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剣豪幼女と十三の呪い

きー子

十八/アルトゥール・ワレンシュタイン

「見えたぜ、カイネちゃん。王都だ」
「……うむ。何はともあれ一安心、だな」

 一夜明け、出発してから半日後。
 カイネは荷台から身を乗り出し、視界の彼方に広がる絢爛豪華な城下町を見晴らした。

 荷台にはカイネと人質の男、そして袋に入れられた一角馬の亡骸が積まれている。
 荷物が増え、一頭立てになったせいで到着は予定より少し遅れていた。

「……なんとまぁ、変わったものよ」

 ヴィクセン王国首都ロスヴァイセ。
 その町並みは二百年前の往時とは比べるべくもない。

「へぇ。前にも来たことがあるのかい?」
「……うむ。何度か、な」
「ここは前からこんなもんだぜ。綺麗なもんだ」

 跳ね橋を渡って城下町に入る。一角馬は足を緩め、道の真ん中をゆっくりと進む。

(……さて、誰に話を通すべきやら)

 カイネは縄で雁字搦めにした黒衣の男を眺めながら考える。
 今回は尋問などは行っていない。国に直接引き渡す犯罪者への越権行為は避けるべきだった。

「ジョッシュ殿。今はどこへ向かっているのだ?」
「王城に直接の送迎を、とのことだよ。そこで俺はお役御免ってわけだ」
「相分かった。……そこに使いの者がおるのだな」

 カイネは頷いてしばし待つ。
 馬車は城下町を抜け、首都の中心に位置する王城へと辿り着いた。
 ――あの日、カイネ・ベルンハルトが呪いを受けることとなった因縁の城。

「ジョッシュ・イリアルテ少尉だ! カイネ・ベルンハルト殿をお連れした! 開門願えるか!」

 ジョッシュの要請に応じて城門が開かれる。
 そして、門の向こう側に控えていたのは、ずらりと居並ぶ軍服姿の将兵であった。

「え……うお……!?」
「……む」

 ジョッシュは予想もしていなかったように気圧される。カイネはわずかに身構える。
 ジョッシュはまず馬車から降り、荷台のカイネを先導した。
 その時、ひとりの軍人が居並ぶ将兵の間を堂々と抜けて歩み寄る。

「い……ッ!?」
「どうかしたか、ジョッシュ殿」
「どうかしたかじゃない! あの方は……大将閣下だ!」
「ほう」

 ジョッシュはすかさず男に向き直って敬礼する。
 カイネはそっと馬車から降り、近づく男に堂々と対峙した。

 男は身の丈六尺180cmをゆうに上回る偉丈夫だった。
 年の頃は壮年に見え、黒々とした豊かな髭が顔の半ばを覆っている。
 彼はカイネの目の前で足を止め、そして、ゆっくりと口を開いた。

「――お初にお目にかかります、カイネ・ベルンハルト殿。わたくしはサイラス・ザイフリートと申します。この度は国王陛下の命により御身をお迎えに上がりました」

 男――サイラスはカイネに向かって折り目正しく敬礼の姿勢を取る。
 カイネはそっと敬礼を返して言った。

「手厚い歓迎に感謝いたす、サイラス大将閣下。このような身で真に恐縮ですが、それが国王陛下の御下命でありましたらおれは喜んで応じさせていただく所存であります」
「ご協力に感謝いたします、カイネ殿。それでは早速になりますが、私に付いてきていただいてもよろしいですかな?」
「おれはかまいませぬが、ひとつ。……道中よからぬ輩の襲撃に遭遇しまして、そのひとりを捕縛しておりましてな。引き取りをお願いできるであろうか?」
「は、国王陛下からその可能性を確かにうかがっておりました。こちらで優先的に然るべき対応を行わせていただきましょう」
「ゆえにずいぶん遅れてしまったことをお詫び申す。これはおれに責任のある不手際でありますので、どうかジョッシュ殿に責を問わぬでくだされればと」
「……こちらからもお伺いいたしますが、彼に失礼などはございませんでしたかな?」

 サイラスはジョッシュをちらりと一瞥する。彼の肩がびくりと跳ねる。

「いやまったく。気持ちのよい若者であったよ」
「……確かに聞き届け申した。こちらで留意させていただきましょう」

 ジョッシュは敬礼姿勢を取ったままふたりのやり取りを呆然と眺める。
 周りの将兵も困惑は同じだろう。大将閣下という雲の上の人が、まだ幼く見える少女と対等に言葉を交わしているのだから。

