機械仕掛けと墓荒らし

山本航

憶測でしかない

「どうぞ」と言う言葉に促されて二人は室内へと入る。

 昨日、大男に襲われていた初老の白衣の男が目の前にいる。改めてトマウはまじまじと見る。いかにも気の弱そうな男だ。柔和な笑みを浮かべている。こげ茶色の髪の毛は鳥の巣のように乱れていた。

「やあ! 君! 僕の名前はタスキイだ。昨日は礼の一つも言えなかったね。ありがとう! 本当にありがとう!」

 そう言ったタスキイが求めてきた握手にトマウは応える。

「大げさだな。成り行きだよ」
「そうは言っても僕にとっては命の恩人に違いないからね。えーっと」
「トマウだ」
「トマウさん。是非何かで報いたいんだけど」
「じゃあ、こいつの母について知っている事を教えてくれ」

 タスキイがスースに向き直る。

「スースさん。しばらくぶりだね。今はどうしているんだい?」

 スースは一歩前に進み出る。

「今はトマウさんにお世話になっています。何でも構わないので、知っている事を教えてください」
「まあ、座ってくれ」とタスキイは言った。

 椅子は二つ用意されていたがトマウは壁に寄りかかった。

「君のお母さんが罹患していた病は知っているね?」

 トマウは知らなかったがスースはこくりと頷いた。

「屍蝋病という名の病だ。名の通り、生きながらにして蝋と化す病だ」
「屍蝋病。感染病だよな。普通隔離されるものじゃないのか?」と思わずトマウは口を挟む。スースがお見舞いに行っていたという話をトマウは思い出していた。
「ああ、でも感染力はとても低いうえに不思議な事に死後数日立つまでは感染力を発揮しないんだ」

 トマウの頭には疑問しか浮かばなかった。

「感染力が低い? そんなはずがないだろ?」
「ああ、それもその通りだ。十五年前このクヾホオクの中州、かつての中心街だったシウム区で流行し、数か月の内に街を滅ぼした病の感染力が低いなんて事は誰も信じられなかった。でも調べれば調べる程あの悪夢が本当に夢であったかのような結果しか出ていないんだ。いや、すまない。今はそういう話ではなかったね」

 トマウは感情を押し殺して言う。

「続けてくれ」
「ああ、ハーシーさんはこちらに運び込まれた時には既に末期の患者だった。詳しい事は聞かされていないが、それまでは感染病専門の特別な病院で治療を受けていたとか」
「そうなんですか?」とスースは驚いた。「てっきりずっとこちらで治療を受けていたのかと思っていました」

 タスキイは首を振る。

「正直僕もよく分からない。多くの手続きが省略されているようだったし、特別な計らいがあった。ハーシーさんには屍蝋病に関して特別な何かがあったのかもしれない。憶測でしかないが」

 スースも何かを考え込んでいる様子だった。

「そしてハーシーさんが亡くなった後、さっきも言った通り、屍蝋病患者は死後隔離される。その霊安室から彼女の遺体は何者かに運び出されてしまった」

 しばらく沈黙が降りる。

「その何者かを僕は見たかもしれない」
「どういう事だ? 盗んでいる場面に居合わせたのか?」とトマウは問い質す。
「いや、盗まれた日の昼間にこの病院をあちこちうろついている男がいたんだ。身なりの良い男で、怪しむべき点は何もなかった。大きな病院だからね。見舞客も沢山いる。ただ、一度声をかけられたんだ。突然真後ろから話しかけられたから印象に残った。霊安室の場所を聞かれたんだ。別に珍しい事じゃない。でも今になって考えると下調べでもしていたんじゃないかという気になってね」

 タスキイにその男の容姿を出来る限り思い出してもらう。ありふれた容姿には違いなかった。トマウの知っている者の中にも該当する人物がいる程だ。

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