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剣豪幼女と十三の呪い

きー子

五/因縁

「……うっす」
「チョリーッス。何やってたんだよ、バリ遅かったジャン?」
「顔が腫れているようだが」
「うっせ、ほっとけ」

 カイネ、シャロン、ネレムの夕食時とほぼ同時刻。
 食堂の一角に三人の男子生徒が固まっていた。
 三人のうちひとりはグラット。カイネに一杯食わされた17才の赤毛の少年である。

「ではいただきます。……もしかしてだが、先ほどの騒ぎはおまえじゃないだろうな?」

 灰青色の髪に黒縁眼鏡の生真面目そうな少年――ソーマが問う。

「あ? えー……あー……」
「えっもしかしてマジ? マジだったとか? マジパネーション」
「ただでさえむかつくのにおまえの喋り方くっそ腹立つわ……」

 軽薄な口調の少年の名はギャレオ。逆立てられた金髪があまりにも奇抜な風貌だった。

「したっけオレ商人上がりだもんよ。お貴族様とか騎士様とはちげーんだって、おわかり?」
「わーってるよ、それは」
「で、今度は何をやらかしたんだ?」
「ほら、言ってただろ。カイネ・ベルンハルトの話」
「……根も葉もない噂だろう、馬鹿馬鹿しい。百年以上も前に死んだ男がいるわけがない」

 ソーマが断言すると、グラットは不意に黙りこくる。

「どしたん。取りあえず何があったか言ってみりゃいージャン?」
「…………刀を持ったガキに手玉に取られた」
「クッッソウケる。一言目から全然意味わかんねーけど? 刀とかアブなすぎじゃね?」
「剣を抜いたわけじゃねえけど……俺だってわけわかんねえんだって! なに刀なんか持ってんだって、ちょっと取ろうとしたらいつの間にか転んでてさ。女のくせに話し方は爺さんみてーだし……しかも、目付きがすっげえこええんだよ……」
「いや全然わかんねえわ……ドンマイドンマイ。あれだべ、床の油とか踏んだんじゃね? 偶然だって偶然、な? ソーマもそう思うッショ?」

 ギャレオはグラットの肩をぽんぽんと叩き、適当に慰めながらソーマに話を振る。
 その時、異変に気づいた。ソーマは食事の手を止め、じっと机を睨みつけるように俯いていたのである。

「どしたん、ソーマっち。そんなマジなカオしちゃって――」
「グラット、そいつのことを詳しく教えてくれ!!」
「ぐええッ!?」

 ソーマは急に身を乗り出してグラットの襟を掴む。
 首が締まったのか、グラットは素っ頓狂な悲鳴を上げた。

「ちょちょちょ、ソーマっち!? どうしちゃったんよ急に!?」
「グラット、教えてくれ! そいつはどんなやつだった!?」
「わか、わかった、話す、話すからッ首を緩め――うぐえええッ!!」

 ――かくして、カイネの与り知らぬところでその存在は広まっていく。
 カイネ自身が望むと望まざるとにかかわらず。

 ***

(……うむ。これはよいな)

 翌朝。
 寮室のソファで一夜を明かしたカイネは朝食後、水浴びができそうな場所を探して学院内をほっつき歩いていた。
 一時間ほどの散策の末、学院の敷地を横切るように一本の川が流れているのを発見する。流れは緩やかで、周囲に人の気配もない。

(ちと冷たいか)

 カイネは靴を脱ぎ、白い足先を川面にひたす。
 春先の水の感触が肌に心地よい。

(……ま、これくらいがちょうど良いだろう)

 感覚が鈍い老体とは勝手が違うのだ。
 カイネは刀を置き、黒ローブをすぽんと脱ぎ捨てる。一糸まとわぬ無垢な裸身が春の陽光のもとあらわになる。
 カイネは一枚のタオルだけを手にちいさな身体を川面にひたしていく。

「……っ、ふぅぅぅ……」

 思わず年寄りくさい声が漏れる。
 されど声色は透き通ったような少女のそれ。

 川の水のせせらぎ、暖かな朝日、穏やかな風。
 自然の恵みばかりは二〇〇年前と代わり映えがない。
 変わったものがあり、そして変わらないものもある。
 カイネはおもむろに鼻歌など歌いながら肌をこすり、垢を落とし、ちいさな身体の隅から隅まで清めていき――

