竜神姫 ~白髪赤眼のモノノフ~

スサノオ

第十九章 千火の強み



 アーサーとグィネヴィアからゼルギウスについての話や、何故自分達がその親竜派の人間でありながら最強の騎士に追われている理由を一通り聞き終え、千火は一つ息を吐いた。

「…………なるほどな。それで君たちは母国たるアメイラル王国に追われていたのか。だが、そうだとしても兵力が全然集っていないのは問題ではないか?」

 アーサーの言葉に納得する一方で、アメアクダイエ大陸最大の大国と戦うには心許ない点を指摘すると、アーサーは苦笑いを浮かべる。

「そこは僕としても認識してる。周辺各国の親竜派国家からも兵力を借りたい所ではあるんだけど、偵察兵から得た情報はどれもアメイラルと同じ状況でね。密かに自国の軍事強化に励んでるみたいだし、到底こちら側に引き込めそうに無かったんだ」
「…………だから倭国わこくに、竜族を神聖視する者が多い私の同郷の人間が造った国に、グィネヴィアを使者として送ったのか」

 倭国わこく
 今から三十年前、親竜派が主流だった頃に日の本の国から転生してきたモノノフ、御剣みつるぎ龍馬りゅうまという豪傑ごうけつによって造られた国だ。
 モノノフが作り上げた国とあって、その住民の殆どが日の本の国出身かつ住民全員が下級から上級の竜族ないしは竜族にとって親しい間柄にある魔物と契約し、何かしら一つ武術を極限まで体得している。つまり市民という名の兵士が存在し、全員が戦えるという徹底的な武装国家であり、竜族を純粋に神聖視するその姿勢から親竜派国家の代表を務める国でもあるそうだ。……勿論、これについて聞いた時は千火としても苦笑を隠せなかったが。
 戦力についてはともかくとして、全住民が竜族や親竜派の魔物と契約を交わしている関係上、本来の意味通りの親竜派である事に疑いようはない。加えて、過剰戦力とも呼べる錬度の高いモノノフだらけの国でもあるため、兵力が少ない現状を打破する為に事情を説明した上で援軍を要請するには打ってつけだったのだ。
 だが、アメアクダイエ大陸から海を跨いで六千九百キローー癪ではあったがこの先の事を考えると我が儘を言ってられないので、キロという距離単位についての説明を受けたーー離れたガーダイルオータン大陸に行かなければならないのだ。
 ガーダイルオータン大陸は比較的人間に友好的な親人派の竜族が多く、生息している魔物の殆どが親竜派である。竜族もしくは自分達に仇成す者達には攻撃的ではあるものの、それ以外には基本的に温厚である為危険は少ないと言える。だが、自国民以外の国の人間が海に出ないか警戒しているアメイラル国王の監視をかいくぐった上で海を渡るとなると、必然的に自分の力でガーダイルオータン大陸に向かわなければならない。その関係上、監視を潜り抜けられるだけの透過魔術の使い手であり、尚且つ体格が大きい上に手強い海棲の魔物が跋扈する海を乗り切る、もしくは空を飛ぶことが出来る人間が必要となる。そして、それに当てはまる人間はグィネヴィア一人しかいなかったのだ。
 だからこそグィネヴィアを使者に立て、倭国に対して援軍を要請して貰う事にしたのだが……。

「そうだよ。もっとも、僕が想像していた以上に彼女が動いてくれて、ある意味困ったんだけどね」

 そう言ってグィネヴィアに視線を向けるアーサーの表情には、心配から来る怒りが僅かながら混じっていた。
 そう、確かにグィネヴィアは使者としての役割を無事に果たし、援軍を派遣してもらえる約束を交わす事に成功した。それも半日でガーダイルオータン大陸に到着し、残る半日で会談を済ませた上で、である。
 だが、彼女がゼルギウスに追われた最大の理由は、その帰り道にしくじって監視に見つかってしまったからではない。あろう事か彼女はそのまま帰還するのではなく、攻めるべきアメイラル王国の王城内に単独侵入を果たしたのだ。しかも、ヴェルザード王や今の親竜派の行動に強い不満を持った騎士や魔術師達を暗闇に紛れて解放、自分達に協力するよう呼び掛けたのだ。中には第一騎士団の元団長であったり、世間一般からは大魔導師と謳われるような歴戦の猛者の姿もあったが、そう言った者達も自分達を助けてくれた恩義や、この国を本来の親竜派に戻すべく協力を快諾。戦力を大幅に上昇させる事に成功した。
 その上で解放した者達の潜伏場所を確保し、自分達とアメイラル王国軍が戦闘を開始した際に内乱を起こすように指示を出すと、安定して潜伏場所に辿り着けるようにわざと正面から堂々と王城を上級魔術で攻撃し、囮としての役割を果たしたのだ。
 ……その結果死にかけたという事で、千火が寝ている間にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

