剣豪幼女と十三の呪い

きー子

一/珍客

 一台の箱馬車が王都ロスヴァイセの道を抜けていく。
 過ぎ去っていく街の風景には人混みと活気が絶えない。
 艶やかな銀色の髪を風に揺らしながら、可憐な面差しの少女――カイネ・ベルンハルトはどこか物憂げな表情で窓の外に視線を向けていた。

「……またここを訪ねる羽目になるとはな」
「嫌なのかよ」
陛下やつがおるからな。理由が無ければ近寄りとうもない」
「しょうがねえだろ、学院から一番近い魔術師ギルドはここなんだ。また嫌でも来ることになるぜ?」
「……陛下に嗅ぎつけられては堪らん。さっさと用を済ませて出て行くぞ」
「へいへい」

 応じるは御者にしてカイネの副官、ブラウンの髪を風にくゆらす伊達男――ヴィクセン王国陸軍少尉ジョッシュ・イリアルテ。
 彼が手綱を取る一角馬は魔術師ギルドの停留所で足を止める。そこは王都の辺縁部に当たる地区であった。

「ぱっと見では宿か酒場かわからぬな」
「ちょっと気をつけた方がいいぜ。わりと揉め事が絶えない場所だからな」
「……どうしたってそんなざまになっとるんだ?」
「育ちの良い地方の貴族様は支部のほうが近いからな。で、実力のある魔術師ならこんな場所で屯したりしねぇだろ?」
「……残るは暇をもてあましたろくでなしばかり、というわけか」
「そこまでは言わねえが、まあ、遠からずさ」

 ジョッシュは苦笑しつつ静かに馬車を停止させる。
 カイネは彼に手を引かれてそっと石畳に降り立った。

「まぁよい。面倒事があればおまえさんの出番だ」
「えっ!? 俺!?」
「ジョッシュ。おまえさん、自分をなんだと思っておるのだ」
「……そりゃ、まあ、あんたの監視役ですけども」
「ならば、おれが余計なことをせんでも良いようにするのが筋であろう」
「あんたに自信いっぱいに言われるとなんだかそんな気がしてきたよ……」

 ジョッシュはどこか納得行かないような顔でカイネを先導する。
 いかにカイネが手弱女に見えようと、彼がそばにいれば因縁をつけられることはなかろう。背は高く、体格もそこそこで、おまけに軍服を身にまとうれっきとした軍人である。
 木を骨組みにした煉瓦造りのギルドハウス。
 ジョッシュに続いて建物内に入ってすぐカイネを迎えたのは、むくつけき男たちの視線であった。
 カイネがぐるりとロビーを見渡せば、先刻のジョッシュの忠告にもなるほど納得と言いたくなるような風景。

「……ひどい客層だの」
「言うな。早く済ませよう、カイネ」
「うむ。受付は……あそこか」

 カイネは緩々とした足取りでジョッシュとともにカウンターへと向かう。
 そこにはひとりの若い男が控えていた。彼はカイネを一目見るなりいぶかしむように目を細める。

「……嬢ちゃん、どうした。どこの貴族か知らねぇが……こんなところに何の用だ?」
「ギルド長に用がある。今はおるか?」
「……事前連絡が無いと会えねぇぜ。名前は?」
「カイネ・ベルンハルトだ。連絡は付いている、とユーレリア学院長から聞いておるが」

 男はぱちくりとまばたきしてカイネとジョッシュを交互に見る。
 そしてカウンターに額をぶつけそうな勢いで頭を下げた。

「た、た、ただいま確認いたします!! 少々お待ちくださいッ!!!」

 彼は大慌てでカウンターを飛び出して奥の扉に駆け込む。
 カイネはその様子を見てちいさな肩を軽くすくめた。

「えらい変わり身であるな……」
王都ここらでは良く知られてるってことかもな」
「……何が原因だと思う?」
「そりゃあ、ファビュラス殺しさ。Aランクの魔術師がくたばるなんて滅多にあることじゃない」

 ふむ、とカイネは得心する。
 どこまで情報が知れ渡っているか、どのようなことを知られているかはカイネにとっても関心事だ。
 十二使徒――ラザロヴァ家は積極的に仕掛けてきたが、他の一族がどのような反応を示すかは未知数。
 今のところ国内全土には及んでおらず、王都周辺の一地方に留まっていると見るべきか、あるいは。