「……誰だ? そこにおるのは」

 と、不意にカイネは振り返って遠くを見た。
 少女の視線の先には木陰と緑の茂みが広がっている。

「こんな場所まで、おれを相手に覗きもなかろう。わざわざ従けてきた用向きはなんだ、言うてみよ」
「気づかれていたか。……その、まさか、水浴びをするつもりとは思ってもみなかった。また出直させてもらう」

 木陰の向こうから声がした。
 若い男の声。
 カイネは呵々と笑ってみせる。

「かまわんよ、おれは気にせん。時間もある――学生の本分をおろそかにするのは、ちと感心せんがな」
「余計なお世話だ」
「おまえさんがここに通っているのも親御殿の勧めであろう?」
「その通りだ。……だが、それ以上に優先しなければならない理由もある」

 彼はそう言ってカイネの目の前に姿を表す。
 身の丈は五尺七寸171cmといったところ。
 短く切られた灰青色の髪と黒縁眼鏡が生真面目そうな印象をもたらす。

「おまえが、カイネ・ベルンハルトに相違無いか?」
「違いないとも。おまえさんが信じられればの話になるがな」
「話はしかと聞いている。後は俺自身で試してみればわかることだ!」
「……おまえさん、名は?」

 カイネは濡れた銀髪にタオルを押し当てながら問う。
 知らぬところでいつの間にか恨みを買っていた、という経験は決して少なくないからだ。

「ソーマ。ソーマ・ルヴィング! 覚えているかッ!」
「……ふぅむ」
「その微妙な反応はなんだ!?」
「いや待て。いま思い出す」

 隠居したカイネに戦いを挑んできたものもまた数多い。
 晩年だけでも軽く十数人は斬り捨てている。すぐに思い出すのは至難の業だった。

「……わ、忘れたとは言わせないぞ!!」
「いや待て、ちょうど今思い出せそうな……あー……アルヴァ・ルヴィングか? あやつの子孫か?」
「ちょっと自信無さそうにするな……!!」
「ボケかけた頭に無茶を言うな」

〝聖騎士〟アルヴァ・ルヴィング。
 正統な騎士の生まれであり、元々はカイネと同じヴィクセン王国軍の所属だった。

 彼と対峙したのは両者の退役後。
 ヴィクセン王国の両雄として語られたふたりの決闘はカイネの勝利にて終わった。
 この一戦こそは〝刀神〟カイネ・ベルンハルトの武名を決定付けた――という歴史的経緯をカイネは寡聞にして知らない。

「――とにかく、貴殿がカイネ・ベルンハルトに間違いないようだな! 祖先の仇とお見受けし、俺は貴殿に決闘を挑む!!」
「やめておけ」
「逃げる気か!?」
「小娘の肌も直視できんような青二才を斬れるか」
「おまえが服を着ろ!!」

 ソーマは焦点が合わない視線をカイネに向ける。
 叫び声を上げる彼の顔は少し赤くなっていた。

「今着たら濡れるであろうが」

 カイネは濡れ髪をくしゃくしゃと拭き、よじよじと水べりに上がる。
 ――まぶしい裸身を隠そうともしないまま。

「おまえに羞恥心というものは無いのか!?」
姿形なりはどうであろうがおれなのでな。女人のはじらいを求められても困る」
「なんと厄介な……!」
「だが、まぁ、別にこのままでも良いだろう」
「……は?」

 カイネは裸のまま水辺を歩き回り、適当に丈夫そうな木の枝を拾い上げた。
 枝をひゅんひゅんと軽く振り、改めてソーマと対峙する。

「よし来い。相手をしてやる」
「ふざけているのか!?」
「あたら若い命を散らしたくは無いのでな」
「……どこまで舐めているんだ」
「舐めているのはおまえさんだろう。……それとも、おまえさんは自らの爺様よりも強いと言い切れるか?」
「――――ぐ」

 ソーマは歯を食いしばり、瞳を細めた。一度深呼吸をして、カイネをじっと見据える。

「敵うとは、思っていない。だが、我が家名は延々おまえと比較され、貶められ続けてきた。その元凶が、目と鼻の先にいるんだ。黙って見ていられるものか!」
「呵々。なら、最初からそうと言え」
「……本気でやってくれるのだな!」
「いややらんが」
「なんでだよ!!」
「これで充分だからだ。御託は良いからはよう来い」

 カイネは軽く頭を振って髪の水気を払う。
 ソーマは制服の裏地から短杖を抜き、宣言した。

「なら、行かせてもらう。――いでよ〝幽体刃〟ッ!」

 瞬間、短杖から飛び出すように具現する極薄の刃。
 その薄さたるや向こう側の景色が透けて見えるほど。

(……剣術か?)

