剣豪幼女と十三の呪い

きー子

二/不躾

 王都ロスヴァイセ出立から十日後。
 カイネとジョッシュは各地の宿場を飛び渡るように旅を続けていた。
 一角馬の箱馬車がほとんど跳ねるように道を駆ける。王都近辺のように整備が行き届いた街道はすでに望むべくもない。

「……中々ひどい道だな」
「目的地が近づいてきたってことだよ……! ほら、あの山だ!」

 ジョッシュは手綱を取りながら地平線の果てに見える山を示す。
 その山麓には深い森が広がり、そこから離れるに連れてまばらに開拓された広大な土地があった。

「やっとか。……いやはや、なかなかの距離であったな」
「全くだ――ところでカイネ、ひとつ言いたかったことがあるんだけどよ」
「どうした」
「同じ部屋に宿を取るのは止めねえか?」
「男ふたりで二部屋取るのも阿呆あほらしかろう」
「そりゃあんたはそうだろうがなぁ!」
「人目など気にすることもあるまい。アルトゥール陛下の目付きがあるならば問題だがな」
「俺がその目付きなんですけどね!!」

 全く馬鹿げた会話を交わしながらも馬車は進む。馬鹿話をするくらいの元気は充分にあった。
 さて、とカイネはルーンシュタットを目前にしたところで魔術師ギルドから得た情報を回想する。

 ――いわく、王都の魔術師ギルドに所属する魔術師がルーンシュタットに干渉した形跡は皆無。
 ただし他国の魔術師ギルド、あるいは未所属の魔術師に関しては何とも言えないとのことだった。

「一旦止まるぜ。……関所が見えてきた」
「うむ。相分かった」

 ジョッシュの手綱さばきに応じて一角場が減速する。
 カイネが座席から身を乗り出して前を見れば、森を切り開いた中心に打ち立てられたような石造りの関所が確かにそびえていた。

「そこの馬車!」
「止まれ、止まれぇッ!!」
「はいはい、止まりますよっと」

 関所に立つ衛兵に呼び止められるまでもなく停止する箱馬車。
 ふたりの衛兵は〝筒〟をゆっくりと掲げながら声を張り上げた。

「貴様らァ、この土地に何の用だ!」
「目的を言え!」
「人を探してんだ。通行料なら払う、いくらだ?」
「人探しだと……怪しいやつめ!」

 ――ずいぶんな挨拶だな、とカイネは思う。
 否。閉鎖的な地方であればよそ者への対応はこんなものかもしれなかった。

「ちょいと待て、おれは魔術学院のものだ。怪しいものではない」

 カイネは身を乗り出して衛兵たちの様子をうかがう。
 見た限り衛兵はたったふたり。だが、関所の詰所にはもう何人かの衛兵がいておかしくはないだろう。

「魔術学院だと? ……むっ!」
「おっ?」

 そのとき、ふたりの衛兵の目が全く同時にカイネへと集中する。
 彼らの視線はカイネとジョッシュの間で左右し、そしてお互いに目を見合わせた。

 ――何をたくらんでおるのやら。あまりにも見え透いた振る舞いにカイネは思わず苦笑する。

「よしっ、おまえたちふたりだけだな?」
「一度馬車から降りろ! 検査を行わせもらう!」
「検査ァ? どういうこったよ」

 ジョッシュが先んじて異議を唱える。と、衛兵のひとりはさも得意気に言い切った。

「この辺りではな、略奪を働こうという賊が絶えんのだ。おまえたちが賊の手先でないとも限らんだろう!」
「おいおい、馬鹿言えって。俺たちの格好を見ればわかるだろ?」

 ジョッシュは軍服。カイネは魔術学院女子制服。
 どちらも公的な衣装であり、つくりも良く、偽造は極めて難しいものである。
 ――だが。

「それこそ賊が略奪したものでないとも限らん! いいからまずは降りろ!」
「……おい。カイネ、どうする?」
「ふん」

 カイネはちいさく鼻を鳴らして衛兵たちを見下ろす。
 何を考えておるのやら。
 どうせろくでもないことに違いないが、無視して突破するのも後々面倒なことになりかねない。

「やむを得んな。降りるぞ」
「そうそう。大人しく従えば良いんだ」

 とん、とカイネは馬車から飛び降りて地を踏む。
 衛兵はもはやにやついた表情を隠していない。

「……本気かよ。いいのかい、カイネ」
「おれにも、おまえさんにもやましいことなどありゃせんだろう?」
「そりゃあそうだろうけどよ――」

 と、言いかけたところでジョッシュはカイネの意図を察する。
 カイネにもジョッシュにもやましいことなどない。
 だが、この衛兵たちはどうか?
 彼らがルーンシュタット領の正規兵である保証はどこにも無いのだ。