「まあ、私がグィネヴィアと同じ立場であったなら、そうしていた可能性が高いな。私としても、視界が悪く隠れられる場所が多い大樹海まで王国軍を呼び寄せる方が得策だと思う。なにしろ、歴戦とは言え今この村にいる戦士五百二十人程度に加えて、グィネヴィアが解放した親竜派の戦士達で、何万の大軍を相手にしなければならないのだからな。伏兵や奇襲戦術、加えて餓えた魔物や魔族などの乱入が重なれば、かなりの打撃を与えられる。加えて言えば、樹海側に追い込んでから内面で暴れさせた方が退路を絶ちやすいし、確実に王の命を取れるからな」
「……その乱入に関しては僕達側にも被害が出そうなんだけどね」

 相手は魔物だ。こちら側の事情などお構いなしに、生存本能の赴くままに突撃してくる。確かにそれで王国軍側に損害を出せなくもないが、それはこちらとて同じ事だ。
 だが、千火は笑みを深めて言った。

「それについては私に考えがある。契約とまではいかないが、ある程度の強力で知恵のある魔物ならば私が味方側に引き込める。お前がそれを望むなら、策や動きの方針を決めてから、出陣の日時までに指定した全ての魔物を手懐けてくるが」
「…………え?君、もしかして魔物と意志疎通を取ることが出来るの?と言うか、さっきから気になる事を言ってるけど、もしかして僕達の戦いに参加するつもり?」
「……逆に問うが、それ以外を目的として先の言葉を投げ掛ける奴がどこにいる?私は嫌竜派の人間でもなければ、アメイラル王国側の人間でもないのだぞ」

 千火としても、この二人とアメイラル王国の問題は看過しがたい。
 勿論、竜族と人との関係を取り戻す為の障害の一つであり、この竜族と人との対立の世が終わった先の未来にある自分達の事しか考えていない、そんな連中を生かしておいてはこの先の世界において害悪であると、世界を調和する者としての観点からも捉えられる。だが、それ以上に水龍王が、元の関係に戻したいと切望しているリヴァイアを裏切るような真似をしていながら、親竜派だとのたまうふざけた人間達に対する怒りの感情が強かった。
 確かに自国の未来を案じて軍事力を強化すると言う判断は、国を統べる王として間違いではない。むしろ、そう言う先のことを見越せるだけの広い視野がなければ国を存続させる事など不可能だ。
 それを踏まえたとしても、このアメアクダイエ大陸を支配している親竜派が、竜族を親しい間関係にありたいと望む人間がするべき行動ではない。
 人間と友好関係を結びたいと望む竜族や親竜派の魔物を引き入れ、嫌竜派の人間やや自国に対して脅威となる魔物や嫌人派の竜族と戦わせる。その果てに、何かしらの原因で死亡した個体や嫌人派の竜族の無事な臓器や身体の一部を切り取り、生身の人間の皮膚や体内に移植。そして、竜族ないしはそれに準じる力を持つ親竜派の魔物の魔素を得ると同時に、それに耐えられる強靭な肉体を手にするという、自然や動物に対して人一倍愛情を抱き、命の有り難みをよく知っている千火にとっては到底許し難い事柄であった。ーー人如きにまったく体の構造や大きさが異なる竜族の臓器や、身体の一部を移植する事が出来るのかは甚だ疑問ではあった。が、アーサーによると、トレースオブオーガンという支援系特殊魔術を用いれば臓器や身体の一部さえあれば人間のそれと同じ物に変化させる事が可能らしい。
 しかし、最近では嫌人派が大多数を力強き竜族と真っ向から対立する親人派の竜族や、その竜族と友好関係を結んでいる魔物から共闘を持ちかけて協力すると見せかけ、何かしらの戦いで脅威が死んで満身創痍な所を強襲して斬り伏せ、死骸を意図的に奪っているのだ。しかも、自国にとって居られると困る国に濡れ衣を着せ、死骸となった竜族と親しい間柄にあった竜族と魔物か強襲させ、弱った所や不意を突いて仕留める、ないしは契約を結んで貰うなりして完全に手駒に加えるなど、血も涙もない徹底した自国強化に励んでいるのだ。
 もはや嫌竜派となんら変わりのない、外道鬼畜とすらも呼べぬ残虐な行動を取り、ただひたすらに自国の軍事強化ばかりを狙う。そんな親竜派が、この世界に蔓延はびこらせておいて良いはずがない。そもそも、たまたまこの状況を目の当たりにして、なんとか生き延びた個体が他の親人派の竜族に言伝し、嫌人派の竜族に加担する事態すら起こっているのだ。

