小百合が百合で何が悪い

雪桃

小百合が百合で何が悪い

 設楽したら小百合さゆりは誰もが認める完璧人間である。
 黒いストレートの髪を二つにきっちりと結び、立てば芍薬しゃくやく座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花が一番似合う少女に向かう者達は誰しもが目を奪われて立ち止まる程。
 完璧なのは外見だけでは無い。
 東大京大生徒を多く輩出してきた女学校の入試では全教科満点首席合格。今日はその女学校の入学式であるのだが。

「ねえ君。もしかして白鳥高校の生徒?」

 白鳥高校とは小百合が入学した高校のことである。

「入学式なんてサボって俺と遊ぼうよ。
 つまんない野郎の話なんて聞いてたって面白くねえだろ」

 如何にも不良と分かるようなその男は小百合の腕を半ば強引に引っ張った。

「ちょっと、痛いんですけど」

 ナンパには慣れている小百合は整った顔で睨みを効かせる。

「ごめんごめん。
 じゃあ行こうか」

 行くなんて一度も言っていないのに彼は改札の方へ歩こうとする。

「ちょ、っと!」

 聞き分けの無い彼に痺れを切らして小百合はバッグで殴ろうとした。

「あ」

 しかし閉じ忘れていたバッグのファスナーから参考書や筆箱が地面に落ちていった。

「おっちょこちょいな所あるんだね。
 拾ってあげるよ」
(元はと言えばあなたのせいで落ちたのよ)

 私物に触られたくないがここで払い除けるのは人間としてどうかと思う。

「これは筆箱かな? ピンク色で可愛いね」
(無駄口は良いからさっさと寄越せ)

 こめかみがヒクつきながらも小百合は笑顔を絶やさない。

「これで最後かな。文庫本? 
 何読んでるのかな」
「あ、やめた方が」

 小百合の抑圧も聞かずに男は文庫本の中身を見ようとする。
 その拍子に落ちたせいで緩んだ文庫本のカバーが外れる。

「え?」
(だから見るなって言ったのに)

 ナンパした男だけでなく野次馬のように群がっていた群衆が一斉に固まった。

「こ、れは?」
「小説です。別に学校で禁止されてないからいいでしょ」

 悪びれも無く小百合は淡々と話す。

「こ、これはライトノベルかな?」
「さあ? 種別は分かりませんけど」

 男が持っているその文庫本の表紙には小百合と同い年くらいの女の子二人が半裸になってキスしようとしている所だった。
 嫌な予感を男は抱きつつも静かに小百合に本を返した。

「どうも。
 あ、後お誘いはお断りします」

 そこらにいる者達にも聞こえるように小百合は声を上げた。

「私男性は恋愛対象じゃないので」



 小百合がモテるのに彼氏を作らない理由は二つある。
 一つは初めて作ったは良いが勉学が妨げられて成績が悪くなったこと――と言っても学年トップは変わらないが。
 これは二割程度の理由だ。
 では何が一番嫌なのか。それは

「! 花ちゃん!」

 下駄箱の前にいるボーイッシュな少女がこちらを向く。

「小百合」
「はなちゃ~ん! 今日こそ私の彼女になって」
「くたばれ」

 抱きついてくる小百合を花と呼ばれた少女は押しのける。
 そう、小百合がモテるのに彼氏を作らない最もな理由。それは彼女が

 同性愛者

 だからである。






『も、もう駄目よ麻里まり。私、我慢出来ないっ!』
『良いよ。沢山イッちゃって由奈ゆな
 受け止めてあげるから』

 幼い少女達は頬を赤らめ、間ぐわっているその秘所から愛液を滴らせながら絶頂に達した。

 という小説を小百合は読んでいる。

「花ちゃん。私達もこんなことしよう」
「寝言だとしても首を絞めてやろうか」

 入学した翌日から小百合は浮いていた。
 眉目秀麗だからもある。
 しかし今日の自己紹介で。

「設楽小百合です。
 好きなものは二次元と可愛い女の子です。
 花ちゃんの婚約者候補です」

 そりゃあ引かれるわな。

「おかげで私まで巻き添え食らったじゃん」
「悪い気はしないでしょ」
「悪い気しかしねえよ」

 小学校の頃から二人は――というか小百合が半ば強引に――同じ時間を共有してきていた。
 因みに花は同性愛者ではない。

「スポーツ推薦でここに通えることにはなったらしいけどあんたがコネ使ったわけじゃ無いんだろうね」
「そっか。
 その手を使えばもっと有利に花ちゃんと高校ライフを満喫出来たのか」
「使うんじゃねえ」

 白鳥高校は先程も言った通り余っ程の天才で無ければ入れない。
 花も頭が悪い訳では無いが言って中の上。
 一般入試ならば落ちているだろう。

「ていうか今それ読むの止めてくんない?」
「いつ読もうと私の勝手」
「飯食ってる時に目の前でどぎついもの見せられてる身にもなれや」

 人並外れた容姿の少女が弁当片手にレズ小説を読んでいる。
 しかもどこかで失くしてしまったのかブックカバーも無い丸見えの様子である。

「これオカズにご飯食べてるのよ」
「道理で白米しかないとおもった」

 よく食えるなと花は呆れ半分尊敬半分で幼馴染みの少女の姿を見ていた。

「それより聞いてよ花ちゃん」
「そうか。警察と病院どっちが良い」
「何も言ってないよね」
「予想出来んだよ。ほら、選べ」
「聞くだけ聞いてよ。
 さっき購買行ったらね、めっちゃタイプの女の子がいたの。その子ね、おっぱいも大きくて」
「ほらやっぱりそうじゃねえか。この場合は警察だな」