「ジョッシュ・イリアルテ少尉!」
「は……はッ!」
「貴官にはカイネ殿が王都に留まる間の世話役を任じる。できるな?」
「えっ――――は、はい! 喜んで務めさせて頂きます!」

 大将閣下に命じられれば拒めるはずもない。軍人とはかくも難儀であった。

「では、国王陛下の元まで案内いたします。こちらへ」
「承知した。……よろしく頼み申す」

 カイネは先を行くサイラスの後をついていく。
 ジョッシュは一瞬呆然としたあと、慌ててカイネを追いかける。

(……しかし、この扱い……国王陛下はどういうつもりか……?)

 将兵らの好奇の視線を感じつつ、カイネは思わしげに眉をひそめた。

 ***

 ロスヴァイセ城、謁見の間に通じる扉の前で待つことしばし。
 サイラスはカイネにそっと耳打ちした。

「お待たせいたしました、カイネ殿。どうかお先に」
「……おれがか?」
「は、国王陛下はそれをお望みでいらっしゃいますので。……万が一にもありえぬことと存じますが、くれぐれも失礼の無いよう何とぞよろしくお願いいたします」
「……承った。然らば、拝謁にあずからせて頂くとしよう」

 カイネは頷く。アーチ型の入り口の両脇に控えていた近衛兵がゆっくりと扉を開く。

「あのー、小官は……」
「貴官はここで待機せよ」
「は、はッ!」

 ジョッシュは慣れない状況にすっかり恐縮していた。
 カイネは彼を残し、背筋をぴんと伸ばして謁見の間に踏み入った。

 謁見の間の中心を貫くは染みひとつない赤絨毯。
 その左右には軍服を身に着けた近衛兵がずらりと並んでいる。
 カイネは彼らを意にも介さず、堂々と玉座の手前まで歩いていく。

「よくぞ来た」

 カイネが玉座の前で跪いたその時、彼はゆっくりと口を開いた。
 予想よりもずっと若々しい声。

「御厚情たまわり感謝いたす。国王陛下」
「そう堅苦しくなるな、面を上げよ。俺が許す」
「おれは本来、このような場に顔見せすることは叶わぬものと心得ておりますゆえ」
「―――俺が許す、と言ったのだ」

 有無を言わさない声だった。
 カイネは赤絨毯に手を突いたまま顔を上げる。

「すまんな、このような大勢の前で。貴様とは二人で顔を合わせたいところであったが、おれにそれは許されん」
「おたわむれを」

 近衛兵、あるいは文官と思しきものたちが目に見えてぎょっとする――声にこそ出さないが。

「いいや、全くの本心であるとも。俺は貴様を好んでいる」

 カイネは眉をひそめ、ゆっくりと彼を見上げた。
 その容貌は声と同様に若々しい。まさか二十代ということは無いだろうが、少なくともカイネにはそう見える。
 すっきりと切り揃えられた金髪、鋭い蒼眼の美青年。
 肌身には王侯貴族に相応しい垂れ袖の白服を身にまとっている。

「まずは好意の証として、貴様の功労に報いよう。貴様が欲しているであろう情報だ」
「それは、いかに?」
「貴様が捕らえた狼藉者のことだ。奴はラザロヴァ家子飼いの魔術師であった。これを魔術学院に伝達したところ、先方からベイリン・ラザロヴァの捕縛に成功したとの報告があった」
「……陛下のお心遣い、痛み入る。それこそ、まさにおれがお聞き届けしたかったことでありますので」
「結構。余計な思い悩み事を抱えられたままでは歓談を楽しむことも難しかろう」

 やはりあの男であったか、とカイネは得心しながらも疑問に思う。
 王の真意がまるでうかがえないのだ。

 ヴィクセン王国国王――アルトゥール・ワレンシュタイン。
 彼がカイネと顔を合わせる必要性は全く無いはずだ。
 今回の招待は飽くまで〝表向き〟の目的に過ぎないはずなのだから。