(これでは嫌人派の竜族が増えるのも道理だな。だが、そんな日々も、次の戦で全て終わらせやる。今に見ていろ、アメアクダイエの偽親竜派共がッ)

 竜族と人間との関係に好き好んで溝を刻み込む阿呆など、もはや千火にとって敵でしかない。そんな敵が、自分と同じく竜族が好きですなどとのたまっているのかと思うと吐き気すら覚える。それだけの凶行を耳にしておきながら、自分がこうまで冷静に戦力分析出来ている事実が不思議に思えてくる。いや、今の現状こそが、よく耳にする゛既に怒りを通り越し過ぎた゛結果なのかもしれない。

「君が僕達と一緒に戦ってくれるのは心強い限りだけど……魔術はどれぐらい使えるの?」

 グィネヴィアが演じていたあの戦いで、騎士団達がどの程度魔術を扱えるかは既に分かっている。

「それは君も分かっている筈だろう?私が使える魔術なぞ、たかが知れているぞ」

 そして歯痒い事に、あの軍勢と自分が戦った所でマトモに相手にならない事も、分かり切っていた。
 いかに前世において魔術を使っていたとしても、所詮は感覚的に使っていたものだ。段取りをしっかり学んだ上で使っているこの世界の歴戦の戦士と、ここに来て間もないド素人との間に、長大な差があるのは言うまでもない。加えて、騎士団と呼ばれる軍団に所属しているくらいだ。普通の戦える人間達と比較にならない強さを誇り、魔術の知識がそこいらの戦士よりも豊富なのは容易に察せられる。そんな人間と自分など、赤子と老人程の経験の差があると言っても過言ではない。

「…………え?だって、君がグィネヴィアを助ける為に、ルシファムルグの魔刃器を抜いてくれたんだよね?しかも、君は弓の中級魔術の中でも上位に位置する魔術 ブレイジングスター・レインを発動させたんだよね?」
「…………そんなに複雑で難しい魔術だったのか?それに、弓の魔術というと、武器ごとに発動できる魔術が存在するのか?」

 別に自分を卑下したつもりはないし、正当に評価したつもりだったのだが、驚かれた事実にまごついてしまう。いや、それ以前に武器ごとに魔術が存在している事実に驚いた。
 攻撃魔術、結界魔術、支援魔術が存在しているのはリヴァイアから聞いているし、発動するには自分の頭の中で想像した事情を帯びた魔素を、一定量放出する必要があるのも身を以て体験済みだ。そして、あまり意識はしていなかったが、武器を振るうだけで魔術が発動する事も身を以て知ってはいた。
 だが、それはあくまで風の刃であったり、威力を増強させるものであったりと、武器を振るった際に生じる現象を魔素で強化させたような、お世辞にも魔術とは呼べなさそうな代物ばかりだ。だが、アーサーによるとそれは立派な魔術の一種らしく、想像した事象を帯びた魔素を流し込まれた武器を振るうことで魔術が発生するというその性質から、武器魔術と呼称されるようだ。
 とは言え、この観点から言うと武器を振るうだけで並大抵の魔術を発動させられるような気がしなくもない。のだが、武器ごとに発動できる魔術に相性があるらしく、弓は遠距離攻撃魔術かつ全属性に対応しやすい上に、魔素の込め具合や想像の度合いによっては、千火がやったように一本の矢から何万何億の高威力の矢を放つ事が出来るようになるらしい。……千火としては、いつも自分がやれていた連射を想像していただけなのだが。
 その事を話すと、アーサーは何故か溜め息を吐いた。

