機械仕掛けと墓荒らし

山本航

お任せあれ

 廃棄物で後付けされた足場から本来の点検用通路へと上がる。まだメルキンの背中は見える。が、背の高さの割に狭い場所も軽々と潜り抜けていく。身軽かつ柔軟で単純に足も速い。まるで中世に各地で暗躍したというナフタア傭兵の如くだ。

 トマウには読めてきた。あの時、棄て山でのメルキンの言動や態度が思い浮かぶ。
 メルキンはスースの母であるハーシーの遺体を盗み、何かをしくじった。あの時はケスパーから与えられた仕事であるかのように言っていたが、それも嘘だったという事だ。では何故ケスパーの前で蒸し返す事になるからと俺に口止めしたのか、とトマウは考える。決まっている。ハーシーの遺体を盗む事がケスパーにとって損になるからだ。

 次の橋脚周辺は人込みに溢れていた。メルキンの歩も滞る。階段を下りていくメルキン。トマウは思い切って飛び降り、苔に覆われた梁から錆びた支持鎖へ、鉄パイプの手摺からカードに興じる机の上へと着地する。かなり距離を詰めたがメルキンの背中にはまだ届かない。

 このまま逃げてどうするつもりだろう、とトマウは思案する。メルキンが何より恐れているのはケスパーへのチクリだろう。

 バザの探し求める死体をメルキンは隠し持っている。多大な収入を得る好機をメルキンはふいにしようとしている。その事をトマウがケスパーに伝えればメルキンは終わりだ。
 逆に言えばメルキンは一刻も早く逃げるか、あるいはばれる事を防ぎたいはずだ。逃げるならば中州には向かわないだろう。ばれたくないなら俺をどうにかするのが最善手のはずだ。トマウは思考をまとめる。つまりケスパーにチクられても平気でいられる切り札を持っているに違いない。

 シウム大橋は中州の上空を横断しているが橋裏の通路は中州で一旦途切れる。中州に人が立ち寄らなければケスパーにとって橋裏を維持する理由が無くなるからだ。

 橋の南側にある棄て山が見えてくる。

 自分よりも足の速い相手を捕らえる方法は限られてくる。一本道で近道は出来ない。より足の速い何かに乗る当てもない。弔銃で足止めは出来ない。
 が、トマウは閃く。メルキンを見、縦横に廻る橋の裏側の鉄骨を見上げる。しかし目当てのものは見当たらない。

 今は人込みを掻き分けるメルキンの後ろについているお陰で何とか距離を維持しているが、中州に降りられればいよいよ追いつけなくなる。トマウは頭上の薄暗がりを必死に探す。棄て山の臭いが強まる。この辺りでいつも見かけるのだが、見当たらない。メルキンが振り返ったような気がするが、橋の裏側を仰ぐメルキンとは目が合わない。

 いた。

 弔銃を引き抜く動作。照準を定め、引き金を絞る。銃声。悲鳴。メルキンは止まらない。弔音が橋裏に蠢く小鬼型機骸の駆動を停止させる。十数体の金属の塊がメルキンの上に降り注ぐ。その鈍い嗚咽が聞こえる距離まで来たトマウは銃をホルスターに収める。

 殺してしまったかもしれないと不安がよぎる。落ちてきた真鍮の小鬼達も手足がひん曲がり、角を模した機構が折れている。

 小鬼型機骸は知能が高いのか、臆病なのかあまり近づいて見る機会がない。二足歩行する小型の機骸は総じて小鬼型と呼ばれるが、何故か共通して小さな角のような機構を一、二本有している。他の機骸同様一括りに小鬼型と呼ばれる割に各個体の違いは大きい。特に手や腕の違いが顕著だ。大きいモノ、小さいモノ、多いモノ、少ないモノ。

 辺りは騒然としている。逃げる者、泣く者、罵声を浴びせる者、笑う者もいる。とにかくメルキンを早く片づけた方が良いだろう。

 歯車とバネの山に近づいた時、メルキンが少し動いた事にトマウは気づいた。と、同時に小鬼の一体の小さな手の先の鋭い指もピクリと動いた気がした。違和感がすぐさま暴力的なまでに現実を叩きつける。

 小鬼型機骸の群れがトマウに飛びかかる。一体、二体と続き、その場にいた、さっき撃ち落とした小鬼達が全て、トマウを襲う。針のような指を立て、角を突き刺そうとこちらに向けてくる。トマウもまた投げ飛ばし、踏みつぶすがきりがない。一体一体は大して重くもなければ馬力もないが数がトマウを痛めつける。床に倒れたトマウは銃把に手を伸ばし空を掴む。視界の端に小鬼の一体が銃を掴んでトマウの脹脛を叩くのが見える。咄嗟にその機骸を蹴り飛ばすが銃まで転がっていく。己の間抜けさを呪いながらトマウは全く別の物事に気付いた。

 メルキンがハーシーの遺体を何故盗んだのか、何故それをバザに渡さなかったのか知った事ではないが、事ここに至れば心変わりし、バザに売り渡すかもしれない。ケスパーから逃げる必要も自分が落下させた小鬼に襲われる間抜けを口封じする必要もない。切り札なんて大仰なものは必要ない。ただ遺体を引き渡せばそれで終わりだ。トマウの計画もろとも。

「トマウさん!」というスースの叫び声を聞いてトマウは現実に引き戻される。

 いつの間にか抵抗をやめて身を守るように体を丸めているだけだった。スースの姿を探す。こちらに銃を向けているのを見て咄嗟に顔を庇うように腕を構える。銃声は響いたが小鬼達は止まらなかった。

「何で!? どうして!?」とスースは涙声で叫んでいる。

 その声を掻き消すようにトマウも叫ぶ。

「寄越せ!」

 スースがあらぬ方向に投げた弔銃にトマウは飛びつき、構えることなく引き金を引く。この距離であれば方向は関係ない。小鬼達が一斉に仮初の命を失った。
 弔銃は必ずしも完全に停止させられるとは限らない。距離が遠すぎたか狙いが正確でなかったか、届いた銃声が小さすぎると霊気機関は息を吹き返す事がある。これだけの数の機骸の全てを停止させられない程に狙いを外したつもりはない。距離が遠すぎたのだろう、とトマウは自分を慰める。

 涙目のスースを見、メルキンがさっきまでいた所を見る。トマウは舌打ちをし、自分の体を点検する。あちこちに擦り傷切り傷青痣がある。そうしてスースに向き直った。

「俺の塒に一人で戻れるか?」

 スースははっとしたような表情を浮かべ、胸を張る。

「地下道も、誰にも見られない手順ももう覚えました。記憶力には自信があるんです!」
「エイハスとあと飯を頼む」

 スースは微笑み、何度も何度も頷く。

「お任せあれです!」

 トマウは中州を見下ろし、ケスパーの工場の辺りを一度睨み付けるともう一度走り出した。

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