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剣豪幼女と十三の呪い

きー子

四/一悶着

 学び舎を出て歩くこと数分。
 案内されている建物が女子宿舎とは皆目知らぬまま、カイネはシャロンとともに足を止めた。

「こちらであります、カイネ殿!」

 と、カイネは言われるがままシャロンの後をついていく。
 カイネはここでようやく違和感を覚えた――部屋の左右にベッドがひとつずつあったからだ。

「相部屋なのだな」
「はい! 私ともうひとりの部屋であります!」
「……うむ……?」

 カイネは小首をかしげて左右を見る。
 突っ込みどころが多すぎて何から言えばいいのかわからない。

「……まず、相部屋であることはよしとしよう……」
「申し訳ないことに空き個室が無いのだそうであります」
「それはいい。そんな贅沢を言うつもりはないが……」

 カイネは晩年、人里離れた山奥の掘っ立て小屋で暮らしていた男である。
 居住空間への文句などあろうはずもない、のだが。

「女子寮の世話になるのはおかしかろうが……?」
「カイネ殿も今や立派な女子でありますよ!」
「女子の皮をかぶらされておるだけだ……ちくと嫌とか思わんか……?」
「カイネ殿は生涯未婚だったのでありましょう? かくも禁欲的な御仁を疑ることなど何もないでありますよ!」
「そんなことだけは正確に書いておるのだな……!?」

 もっとも、カイネも若い時分から禁欲的だったわけではない。
 戦場に身を置いていたために所帯を持たなかっただけである。

「……それにこの部屋、おまえさんだけのものではなかろう?」
「はい!」
「はいじゃないが」
「大丈夫であります。ネレムはそういう細かいことは気にしませんから!」

 シャロンは堂々と胸を張り、右のベッド脇に歩み寄る。
 布団の一部分が不自然にこんもりと盛り上がっていた。
 彼女は布団を掴み、無理矢理にひっぺがした。

「起きるでありますよ、ネレム! もうそろそろ夕食の時間であります!!」
「…………んぅ」

 布団にこもっていたのはシャロンと同年代の小柄な少女であった。
 透き通るような薄紫色のショートヘア、糸くずのように細い垂れ目。
 格好は女子制服そのままであり、腕の中にぬいぐるみのような白いもこもこを抱いている。

「……のんきなものだな」
「ネレムは一日の半分以上は寝ているのであります。終業後も一寝入りするのが日課でありますなー」
「魔術師というのはそれでやっていけるのか……?」
「私なら絶対に無理ですが、ネレムは優秀でありますからな。嗜眠癖も玉に瑕、程度のことでありましょう」
「zzz…………」

 シャロンが紹介する間も少女は依然として眠り続けていた。
 シャロンはネレムの頬をぺちぺちと叩き、頭ごとカイネの方に向き直らせる。

「ネレム、こちらカイネ殿であります。本日からゆえあって御同室することになったであります」
「……んぅ」
「カイネ殿! ネレムは問題ないとのことであります!」
「いやよいのか……?」

 少女――ネレムは薄目を開けてカイネを一瞥。こくん、と頷くなりまた瞼を閉じてしまう。
 シャロンはネレムに布団をかけなおし、カイネに向き直った。

「これで問題はないでありますな!」
「ベッドはふたつしかないようだが」
「……それがどうかしたでありますか?」
「どうかしたでありますかではない」
「カイネ殿の身体はちいさいでありますから。私と同衾なさればよろしいでしょう!」

 臆面もなく満面の笑みを見せるシャロン。
 カイネはふむ、と頷いて部屋中をぐるりと見渡した。

「ちょうどよいソファがあるな」
「避けられているでありますか!?」
「おまえは人と人との間合いが近すぎる」
「いやしかし……ではお風呂とかはどうするのでありますか?」
「風呂があるのか」
「大浴場でありますな。入浴時間が決められているので、まとめて入れられることになります」

 カイネは神妙に目を眇める。

「ここに来るまでの道に噴水があったな」
「ありますな」
「おれはそこでいい」
「そんなにいやでありますか!?」
「おれの中身はじじいだぞ」
「私のお爺様よりは若く見えますな!」
「……若く見えるならばそれはそれでよろしくなかろうが……まあ良い」

