剣豪幼女と十三の呪い

きー子

三/今生

 白亜の城めいてそびえ立つ魔術学院が学び舎――その頂上。
 学院長室にて、カイネとユーレリアは膝を突き合わせていた。
 カイネは寸法が合っていない黒ローブを身にまとっている。ちょうどいいものが無かったのだ。
 ユーレリアはケープを外し、見目鮮やかなはちみつ色の髪をあらわにする。

「単刀直入に聞かせてもらいたい、ユーレリア殿」
「私の知る限りのことでしたら。学院内のことについては、私に全責任がありますわ」
「おれはなぜあそこに? ……いや、そもそもなぜおれは生きている?」
「そのふたつは密接に関係しております。……順を追って説明いたしましょう」

 ふたりの間の長机には複数の書物が広げられている。
 ユーレリアの説明の正しさを担保する資料。

「まず、あなたが亡くなったことになってからすでに二百年ほどの時が流れています。そしてここ、ヴィクセン王立魔術学院は今なおヴィクセン王国唯一の魔術研究機関です」
「……つまり、おれの身体と魔術になんらかの関係が認められたと?」
「まさに。鋭いですね」
「こんな姿形なりでもおまえさんの何倍かは年寄りでな」
「それにしては若いように見えます。……あ、いえ、そのお姿のことではなく」
「よく言われたよ」

 カイネはくつくつと肩を揺らして笑う。
 ユーレリアはこほんと咳払いして説明を続ける。

「あなたのお姿については収容を決めた当時、いくつかの仮説が立てられました。最も有力な説では、亡くなられたアーデルハイト陛下の呪いだと」
「間違いない。正確に言えば、呪われたのはあいつが死ぬ前だが」
「そして、当時の魔術師はこぞってあなたの呪いを解こうとしましたが……誰も、誰にも、解けなかったそうです」
「あいつが死んだせいかもしれんな」
「……死ぬ前にかけられた呪いとすると、確かに辻褄が合いますね」

 ユーレリアは一瞬興味深そうにするが、すぐに気を取り直して口を開いた。

「あなたの遺体に損壊を与えるあらゆる試みは全て失敗した、と記録にはあります。これもおそらくはアーデルハイト陛下の呪いのためでしょう」

『時間よ止まれ、汝はいかにも美しい』――彼女が遺した呪いの言葉を思い出す。
 カイネはいささかぞっとしない気持ちになる。

「結果、あなたの遺体は〝神殿〟の最奥に収容されました。最上位の結界を張り巡らせ、厳重な封印を施した上で」
「そんなもんあったか」
「あなたが全部壊したんです」
「大人しくしといたほうが良かったかもしれんな」
「なんで私の代に目覚められたんですか?」
「そんなもんはおれが聞きたい」

 ユーレリアの涼しい顔がいつの間にか半泣きになっていた。
 こちらが素面なのかもしれない。

「あいにく、そればかりは私にもわかりません。あなたのことはこの学院内における不可侵領域のようなもの……知るものは私の他、ごく一部です。外部からの干渉、ということもないでしょう」
「まぁ、起きたことはいい。誰か呪いを解けそうなやつはいないのか」
「それが、カイネ殿の望みですか?」
「そうだ。この身体はちと面倒でかなわん。それに、おれのようなのがいたらおまえさんらにも迷惑だろう?」
「……それは……」

 カイネはこの世界にとって亡霊のようなもの。
 ユーレリアとアーガストの対応は一見大違いだが、本質的には同じ。
 崇め奉ることで遠ざけるか、排撃することで遠ざけるか。つまりは手段の違いである。

「正直に申し上げれば、望み薄です。魔術師ギルドにも当たってみますが……優秀な解呪師は限られてますし、ものがアーデルハイト陛下のそれとなりますと……」
「そうか。しかしまぁ、呪いが解ければおれはじきに老衰でおっ死ぬだろう。お互いにうまい話ではないか?」
「……あなたは、本当にカイネ殿なのですね」
「まだうたがってたか」
「そんなお姿ですから」
「呵々。似合わんったらありゃせんな」

 カイネは自嘲げにソファの上であぐらを組む。白くきゃしゃな脚がローブの裾から伸びている。
 ユーレリアは目を細めて言う。

「お言葉になりますが。もし見つからなかった時……呪いが解けなかった時のことも考えられたほうがよろしいかと」
「この身体で生きることをか?」
「そうなりますね」
「……といってもな」

 進んで実験動物になるつもりはないし、世のため人のために働くような気概もない。
 カイネは頭を振って言う。

「適当に世間様と折り合いつけて生きてくさ。わるいが、しばらく世話になるぞ」
「その程度の責任は負いましょう。……では、当面の生活の案内をさせますね」

 と、ユーレリアは扉を示す。外にはすでにひとりの女生徒が待っていた。
 相済まぬ、と断ってカイネは立ち上がる。
 カイネが部屋を出る時、ユーレリアはそのちいさな背中に言った。

「……あなたが私たちにとっての脅威足りえることは確かです。しかし、あなたの有用性もまた充分に認められ得るでしょう。個人的に、あなたの存在は研究対象として興味深くもあります。生まれ変わったくらいの気持ちで、あまり卑屈になられぬほうがよろしいかと」
「年寄りはちと卑屈なくらいでちょうどいいんだよ」

 カイネはまた呵々と笑い、扉を閉めた。

 ***

 女生徒は名前をシャロン・アースワーズと言った。
 背がすらりと高く、プラチナブロンドのポニーテールが鮮やかな少女である。
 年の頃は16、7かそこら。上下ともに紺色を基調とした清楚な制服を身に付けている。
 カイネは彼女の後ろをついていきながら声をかけた。