「…………君が転生者だって事は知っているし、他の転生者と同様に大量の魔素を持っているのは分かるよ。でも、さすがにそんな簡単に中級武器魔術を発動されると、僕としては少し複雑な気分だよ……」
「そんなに難しいのか?」
「難しいなんて言葉で現せるものじゃないよ」

 それまでアーサーの言葉に付け加える程度でしか話してなかった、魔術についてはこの場いる誰よりも詳しい少女が口を開く。

「千火にとっては簡単な事だと思うかも知れないけど、それこそ千火が戦った騎士団のような、普通の人々から見ても戦い慣れした人間じゃないと使えない代物なのよ。確かに原理としてはアクティビションや魔法陣と同じなんだけど、武器に込めるとなると難易度は飛躍的に上がるの」
「何故そんなに難しいのだ?それに、魔刃器振るう武器魔術なら、私にだって簡単に出来るぞ」
「言い方が悪くなっちゃうけど、それはあなたが規格外の魔素と類い希な武器とのシンクロ率ーーあなたの世界で言うなら、同化率って言うべきかな?それが非常に高いからなの」
「…………武器との同化率?」

 また訳の分からない単語が出てきた事に千火は頭を悩ませたが、すぐにグィネヴィアが補足的に説明してくる。

「同化率なんてすごく堅い言い方してるけど、本当に平たく言っちゃうと、『どれだけ武器を自分の身体と一体化出来るか』っていうのを数値化したものなの。まあ、同化率の数値うんぬんについては今は置いておくけど……千火の場合それが凄く高いんだと思う。普通の人だと、武器の重さや大きさの関係で自分の身体の一部として認識するのは凄く難しいの」
「確かに私も、最初の内は木の薙刀の重さと大きさだけで、振るうのに精一杯であったからな。今でこそ慣れた物だが、武器と自分の身体を一心同体にしろっ、と父上に言われた時は、本当に鬼畜か外道かと思ったものだよ」
「……懐かしんでいるところ悪いけど、話を戻すね。……千火が戦ったゼルギウスとアルベルトーー私の結界にトドメを刺して剣を弾き飛ばした二刀流の剣士の事ねーーあの二人を除いた騎士団の人間だって、確率で言えば四十から五十パーセント……じゃなくて、四割から五割ぐらいなの。それだって、普通の人にとっては高い方だし、最上位かつ事実上アメイラル王国最強戦力の第零騎士団の騎士達だって、六割から七割が精々よ。そしてそれは、魔刃器にも当てはまってくるの。千火も既に持っているし使っているから分かると思うけど、魔刃器は確かに普通に鉄を鍛えて作り上げられる武器と比べて軽いし、遥かに丈夫だよ。魔素を集結させた物だから当たり前なんだけど、どれだけ軽くても命を奪う道具を手にしている事実に変わりはないわ。だから、そこでまず『自分が武器を持っている』と認識した時点でまず同化率が減少するの。他にもいろんな要素があるけど、そうやって武器との同化率が下がると、それだけ自分が武器に魔素を流し込もうとしたときに覚える違和感が強くなるの。でも、千火にはそれはないでしょ?」
「違和感、か。確かにそれらしいものは無いな……どんなものなのだ、と問い掛けたい所ではあるが、そこは今は触れないでおこう。それより、同化率について理解はしたが、それなら何故あの騎士達は魔素によって形成された魔物や竜を武器から放てたのだ?」

 武器の同化率の説明やグィネヴィアの口調から正しければ、そこまであの騎士達の同化率は高くない。だが、それならば何故竜や魔物の姿をした幻影を呼び出して攻撃する事が出来たのか疑問に残る。そもそもあんなに精巧な幻影を作り出して攻撃する事が出来るのであれば、想像した魔素を帯びさせて振るうだけの武器魔術なぞ簡単使えるのではないかと、矛盾を感じ取ったからだ。

