剣豪幼女と十三の呪い

きー子

十/喫緊

 一行は一日がかりで馬を走らせ、目的地付近の村で一泊した。
 村の周囲には未開の森がほとんど手付かずのまま残っている。カイネはその光景を少し懐かしく思った。

 翌朝、魔獣が生息するという森へ向かう。
 馬では分け入ることも難しいような鬱蒼とした森林。
 太陽の光はかろうじて届くのがせめてもの救いだろう。

「それでは、一班から順番に……時間差で、五分ごとに探索を開始することといたしましょう」

 この森に集合した班は三つ。
 カイネが引率する班は第三班ということになった。
 つまり一番最後である。

 アニエスの提案通り、一班、二班と順番に森の中へ踏み入る。
 森の口に残されたのはカイネを引率役とする四人のみ。

「……では、おまえさんらが前に出よ。おれは監督役に過ぎんからな」
「ウッス。オレのパネェところもちょっくらお見せしちゃいますわ」
「了解であります!」
「うん。問題無いよ」

 カイネは一番後ろに回り、三人のあとをついていく。
 前衛を務めるはギャレオ。シャロンとネレムが後衛に控えるという隊形だ。

「一応の確認だが、基本的にノルマは課せられていないのだな?」
「その通りだよ。戦利品が多ければそれだけプラス評価になるけれど、戦って、無事に生きて帰ることが最優先。部隊の状態を見極め、折良く引き上げを決断することも評価に勘案されると思う」
「……なるほど。では、おれがきちんと見届けねばなるまいな」
「改めてそう言われると緊張するでありますな……」
「いつも通りにやりゃいいジャン? ――っつーわけでネレムさん、バッチリ指示お願いしますわ」
「うん」

 ネレムが頷くと、腕の中にいた白い魔獣は彼女の肩に飛び乗った。
 うさぎのなりそこないのような魔獣――ラッピーは長い耳をぴんと突き立てる。

「さぐりだせ。〝幽体感知網〟」

 これといって目に見える変化は起こらない。
 ネレムはただ指先で進むべき方向を指し示した。

「あっちに三匹。魔力量からおそらくダイアウルフと推測」
「うっす」
「了解であります!」

 と、三人は揃って行動を開始する。
 カイネはほう、と感心しつつその後をついていく。

「目視確認。ダイアウルフ三匹」

 探知結果は極めて正確だった。
 体高にして五尺150cmはありそうな大型の狼三匹が木々の合間に息を潜めている。
 肌は赤黒く、むき出しの鋭い牙と充血した目が特徴的だ。

「では、頼むでありますよ」
「オッス引きつけるぜ! 〝陰影幻燈〟ッ!」

 ギャレオは服の袖から杖を抜き、魔術を発した。
 彼本体と寸毫変わらない姿の影絵が空間に投影される。
 影絵もまた動き続けている。彼自身の意志で動かせるようだ。

(分身、というものか。囮には最適、だが……)

 ダイアウルフはギャレオの存在に気づき、そして戸惑いがちに鼻を鳴らした。

 瞬間、三匹は同時にギャレオ本体の方に向き直る。
 臭いまでは誤魔化せないということらしい。

「おっ気づいたか? っしゃ来い!」

 グルルルル、と凶暴そうな唸り声を上げて飛びかかる一匹のダイアウルフ。
 その瞬発力は通常の狼よりもさらに疾い。

「――――〝眩光フラッシュ〟ッ!!」

 まさに牙が突き立てられようとしたその時、ギャレオを中心に凄まじく明るい光が放出される。
 至近距離から光を浴びたダイアウルフは堪らず動きを止める。

「危ないから避けるでありますよッ! ――撃ち放て〝百槍流〟ッ!!」

 シャロンは杖の柄尻で地面を叩く。
 瞬間、地中から立ち昇るように十数はあろうかという槍が具現し、矛先がダイアウルフに狙いをつけた。
 射出。
 無数の槍は上下左右からダイアウルフに襲いかかり、その強靭な皮膚を串刺しにした。