「すまんな。面倒をかけて」
「とんでもありません!!」
「お、おう……?」

 シャロンはやけに元気が良かった。
 海のように青い双眸をきらきらと輝かせている。

「この務めも私自ら望んでのことでありますから! 私に任せてほしいのであります!」
「……そりゃまた、酔狂なことだ」
「どうしてでありますか?」
「おれみたいな得体の知れんやつの相手なぞしたくはなかろう」
「滅相もないであります!! カイネ殿のことはよく存じておりますとも!!」
「……なに?」

 おれのことを知るのはごく一部じゃなかったのか、と考えるカイネ。
 シャロンはカイネを先導しながらも声を上ずらせて熱弁する。

「貴族の家に生まれるも妾腹の生まれがために勘当され、剣の腕一本で一個小隊を率いる指揮官に成り上がり! 〝刀神〟と呼ばれるにまで至ったカイネ殿のご活躍……! まさかご本人にお会いできるとは夢にも思わなかったのであります!」
「……おれは農民の生まれだぞ」
「えっ」

 驚きに目を見開くシャロン。

「で、でも『五十年戦争記』には確かにそう書いてあったであります!!」
「戦記物語と歴史書をいっしょくたにするんじゃない」
「歴史家も資料として認める一冊でありますよ!?」
「その歴史家はくずだ。まともなやつの話を聞け……というか、よくおれを見て本人と信じられるな」

 カイネは呆れたように肩をすくめる。
 二百年も寝ている間にずいぶん好き勝手書かれているようだ。
 シャロンは早くも気を取り直し、満面の笑みを浮かべる。

「先ほどの剣さばきを見せていただきましたから! あれを見てまだ疑うような輩はド三流であります」
「ふむ。なかなかの不良っぷりだ」
「なんででありますか!?」
「警報が鳴ったらおとなしく避難したほうが良い」
「それは……いつも大したことが無かったのですよ。実験用の魔獣が逃げ出したとか、その程度であります」

 魔獣とは、魔力を内包することによって変質した獣の総称だ。
 種にもよるが、単なる獣より危険度はかなり高い。
 そして彼女の発言から察するに、生徒でも魔獣に対応できるくらいの戦闘能力はあるようだ。

「それで、どこに向かってるんだ?」
「もう着くでありますよ」

 と、シャロンは学舎の一室にカイネを案内する。
 部屋の前のプレートには『保健室』とあった。

「ここでカイネ殿の寸法を測るのであります。きちんとした服を用意するためにも必要なことであります」
「……なるほど。そういうことか」
「というわけで、服を脱ぐであります」
「ここでか」
「外で脱いじゃだめでありますよ?」
「そりゃわかっておるが」

 清潔感のある室内を見渡すが教員らしい姿はない。
 ――――まぁよいか。
 カイネは腰を締めるひもをほどき、腰に佩いた刀を置き、黒いローブをあっさりと脱いだ。

「……か、か、カイネ殿!! し、した、したぎは」
「相済まぬ。いらんと思って用立てておらなんだ」
「そ、そうでありましたか。こ、これ、これは、た、たいへんなしつれいを……」
「かまわんよ。ちょちょいと済ませてくれ」

 カイネは素っ裸のまま泰然自若として言う。
 シャロンはためらいがちに巻き尺をぷにっとした肌に押し当てた。

「……その、存外に、ふつうの身体でありますな」
「鍛えとらんからな。鍛える時間がなかった」
「鍛えてないのに、どうやったらあんな芸当ができるのでありますか……?」

 シャロンは話しながらも手は休めない。
 身長から何から計った数値を紙に書きつけていく。

「腰の力だ」
「……腰、でありますか?」
「体幹、とも言う。腰はただあるだけで上半身すべてを支えていると言ってもよい。この力を過不足なく伝達すれば、斬れぬものなどまずもって無い」
「た……たしかに、理屈ではそうでありましょうが」
「その理屈をなすのが、技だ。さすれば、身体は健康でありさえすればよい」

 胸、腰、尻――と順番に寸法を計ったところで、シャロンはいよいよ感極まったように歓声を上げた。

「す、すごいであります!! であらばカイネ殿、ぜひとも私を弟子に」
「とらんぞ」
「即答でありますか!?」
「おまえは何のためにここにいる。魔術を学ぶためであろうが」
「……ぐうの音も出ない言葉であります」

 シャロンは神妙そうに肩を落とす。
 まるで犬のように機嫌がわかりやすい少女であった。

「おれはここに至るまで百年かかった。他のやつらがどうかは知らん。それに、今の時代に求められるのは魔術師だろう。おれの剣は時代の遺物だよ、シャロン嬢」
「魔術を学んだほうがよほど賢明、ということでありますか?」
「おまえのなりたいもの次第であろうよ」

 カイネは衛兵に向けられた武器――筒のことを思い出す。
 あれの存在だけでも剣の衰退を確信するには充分だった。

「世捨て人になりたいというなら聞いてやらんでもないぞ?」
「……か、考えさせてほしいであります」
「あきらめろと言ってるんだ」

 カイネは呵々と笑い、頭から黒いローブをすっぽりと着込む。腰をひもで締め付けて刀を佩く。
 シャロンは寸法を書いた紙だけを手に立ち上がった。

「……手数をかけたな。次はどこへ行けばいい?」
「はい! 部屋まで案内するでありますよ」
「相分かった」

 カイネは素直に承服して歩き出す。
 この時、カイネは夢にも思わなかった――まさかシャロンとの相部屋を案内される羽目になろうとは。

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