機械仕掛けと墓荒らし
誰が誰に敵うって?
痛みを感じる暇もなさそうだ。トマウが死の間際に考えた事はそれだった。しかし、死が訪れなかった現状、考えるべきは脅威を排除する事だ。
突如現れたヴァゴウもといエイハスの大質量の体当たりによって『ケスパー』は横ざまに倒れた。トマウに振り下ろされるはずだった金属の拳は旧病院の一部を削り取って大地を叩く。
思考が加速するのは死の際を体験したからだろうか。メルキンが銃を撃たない事に気付き、トマウは瞬時に振り替える。同時に弔銃を拾い、握っているナイフを振る。
メルキンは『ケスパー』の有様に目を奪われてはいるが、トマウとは距離があった。咄嗟にメルキンの胸に目掛けてナイフを投擲する。鋭い刃の狙いは正確だった。だが運悪くかつ運良くメルキンの腕に当たり、切り裂き、銃を落とさせた。
銃を拾おうと屈むメルキンの横っ面を蹴り飛ばす。
よく見るとその銃はかつてケスパーが愛用していた二丁の内の一つだ。床に這いつくばるメルキンを横目に、トマウは投擲したナイフとその銃を拾う。しかし旧病院が大きく揺れ、銃を取り損なった。『ケスパー』かエイハスの巨体がぶつかったらしい。銃は遥か下の地面へと落下した。トマウは気を取り直してナイフを構える。メルキンは丸腰で対峙している。
「いつもならそこで逃げ出すのがお前だと思ってたがな」トマウはメルキンににじり寄りながら挑発する。
「僕が逃げるのは敵わない時だけさ」
「へえ。誰が誰に敵うって?」
「お前だよ! トマウ!」
駆けてくるメルキンに合わせて、その振りかぶった拳の軌道に合わせてナイフを突き出す。しかし、突然腕が重くなり、トマウはメルキンの拳を頬面に受けた。小鬼型機骸が肘にしがみ付いている。引きはがそうと伸ばした左手の先にもやはり機骸がぶら下がり、気が付くと両足も地面にくっ付いていた。
計四体の機骸を抱えて、メルキンの拳を真面に受ける。二発、三発と顔面に食らう。ナイフだけは手放さないようにするが、ほとんど身動きが取れない。
「くそ!」と言ったのはメルキンだった。「何なんだよ! どこから湧いて出たんだ! あの機骸は! 何で支配できないんだ!」
エイハスはスースによって改造を施されている。トマウの弔銃が効かないのと同様だ、とメルキンに教えてやりたかった。口の中の血を噴きつけるのが精いっぱいだった。メルキンの目に入れば良かったのだが、狙いは外れ、余計に怒りを買っただけだった。
地響きから察するにエイハスと『ケスパー』もまた格闘しているらしい。どちらが優位なのかは分からないが『ケスパー』を足止めしてくれているのは間違いない。
でなければメルキンのそれよりも遥かに絶大な威力の拳を受ける事になる。翻ってメルキンの拳は、トマウが今までの人生で食らってきた拳に比べれば比較的軽いが、かといってこのまま受け続ける訳にもいかない。
助けになったのはやはりナイフだ。機骸の重みに抗して少しばかり腕を持ち上げ、同時に手首を捻り、メルキンの顔に目掛けてナイフを投擲する。
血に続いてまた外れる。しかし空いた手をホルスターに伸ばす余裕は出来た。引き金を引くのは腕と足にしがみ付く機骸を振り払うのと同時だ。銃声と一瞬の硬直。
実銃だと勘違いしたのかメルキンが身構える。トマウは拳を握る。メルキンの腹を殴る。腕を殴る。メルキンの顔面が晒される。拳。拳。拳。
全てを当てる。だが、またも二体の機骸が足に絡みついたせいで上手く体重を乗せられなかった。メルキンをバルコニーの縁まで追い詰める。最早欄干も何も破壊されている。尻もちをついたメルキンの顔には確かに怯えがあった。
さらに二体の機骸がトマウの両足に縋りつく。腕は自由だが足は全く動かない。拳はもう届かないが、トマウはメルキンを挑発する。
「誰が誰に敵うって?」
メルキンは息を荒げて、トマウを睨み付ける。同じく口の中を切ったらしい。唇の端から血を垂らしている。
「言っただろ? お前だよ、トマウ」
いつの間にかメルキンはナイフを握っていた。さっきトマウが投擲したナイフだ。メルキンは立ち上がり、腰だめにナイフを構える。殴られてでも突き刺す覚悟だろう。
メルキンが言葉にならない罵声を上げて突進してくる。
トマウは拳を下げ、その右手は弔銃の引き金を引く。同時に振り上げた足は機骸から逃れ、メルキンの胸に当たる。やはり体重の乗らないそれはとても蹴りとは言えないが、勢いはメルキンがつけていた。反動でメルキンを後退させるには十分だった。
よろめき、何かを予感したような表情を浮かべたメルキンは吸い込まれるようにバルコニーの向こうに消えた。
四体の機骸から力が抜ける。トマウはようやく解放される。地響きも止んだ。エイハスと『ケスパー』の戦いも終わったのだった。
『ケスパー』の勝利によって。
立ち上がった『ケスパー』の肩の部分に、メルキンが這いつくばっていた。トマウの方を見ているが、助かった喜びを感じる余裕はないようだった。メルキンは視線を地面に向ける。トマウも視線を追う。『ケスパー』の足にかつてヴァゴウだった体のエイハスが踏みつけられている。横ざまに倒れたエイハスは足と首と尻尾をばたつかせているが脱する事が出来ないようだ。
『ケスパー』は屈むと、両腕でもってエイハスの首を掴み、躊躇なく引き千切った。エイハスの足と尻尾が動きを止める。