「あれはね、召喚刃っていう、契約魔刃器特有の武器魔術なの」
「召喚刃?」
「そう。これは簡単に言っちゃうと、契約した相手の姿を思い浮かべた上で振るだけで、その軌道上に幻影の契約相手が召喚されて攻撃するっていう魔術なの。これの最大の特徴は、召喚刃をするのに必要な魔素や術式は契約した相手に全て任せられて、自分が一切魔素を流し込む必要が無い点なの。その分契約相手に負担が掛かりやすいから、あんまり連発させ過ぎると契約魔刃器そのものが姿を保てなくなって使えなくなっちゃうんだけどね。勿論、相手任せじゃなくて自分も魔素を武器に流し込めれば、使う魔素の量が相対的に減るから負荷を減らすことは出来るし、込めたい属性の魔素を混ぜて、契約した相手の弱点を保護した上でより強力な幻影を呼び出すなんて芸当も出来るわ」

 その分自分にもかなり負荷が掛かっちゃうし、呼び出す相手によっては一撃発動させただけで魔素が枯渇こかつする可能性もあるから大変なんだけどね、と付け加える。
 その言葉を聞いて千火は一度大きく息を吐いた。
 ひとまず先程まで聞き終えた情報の一つ一つを整理する必要があるからだ。とは言え、グィネヴィアの説明はアーサーやリヴァイアと比べてかなり分かりやすい。脱線する事が少なかったのも理由の一つだが、なによりいらない情報と必要な情報の区別が良くできている。牢獄から純親竜派の騎士や魔術師達を解放したその日の内に、隠れ家として相応しい場所の確保や誘導策を考えられるのも頷ける。
 だが、そうやって分かりやすく伝えられた情報を整理している内に、一つだけ分からない事があった。

「…………一つ確認したいのだが、召喚刃、というのは契約相手の魔素を使って発動させる魔術、であっているか?」
「そうだけど、何か気になる事があるの?」
「例えばの話なんだが……召喚刃を発動させると同時に別の武器魔術を発動させた場合、どちらが優先させられる?あと気になったんだが、召喚刃で幻影を呼び出して攻撃出来るのなら、そのまま幻影ではなく契約相手本体を召喚させたり、契約相手が覚えている魔法陣や詠唱が必要な魔術を発動させる事は出来るのか?」

 魔法陣を使った上でリヴァイアやルシファムルグを召喚するのは、千火としても現段階における最大の目標である。だが、それ以上に武器の同化率がずば抜けて高いらしいのならば、先に召喚刃をのみならず召喚魔術の武器番を体得、その上で武器を振るうとともにあのリヴァイアが使った巨大氷槍やルシファムルグが持つなにかしらの遠距離攻撃魔術を使えれば、武器を振るうことに何よりも特化している千火でも、この魔術が主体となるこの世界でもかなり戦えるようなる。加えて、もし召喚刃と共に武器魔術が発動できた場合、召喚刃の幻影を囮にして本命の高火力魔術を撃ち込むという戦法も取れるようになるのだ。魔素はそれなりに消費するだろうが、それに見合った戦果が見込めるならばその戦法を取りたいところだ。……とは言え、リヴァイアが扱う魔術も、ルシファムルグが扱う魔術も、自分の力でも武器魔術、普通魔術、双方とも発動できるように努力するつもりではあるが。 
 理由についても答えた上で、千火が言わんとしている事柄を全て理解したグィネヴィアのみならず、側で聞いていたアーサーまで苦笑を浮かべていた。いや、よく見ると、魔術について詳しいグィネヴィアの額には若干汗が浮かんでいる。その様子から見て、相当な難易度を誇る事柄をしようしているかを容易に察する事が出来た。

