機械仕掛けと墓荒らし
突破したか逃げおおせたか
ゴミの坂を降りようとしたトマウの手首をスースが掴む。
「何でトマウさんが行くんですか? ああいうのは警邏軍に任せればいいんじゃないんですか? 正義感じゃないですよね。お金だって貰えないです。命を懸けるに足る何があるんですか?」
まくしたてるスースの表情は真剣なものだった。トマウもまたスースに、そして自身に対して真剣に向き合う。
「勿論大層な理由じゃない。俺の目的はいつだって自分に降りかかる火の粉を振り払って、より良い暮らしをする事だけさ。金だって、あくまで手段だと、もう分かってる。金のために死にかけるような本末転倒な事はもうしない」
「降りかかる火の粉どころじゃないですよ。燃え盛る街に突っ込もうとしているんですよ?」
トマウはスースの潤んだ瞳から視線を外し、燃え盛る旧シウム区の建築群に目をやる。
「忘れたか? メルキンはわざわざ俺の塒を燃やして、俺を殺し損ねたら今度はあんたを攫っておびき寄せたんだ。何度だって同じような事をするだろう。いつかどこかで決着をつけなければならないなら、今がそうだ」
スースはトマウの手首から手を放す。トマウの横に回り込む。
「でも、どうやって? あんなにも巨大な機械兵器相手に何が出来るんですか? メルキンさんがここにいるって事はアオメノ寺院の警邏軍を突破したか逃げおおせたかって事ですよ?」
「どうすればいいかは考えてなかった」とトマウはぽつりと呟く。
数秒の間、スースは続きの言葉を待って、火事の灯りに照らされたトマウの横顔を見つめる。
「え!? 今のは冗談じゃないんですか?」
トマウは真面目そのものな顔をスースに向ける。
「メルキンの支配下に落ちた機骸は弔銃が効かないんだ。どうすればいい? 何かわからないか?」
スースは何かを言おうとして、しかし口をつぐむ。気を取り直して考える。
「えーっとですね。効かないというのは全くですか? びくともですか? どういう状況だったか教えてください」
トマウは思い出しながら言葉にする。「いや、全くって事は無いな。一度停止させたはずなのに動き出した事もあれば、撃ったものの少し硬直させただけだった事もある。いや、そもそも機械の巨人の時は一瞬たりとも止まらなかったように見えた」
「なるほど」頷いてスースは自分の考えを述べる。「それはおそらくこうです。トマウさんの弔銃は音によって機骸を停止させる訳ですが、一発につき一瞬しか効果が無いわけです。音ですからね。すぐに通り過ぎてしまいます。そして停止させるならばそれで十分なわけです。対してメルキンさんの屍蝋病はおそらく霊気を放出し続ける事が可能で、かつ必要なのです。支配する、という事は別の行動をさせたい時に新たな命令を与えなくてはなりませんから。どれくらいの距離まで有効なのかは分かりませんが。弔銃で停止させても新たに命令を与えられて動き出す。それが一瞬の硬直なのだと思います。機械の巨人の時はそもそも立っていただけですから、歯車が一瞬止まっても反映される動作がないので気づかなかったのでしょう」
トマウは首を傾げる。
「いや、それだとメルキンを追って地下道に潜った時に効かなかった事を説明できない。まさか東岸から中州まで命令が届くなんて事はないだろう?」
「その時、メルキンさんは東岸にいたんですか?」
トマウは変なものを見る目でスースを見た。
「それはそうだろう……いや、そのはずだが……。あの野郎! あの時近くにいやがったのか!」
「あくまで仮説です。全く別の理由かもしれません。思い込み過ぎないようにしてください」
「となると直接メルキンを叩くしかないな。分かった。何とかする。あんたはエイハスの傍にいてやってくれ」
スースはトマウの顔を覗き込み、じっと見つめる。
「いやです。私も手伝います」
「そう言うと思っていたが、駄目だと言われると分かってただろ? あんたにできる事は今してもらったよ。十分だ。助かった」
「そして、もう無いわけですね。分かりました。足手纏いは御免です」スースはそう言うとため息をつく。「それはそうとトマウさん。いい加減、あんた呼びはやめてください。他人行儀じゃないですか」
こんな時に言う事か、と思ったが口にはしない。
「俺があんた呼びするのは限られた者だけなんだがな」
「え、そうなんですか?」
「ああ、名前を覚えてない奴だけだ」
「ひどい! スースですよ!」
「分かってるよ」
「でもそうだ、トマウさん。そんな冗談言いつつも、アオメノ寺院で私を助けてくれた時、唯一スースって呼んでくれましたよね。忘れたとは言わせませんよ」
そう言ってスースはにやつく。それに対してトマウは眉根を寄せる。
「あんたこそ忘れてるな。あんたに出会ったばかりの頃、俺は名前で呼んだんだが」
「え? そうでしたか? 何の話をしている時でした?」
トマウはスースを追い払うような仕草をする。
「さあ、さっさと行け。もたもたしてたらイドン大橋まで焼け落ちるぞ」
トマウが急き立てるとスースは渋々西へと歩きだす。「エイハスは任せてください。あとタスキイさんも」とスースは拳を夜空に突き上げて言った。
スースの背中を目で追い、闇夜に消えた時、トマウは呟く。
「さようなら、スース」
