機械仕掛けと墓荒らし

山本航

招かれざる客

 トマウとスースは辺りを警戒し、裏路地から覗き込むように聖火大学附属病院を眺めていた。
 聖火大学附属病院。スースが最後に母と対面したのはこの病院の病床での事だった。

 東岸の一等地で『遍く導きの寺院』によって運営されている。西ケイビア植民地戦争の時代には砦として使われていた堅牢な佇まいの病院だ。改修されたのか最早かつての傷跡は残っていないが、日は沈み、鬼火灯に照らされ、燃え立つ炎のような威容を誇っている。

「まさかこの病院に戻ってくる日が来ようとは思いもよりませんでした。何度も何度も通った病院なのに、今の私は招かれざる客なのですね」と、スースは寂しげに呟いた。

 スースは集合住宅のどこかから見つけてきた少年のような格好に着替え、目深に帽子をかぶっている。

「招かれてもいなけりゃ、一緒に行こうと誘われてもいないはずだ」

 トマウはなじるように言ったが、スースの心には少しも引っかかっていない様子だ。トマウさんが何を言っているのか分からないけれど分かっているふりをしよう、という意図が顔にありありと表れていた。
 トマウは改めて説き伏せるように言う。

「ついてくるのはここまでだ。俺が一人で行く。お前はここで待っている。分かるか?」
「言っている意味は分かります」と眉をひそめて首を傾げながらスースは言った。
「言葉と態度が一致していないんだよ。お前がついて来てできる事があるか? そもそも面が割れているお前がのこのこやって来てどうなる。お前の母を売り、お前を売ろうとした連中がいる可能性が高いだろ」

 スースはまるで獣が威嚇でもするように胸を張って背伸びをする。

「案内が出来ます。病院の構造は全部頭に入ってますから。ちょっとややこしい構造なんですよ。元々戦争に使われていた砦を改装した病院ですからね」とスースは得意げに言った。

「そんなもの今教えてくれりゃいいんだ。俺が向かうのは診療記録の保管庫だけなんだからな」

 お互いがお互いを睨み付け合う無為な時間を過ごし、とうとうスースが折れる。

「分かりました。今説明するので全部覚えてくださいね」と唇を尖らせながらスースは言った。「まず保管庫の入口には観葉植物が飾ってあるんですけど……」
「待て。どこから始めてるんだ。入口からどう進めば、その事務所に辿りつけるのか。それだけ教えてくれりゃいいんだ」
「それもそうですね。すみません。ついうっかりです」と言ってスースはもったいぶった咳払いをする。「ええとまず、正面入り口から入りますよね」
「入りません。正面から入る事を忍び込むとは言いません」
「じゃあ、どこから入るんですか?」
「事務所自体が外に面してるなら、その扉か窓から入る。そうでないなら事務所に一番近くて外に面した部屋だ」
「それですと東側の病室ですね。庭に面した窓があります。病室を出ると待合室があるんですけど、いくつか通路があるので、よくコウノラおばさんが座っているベンチ側の通路を……」
「知らねーよ。コウノラおばさんも、おばさんがよく座ってるベンチも知らねーよ」
「すみません。えっと、足が長くて……」
「いらない。コウノラおばさんの情報はいらない」
「いえ、今のはベンチの話で……」
「分かった。ついて来い。案内してくれ。その帽子、もっと深くかぶっておけよ」

 今度はトマウが折れた。

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