「ギャウゥ……」
「うお、あっぶねーぶねー」

 ギャレオはあっさりと攻撃範囲から逃れている。
 今の一斉掃射は二匹のダイアウルフを仕留めたようだ。
 外れた槍は地面に突き立ち、魔獣の逃亡を防ぐ柵と化している。

(先ほどの分身の意味は……なるほど、わざと本物と気づかせることで他のふたりに目が行かぬようにしたわけだ。そして遠隔攻撃……〝筒〟で良かろうと思ったが、陣地構築にも使えると)

 残るは一匹。
 その時、ネレムはポケットから指先大の小瓶を取り出した。

「行って、エリー」

 ネレムが蓋を開けた瞬間、中から真紅色の粘着質な液体が溢れ出す。
 液体とも固体ともつかないジェル状のそれは地を滑るように動き、槍に足止めされたダイアウルフの足元に絡みついた。

「ギャウッ!?」
「とどめ。お願い」
「おなシャース!」
「了解であります!」

 ダイアウルフはそのまま微動だにしない。否、赤いジェルに足元を固められてしまっているのだ。
 再びシャロンが槍を射出すると、ダイアウルフは為す術もなく絶命した。

「……反応消失を確認。周囲に新手はなし」
「ハイおつかれ。調子良さそうジャン?」
「はい、問題無しです。……カイネ殿、いかがでありましたか!?」

 きらきらと瞳を輝かせて振り返るシャロン。

「いや、見事であるな。多芸なものだ――ネレムのそれはなんだ。はじめて見たが」
「これは……エリーっていうの」
「皆目わからん」
「〝エリクシル・レプリカ〟でありますな。ネレムの適性は魔獣使でありますから、粘菌族の魔獣のようなものであります」
「……なるほど。形状や性質を自在に変える粘菌、とでもいったところか」

 ネレムが手招きすると、赤いジェル――エリーは再び小瓶の中に収まる。
 カイネが見た限りは質量も変化しているようだった。

「ウッス。回収早いとこ済ませんべ」

 その時、ギャレオはダイアウルフの屍にナイフを突き立てていた。
 槍が貫いた穴から毛皮に切れ目を入れ、手早く皮下を切り開いた。

「……あれはなにをやっておる?」
「幽体結晶の回収でありますよ! ネレムも行くであります」
「うん」

 三人はダイアウルフの体内から、手のひらに収まるほどの鈍く輝く鉱石を取り上げた。
 カイネは思わず目を眇める。

「……驚いた。こやつら、そんなものを持っておったのだな」
「およそ全ての魔獣は、体内に結晶を精製するそうであります。体内魔力を持て余してるせいだとか」
「なにかに使えるのか?」
「ううん。なんにも」
「研究対象ではあるらしいッスけどね」
「加工もできないようでありますから……魔力に戻すわけにもいきませぬし」
「つまり、首級しるしのようなものか」

 これを集めた数が評価に直結する、というわけだ。
 三人は戦闘後の処理を終え、次の標的を探索し始める。

 ***

 ネレムが探知した魔獣をギャレオが引きつけ、シャロンが攻撃。
 その間、ネレムは自らの魔獣を使役してふたりを支援する。
 三人の連携はおよそ完璧に機能していた。

「――――穿て〝流星衝〟ッ!」

 シャロンが地表から生み出した一本の槍を射出。
 矛先は狙い過たず射線上の魔獣を射抜いてみせた。

 ガノ・ベナード。
 超大型の鹿とでも言うべき体高十尺ほどの魔獣。

「ッシャア! めっちゃ調子いいジャン!? どうッスか師匠!?」
「大したものだな。……おれには魔術はわからんが、こと戦闘においてはよいチームだ」
「光栄であります!!」
「おまえさんがなぜ剣を学びたがっておったかはようわからんが」