「お、お待たせいたしました!!」
「……すみませぬ。お待たせしてしまったようで」

 その時、奥の扉から受付の男をともなって年かさの男が現れる。
 黒い顎髭をたくわえた屈強な大男。
 とてもではないが魔術師には見えない風貌だ。

「いやなに、構わぬ。ユーレリア学院長からの連絡は届いておったか?」
「委細問題はないと。……呪術に詳しい魔術師を捜索している、という話で間違いありませんな?」

 カイネが頷くと、男は酒場のような席の隅を指し示した。

「立ち話もなんです、腰を据えて話そうではないですか。俺はラオス・ディークマン。ここ王都の魔術師ギルドを預かる身の上です」
「うむ、頼む。おれはカイネ・ベルンハルト……で、こっちが軍のお目付け役の」
「お目付け役ってのもなんですが……陸軍少尉ジョッシュ・イリアルテと申します。俺から口出しするつもりは無いんで、空気のように扱ってもらえれば――」

 と、ジョッシュが名乗ったその時である。
 ラオスは一瞬呆気に取られたような表情でカイネとジョッシュを交互に見やり、次に受付の男を見る。
 当の若い男は呆気に取られたように口を半開きにしていた。

「……おいサジ。ちょっと来い」
「えっ……は、はい」
「おふた方、どうか少しだけお時間を。すぐ済みますんで」
「……ああ、うむ」

 全てを察したカイネはふたりを見送る。若い男は顔面を蒼白にしながら奥の扉に消えていく。
 耳をすませば扉の向こうの声がわずかに聞こえる――「取り違えは厳禁っつったろうがサジ! まさか失礼働いちゃいねえだろうな!!」「すみません! いやでもあのお嬢さんがそうとは思いませんって!!」「……気持ちはわかるが言い訳は無しだ!!」「すみません! ほんとすみません!」――カイネは全てを聞かなかったことにした。

「……俺がカイネってのも無いと思うんだけどよ」
「おれと並んでたらおまえさんの方がまだそれらしかろう」
「帯刀するのやめた方がいいのかね……?」
「それが魔術用の〝杖〟であろう? 剣が無うては形無しよ」

 魔術に杖は不可欠だ。そして、アルトゥール陛下は魔術を意識的に遠ざけているが、ジョッシュはその中でも例外的な軍属の魔術師であった。
 魔術における〝杖〟とは魔術師自身の定義に左右され、本人が杖――肉体の延長物として認識できるものなら何でも良いという。

「……知ってたんだな」
「知ってはおらんが。他に無いからな」

 カイネが言うと、ジョッシュは腰に帯びた軍刀を押さえて神妙にため息をついた。

 ***

「なんというか、すみませんな本当に。うちの部下が失礼をいたしまして」
「……いやなに、おれも気づかなかったもので。それに、この珈琲は美味い」
「お気に召してくさったのであれば幸いです……」

 カイネとジョッシュはラオスに案内されて席に着く。
 カイネは熱い珈琲を味わってはほうと息を吐き、ふとラオスを一瞥した。

「しかし思うたのだが」
「……なんですかな?」
「魔術師というふうにはあまり見えんな、ラオス殿」
「よく言われます。……実際、現役の魔術師ではないものでしてな。事務方というやつです」

 ラオスはそう言いながら羊皮紙の束を取り出す。
 そのとき、カイネはつと目を細めた。

「……それは?」
「くだんの解呪師から……と、思われる書簡でしてな」
「ほほう」

 カイネは細めた瞳を興味深げに輝かせる。

「元々は流れの商人が受け取ったようですがな、これがどうにも手に余ると」
「おれが内容を聞いても構わぬか?」
「……救出依頼です」

 ラオスの端的な一言にカイネはきゅっと眉をひそめる。
 ジョッシュのいぶかしむような表情。

「……なにか。そやつは自由に動けぬ身の上だと?」
「文面を見る限りは。読まれますかな」

 ラオスは卓上にくたびれた羊皮紙を滑らせる。
 カイネがそれに目を通してみれば、およそラオスの言葉通りの内容だった。
 くだんの解呪師の名はクラスト。ヴィクセン王国の一地方ルーンシュタットにて監視下から逃れつつ隠棲しており、自由な往来がままならぬ境遇であるという。
 彼の望みはルーンシュタットを脱すること。それへの代価を供出する見通しは立っていないが、持っている技術や知識を出し惜しみするつもりはない、とも記されていた。

「……ルーンシュタット?」
「帝国辺境に近い山端やまべりの土地――結構な田舎だな。ルーンシュタット伯の領地のはずだが……監視下、とは穏やかじゃねえな」
「国からの手出し……は、難しいか?」
「軽々にはな。他国に付け入る隙を与えるようなもんだ」

