剣豪幼女と十三の呪い

きー子

二十一/事の顛末

 朝の日差し、鳥の鳴き声、柔らかな羽毛布団の感触。
 カイネはうつらうつらとしながら身を起こした。

(……ここは……)

 室内をぐるりと見渡せば、書物に埋もれた見慣れぬ光景が目に入る。それでカイネは思い出した。

(……そうだ、あやつの部屋で寝たのであったか)

 カイネはぼーっとしながら制服を吊り下げたハンガーを手に取る。
 その時、ひとりの男が隣の部屋から顔を見せた。

「おぉ、起きていたのだね、カイネ殿。どうだね、珈琲でも」
「……後でいただけるか。とりあえず、身支度を済ませたい」
「これは失礼。では私は書斎にいるよ」

 男――アーガストはそう言って書斎に戻る。
 カイネはベッドから這い出して顔を洗い、着替えを済ませ、刀を腰に差してから書斎に向かった。

「おはよう、カイネ殿。昨日は良く眠れたかね」
「あぁ、おはよう。……今ひとつだ。考えの整理が付かんのでな」
「昨日の今日だ、無理はあるまい。一夜で受け止めきれるものでもないだろう」

 一杯どうだね、とアーガストはカップになみなみ注がれた珈琲を差し出す。
 かたじけない、とカイネは両手で受け取り、そっと口元に傾けた。

「……さりとて、時間があるとも限らん。魔術学院はおれをどうする?」
「ふむ。それはどのような意味合いかね?」

 カイネは先日のユーレリアとアーガストの眼差し――畏怖を宿した視線を思い返す。
 一方、目の前のアーガストは以前となんら変わりない振る舞いだった。

「……何はどうあれ、おれが原因でことが起きたのは確かだろう。今後それが続く可能性がある、となるとただでは済まされまい」
「なるほど、危惧はもっともだ。しかし、獅子身中の虫はこの度をもって排除された。……貴殿の尽力があればこその成果だ。これ以上の責任を問うのはいかにも筋悪ではないかな?」
「おれの力……いや、素性を加味した上でもか?」

 十二使徒。現存せざる十三番目の呪い。〝偉大なる開祖マギサ〟の忘れ形見。
 カイネ自身の力量を別にしても、これらは危険視されて余りある。

「素性が明らかとなったからこそ、ですな。魔術学院の存続意義を引き合いにするまでもなく、我々にとってもカイネ殿を保護下に置くことは極めて重要だ。連中が危惧する通り、カイネ殿にかけられた呪いを解き明かすことには魔術的にも――否、〝呪術〟を解明する上で大きな意味がある」
「……そうか。ここを創立したのは、あの女だったな」
「皮肉なことだがな。もっとも、カイネ殿がそれを望まないならば無理強いはしかねるでしょうが」
「まさにそれが悩ましいところだ。……技術の独占などしておるから、おれの呪いを解ける解呪師のひとりもおらんわけだ」

 カイネは渋い顔をしながら珈琲をすする。
 魔術学院に留まり研究に協力するか、取り分け呪術には詳しそうな〝マギサ教〟との接触を試みるか。
 どちらも選択肢にはなり得るだろう――二足のわらじを履いても構わない。

「その件ではユーレリア学院長もひとつ決定を――おや?」
「来客か」

 こんこん、と扉をノックする音。
「そのようだ。少し待っていてくだされ」と、アーガストは入り口に向かう。
 次の瞬間、外側から弾けるような勢いで扉がズバァンと開かれた。

「うおおッ!? な、なんだね!?」
「おはようございます、アーガスト教授! こちらにカイネ殿がいらっしゃると聞き及び、居てもたってもいられずお邪魔いたした次第であります!!」
「……おはようございます。そのつきそいです」

 入り口にいたのはふたりの女子生徒だった。
 プラチナブロンドのポニーテールが鮮やかな少女――シャロン・アースワーズ。
 薄紫のショートヘアに死ぬほど眠たそうな細目の少女――ネレム・ネムリス。

「おはようさん。……なにをしておる、おまえさんら」
「おはようございます、カイネ殿!! ご無事で何よりであります!!」
「……いつの間にかいなくなってたから心配してたんだ。シャロンが」
「それはネレムもではありませんか!?」
「シャロンと比べれば無いようなものだよ」

 辛気臭い研究室が急にかしましさに包まれる。
 カイネは髪をがしがしと掻きながら言う。

「……そういえば挨拶をしておらなんだな、心配をかけた。相済まぬ」
「いえ、とんでもないであります! ……それより、カイネ殿はどうしてアーガスト教授の研究室に?」
「……男性ふたりで一晩ふたりきり……もちろん何もないはずもなく……」
「ネレム君。根も葉もない誤解を振りまくのではない……そうだ、君たちはカイネ殿の案内役を務めていたのだったな」