「…………うーん、私が使っている魔術は魔法陣からの発動だけだから、武器魔術についての知識はあっても発動させた事がないから何とも言えないんだけど……」

 と前置きを置いてから、それぞれの解答を出してくれた。
 召喚刃と同時に武器魔術を発動させた場合、召喚刃の幻影に武器魔術の性質が混ざり込んでしまう。幻影を囮にしたいのであれば、召喚刃を発動させた上で、再度武器魔術を発動させる必要がある。
 契約相手が体得している魔術を、武器魔術として発動させる事は出来るそうだ。ただし余りに複雑な想像と魔法陣を作り上げた上でようやく発動させられる魔術や、到底武器魔術として運用出来そうにない魔術は発動させることは出来ない、という制限が発生する。だが、それらの魔術本来の威力から大部弱体化したものであれば発動出来るとの事だった。
 そして、武器魔術からの契約相手の召喚。これは武器魔術や召喚刃の性質から考えられれば、可能ではあるらしい。ただ、召喚刃と似ていながら、それを成すには全く異なる上にかなり面倒な段取りが必要になり、それに伴う魔素の消費量が馬鹿にならず、しかもそれだけやったところでマトモに契約相手が実力を出せない上にじぶんにも不利益を被るため現実的ではないそうだ。
 まず、召喚魔術を発動するための魔法陣を武器本体に描く必要がある。これは召喚刃や武器魔術として契約相手の魔術を使用する場合とは異なり、契約相手が現界するための゛門゛としての役割を果たすからだ。゛門゛としての役割を持つ、というだけあって召喚の魔法陣は非常に頑丈でなければならない。のだが、ーー手の平に乗っかるような小柄な相手の場合はむしろ簡単なのだそうだーー人を軽々と越えるような魔物を召喚するともなれば、その巨体を現界させなければならない関係上、どうしても複雑かつ精巧な術式となってしまう。しかも、召喚の魔法陣を描くのに必要な魔素は、契約相手が保有する魔素全てに加えて、それと同等の魔素を自身も流し込まなければならない。さらにたちの悪い事に、魔法陣の描き方や術式は、召喚する契約相手がなに利きか、主に扱う魔術の属性や種類、そして相手の種族によって変わるため、人語を発する事の出来ない魔物や低級竜族を召喚する場合は契約前に癖を見抜いておく必要がある。……千火が契約したルシファムルグも喋れないが、ある程度の意志疎通は図れるためこの限りではないが。
 そうしてやっと魔法陣を展開する事が出来たとしても、契約が解除されていないとは言えども相手の魔素が完全に体内からなくなってしまう。その関係上、召喚している間は魔刃器が完全に使えなくなってしまう為、攻撃手段はなけなしの魔素を使った低級魔術や体術、自分の持つ普通の武器だけと、大きく戦闘能力が落ち込んでしまう。
 だからこそ、他の騎士団達やグィネヴィア達も武器魔術という形のみならず、召喚魔術を使おうとはしないのだ。

「なるほどな。不利益だらけで到底使い物にならない上に、頼りの魔刃器も完全に使用不可能になるのであれば、君たちの反応にも頷けるな」

 グィネヴィアから事の詳細を聞き終えた千火は、唸りながらも首を縦に振った。
 いかに武器の同化率が高いと言えども、召喚魔術に関する知識や魔法陣すらも分からないのだ。リヴァイアは魔法陣を描かせる事で慣れさせ、召喚魔術を体得させようとしていた。だが、これは千火自身が召喚魔術に対する知識を深め、リヴァイアのみならずこれから契約していく者達の癖や行動傾向を見抜いた上で、召喚の為の魔法陣の描き方を学ばなければ何も解決しない。
 ならば。

「グィネヴィア。召喚魔術のみならず、君の持つ全ての魔術の知識を私に叩き込んで貰えないか?」

 この世界の水を司る水龍王からのみならず、魔術の知識が豊富なグィネヴィアからも知識を得、少しでも早く魔術の扱いを上達させるしかない。
 この世界に招かねざる客の言葉が正しければ、リヴァイアとは夢の中で語り合えるはずだ。ただし、リヴァイアに夢の中で会える事をあの荒神から聞いた事がバレる事なく、その事について頼み込まなければならないと考えると、かなり難しい。そうなると、回りくどくて面倒ではあるがグィネヴィアにどうにかしてその方法を聞く策を練らなければならない。

「私で良いなら、たくさん聞いて。魔術の事ならたくさん知ってるから。……でも、一つだけお願いしても良い?」

 どうやってそこまで持って行くか、と考えていると了承の返事とともに頼み事がついてきた。

「魔術について教えて貰う身だ。私の出来る範囲内でなら、何でも言ってくれ」

 そうでなければ平等ではない。
 アメイラル王国騎士団を圧倒するという、戦果として教授してくれた恩に報いる事は出来る。だが、それは当然の事であり、教えて貰うだけで自分は何もしないというのは、千火にとって業腹ものだ。
 何か代わりになるものをしようかと思っていた千火としては、まさに渡りに船であった。
 そんな千火の様子を見て、グィネヴィアは千火にある事を頼み込んだ。

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