突如現れたヴァゴウもといエイハスの大質量の体当たりによって『ケスパー』は横ざまに倒れた。トマウに振り下ろされるはずだった金属の拳は旧病院の一部を削り取って大地を叩く。
思考が加速するのは死の際を体験したからだろうか。メルキンが銃を撃たない事に気付き、トマウは瞬時に振り替える。同時に弔銃を拾い、握っているナイフを振る。
メルキンは『ケスパー』の有様に目を奪われてはいるが、トマウとは距離があった。咄嗟にメルキンの胸に目掛けてナイフを投擲する。鋭い刃の狙いは正確だった。だが運悪くかつ運良くメルキンの腕に当たり、切り裂き、銃を落とさせた。
銃を拾おうと屈むメルキンの横っ面を蹴り飛ばす。
よく見るとその銃はかつてケスパーが愛用していた二丁の内の一つだ。床に這いつくばるメルキンを横目に、トマウは投擲したナイフとその銃を拾う。しかし旧病院が大きく揺れ、銃を取り損なった。『ケスパー』かエイハスの巨体がぶつかったらしい。銃は遥か下の地面へと落下した。トマウは気を取り直してナイフを構える。メルキンは丸腰で対峙している。
「いつもならそこで逃げ出すのがお前だと思ってたがな」トマウはメルキンににじり寄りながら挑発する。
「僕が逃げるのは敵わない時だけさ」
「へえ。誰が誰に敵うって?」
「お前だよ! トマウ!」
駆けてくるメルキンに合わせて、その振りかぶった拳の軌道に合わせてナイフを突き出す。しかし、突然腕が重くなり、トマウはメルキンの拳を頬面に受けた。小鬼型機骸が肘にしがみ付いている。引きはがそうと伸ばした左手の先にもやはり機骸がぶら下がり、気が付くと両足も地面にくっ付いていた。
計四体の機骸を抱えて、メルキンの拳を真面に受ける。二発、三発と顔面に食らう。ナイフだけは手放さないようにするが、ほとんど身動きが取れない。
「くそ!」と言ったのはメルキンだった。「何なんだよ! どこから湧いて出たんだ! あの機骸は! 何で支配できないんだ!」
エイハスはスースによって改造を施されている。トマウの弔銃が効かないのと同様だ、とメルキンに教えてやりたかった。口の中の血を噴きつけるのが精いっぱいだった。メルキンの目に入れば良かったのだが、狙いは外れ、余計に怒りを買っただけだった。
地響きから察するにエイハスと『ケスパー』もまた格闘しているらしい。どちらが優位なのかは分からないが『ケスパー』を足止めしてくれているのは間違いない。
でなければメルキンのそれよりも遥かに絶大な威力の拳を受ける事になる。翻ってメルキンの拳は、トマウが今までの人生で食らってきた拳に比べれば比較的軽いが、かといってこのまま受け続ける訳にもいかない。
助けになったのはやはりナイフだ。機骸の重みに抗して少しばかり腕を持ち上げ、同時に手首を捻り、メルキンの顔に目掛けてナイフを投擲する。
血に続いてまた外れる。しかし空いた手をホルスターに伸ばす余裕は出来た。引き金を引くのは腕と足にしがみ付く機骸を振り払うのと同時だ。銃声と一瞬の硬直。
実銃だと勘違いしたのかメルキンが身構える。トマウは拳を握る。メルキンの腹を殴る。腕を殴る。メルキンの顔面が晒される。拳。拳。拳。
全てを当てる。だが、またも二体の機骸が足に絡みついたせいで上手く体重を乗せられなかった。メルキンをバルコニーの縁まで追い詰める。最早欄干も何も破壊されている。尻もちをついたメルキンの顔には確かに怯えがあった。
さらに二体の機骸がトマウの両足に縋りつく。腕は自由だが足は全く動かない。拳はもう届かないが、トマウはメルキンを挑発する。
「誰が誰に敵うって?」
メルキンは息を荒げて、トマウを睨み付ける。同じく口の中を切ったらしい。唇の端から血を垂らしている。
「言っただろ? お前だよ、トマウ」
いつの間にかメルキンはナイフを握っていた。さっきトマウが投擲したナイフだ。メルキンは立ち上がり、腰だめにナイフを構える。殴られてでも突き刺す覚悟だろう。
メルキンが言葉にならない罵声を上げて突進してくる。
トマウは拳を下げ、その右手は弔銃の引き金を引く。同時に振り上げた足は機骸から逃れ、メルキンの胸に当たる。やはり体重の乗らないそれはとても蹴りとは言えないが、勢いはメルキンがつけていた。反動でメルキンを後退させるには十分だった。
よろめき、何かを予感したような表情を浮かべたメルキンは吸い込まれるようにバルコニーの向こうに消えた。
四体の機骸から力が抜ける。トマウはようやく解放される。地響きも止んだ。エイハスと『ケスパー』の戦いも終わったのだった。
『ケスパー』の勝利によって。
立ち上がった『ケスパー』の肩の部分に、メルキンが這いつくばっていた。トマウの方を見ているが、助かった喜びを感じる余裕はないようだった。メルキンは視線を地面に向ける。トマウも視線を追う。『ケスパー』の足にかつてヴァゴウだった体のエイハスが踏みつけられている。横ざまに倒れたエイハスは足と首と尻尾をばたつかせているが脱する事が出来ないようだ。
『ケスパー』は屈むと、両腕でもってエイハスの首を掴み、躊躇なく引き千切った。エイハスの足と尻尾が動きを止める。
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