

 カイネは男たちを平たい岩盤の上まで引きずって足を止めた。
 彼らを生かしておくつもりはない。
 何かの拍子で目覚めた彼らが女たちを害そうとすれば、それで全てがご破算だ。

(同じ人殺しか――――なるほどまったく)

 カイネはクベルの言葉を思い出し、刃を抜き、ふたりの首を斬り落とした。

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