機械仕掛けと墓荒らし

山本航

賽を振らずにぞろ目を出すことは出来ない

 次に目が覚めた時には太陽も大きく傾いているようで、草の影は色濃かった。辺りを見回すと居心地を良くするためか草が倒され、円形の空間が出来ている事に気付く。そして、その端にトマウは寝転がっており、反対の端に座ったスースがじっとこちらを見ている。睨み付けている。
 しかしトマウと目が合うとスースはそっぽを向いてしまった。もうかなり乾いているようだし、怪我もしていない事が見て取れた。

 トマウは上半身を起こし、スースに向き直る。スースは半分身を捩じってあらぬ方向を向く。

「怒ってるよな」とトマウは呟く。トマウ自身馬鹿らしい呟きだと思った。
「当たり前です。私は裏切られたのですから。それに契約違反ですし、違約金をいただきたいくらいです」スースはふくれっ面で言った。

 トマウは念の為体のあちこちを調べるが、銃くらいしかない。あれらの大金が本当に存在したのか自信が無くなって来た。

「悪いがもう無一文だ。支払いは待ってくれるか」
「分かってますし、いらないですよ。私を悪魔か何かだと思ってるんですか。でも……」と言ってスースはトマウの腹を見る。「そんな派手な怪我はなかったと思うんですけど。もしかして私、見落としてました?」

 スースが最後にトマウの姿を見たのは川岸で中州の住人に痛めつけられ金を奪われた後だろう。その後エイハスを連れ帰り、修理し、エイハスを解放してアオメノ寺院に向かったという事だ。
 トマウは痛めつけられ金を奪われた後の事を全てスースに話す。

「そんな事が……。でも、その、それも、言っては悪いかもしれませんが……」
「分かってる。自業自得だ」

 トマウは無意識に腹をさする。痛みと熱が存在を主張している。

「慰める訳ではありませんが、子供を傷つけた事の報いがそのお腹の傷だとしたら。タスキイ先生がトマウさんを助けてくださったのもやはり自分の行いへの報いですよ」
「運が良かっただけだ。成り行きで助けた人がたまたま義に篤かった、それだけだ」
「運が悪かったらトマウさんが助からなかったのと同じように、トマウさんがタスキイ先生を助けなければ、トマウさんは助からなかったのです。賽を振らずにぞろ目を出すことは出来ません」

 トマウはそれに答えない。もはや自分を擁護する気持ちにはなれなかった。

 スースは少し考えてから、自分の考えを述べる。「とにかく、もういいです。許します。社会的制裁、とはちょっと違いますが、十分酷い目に遭ったと思います。少なくとも私に対する裏切りに関してはお釣りが出ても良いくらいかもしれません。それに私はトマウさんが墓荒らしという反社会的人物だと分かってて協力をお願いしたのですから、本来責める資格なんて無いんです」

 スースはトマウを睨み付ける。

「ねえ、トマウさん。相槌くらいは打ってくれても良いんじゃないですか?」
 トマウは慌てて頷く。「ああ、うん。そういう考え方もあるな」

 スースはふくれっ面をやめて言った。「それで、これからどうします? 私はとりあえず棄て山という所に行きます。母に祈りを捧げたって罰は当たりません」
「そうか。うん、そうした方がいいだろうな。俺は、何故かメルキンに狙われてる」
「え? 何故です? 破壊なら何でも良いわけではないんですか?」
「さあ、俺自身にはさっぱり分からん。だが逃げてどうにかなる相手ではなさそうだ」
「もう警邏軍が捕まえているかもしれませんよ?」
「どうだろうな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく俺は態勢を整えないといけない」
「最初にやるべき事はその怪我を治療する事です」
「それも含めて、な」
「大体あんな巨大な機械にどうやって対抗するつもりなんですか」

 トマウは突然に身を乗り出し、辺りを見回す。

「待て、そういえばエイハスはどこだ?」

 スースもまたその草に囲まれた空間を見回す。

「先ほどまでそこら辺をうろついていましたが、あれ? どこでしょうか」そう言いつつスースは近くの草を掻き分けた。すると、波打ち際をぶらついているエイハスの姿があった。

 突然だ。強烈な死臭にトマウは飛び起きそうになる、が堪える。すぐさまスースに飛びついて伏せさせる。

「ど、どうしたんですか? トマウさん」

 トマウはそれに返事せず、もう一度今度はゆっくりと草を掻き分けて河を臨む。流れる濁った河を睨み付ける。エイハスは何も気づいていないようだった。遠目に水面が膨れ上がる。そしてこちらへと近づいてくる。

「エイハス。こっちに来い」トマウは大声と囁き声の中間でエイハスに呼びかける。

 膨れた水面が徐々に岸へと近づいてきた。さらにエイハスに呼びかけるとようやくこちらに気付き、えっちらおっちらやって来る。

 水面を割るように巨大な金属塊が姿を現した。大河イドンの汚泥を被って出現したそれは、あまりにも巨大な、あの地下道に棲んでいた山のような豚よりも大きな、メルキンの機械の巨人にも比肩するほどの機骸だった。

 エイハスは後ろに迫る脅威にも気づかずのんびりとこちらへ歩いてくる。

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