 カイネはシャロンを一瞥。
 シャロンは結晶の回収に取り掛かりながら言う。

「憧れ、というのもありますが……私の魔術は、室内での戦闘に向いていないのであります。どうにも壊しすぎるようで……」
「……おまえさんの力の強みは、地形を作り変えられることだ。この槍は柵にもなる。であらば、屋内戦ではむしろ強みにもなろう?」
「そ……それは、確かにその通りでありますが」
「時と場合を選べば、多少の損壊も必要経費だろう。無いものに拘泥する理由はない――おまえさん自身の業を磨けばそれでよい」
「……お褒めにあずかり感謝であります!」
「建物を壊しちゃうのはどうにもならないってことだよね」
「それは言わないでほしいのであります……」

 カイネは結晶を回収する三人を見守る。
 朝からの戦闘はすでに十五回ほど。討伐した魔獣は五十匹近くにも及ぶ。
 巨大な鹿――ガノ・ベナードから取り上げられた結晶は一回りも大きかった。

 一通りの作業を見届け、カイネはネレムに問いかけた。

「まだ行くつもりか?」
「……ふたりは、どう?」
「オレはヨユーッスわ。シャロンさんは消費が結構シビアっしょ?」
「私は大丈夫であります。魔力量には自信がありますから!」
「……なら、もう少し行こう。何かあったら引き返す、ってことでいいと――――」

 思う、とネレムが言いかけた瞬間。
 彼女は糸のように細い目を真ん丸に見開く。

「どうしたでありますか?」
「……今までに感じたことがないくらい大きな反応。これは……近づいたら、だめ」
「……ハ? えっ……マジ?」

 ネレム、そして肩の上のラッピーが戦慄のあまりに震え上がる。
 これはただごとではない、とカイネは感じた。

「すまぬ、ちとおれの後ろに付いて来てくれるか。万が一のことがあってはいかん」
「わか……ぅ、わかった」
「了解であります!」
「……ウッス」

 近づけるべきではない、とも考えたが別行動も安全とはいえない。
 カイネは早足で先頭を歩き出す。三人がその後をついていく。

 道中、カイネは不可解なものを発見した。
 森の脇道にひとり倒れ伏している人影。

「おい、おまえさん――」

 と、駆け寄りながら声をかけたところでカイネは気づく。
 やけに見覚えのある背中。

「何があった、アニエス殿!」

 カイネは彼女の細腕を掴んで脈を取る。
 脈拍は弱いが生きていた。
 仰向けにさせれば胸元から腹部にかけての刺し傷、切り傷がひどい。
 アニエスは不意に薄目を開けてカイネを見た。

「……カイネ、さん……?」
「そうだ、おれだ。なにがあった。生徒は?」
「……私が、食い止めているうちに……逃げるように、と……」
「どっちだ!」

 アニエスがゆっくりと指先を掲げる。
 その先は、奇しくもネレムが示した方角と同じであった。

「なんだ。なにに襲われた!」
「あれは……あれ、は……」

 むし、と。
 その一言を残してアニエスは意識を落とした。
 再び脈を測る。反応は危ういが、生きている。

「シャロン、ギャレオ、アニエス殿の護衛を頼む。このまま魔獣にでも見つかったら食われて死ぬ」
「了解であります!!」
「牙の痕……毒にやられてるみてーッスね」
「手当てはできるか?」
「解毒薬を試してみるッス。生きてる、っつーコトはそんなに強い毒じゃないと思うんスけど」
「なれば頼む。……すまんが、ネレムはおれと来てくれるか」

 カイネが言うとネレムは無言で、しかしはっきりと頷いた。

「ネレム……こんなことを言う状況ではありませんが、実のところ、羨ましい限りであります」
「かわって」
「私はカイネ殿に課せられた大切な役目がありますゆえ」

 顔色ひとつ変えず大真面目に言えるのだから大したもの。

「では、行くぞ」
「……ぅ、ん」

 カイネはひとりの少女を連れ、ちいさな体躯を翻して駆け出した。

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