 本気で呼ぼうとしている花を引き止めて小百合はまだ話を続ける。

「それでね。その子も一年らしいの」
「だからなんだ」
「ちょっとロックオンしてくるわ」
「じゃあその間にその本燃やしてくるわ」
「やめて!?」


 放課後。
 きっちり情報収集していた小百合は――やはり半ば強引に――花を連れて隣の教室に向かった。

「どこにいるかな~?」
「なあ小百合」
「はいはい?」
「お前さっき現文の時間に結婚して子ども欲しいとか書いてただろう」
「それが?」
「女と結婚したら子どもなんて出来ねえだろ」

 そんなこと知ってますが? 的な目を向けられて危うく花は幼馴染みを殴り殺す所だった。

「だからまずホモの人と結婚するのよ」
「あ、大体読めてきたわ」
「結婚したら子ども作るでしょ? そしたら親権とかは面倒臭いから離婚はせずにお互い同性のパートナーを作るでしょ。ね? 一石何十鳥にも」
「子どもが可哀想」
「そっち?」

 そっちじゃなかったらどっちなんだと花は思った。
 そんな中でも小百合はその“可愛らしい女の子”なるものを探している。

「私帰っていいか?」
「駄目! あんな可愛い子目にして私が耐えられるとでも!?」
「要するに人見知りするから私が仲立ちしろってことだろ? それが嫌なんだよ」
「なんでぇ?! 十年来の仲でしょ」
「無理矢理仲良くされた気があるぞ」

 周りの者達は皆こう思っていたことだろう。
 本当にこの二人は友達なのだろうか、と。

「早く見つけろ。十秒以内に見つけなかったら原宿でお前を捨てる」
「そんな殺生な! 私があの人混みに耐えられないこと知ってるくせに!」
「だからだ」
「はなちゃぁぁん!」

 こんな綺麗ななりをしていると言うのに彼女本来の性格はインドア派のレズ娘なのである。

「ほら早くしろよ。じゅーう、きゅーう」
「ま、待って。追い込まれると挫折する」
「はーち、なーな」
「えっとボブのおっとりした女の子。女の子しかいない」
「当たり前だ。ろーく、ごー、よーん」

 一クラスが三十五人と結構な人数である。
 しかも小百合も一目しか見ていないから完全には分からないのだ。

「さーん、にー」
「ええいままよ! 出てこい私のタイプの美少女!」

 来るはず無いだろ。と花が思っていると

「あ、あの設楽さんですか?」
「ええ私が設楽小百合ですぜ奥さん」
「誰だお前」

 人見知りが大声を出したせいでパニックでも起こしたらしい。

「はなちゃん!」
「耳元で叫ぶな鬱陶しい。なんだよ」
「いた! 私の彼女!」
「どこに……ってああなるほどな」

 見つからなかったわけだ。その子は外出していたのだから。
 そして目の前にいる今声を掛けてくれた少女こそが小百合の求めていた美少女。

「天使ちゃぁぁぁん!」

 小百合は少女に抱きつき真っ先に胸へ手を伸ばした。

「お前はやっぱり警察だな。うん」
「スマホを降ろせぇぇ!」

 呆然としている少女に代わり花が小百合の手首を折れる程強く握りしめ、もう片方の手でスマホを器用に操っている。

「すみません出来心です。本当にすみません」
「出来心で胸揉むなよおっさんか」
「レズと呼んで」
「死ね」

 兎にも角にもここでは目立つ――既に痛いほど視線が集まっているが――ため、中庭に移動することにした。

「なんではなちゃんが真ん中に立つの?」
「自分の行いを理解してからその言葉を言え」

 少女の名前は上田 友里ゆうりらしい。
 如何にも一般人オーラが凄いが彼女もこの高校に入るということは稀な学力というわけだ。

「いやー本当に友里ちゃんは可愛いなぁ。ね、私と番にならない?」
「つ、番?」
「安心して上田さん。これは脳味噌腐ってるゾンビだから」
「レズゾンビとお呼び!」
「死ね」

 先程も同じやり取りを繰り返していた気がする。

「あ、あの設楽さんってその……百合なんですか?」
「小さい百合です」
「名前を聞いてるんじゃない」
「大きな百合です!」
「………………」

 到々花はツッコミを放棄した。

「友里ちゃんはぁ、女の子同士の恋愛にぃ、興味あるぅ?」
「えっと」
「大丈夫。どう返答しても私がこいつを縛り上げるから」
「じ、じゃあ興味はあまり無い、です」
「今から百合にしてあげ、ごふぅ!」

 花の鉄拳が小百合の腹に直撃した。

「興味無いんだってよ。ほら帰るぞ」
「え、待って! せ、せめてお友達に」
「あ、お友達なら」
「本当に!? じゃあ友里ちゃん、今から一緒に」
「原宿な」
「え?」
「言っておくが十秒以内に見つけなかったから罰は受けてもらう。行くぞ」

 花の力には到底叶わず小百合はどんどん引きずられていく。

「ま、待ってはなちゃん! 無理無理まじでやだ!」
「………………」
「無視!?」

 二人はそのまま遥か向こうへ行ってしまい友里だけ取り残された。

(不思議な二人だな……)

 果たして小百合はこの学園で彼女を作れるのだろうか。
 いやそれよりも原宿から生きて帰れるのだろうか。
 小百合の戦いはこれからも続く。

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