機械仕掛けと墓荒らし

山本航

出来る限り優秀な人物

 全く何のヒントもなく、この広大で複雑な街から一体の屍材を見つけるという話であれば、それは途方もない事で、トマウはとても探す気にもなれなかったはずだった。
 しかし今、トマウには同じくその屍材を探す、母親を探す娘が傍にいた。スースを売り飛ばそうとしていた男達と、バザ、そして行方不明のハーシーはそれぞれどういう関係なのか、トマウはあの場で探りを入れることが出来なかった。あまり深く探りを入れて怪しまれても困る。必要であればスースから聞けばいい、トマウはそう考えた。

 丹念に追跡者のいない事を確認し、黴臭い地下道へ潜る。いくつかの隠された通路を潜り抜け、途中数体の小鬼型機骸を蹴り飛ばし、塒へと戻ってきた。夕暮れの集合住宅の中庭でトマウの目に最初に飛び込んできたのはエイハスを抑えているスースの姿だった。

「すぐに手を放せ!」

 トマウは激昂する。
 驚いたスースがいくつかの金属の塊を落とし、両手を上げて後退する。トマウの手に握られている拳銃を凝視しながら。声は一言も発さずに、エイハスに近づくトマウに合わせて、エイハスから離れる。

「何をしていた! 何をするつもりだった!? 初めからこれが狙いだったのか!?」
「治療! 修理! 直していたんです! 初めからそのつもりだった訳ではありません」

 エイハスが軽快な歩みで、歯車の軋む音をさせずにトマウの足元にすり寄って来た。トマウは地面にいくつかの工具が落ちている事に気付く。トマウの物ではない。
 誤解は解けてもトマウは拳銃を降ろさなかった。降ろせなかった。自身の怒りと恐れが手も腕も硬直させている。よくよく考えればこの弔銃を撃ったところでエイハスが機能停止するだけなのに、と思い至る。

 スースがさらに弁解する。

「本当です。勝手な事だとは思いましたが、歩きづらそうだったので。切れていたバネの交換とネジの増し締め。あ、あと油も差しました。すみません」

 すでにトマウは歩みを止めていたがスースはどんどん遠ざかっていく。もう薄暗くて顔も見えなければ、弁解の声も聞こえないが、そのまま壁に当たるまで下がり続けそうだった。トマウは手に張り付いた拳銃を無理矢理に引きはがす。ホルスターに収め、膝をついてエイハスを検める。

 確かに後ろ脚を引きずっていない。スースは言っていなかったがいくつかの外板も新しいものに取り換えられている。念の為に甲羅の中身も確認するが何も問題はなかった。トマウの財産に欠けるところはなかった。
 トマウが顔を上げると、隅でスースが縮こまっていた。

「悪かった! 俺の誤解だ! こっちに戻ってきてくれ!」

 聞こえたのか聞こえていないのかスースは全く身動きとらずにこちらを見つめている。
 そこへエイハスが軽やかに走っていった。スースは身をよじるようにして壁に飲み込まれようとでも礎いているかのように、出来るだけ遠ざかろうとしている。トマウの方を見つめながら近寄って来たエイハスに触れないようにする。

 トマウは立ち上がり、スースとエイハスの元へと歩む。壁とエイハスに挟まれてスースは変な格好で固まっている。

「本当に悪かった。エイハスに、悪さをしているのかと思ったんだ。許してくれ」
「いいえ、私も、勝手な事をしました。本当に何かトマウさんの為に出来る事はないかと思って、焦ってしまい。すみませんでした」
「俺の為に? 何故?」
「母を探して欲しいからです。母を売り飛ばしたのは社会的に信用のある人物で、だから私が頼れるのは裏社会の人間で、なおかつ出来る限り優秀な人物でなくてはいけないんです」
「それほど優秀じゃないかもしれない」
「三台の車を強襲して棺を奪える人間はそうはいないと思います」
「人探しはまた別だろう」

 母親の遺体がどこかの墓に埋まっているならともかく。

「そんな事はないです。それにお金の事なら心配しないでください。今ここにはありませんが、きちんとお支払いいたします」

 見つけた母親が死んでいたとしても?
 トマウは最早スースの言う金はあまり当てにしていない。バザの提示した金額だけでも十分だ。それに、遺体を引き渡すとすればバザだ。

「分かった。あんたの母親を探す依頼を受けよう。あとで母親について詳しく聞かせてくれ。その前に食事だ」
「はい! ありがとうございます!」と言ってスースは立ち上がる。「それにしてもトマウさん。よほどエイハスの事を大切にしているんですね」

 どうやらエイハスの中身には気づいていないようだ。それはそれで何だか間抜けだな、とトマウは思ったが口には出さなかった。

「あんたの方こそ、機械も機骸も嫌いとか言ってなかったか?」
「嫌いです。嫌いですよ。得意だからと言って好きだとは限らないです」

 スースはエイハスを修理していた場所に戻り、落ちている工具を拾う。近寄って来たエイハスを撫でて、寂しげに何事か囁いている。
 既に夜が四角い空を覆い、星が一つだけ丁度東側の辺で瞬いている。一瞬、その四角い空を横切ったのはあの硝子の鳥型機骸のように見えた。
 地上に視線を戻すとまだスースはまだエイハスを撫でている。

「何してるんだ?」とトマウは言った。

 スースは大げさに驚く。

「いえ! ただ念のために点検をしてるだけで!」
「そうじゃない。夕食を全て俺に作らせる気か?」

 スースは軽やかに飛び跳ねるように立ち上がった。満面とは言わないまでもにこやかな笑みを浮かべている。

「とんでもないです! 私も腕を振るいますよ!」

 そう言って腕まくりするスースを制止するようにトマウは言った。

「いや、とりあえずは盛り付けだけでいい」

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