「では、お言葉ですが、陛下よ。おれの発言をお許しくださいましょうか」
「俺が許す。どうか遠慮してくれるな」
「では、率直にうかがわせていただきます。……おれは陛下にとって厄介物に過ぎぬであろうと自認しておりましたが、いかなる心変わりがおありで?」
「〝カイネ・ベルンハルト〟は劇物だ。その力は我が国に、我が軍に、我が治世に一切不要である」

 アルトゥールはいっそ清々しいほどに断じた。

「では、なぜ?」
「貴様の力は人の身に過ぎたものだ。人の手には御せぬものだ。貴様の功に報いることには是非もないが、貴様を重用しようなどとは断じて考えない。今後とも、一瞬たりとも、考えることは無いだろう」
「……これはまた、ずいぶんと嫌われているようで」
「勘違いをしてくれるな。俺は貴様の腕には敬意を払う。だが、その力量を邪魔に思う考えは全く矛盾せず両立しうる。理解できるか?」
「……失礼した。なにぶん、おれは剣以外に能がない男でありましたので、ご容赦を。……過分な賞賛と受け止めさせていただく」
「その通りだ、カイネ・ベルンハルト。俺は貴様に敬意を表し、その腕に賞賛を送ろう。だが、俺は貴様を歴史上かつて存在していた〝カイネ・ベルンハルト〟という男とは見なしていない」
「……それはどういう意味か?」

 カイネはそっと彼を見上げる。
 アルトゥールは口元に微笑をたたえ、カイネを見下ろして言った。

「俺は貴様の顔が好きだ」

 ぶはっ、と何人かの近習がなにかを噴いた。
 カイネはぽかん、と惚けたような顔で目を丸くする。

「俺が貴様の顔を見たのは今日が初めてではない。ギルベルトという男を知っているか?」
「……記憶にありますな。おれの制服を仕立てたのもその男であったかと」
「そうだ。俺はあの男がしたためた一枚の絵画を見た。……俺は一目で虜になった! なんと美しい娘なのだ、と! 俺はあの男を問いただした。この娘は何者か、魔術学院のものか、と。あの男の口は堅かったが、無理やり吐かせた」
「絵画はあくまで絵画ではありませぬか。うつつとは異なる」
「その通りだ。こうして目にかかるのは絵画などとは比べるべくも無いだろう!」

〝おい誰かこの王を早く止めろ〟という言葉が誰しもの顔に浮かぶ。
 しかしそれを口にできるものは誰もいなかった。

「カイネ・ベルンハルト――かの〝刀神〟と同じ名を持ち、その剣腕を引き継ぎし娘よ! 願わくばこの俺と契りを結――」
「お、お待ちくだされ王!! いくらなんでもそれ以上は」
「黙っていろ宰相!! 今この一時こそは俺にとって最も大事な瞬間なのだ!!」
(……なんと不憫な男か)

 正論が絶対的権力にねじ伏せられる光景は圧巻の一言。カイネは壮年の宰相に賞賛を送りたかった。

「……見苦しいところを見せた、カイネよ。すぐになどとは言わぬ、俺は寛大だ。考える時間を」
「お言葉になるが、陛下よ」
「なんだ?」
「おれはカイネ・ベルンハルトであって……つまり、男です」
「だが、今はそうではない」

 アルトゥールは断固として言う。
 つまり、これは……〝カイネ・ベルンハルト〟としての同一性は認めているが、あえてそれを無視しての求婚というわけだ。

(余計狂っておるぞ)

 以前から聞いていた前評判はなんだったのか。
 まつりごとの才能と人間性は比例しないというが、これはいささか度が過ぎている。

「……理解は及びました、陛下よ」
「おお、そうか! では――」
「その上で、お断りいたす」

 カイネは率直に言い放つ。
 アルトゥールは一瞬硬直し、そして、この世の終わりがごとき表情を見せた。

「……そ、そうか」
「はい」
「……どうしても考え直す気はないか?」
「ありませぬ」
「……しからば、やむを得まい。貴様の部屋を用意させよう。短い旅ではあったが疲れただろう。今日一日はゆっくりと身を休めるが良い」

 アルトゥールはそこまでなんとか言い切ってよろよろと立ち上がる。彼は宰相に肩を支えられながら退室した。

(存外あっさり引き下がりおったな。……いったい、これはなんだったのだ)

 カイネは説明を求めるように視線をさまよわせるが、あいにく、王の心を理解できるものはこの場にひとりもいなかった。

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