 仮に他の生徒が気にせぬとて、覗きじみた真似をするのはごめんである。
 人気のない時間に潜り込めるならばそれが最良だった。

「……ともあれ、感謝する。ご厚意に甘えて屋根を借りさせてもらうとしよう」
「そう遠慮なされずとも……と、そろそろ良い時間でありますな」

 シャロンが不意に掌を打つ。と、ネレムが布団の中から這い出し、ごろんと床に転がり落ちた。
 ネレムはごちん、としたたかに頭を打つ。白いぬいぐるみのようなものが彼女の腕の中から飛び出す。
 カイネは思わず目を見張った。

「……生き物であったか」
「あっ、これはネレムの魔獣でありますよ」
「全く魔獣に見えんが」
「名前はラッピーであります」
「どうでもいい情報ばかりを増やすでない」

 カイネはその物体――ラッピーを観察する。
 白くて丸い。表面は毛皮でもこもことしており、耳はうさぎのように尖っている。
 胴体も手足もなく、見かけはまるでまんじゅうのようだった。

「……内臓はどこにあるのだ?」
「考えたこともなかったでありますなぁ」

 ふたりして首をひねる。ネレムは魔獣の頭を軽く撫で、ふらふらと立ち上がった。

「……おはよ、シャロン……と、カイネさん」
「聞いておったのだな」
「……うん。よろしく」
「……そ、それだけか?」

 ほかに何かある? と言わんばかりに首を傾げるネレム。
 彼女の手の中でラッピーがむきゅうと奇怪な鳴き声をあげる。

「……いや、かまわんならよい。居候になるが、しばしよろしく頼む」
「言ったでありましょう? 細かいことは気にしない、と!」
「あぁ。おれも細かなことに拘泥するのがどうでもよくなってきたとも」
「それはよいことでありますな! 早く馴染めそうです!」

 全く近ごろの若いものは――などと死んでも口にするつもりは無かったが。
 時代の違いとはかくも大きなものか、とカイネは思わず天を仰いだ。

 ***

「というわけで、ここが食堂であります!」
「……でかいな」

 シャロンとネレムのふたりに連れられて大広間に踏み入るカイネ。
 食堂内はすでに大勢の生徒たちがひしめいていた。

「時間が決まっているのか」
「決められた時間内では自由、でありますな。取り分けも自由でありますし」
「……案外にものが多いのだな」

 カイネは物資が豊富な拠点に駐留していた時のことを思い出す。
 軍も学校も人が集まるという点では同じだな、と勝手に納得。

「この学院があるのは肥沃な中央高原地帯と辺境の狭間。周辺の村との交易関係があるから、物資に事欠く心配はないよ。要するには、この学院がちょっとした都市の役割を果たしているわけだね」
「……その説明必要だったでありますか?」
「精神的な安定には必要な情報と考えるよ」
「いや、うむ、そこまで細かくは良いが……ありがたい」

 ネレムは優秀、というシャロンの言に偽りはないようだった。

「交易……と、いうからにはなにかを輸出しているのか」
「近隣の治安維持だよ。森林地帯は魔獣の住処になりやすいから、私たちがそいつらを片付ける。学院側としては『実習』、つまり学院生の訓練にもなる……持ちつ持たれつということだね」
「……ずいぶん危なっかしいことをするものだな」
「数人がかりでありますから! 教授方の付き添いもありますから、特に心配することも無いであります」

 あっけらかんと言い放つシャロン。そんなものなのか、とカイネは思う。

「……そうか、ともあれ案内感謝する。まと後でよろしく頼む」

 と、カイネは空っぽのトレイを片手にひとり歩き出す。
 瞬間、にわかに後ろに引っ張られる感覚があった。

「どこに行くつもりでありますか!?」
「服を引っ張るな」
「も、申し訳ないであります。ですが……」
「飯に決まっているだろう」

 なんだかんだでカイネはすっかり空腹だった。
 成長は止まっている割に腹は減るというのだから妙な話である。

「わざわざひとりで食べることもないでありましょう」
「……そういうものか」
「カイネさんにはどういうものだったの?」
「かれこれ四十年は独り暮らしだったものでなぁ」
「その前はどうしていたのでありますか?」
「軍にいたが……」

 カイネはそのころどうだったかを思い返し、言った。

「部下がいる場所は避けていた。おれが同席していたら気が休まらんだろう」
「カイネ殿は人嫌いでありますか……?」
「そのようなつもりはないのだが」
「……なら別にいいと思う。私たちは気にしない」
「そう言われるのも複雑ではあるがな……」