 アーガストは思い出したように言う。

「はい! ネレムともども、カイネ殿とは寝食をともにさせていただいた間柄であります!」
「それは大儀だった。今日をもってその役は解かれることになるだろうが……」
「え、どういうことでありますか? ……学院を出ていってしまうのでありますか?」

 アーガストが言いさした時、シャロンはきょとんと目を丸くしてカイネを見る。

「いや。おれは聞いておらなんだが」
「シャロン君、君はもう少し落ち着いて話を聞きたまえ。……このたびめでたくカイネ殿の部屋が用意されたのだ。とはいえ、カイネ殿が学院内に不慣れなことに変わりはない。今後も何かとよろしくお願いするよ」
「そ、そういうことでありましたか。ほっとしたであります」
「……一安心、だね」

 ネレムはちらりとカイネを見つめる。
 カイネは頷きながらもふと疑問を口にする。

「間借りせんで済むようになったのはまぁ良いが。今になってどういう風の吹き回しだ?」
「初めての時、貴殿がユーレリア学院長に希望していただろう。少し遅くなってしまったが……」
「そういえばそのようなこともあったな。……今思い返せば愉快なものだ」
「蒸し返すのはやめてくれたまえ」

 カイネはくつくつと笑みを漏らす。アーガストは露骨に嫌そうに表情をしかめる。
 あの時、カイネが衣食住の保証を求めたのは事実であった。
 住居については居候で済まされていたが……きちんと手配されていたというわけだ。

「それで、先ほど言いそびれたことだが――ユーレリア学院長は、貴殿についてひとつの決定を下された」
「……昨日の件から一日と経っておらぬのに、ずいぶん急な話だな」
「これは〝征伐〟の件から話し合われていたことでしてな。ベイリン教授の拘束によって大勢が定まった。……ユーレリア学院長、ならびに魔術学院教授の過半数は〝カイネ・ベルンハルト〟をヴィクセン王立魔術学院名誉客員教授として承認した。いずれ国王陛下の承認が正式に通達される手筈となっている」

 アーガストは大真面目な表情をして言う。
 カイネは一瞬、呆気に取られたようにぽかんと口を開けた。

「おれが? …………教授?」
「〝征伐〟の引率を務められただろう。あの時は便宜的に客員教授としての扱いになっていたようでしてな。貴殿の魔術学院への功労、ひいては国への功績が認められたということだ」
「おれに学はないぞ。だいたい、おれがやったことも自作自演のようなものではないか」
「野暮な反論は無しにしましょう。堅いことを言わず、もらえるものはもらっておけばよろしい」
「……おまえさんにそう諭されるとは思わなんだ」

 カイネは思わず苦笑い――カップの中の珈琲を一気にあおる。
 シャロンはきらきらとした眼でカイネを見つめている。

「お、おめでとうございますカイネ殿!! これで正式に先生になられたのでありますね!?」
「先に言うておくが、講義はできんぞ」
「……カイネせんせい?」
「わかっておったが似合わんことこの上ないな……」

 カイネは眉をひそめ、同時に面映ゆくも思う。
 この時代にもはや居場所などあるはずもない――そう考えていたはずが、果たして神の悪戯か。
 この時代に身を置く居場所が生まれ、そして、それを祝ってくれる若者がいた。

「……つくづくありがたい話だ。よければまたおまえさんらの知恵を貸してくれ――なにせ、おれにはわからんことが山ほどある」
「もちろんでありますとも!」
「……私も、困ったことがあったら、せんせいに相談するね」
「先生というのはよしてくれ。背中がむずがゆくなる」

 カイネは困ったように笑み、空にしたカップを机に置く。
 アーガストはそれを視線で追いながら言った。

「あくまで名誉職ですからな、講義を求められることはあるまい。が、ある程度の裁量は与えられるでしょうからな……フィールドワークや情報収集の予算は引っ張れるのではないかな」
「……縁がない話すぎて頭が痛くなるな」
「カイネ殿が抱えている問題は重大事ですからな、さほど難しくは無いはずだ」

 呪術を解き明かす、という目的は魔術学院の方針と合致するということか。
 カイネは得心したように頷き、ふと時計を見た。

「ところで、おまえさんら」
「なんでありますか?」
「朝飯を食いっぱぐれるぞ」
「……えっ!?」
「あっ――――」

 シャロンとネレムがふたりして硬直する。

「せっかくだ、カイネ殿。久方振りにご一緒されてきてはいかがか?」
「……左様か。すまぬな、茶を飲む時間も取れんで」
「なに、今さら茶飲み話もありますまい。私も講義の準備がある」
「うむ、ではな。……何くれと感謝する」

