剣豪幼女と十三の呪い

きー子

一/転輪

 カイネは女王からの招待を受け、王城の天守閣へと参じていた。
 美しき銀髪の女王は玉座からカイネを見下ろして告げる。

「のう、〝刀神〟カイネよ。どうしても妾のもとに仕えるつもりは無いのかえ?」
「おれはすでに隠居の身でありますので」

 カイネは妖怪のように痩せた爺であった。
 年は一〇〇にも迫ろうか。
 粗末な貫頭衣に剣を一振り帯びただけの風体。
 頭髪はほとんど禿げ上がり、白い蓬髪を後頭部に残すばかりである。

「なにも戦場に出ろというわけではない。剣術指南役というやつだ。おぬしの威名は我が国の隅々にまでも行き届いておるのだぞ?」
「その名が厄介でたまらんのです」
「……欲のない男よ」
「今さら剣術指南も無いでしょう。今の時代は魔術の世である、と聞き及んでおります。……違いますかな? 魔術の祖、アーデルハイト女王陛下」

 カイネがひざまずいたまま言うと、女王――アーデルハイトは鼻を鳴らして笑った。

「そうもいかぬのよ。魔術師は数が限られておるし、下手にも扱えん。まだまだ兵子の時代は終わらぬ……が、考えを改めるつもりは無さそうだのう?」
「遠からず死ぬ身の上でしてな。いや、まだ死んでおらぬほうがおかしいほどです」
「さて、三十年も前に同じような話をしておったと聞いたが……」

 アーデルハイトは肘掛けの上で頬杖を突き、ニヤニヤ笑いを口元に浮かべた。

「話は変わるがな、カイネよ。おぬし、このようなことを言っておったようだな――『剣は力で振るものにあらず、おんなこどもの細腕とて十全に大男を斬り伏せ得る』と」
「若気の至りです。少し棒振りができた程度で人様に物申すなど」
「そう謙遜してくれるでない。今も同じ考えか?」
「……剣の技とは、弱きものが強きものを討つためにあるものです。その考えは、今も変わってはおりません」
「左様か」

 カイネはうつむいたまま応じる。
 アーデルハイトはますます笑みを深め、カイネを指先で指し示した。

「ならばカイネよ。――――そのことば、おぬし自身で証明してみせよ」
「……ぐッ!?」

 その瞬間、異変が生じた。
 カイネは胸を押さえてうずくまる。五尺150cm足らずの小柄な身体がさらにちいさく見える。
 カイネは体温の上昇、骨格の軋み、筋肉の収縮を感じた。鼓動が激しく脈打ち、目の前が真っ白になる。

(これはなんだ。魔術か。だが、人体に直接作用する魔術など聞いたことがない)

 謀られたか、とカイネは薄々気づいていたことを確信する。
 カイネは名の知られた剣客だった。そして人々の耳目を避けるため、人里から遠く離れた山の祠に隠居していた。
 そこに女王の使者が訪れたのがつい先日のこと。どうせ老い先短い身、何があろうと構いはしない、と出向いたまでは良かったが――

「皆の者、であえであえッ!! 叛逆者だ!! 叛逆者を討つのだ!! 見事討ち果たしたものには、あの〝刀神〟カイネを討ったという名誉、そして確かな報償をもたらそうッ!!」
「――――おおおおおッッ!!!」

 女王の間の前後から数十という城兵が殺到する。
 この時のために備えていたのだろう。
 女王の間の中心にいるカイネはあっという間に包囲されてしまう。

(……身体は……動くか)

 カイネはゆっくりと立ち上がり、そして気づく。
 明らかに体の感覚が異なっている。
 まるで別人になったかのようだった。
 腰に帯びた剣がやけに重く、貫頭衣が肩から滑りかけている。

「くくくくっ、愉快愉快! かの〝刀神〟とて幼娘おさなごの姿となっては形無しよのぅ!」

 高らかに哄笑するアーデルハイト。
 カイネは咄嗟に壁際のステンドグラスへと視線を向ける。

「……なんだと?」

 カイネは思わず声を上げる。少女の澄んだ声色が口をついて出る。
 ステンドグラスに映り込んでいたのは、年端もいかぬ小娘の姿であった。

 齢は一〇に満ちるか否か。背丈は四尺四寸132cm足らず。
 頭髪は艶やかな銀のショートカット。赤銅色の鋭い眼差しが鏡をじとっと睨んでいる。
 肌は生まれてから一度も陽光を浴びていないかのように白く、四肢はあまりに華奢だった。