 過去のものとは似ても似つかないが、それは確かに刃であった。
 わずかな面映さが心の中にこみ上げる。
 しかしカイネが一見した限り、〝筒〟ほどの利便性や有効性は認められなかった。

「ゆくぞ――〝瞬歩〟ッ!!」

 瞬間、ソーマの姿が視界から掻き消える。
 素肌に感じるかすかな空気の揺らぎ。
 カイネは一歩軸をずらし、木の枝を下段に払い抜いた。

「――――ッ!?」

 ずしゃっ。
 ソーマは高速移動中の脚を刈られ、茂みに頭から突入した。

「一本、だな」

 木の枝がソーマの頭をこつんと小突く。
 彼はそのまましばし動かなかった。

「……な、なにを……?」
「避けて、脚を払った」
「ど、どうやって……!」
「大気のゆらぎ。土のおと。あまねく感覚を頼りにすれば、人の動きは読みやすい。それが直線的であればなおさらにな」
「……馬鹿げている」

 カイネは木の枝を頭の上からどかす。ソーマは落っこちた眼鏡をかけなおして立ち上がった。

「……カイネ、もう一度だ! もう一度俺と勝負しろ!!」
「なかなか威勢がよいな」
「こんな体たらくでは父祖に申し訳が立たんだろうがッ!! あと服を着ろッ!!」
「わかったわかった。好きなだけかかってくるが良い」

 カイネは適当に聞き流しつつも少し上機嫌だった。
 剣術というものが完全に絶えてはいないと知れたからだ。

「余裕でいられるのも今のうちだッ!! 〝天翔〟――――ぎゃああッッ!?」

 もっとも、ソーマが面倒事の種であることに変わりはない。
 手加減はするとして――仕置きに手を抜くつもりは微塵もなかった。

 ***

「さて、これで何度目だ?」
「……二十戦……二十敗目……」
「存外に律儀なやつだな……」

 ソーマが立ち上がるたびにぶっ叩き、また立ち上がれば転ばせて――
 そうこうしているうちに、太陽はいつの間にか南中に達していた。

「うむ、よい具合に肌も乾いたな」

 カイネはぽいと木の枝を捨ててローブを着込む。腰をひもで締め付け、刀もきちんと結んでおく。

「……どうしてだ、カイネ。おまえは、どうしてそんな身体で……」
「じじいも子どももさして変わらんだろう」
「……あ」
「元の身体はガタが来ておったし、この身体はちと軽すぎる。……結果的にはトントンか」

 一日過ごして分かったが、骨格が完成していない、というのは小さくない欠点だった。
 カイネは瞳を眇めてソーマを見下ろす。

「まぁ、おれにとっても益のない勝負ではなかった。……が、あまり闇雲に喧嘩を吹っかけるでないぞ?」
「……どういうことだ?」
「剣術が残っておるとわかったからな」

 剣術、と呼ぶにはあまりにも邪道ではあるが。
 ソーマの剣術はつまるところ、魔術によって身体能力を拡張することで汎用性を高めたものだろう。
 的の小さな歩兵でありながら騎兵のように戦場を掻き乱せる、と言えばその有用性はわかりやすい。

「ではな」
「待てッ――いや、待ってくれ、カイネ殿!」
「……なんだ」

 ひらひら、と手を振って歩き出したところに呼び止める声。
 カイネが振り返れば、そこには深く頭を下げるソーマの姿があった。

「俺に……俺に剣を教えてくれないか!!」
「弟子はとらん」

 カイネはとりつくしまもなかった。
 再び背を向けて歩き出す。

「確かに虫のいい申し出とはわかっている! だが……」
「否。たとえ相手が誰であろうと、おれは弟子を取るつもりはない」
「……そう、か」

 そもそも、ソーマの剣術の方向性はカイネと正反対である。まともに指導できるはずがない。

「……腕試しがしたければ夕刻にこの辺りを探すが良い。元より日課の型稽古でもするつもりであったからな。その代わりだ」
「で、では!」
「進歩がなければこいつで背の薄皮を一枚削いでやろう」

 カイネは手のひらで刀の柄を軽く叩く。
 ソーマは口元に引きつった笑みを浮かべた。

「……わ、わかった」
「よし。それではな」

 確実な機会があるならば無闇に勝負を吹っ掛けられることもあるまい。
 カイネはその場にソーマを残して飄々と歩み去った。

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