 中身はどうあれ、今のカイネの外見は女児である。
 しかも控えめに言って端正な姿の美少女だ。
 据わった目付きと腰の得物は物騒だが、それさえ除けば深窓の令嬢と言い表しても過言ではないだろう。

「……なれば、失敬してご相伴に与るとしよう」
「初めからそのつもりでありましたとも!」
「先に私からひとつ言わせてもらうと、葉物は干し肉と合わせたほうがいい。塩をけちっているからね」

 各自和気あいあいとトレイの空白を埋める作業に注力する。
 かくも賑々しく穏やかな時間は老境のカイネにとって珍しいものだった――が。

「おい。二回生のシャロンか」
「私でありますか?」

 ひとりの男子生徒がシャロンに声をかける。
 カイネとネレムはその声を聞き止めて振り返った。

「おまえか。聞いたぜ、あのカイネ・ベルンハルトの案内役になったって話」
「もう広まっているのでありますか?」
「そりゃ、あれだけ騒ぎになったんだからな。気になって探し回るやつも出てくるさ――でだ」
「おれになにか用か」

 カイネはシャロンの前に出て、ずいっと男子生徒を見上げる。身長差はゆうに一尺以上もある。
 ネレムはシャロンの横にぴったりと並んだ。

「誰だ、おまえ? おまえみたいなチビ知らねえよ」
「そちらから名乗るが礼儀であろう」
「……三回のグラットだ。おまえは?」
「カイネ・ベルンハルトだ」
「……ふざけてんのか? なら証拠を見せろよ、証拠――」
「あるぞ」

 カイネは掌で刀の柄をぽんと叩く。
 グラットは呆気に取られたように目を見開いた。

「……本気かよ? 剣持ってるだけのガキじゃねえか。嬢ちゃん、そんなもんどこで拾ってきたんだい?」
「グラット殿、それはいくらなんでも無礼が過ぎましょう! いくらあなたが信じられぬからと――」
「おいおい、本気で言ってんのかいシャロンちゃん? この子どもがかの武名高き〝刀神〟ご本人だと? 本気で? ここにいるやつら全員に聞いてみるかい?」

 グラットは大仰な身振りで食堂内を見回して言う。何ごとかと近くの生徒たちがおもむろに視線を向け始める。

「……私は、シャロンがそう言ったから信じるよ」
「ま、間違いないであります! 私はカイネ殿の剣さばきを見たのでありますから!!」
「そいつはかわいそうに。幻覚でも見たのか? いや、今も見てるのかもしれないねえ?」
「こ、この野郎であります!!」
「おちつけ」

 怒り心頭で顔を紅潮させたシャロンをたしなめる。
 実力がどうであれ若者には変わりないのだな、とカイネはひとり得心する。

「カイネ殿! ここはひとつ、このうんこ野郎にカイネ殿の剣技を見せてやってほしいのであります!」
「おれの剣を子どもの喧嘩のだしに使うんじゃない」
「うぐ……も、申し訳ありませぬ」

 シャロンが神妙に頭を垂れたその時だった。

「おまえが誰か知らねえけどよ、ガキが偉ぶってんじゃねーって!」

 グラットはおもむろにカイネの腰の刀に手を伸ばす。
 彼の指先が鞘をかすめ、掴んだことを確信するように笑みを浮かべ――

「――――っでぇッ!?」

 後頭部から思いっ切り食堂の床にすっ転んだ。
 傍目にはグラットが勝手に転んだようにしか見えない光景。

「……うくっ、うぷ、うぷぷぷ……」
「ね、ネレム、そう笑っては悪いであります」

 言いながらも笑いを噛み殺しているシャロン。周囲からかすかに漏れる忍び笑い。
 グラットは何が起きたか理解できないように周囲を見渡す。

「……だいじょうぶか?」

 カイネはちいさな手を差し伸べながら、鋭利な視線でグラットを見据える。
〝おれの刀に軽々とさわるな〟――言葉にせずとも言外の意志が伝わるような視線。

「……ッ、うるせぇッ!」

 グラットはカイネの手を無視して立ち上がり、慌ててこの場から去っていく。
 落ち着いたところでシャロンはカイネを見下ろし、言った。

「……カイネ殿、今なにかしたでありますか?」
「べつに。避けただけだ」
「すごいな。見えなかったよ」
「……早いところ飯にしよう。また面倒事になったら悪い」
「私はむしろもっと見せてほしいでありますよ?」
「やめろ」

 果たして本件の影響か否か――
 この後、三人は微妙に視線を感じつつも無事に夕食を終えるのだった。

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