 これが己かと疑ったが間違いはない。
 粗末な貫頭衣と腰に帯びた一振りがその証。

「さぁやってみせるが良い〝刀神〟カイネ! そのちんまい腕で自慢の剣を抜けるかが見ものよのぅ!」

 呵々大笑するアーデルハイト。
 カイネはその場で軽く屈伸し、剣の柄に指先を絡める。
 数十もの城兵はじりじりと包囲を狭め、カイネとの距離を縮めていく。

「……幼子ひとりを相手にこれとは。恥を知らぬか」
「決して油断も容赦もするな、と伝えてあるでなぁ。妾の親衛隊とでも言うべき精鋭よ――皆の者、かかれッ!!」

 アーデルハイトの号令と同時、ひとりの兵が包囲の輪から突出した。

「叛逆者カイネ、覚悟ッ!!」

 カイネは敵を観察する。
 彼らは一様に身軽な部分鎧と両刃剣で武装していた。
 そして、交錯する刹那――――

「……阿呆め」

 ひゅん、と風の哭く音がした。
 カイネは歩くような自然さで兵とすれ違い、手にした剣を軽く振る。剣先にこびりついた血が払われ、天守閣の石床を赤く濡らす。
 全ては目にも留まらぬ一瞬のこと。
 飛び出した兵は急に立ち止まり、よろめき、どさりと音を立てて倒れ込んだ。

「――――え?」

 アーデルハイトがぽかん、と口を開けて言葉を失う。
 周囲を囲む兵もまた同様だった。

「……もうおしまいか?」

 カイネは周囲をぐるりと見渡し、問う。
 手にした剣は全長にして三尺七寸111cm、刃渡り三尺90cmの一振り。
 抜剣にも難儀するかと思われたそれを、カイネは腰のひねりでいともたやすく抜き払っていた。

「……ひ、ひとりでかかる馬鹿がおるかッ!! 総員で攻め立てよッ!!」
「は……はッ!!」

 女王の命令とあらば城兵は退けない。
 しかし、先ほどまでの戦意は見る影もなかった。
 前後左右を塞がれ、しかしカイネは悠然と踏み込んだ。

「こちらから行くぞ」
「ま、まて、来るなッ――ぎゃッ!!」

 ひゅん、と風の鳴く音が連続する。
 幾筋もの剣光が宙に閃き、四方八方の兵を払い抜けた。
 カイネが一歩退いて残心すれば、周りの兵はバタバタと倒れ伏す。

 鮮やかに兵を斬り捨てる一振りはまさに熟達した武芸者のそれ。
 兵たちは魅入られたようにカイネの間合いへ誘い込まれ、瞬く間に十数という屍の山が築かれていく。

「今退くのならば、見逃すぞ」

 カイネは再び周囲の兵をぐるりと見渡す。
 愛らしいかんばせはいまや返り血にまみれている。

 この惨状を為したのが妖怪じみた老爺であれば、まだ理解可能であったろうが――
 あいにく、今のカイネは見目麗しき少女そのものの姿であった。

「う……ううううう」
「ち、ちくしょう!! 俺は死にたくねぇッ!!」
「女王陛下、お許し下さいッ!!」
「ま、まて、おぬしらッ!! 幼子ひとりも仕留めきれんで、恥とは思わぬのかッ!!」

 我先にと逃げ散っていく城兵たち。アーデルハイトの命令を聞くものはもはやいない。
 カイネは改めて玉座の方へ歩き出した。

「逃げ遅れとは、ずいぶん間が抜けているな。女王陛下よ」
「……妾を、斬るつもりか?」
「この呪いを解け。さすれば、おまえのことは捨て置くつもりだが、いかがか」
「……それはあいにくじゃのう。もはやその呪いは妾も解けぬ! 妾を斬り伏せぬ限りはな!」

 アーデルハイトは玉座から立ち上がる。漆黒のドレスに身を包んだ銀髪の女王が両腕を広げ、力説する。

「だが、おぬしに妾が斬れるか? 妾の身はすでにこの世のものにあらず! いかなる魔術とて、いかなる毒とて、いかなる刃とて、この身を傷つけるには能わぬ!!」
「斬る」

 カイネは幼い身体という枷を意にも介さず断言する。

「あまねくこの世に斬れぬものなどありはしない。斬れぬものがあるとするなら、それはすでにこの世に無いものだけだ」
「戯れ言を。ならばやってみせるが良い!」

 カイネが口にするは、彼にとってのみ当然の理。
 彼特有の剣の術理――剣理。

「しからば」

 カイネは石床をとんと蹴った。
 幼女さながらの矮躯が宙に舞う。
 身の丈にも迫ろうかという一振り――銘刀・黒月くろづきが振りかざされ、一閃が女王の胸を横切るように駆け抜けた。

「くくくっ! 効かぬと言ったであろうに!」

 肉を切った、という手応えは絶無。
 漆黒のドレスの表面が泡立ち、影が揺れるように霞んでいく。
 カイネは接地するとともに納刀し、ゆっくりとアーデルハイトを振り返った。

「いいや」
「……なに?」
「もう、斬った」

 アーデルハイトはその美貌を怪訝そうに歪める。
 刹那。
 黒い霧のように揺れる胴体を撫でる一陣の風。
 続けざま、銀の光が一閃し、女の胴体をまっぷたつに両断した。