 指揮官経験のあるカイネは否が応でも理解せざるを得ない。
 国の支配下にある領地は、その一方で領主自身が強い自治権を有しているのだ。
 国王とて無作為な強権を振るうことは難しかろう。下手に貴族領主の反感を買えば内乱に直結しかねない。
 国の最高権威者と見なされる国王はその実、各貴族間との関係を取り持ちながらも国民を富ませるという非常に微妙な舵取りを要される立ち位置であった。

「そういうことだ。代価は約束できない、となるとギルドとしての依頼も出しかねていてな。おたくらの連絡が無ければ書庫に眠ったままだったでしょう」
「世知辛い話よ。……まぁ、誰からも忘れられぬうちに拾えただけ良しとするか」

 カイネは羊皮紙の束をぱらぱらとめくり、最後の一枚に目を留める。
 そこに記されていたのは簡素な地図。舗装された道を示すと思しき描線の終端に濃い黒丸が打たれている。
 隠棲、と言うからにはちょっとやそっとでは見つからない場所に隠れ住んでいるのだろう。カイネはその地図を穴が開きそうなほどじっと見つめる。

「……カイネ、どうかしたのか?」
「いやなに。監視下、とは誰からの監視かと思ってな」
「そりゃ、順当に考えれば領主じゃないか。あるいは領主が擁する兵か……」
「……ふぅむ」

 カイネは親指で額を押さえて思案する。
 貴族領主が擁する戦力となると、領主に準ずる貴族階級の騎士、訓練された民兵、あるいは私設傭兵団の類か。
 カイネはふと顔を上げてラオスを見つめる。

「ラオス殿。ルーンシュタットに留まっておる魔術師はおるか?」
「ここしばらくは、ルーンシュタット領内を任地とする依頼は無かったはずですが……念のため調べてみましょうか」
「頼む。土地勘が働くものがおればさらに良いのだが」

 これは絶対的な条件ではない。
 というのも、案内は現地人に依頼するのが最も手っ取り早いからだ。

「それは……すぐには難しいな。なにせ田舎の方でして」
「ならばよい、現地に向かって確かめるまでよ。……この地図は頂いても構わんか?」

 カイネは解呪師が記したと思しき地図を手に取って言う。
 ラオスは頷き、ふと思い出したように「少し待っていてくれ」と言って立ち上がった。
 カウンターの奥の部屋へ向かい、またすぐに戻ってくる。男の手の中には掌大ほどの重たそうな袋が握られている。

「……なんだ? それは」
「貴殿への――と言うより、学院の方への詫び金として収めていただきたい」
「あやつ……ファビュラスはおまえさんらが管轄しておったわけではなかろう」
「ですが、こちらが連絡を取り次いだことで起きた事案であることは確か。今回は幸いでしたが、学院生の命を脅かした事実は重いでしょう。……受け取っていただきたい」
「……おれが受け取るというのも、ちと相応しからぬ気がするが――」
「いいんじゃねえかい、カイネ。あんたの手柄みたいなもんだ」

 ジョッシュがそう言うと、カイネは目を眇めてラオスから袋を受け取った。
 カイネは学院からいくらかの支援金を受け取っていたが、それの倍ほどはありそうな重さである。

「しかと受け取った。……また世話になるやもしれん、なにくれと頼む」
「もちろんです。魔術学院とも良好な関係を継続できればと考えておりますので、なにとぞよしなに」
「……うむ。それではな」

 カイネはにっこりと微笑み、ジョッシュをともなって魔術師ギルドから去っていった。
 ふたりの背を見届けた後、ラオスの元にひとりの男が近づいてくる。サジと呼ばれていた受付係の若い男。

「お、お疲れさまです。ギルド長」
「……おう。いや、肝が冷えたな。誰かさんのせいで」
「そ、その件は本当に済みません。ですが……」

 サジは建物の出入り口を目で追って言う。

「……あれが……あの子が、本当に〝カイネ・ベルンハルト〟なので?」
「確証はないし、魔力はこれっぽっちも感じられねえがな。……身のこなし、立ち居振る舞い、それにあの目付き。少なくとも素人じゃねえよ」
「……魔力を、感じない?」
「ああ」

 ラオスは断言する。
 男がいぶかしんだのも無理はない。魔術学院の制服を身に着けているものは魔術師と考えるのがごくごく自然である。
 魔力がない魔術師などありえない――基本的には、だが。

「おそらく、魔力がない。にも関わらず魔術学院の一員として認められている。……それがすでに尋常じゃねえんだ」
「……確かに」
「おまえはそれを見極められるようにしろ。良いな?」
「へ、へい!」

 もっとも、ラオスも一見しただけでは気づかなかったのだが。
 かくしてカイネ・ベルンハルトは魔術師ギルドに認知されることと相成った。

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