 カイネとジョッシュはお互いに頷きあう。
 瞬間、衛兵のひとりがカイネのすぐそばに歩み寄った。
 もうひとりの衛兵はジョッシュのそばへ。

「……どういうつもりか?」
「別々に尋問させてもらうぜ。こっちに来な」

 カイネとジョッシュは再び視線のみを交わし、頷きあう。
 この程度の相手なら単独でどうにでもできる。
 気掛かりなのは、彼らが何を企んでいるのか、ということだ。

「おまえはこっちだ!」
「はいはい。わかってるってえの」

 ジョッシュと衛兵は少しずつ遠くへ離れていく。

「おらッおまえも来い! こっちに――……ッ!?」
「そう焦るでないよ」

 もうひとりの衛兵はカイネの手を強引に引っ張ろうとする。
 だがカイネは彼の手をするりと避け、悠々と茂みの方に歩いていった。

「ッ……あ、おいッ!?」

 関所前から少し離れ、林に踏み入りかけたところで足を止める。
 カイネはつと視線だけで男を見上げ、華奢な両腕をだらんと脱力させた。

「……調べたいことがあるのだろう? 好きにするがよい」

 そう促すと、男はにわかに血走った眼でカイネを見下ろす。
 尋常ならざる目付きであった。
 男はカイネとの距離をじりじりと詰め、ちいさな身体へと無遠慮に手を伸ばす。

「よぉし、いいか? 絶対に動くんじゃないぞ……動いたらお仕置きだからなぁ?」

 頬。肩。首筋。胸。腰。
 服の上を這い回るような手付きにカイネはようやく確信を得る。

 ――――この男はただの変態だ。

「猛省せよ」
「――うげッ!?」

 カイネは無遠慮に這い回る掌を取り、手首をねじり、彼の身体を地面に投げ転がした。
 うつ伏せに倒れ込んだ背中を踏みつけ、膝を屈め、背中から後頭部を手で押さえつける。

「おまえさん、何者だ? どこの誰だ? 所属は?」
「な……なんッ、おまえッ、ただのガキじゃッ……」
「質問に答えよ」
「あ゛ッ!! がッ……!!」

 カイネは脊椎を踏みにじり、彼の顔を地面に叩きつけた。
 がんがんがん、と三度繰り返し打ちつける。カイネは彼の耳元で囁く。

「……答えよ。おまえさんは、どこのどいつだ。誰に命令されてここにおるか」
「うぐ……う、お、俺はッ! 領主様の命令でッ……がああッ!?」
「領主が? ……おまえさんのような輩をか?」

 もう一度だけ追加で顔面を地面に打ち付ける。が、男の反応は変わらない。

「所属を言え。おまえさんの上官はどこにおる? 名前は?」
「なッ……名前はッ! ガストロッ、ガストロ様ですッ……!!」
「……ガストロ? 何者だ、そやつは」
「が、ガストロ様は……傭兵団のお頭で……ッ!」
「――――カイネ、大丈夫かッ!」

 尋問の真っ最中、後ろからジョッシュの声がした。
 彼は片手に血塗れの軍刀を引っさげ、軍服には血飛沫が散りばめられている。

「大禍無い。おまえさんは……その血は?」
「返り血だ、気にしないでくれ。まぁ、あんたのことだから大丈夫だろうとは思ってたが……新手が来るかも知れん、急いでくれ」
「相分かった。……おまえさん」
「は、はひッ!?」

 カイネは男の後頭部――髪をつかむ手に力を込める。彼の身体がにわかにこわばる。

「おまえさんは、ガストロとやらの部下……傭兵団の一員、ということか?」
「は、はいッ! ま、間違いありませんッ!!」
「左様か。……ならば良い」

 カイネは後頭部から手を離し、彼の耳元にそっと唇を近づける。びく、と男の肩がちいさく跳ねる。
「……女犯は大概にせぇよ」カイネが囁くと、男は慌てて首をぶんぶんと振り乱した。

「よし。行こう」
「……何かあったのか?」
「いやなに。予想以上にくだらん企みだったから腹が立ってな」
「……そ、そうかい」

 カイネはほほえみ、悠然と馬車の方向へ歩き出す。ジョッシュは急いで小走りに歩を進める。
 あとに残されたのはひとりの衛兵――否、衛兵に扮したごろつきまがいの傭兵がひとりいるばかりであった。

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