「あ――――え……?」

 アーデルハイトの上半身がずるりと滑り、双眸が驚愕に見開かれる。

「い……ぎゃっ、ひいいいぃぃぃぃッ!?」

 布を引き裂くような悲鳴。
 カイネは少女の姿のまま瞑目し、アーデルハイトから離れていく。

「なぜッ!! なぜ、妾の幽体をッ……!!」
「斬れぬものはない、と言ったはずだ」
「馬鹿なッ!! ありえぬ、そんなものッ……!! ありえる、はずが……ッッ!!」

 斬れぬものはこの世になく、この世にあるものは必ず斬れる。
 ともすれば誇大妄想にも等しい剣の術理が、しかして現実を凌駕する。

 それこそはカイネ・ベルンハルトが至らしめた剣の極み。
 世人が〝刀神〟とあだ名した所以である。

「――――がッッ」

 カイネの遥か後方から絶命の断末魔が聞こえる。
 終わった。
 終わった――にも関わらず、身体は元に戻らない。

(……なぜ、呪いが解けぬ)
(――教えてやろうかえ?)

 瞬間、カイネは頭の中から聞こえた声に驚愕する。
 それは間違いなくアーデルハイトの声だった。

「どこに隠れている?」
(ここよ。おぬしの内側よ。まさか妾の幽体まで斬り捨てるとは、さすが〝刀神〟大したものよ)
「……おどろいたな」
(おぬしが妾をまんまと斬ってくれたおかげで縁が生じたのだ。すでに一度は呪っておるのだからな、この程度はたやすきこと)

 カイネがアーデルハイトを斬れなければそれで良し。例え斬られたとしても問題ない。
 どっちに転んでも構わない、二段構えの策であった。

「……呪いは、解けぬのだな」
(ご明察よのう、カイネ。『時よ止まれ、汝はいかにも美しい』――その身体も悪ぅはないぞ? いずれは、おぬしの技も妾が奪わせてもらうがなぁ)

 カイネの頭の中に、くつくつと不快な笑い声が響く。

(術者を殺したところで呪いは解けぬ。否、妾を殺したことで呪いはより強まった。魔術をも斬るおぬしとて、すでにかけられた呪いを解くことはできぬであろうよ!)
「……なるほど」

 カイネはようやく得心がいった。
 愛らしい少女のかんばせに渋面が浮かぶ。

(さて、どうする? おぬしは女王殺しの罪で追われる身よ。妾に身体の主導権を明け渡せば、なんとかしてやらんでも無いがのぅ?)
「断る」

 カイネはきっぱりと言い切り、女王の間のど真ん中に座りこむ。

(……なにをするつもりだ? すぐに衛兵が駆けつけるぞ? 捕まりたいというのなら止めんがな)
「斬る」
(……なに?)
「おまえを、斬る」

 カイネは座ったまま膝を立て、腰をひねるとともに黒月をするりと抜き払った。
 艶やかな銀の剣光が鞘走る。

(おぬし、もしや気でも触れたか……って、まさか)
「気づいたか」

 カイネは柄を逆手に持ち、剣先を自らの腹へと向けた。

(待て、やめよ!! 何を考えておる、そんなことをしたらッ)
「おまえは死ぬ。おれも死ぬ。万々歳だとは思わぬか?」
(そんなことをして何になるッ!? 若い身体も悪くはなかろうがッ、先のない老躯よりはよほど良かろうッ!)

 彼女の言葉は一理あった。
 この身体はカイネ自身の老体よりもずっと軽く、感覚も優れている。
 慣れれば以前を超える剣腕を発揮することも不可能ではないだろう。

 ――だが。

「はなっから老い先短い身の上よ。亡霊一匹道連れに逝けるならば命の使い方としては悪くない。おれと心中してもらうぞ、女王陛下」
(馬鹿、やめよッ!! やめよと言っておろうにッ!! 手を、手を下ろすのだッ!! カイネッ、頼むッ、剣を――ッッ)

 必死の懇願を無視する。
 カイネは剣先を自らの白い腹に突きつけ、そして、一息に貫いた。

「……げぶッ」
(―――ギャアアアアアアアアッッ!!!)

 急所を外すようなヘマはしない。
 脆弱な幼女の身体は一刺しで壊れ、口腔から血の塊をぶち撒けた。
 アーデルハイトは一度絶叫したっきり静かになる。
 カイネに取り憑くまでは良かったが、取り憑いた後のことは考えていなかったのだろう。

(……何とも、締まらん死に様よ)

 自分のことはなんと記録されるだろう。
 謁見に際して狂を発し、女王を殺害後、自刃。死に損ないの剣客として無様な末路を辿る――と、そんなところか。

(いや、まぁ……なかなか、悪くはないかもしれんな)

 返り血にまみれた少女のかんばせにふっと笑みを浮かべ、ごろんと血の海に倒れ伏す。
 カイネの意識は緩やかに遠のき、やがて消えた。

 ***

 この日を境に近代魔術の祖、アーデルハイト・エーデルシュタインは歴史の表舞台から退場した。
 かたや〝刀神〟カイネ・ベルンハルトの名が再び現れるのはおよそ二百年後のことである。

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