「何でトマウさんが行くんですか? ああいうのは警邏軍に任せればいいんじゃないんですか? 正義感じゃないですよね。お金だって貰えないです。命を懸けるに足る何があるんですか?」
まくしたてるスースの表情は真剣なものだった。トマウもまたスースに、そして自身に対して真剣に向き合う。
「勿論大層な理由じゃない。俺の目的はいつだって自分に降りかかる火の粉を振り払って、より良い暮らしをする事だけさ。金だって、あくまで手段だと、もう分かってる。金のために死にかけるような本末転倒な事はもうしない」
「降りかかる火の粉どころじゃないですよ。燃え盛る街に突っ込もうとしているんですよ?」
トマウはスースの潤んだ瞳から視線を外し、燃え盛る旧シウム区の建築群に目をやる。
「忘れたか? メルキンはわざわざ俺の塒を燃やして、俺を殺し損ねたら今度はあんたを攫っておびき寄せたんだ。何度だって同じような事をするだろう。いつかどこかで決着をつけなければならないなら、今がそうだ」
スースはトマウの手首から手を放す。トマウの横に回り込む。
「でも、どうやって? あんなにも巨大な機械兵器相手に何が出来るんですか? メルキンさんがここにいるって事はアオメノ寺院の警邏軍を突破したか逃げおおせたかって事ですよ?」
「どうすればいいかは考えてなかった」とトマウはぽつりと呟く。
数秒の間、スースは続きの言葉を待って、火事の灯りに照らされたトマウの横顔を見つめる。
「え!? 今のは冗談じゃないんですか?」
トマウは真面目そのものな顔をスースに向ける。
「メルキンの支配下に落ちた機骸は弔銃が効かないんだ。どうすればいい? 何かわからないか?」
スースは何かを言おうとして、しかし口をつぐむ。気を取り直して考える。
「えーっとですね。効かないというのは全くですか? びくともですか? どういう状況だったか教えてください」
トマウは思い出しながら言葉にする。「いや、全くって事は無いな。一度停止させたはずなのに動き出した事もあれば、撃ったものの少し硬直させただけだった事もある。いや、そもそも機械の巨人の時は一瞬たりとも止まらなかったように見えた」
「なるほど」頷いてスースは自分の考えを述べる。「それはおそらくこうです。トマウさんの弔銃は音によって機骸を停止させる訳ですが、一発につき一瞬しか効果が無いわけです。音ですからね。すぐに通り過ぎてしまいます。そして停止させるならばそれで十分なわけです。対してメルキンさんの屍蝋病はおそらく霊気を放出し続ける事が可能で、かつ必要なのです。支配する、という事は別の行動をさせたい時に新たな命令を与えなくてはなりませんから。どれくらいの距離まで有効なのかは分かりませんが。弔銃で停止させても新たに命令を与えられて動き出す。それが一瞬の硬直なのだと思います。機械の巨人の時はそもそも立っていただけですから、歯車が一瞬止まっても反映される動作がないので気づかなかったのでしょう」
トマウは首を傾げる。
「いや、それだとメルキンを追って地下道に潜った時に効かなかった事を説明できない。まさか東岸から中州まで命令が届くなんて事はないだろう?」
「その時、メルキンさんは東岸にいたんですか?」
トマウは変なものを見る目でスースを見た。
「それはそうだろう……いや、そのはずだが……。あの野郎! あの時近くにいやがったのか!」
「あくまで仮説です。全く別の理由かもしれません。思い込み過ぎないようにしてください」
「となると直接メルキンを叩くしかないな。分かった。何とかする。あんたはエイハスの傍にいてやってくれ」
スースはトマウの顔を覗き込み、じっと見つめる。
「いやです。私も手伝います」
「そう言うと思っていたが、駄目だと言われると分かってただろ? あんたにできる事は今してもらったよ。十分だ。助かった」
「そして、もう無いわけですね。分かりました。足手纏いは御免です」スースはそう言うとため息をつく。「それはそうとトマウさん。いい加減、あんた呼びはやめてください。他人行儀じゃないですか」
こんな時に言う事か、と思ったが口にはしない。
「俺があんた呼びするのは限られた者だけなんだがな」
「え、そうなんですか?」
「ああ、名前を覚えてない奴だけだ」
「ひどい! スースですよ!」
「分かってるよ」
「でもそうだ、トマウさん。そんな冗談言いつつも、アオメノ寺院で私を助けてくれた時、唯一スースって呼んでくれましたよね。忘れたとは言わせませんよ」
そう言ってスースはにやつく。それに対してトマウは眉根を寄せる。
「あんたこそ忘れてるな。あんたに出会ったばかりの頃、俺は名前で呼んだんだが」
「え? そうでしたか? 何の話をしている時でした?」
トマウはスースを追い払うような仕草をする。
「さあ、さっさと行け。もたもたしてたらイドン大橋まで焼け落ちるぞ」
トマウが急き立てるとスースは渋々西へと歩きだす。「エイハスは任せてください。あとタスキイさんも」とスースは拳を夜空に突き上げて言った。
スースの背中を目で追い、闇夜に消えた時、トマウは呟く。
「さようなら、スース」
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