 カイネはちいさく頭を下げて礼をする。アーガストはかすかに笑って三人を送り出した。

「では行くか」
「はい、急ぐでありますよ!!」
「……カイネせんせい、アーガスト教授と仲いいの?」
「その話を引っ張るでない」

 シャロンが早歩きで先頭を行く。カイネはおもむろにネレムを引きずるように追いかけていく。
 立場こそ変われど、この日常はしばらく変わりなさそうだった。

 ***

 その翌日。
 研究棟に用意されたカイネの部屋の扉がノックされた。

「今出る、少し待て――――っと、おまえさんまだおったのか」
「いきなりずいぶんな挨拶だな……!」

 カイネは意外な来訪者に目を細める。
 入り口にいたのは茶髪の若い伊達男――ジョッシュ・イリアルテ。

「一日ばかし休んでいくと言うておったろうに」
「それはそうなんだけどよ。ちょっと事情が変わったんだ」
「ほう。それで、おれに関わりがあることか?」
「……はっきりとは言いづらいんだけどな。その、なんだ……あんたの監視役、ということになった」
「これっぽっちも向いておらんな」
「うるせえ! 俺もそう思うよ!」
「まぁ立ち話もなんだ。入るが良い」
「……あぁ、ありがとう……って、びっくりするくらい何もねぇな……!」

 カイネに手招きされてジョッシュは扉をくぐる。
 室内はジョッシュの言葉通り、最低限の家具が置かれているばかりだった。

「すまんが茶も出せん。適当に座ってくれ――で、監視役とは?」
「言葉通りの意味だよ。あんたが無茶をしでかさないか見張れ、可能な限り報告を寄越せ……だとさ」
「わざわざおまえさんがか?」
「あんたは学院を離れる時があるかもしれないが、教授さんらはそうもいかないだろ。……まぁ、俺も出過ぎた真似はしない。あんたをどうこうできるとも思えないしな」
「なるほど。おまえさんを副官か脚にでも使え、ということだな」
「……薄々そんなこったろうとは思ってたがよ……!」

 ジョッシュは椅子に座って頭を抱え込む。

(……ふびんな男よ)

 と、カイネは他人事のように思った。

「……で、泊まるところはあるのだな?」
「んなこと気にしなくていいって。衛兵宿舎を借りることになったからご心配なく」
「左様か。……おれも最初からそっちに泊まれば話が早かったか」
「衛兵とあんたを一緒にしとくわけにはいかねーだろ――だいたい、あんたの面じゃ無理がある」
「……いちいち厄介なことよ。もう済んだことではあるが」

 カイネはぐるりと部屋の中を見渡す。
 ベッド、衣装箪笥、机、いくつかの椅子。
 端的に言って寂しい光景だが、カイネの生涯を振り返ってもこれより上等な部屋に住んだ経験は皆無であった。

「ともあれジョッシュ殿。そういうことならば、今しばしよろしく頼むぞ」
「あぁ、よろしくお願いするよ。……あと、国王陛下からの伝書がある。俺は見ていないから、カイネ殿の目で確認してくれ」
「……〝二重筆〟とやらの力か。伝書がすぐに届くとは大したものよな――どれ」

 カイネはジョッシュから手渡された四つ折りの紙をおもむろに開く。
 送り元は確かに〝アルトゥール・ワレンシュタイン〟とあった。

『親愛なるカイネへ。
 前略(俺と貴様の仲だ、つまらぬ前置きは無しで行こうではないか)。
 貴様の名誉客員教授への就任を祝福する。これは非公式の伝書だが、じきに公式な承認が下されるだろう。
 さて、そこで祝いの品が必要だ。すでに学院へと荷車を向かわせている。貴様が受け取らなかった衣装セットだ、今度こそ俺からの贈り物を受けるが良い。
 ついでにギルベルトも一度はそちらに向かわせるつもりだ。是非また絵画のモデルを――』

 ――そこまで読んだところでカイネは速やかに紙を破り捨てた。

「うおおお!? いきなり何やってんだ!?」
「何もない、気にするな。あと、王都からなにか来るそうだから送り返しておいてくれ」
「俺の権限でできるわけないだろ!」
「やむを得んか……」

 カイネはちいさくため息をつき、紙切れをくずかごに捨てる。

「……うむ、では気を取り直してよろしく頼むぞ?」
「……俺は早速不安になってきたぜ……」
「おまえさん、鉱山のカナリアのようなものであろうしな」
「それを言うなよ……!」

 カイネは呵々と笑い、ジョッシュは引きつった笑みを浮かべながら握手を交わす。
 かくして、カイネは外部に出向くための貴重な交通手段を手にしたのだった。


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