機械仕掛けと墓荒らし

山本航

取って食うから気を付けろ

「わあ! すごいです!」とスースは子供っぽい歓声を上げる。

 イドン大橋から漏れる街灯の僅かな光の下で、スースは大なり小なりの棄て山を見上げては喜色をたたえる。

「そうも嬉しそうにゴミ漁りをする奴は見た事が無いな」

 トマウは辺りを警戒しつつそう言った。棄て山に来るような人間は他人に興味を持たないのが常だし、以前までは過度な縄張り争いは無かった。しかしケスパーのいない今中州がどのような勢力図に書き換えられ、どのような決まり事が生まれたか分からない。警戒するに越したことはない。遠目に見える何人かの『廃品回収業者』達は特にこちらに注意を払っている様子もないが。

「ゴミだなんてとんでもないですよ。見てください、これ! 三十四番の磁液管がこんなにも沢山!」

 スースは白い綿のようなものを見せてきたが、暗闇の中である事を差し引いてもトマウにはそれが何なのかまるで分らない。

「そんなに凄いのかそれ?」というトマウの言葉は誰にも届かない。

 スースは夢中で、トマウには使い道のよく分からない物を矯めつ眇めつしている。

「ふふふ。これさえあれば前々から夢見ていた超精密義肢さえ……。うふふ。え?」と言ったスースの目線をトマウも追うがどのゴミを見ているのか分からない。「あ! あー! あれは紫硝子製のゼンマイ!? 大きい! 軍用規格!?」
「何しに来たんだよ、あんた」

 スースは少しだけ冷静さを取り戻す。

「そうでした。エイハスの新しい体を作ってあげるのでした。タスキイさんだけに任せていては心配ですし早く戻らないと」
「心配する側のあんたは珍しいな」
「失礼な! 私だって一人前の思いやりを持ってますよ」

 トマウは思わず笑みがこぼれる。

「なんです? また失礼な事を考えてるんですか?」
「いや、こういうやり取りは久々な気がしてな」
「そう言われるとそうかもしれませんね。色々な事がありましたから。ところで犬型でいいですか?」

 エイハスは犬型機骸だ。当然修理後も犬型機骸だろうとトマウは考えていた。

「型なんて変えたら混乱するんじゃないか? 適応できるものなのか?」
「さあ? 試してみないと分かりません」スースは言い放った。
「エイハスで試すな!」

 楽しそうにゴミを漁るスースの背中を見てトマウは思い出した。

「そういえば、あんた機械も機骸も嫌いだって言ってたな。何だったんだあれは」
「嫌いですよ、もちろん」

 一瞬トマウにはスースの言葉の意味が分からなかったが言葉のままの意味だと分かった。

「とてもそうは見えないが」
「一度だけ、一瞬だけ母の怒りと恐れを見た事があります」スースは背中越しに語る。「私が病室に持ち込んだ機骸を、おもちゃみたいなものなのですが、それをいじっている時に見た事のない表情を浮かべました、すぐに消えてなくなりましたが。あの時点で実験がもう終わっていたのかどうか定かではありませんが、母の心を深く傷つけていたのは間違いありません。今になってわかる事ですが、霊気機関を活性化させる母の屍蝋病の特性を実験するという事は治療を受けないという事です。そうやってお金を稼いで私のために貯蓄してくれていたのです。寺院を悪と断罪するつもりはありません。実験に対する報酬は確かに与えられていましたし、あの実験は霊気機関時代の役に立つのでしょう。一部酷い僧侶がいる事は事実ですが。命を削って金を稼いだ母を愚かと言うつもりもありません。ただただ感謝しています。でも、もしも霊気機関なんてものが無ければ、こんな時代に生まれてなければ、と私は考えてしまうのです」

 スースが背中の向こうで何を見ているのか、トマウにも分かるような気がした。夜の棄て山の谷間に漂う沈黙をしゃがれた声が振り払う。

「よう。誰かと思えばトマウじゃねえか。こんな夜中にどうした? ん? 女づれとは珍しいな」

 エムガ爺が右腕のない袖をひらひらとさせて現れた。

「ああ、エムガ爺か。いや、エイハスが壊れてな。直してもらうんだ」
「何だトマウ。わしに任せてくれって言ったじゃないか。そりゃあ、爺より別嬪さんに頼みたいだろうがな」

 ヴァゴウの事は伏せておいた方がいいだろう。

「あんたに任せたら番犬に改造されてしまうだろ」

 今はもっとひどい事になっているが、とトマウは心の中で付け加える。

 スースがおずおずと尋ねる「あの、トマウさん。こちらの方は?」。
「この爺はエムガ。この棄て山のヌシだ。取って食うから気を付けろ」

 スースが慌てて後ずさりする。

「こら。怖がってるじゃないか。いらん冗談を言うんじゃない。心配せんでも生きてる間は食わんよ。ひひひ」

 スースは悲鳴を上げ、尻もちをついて這いつくばる。
 トマウが誤解を解くと二人は次の瞬間には意気投合してしまい、霊気機関談義で盛り上がった。スースの放つ専門用語にエムガはきちんと応えている。元霊気機関技師というのは本当だったようだ。何やらエイハスを修理するに当たっての助言までもらっているようだ。トマウのエムガ爺に対する見方が大きく変わる。与太話の好きな耄碌老人と思っていた事を反省する。

「そうだ。ところでエムガ爺。俺と棺が棄て山に落ちてきたことがあったろ? 覚えてるか?」
「トマウよ。いくら年を取ったとはいえ、つい今朝の事くらいばっちり覚えとるわ」
「今朝じゃない」
「分かっとる」
「そうか、良かった。それより前に棺が橋から落ちてきた事はあるか?」
「何度もある。数え切れん」
「それもそうだな。じゃあ、何か大橋で事故が起きた直後に棺が落ちてきたって事は?」
「ああ、あるぞ」とエムガ爺は大きく頷いて言った。「お前さんが落ちてきた数日前か数週前の事だ。奇妙な出来事だ。その話はしたと思ったが?」
「いいや、聞いてないな。聞かせてくれ」

 エムガ爺は手近に横たわる錆びた鉄管に腰かけて、どこかから取り出したパイプをおもむろにくわえる。

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