竜神姫 ~白髪赤眼のモノノフ~

スサノオ

幕間 竜将の門出



 青々と生い茂る深い緑に覆われた森に、春のそれに似た柔らかい陽の光が降り注ぐ。
 小鳥のさえずりが絶え間なく聞こえ、日差しによって温められた空気を運ぶ風で揺れ動く葉の擦れる音は、まさに自然特有の演奏会だ。夏のような青々しさを持つ森でありながら、まさに春本番とも呼べる風が木々の間を駆け巡る。誰もが一度は想像したことがある、理想郷とも呼べる世界がそこには広がっていた。
 ……断続的に鳴り響く剣戟の調べが、けたたましく鳴り響ていなければ、だが。

「ハァッ!!」

 穏やかな大気を獰猛に揺らす声を張り上げ、自分の身長をゆうに超える大太刀を真一文字に薙ぎ払う。
 ブンッ、という大太刀が切り裂く大気の悲鳴だけでも、必殺の威力が込められていると容易に察する事が出来る剛の太刀。しかし、相手は地面に腹が少し触れるまでしゃがみ込む事でこれを回避し、続けざまに両手に握った二振りの太刀の切っ先を向けたまま走りだそうとして、

「ふむ。わしの道場に入門した頃と比べると、だいぶ動きがよくなったな。なかなかに隙もなくなったではないか」

 相手こと、長い白髪頭の老人は賞賛の声を上げながらも大きく後方へ飛び退いた。そのコンマ一秒後、老人が居た空間を、続けざまに放った斬り上げが切り裂いていた。

「あの頃から何も成長していなければ、拙者としても困りそうろう。仮にも次代の竜神姫殿、あるいは竜神騎殿と共に歩む事をヨルムンガンド殿によって運命付けられた身。いかに拙者にこの大太刀捌きを伝授していただいた龍馬りゅうま殿であられようとも、一老人相手に苦戦しているようでは話にござりませんゆえっ」

 切り上げた勢いのままに肩に担ぎ、そのまま大地を穿つ勢いで肉薄する、端正な顔つきが特徴的な若武者は言う。

「ほぉう、下級の魔族如きに遅れを取り、わしが助けなければ今頃死んでいたであろう小僧が。そういう大言は、わしの本気の刃を受けてから抜かせっ!!」

 獰猛な笑みを浮かべ、龍馬と呼ばれた老人は二振りの刀を斜め十字に構え、大上段より振り下ろされた斬撃を受け止め、言葉を返す。

「勝てる見込みがあると思ったからこそ、先の大言を口にした次第!いかに師であろうとも、いつかは超えてこそ弟子というもの!これを好機とし、龍馬殿を越えて見せましょうぞ!!」

 そのまま鍔迫り合いを演じながら、若武者は自分の師と仰ぐ老将に言葉を紡ぐ。

「ほほう!!言ったな!!今このわしに勝てる見込みがあると言いおったな!!良いじゃろうっ、ならばこのわしを今この場においてくだしてみせいっ!!」

 口調に反し、むしろ自分を越えて見せてくれと言わんばかりの喜色と期待の籠もった声音で声を張り上げるのと、大太刀が弾かれるのはほぼ同時。しかし弾かれた勢いを利用して放たれた斬撃と、二振りの刀は再度ぶつかり合い、そこから刀同士での打ち合いへと発展する。
 一歩間違えれば死に直結しかねない斬撃避け、捌き、或いは弾いて次撃へと繋げるその様はまさに剣舞そのもの。しかも、互いが互いに自分の持てる全ての剣技を出し尽くているようには到底思えない余裕を持ち合わせておきながら、しかしその実絶技とも呼べる技を何百何千と断続的に放つ、至高の剣舞だ。

「肩慣らしはもう良いじゃろう?」

 そんな剣舞を肩慣らしと称した老将は、横凪に振るわれた斬撃を後方に大きく飛び退いて避けると、

「我、御剣みつるぎ龍馬りゅうまは貴殿らに命ずる!!貴殿らが持つ至高の力、それを具現化せし刃を我に授けよ!!水竜槍『瀑布ばくふ』、地竜刀『厳岩げんがん』、飛竜刃『裂霆さくいかづち』!!」

 大気も張り裂かんばかりの大喝をその口から発する。いや、事実、この大喝だけでも音圧による暴風が発生し、穏やかに日光浴をしていた木々を激しく揺らし、砂塵さじんを巻き上げる。
 そんな声だけでも一種の災害を起こせそうな老人の足元に、五つの魔法陣が展開された。それから数秒と絶たぬ内に、右足の側にあった水色に輝く魔法陣の中心からは、水色に輝く柄に紫色の穂先を持つ槍が姿を表し、左足の側にあった黒色の魔法陣からは、まるで岩をそのまま刀状に加工したような七尺の刀身を誇る大太刀が、龍馬の周囲を囲むように展開された金色に輝く魔法陣の中心からは、稲妻を帯びた蒼天色をした三尺の刀が三振り出現する。

「本気を出されましたな!!なれば拙者も本気を出しましょうぞ!!
 我、御蔭みかげ辰守たつもりは願う!!厳父たる大地を司る地龍王ヨルムンガンド、その最強の右腕にして、唯一無二の同族の中で友であり、好敵手であると言わしめし我が友 ヴァリトラよ!!今その力の片鱗たる刃を我が手に授けたまえ!!地竜刀『根裂ねさき』!!」」

 呼応するかのように、上段に構えていた大太刀を鞘に納めて背負うと、辰守もまた龍馬に負けず劣らずの音圧で大喝する。そして、左足のすぐ側に黒と黄土色と言う二色の輝きを放つ魔法陣が展開される。それから数秒と経たずに、それは辰守の得物はその姿を顕現させた。
 驚くべきは、漆黒の刃が一際残忍な輝きを放つ黄土色の刀身だ。刃渡りだけでも十四尺はあろう長大過ぎる刃であながら、まるで岩盤に柄を付けただけかのように分厚く、それでいて幅は多く見積もったとしても四尺はあるのだ。あまりに巨大過ぎるその刀身だが、日本刀特有の緩やかな反りのある峰には、鎌のような突起が一尺に一個の割合で生えている。当然のように漆黒の刃が備え付けられている様子から、のこぎりのように引くと言う形であれば十二分に武器になりえそうだ。ついで現れた柄もまた、細身ながら一丈はありそうな辰守たつもりの長身と殆ど変わらない長さであり、ここまでくると儀式や願掛け、御神体などとして用いられるそれである。到底振り回す事はおろか、一人で持つことすら絶対に不可能と思える代物であった。

「久しく見ておらなんだが、やはりいつ見ても驚嘆する大きさよな。……さて、それを捌き切れるだけの力量が今のお前にあるか、試させて貰おうかのう」

 言って、龍馬は左手に握った『厳岩』は肩に担いだ形の上段に、右手に握った『瀑布』は穂先を地面に向けた形ーー脇構えに似た構えを取る。それに合わせて、『裂霆』は誰の手も借りていないというのに独りでに浮かび上がると、辰守にその切っ先を向けた。

「拙者とてこのような形で『根裂』を使うのは約二年ぶりにございまする。されど、今まで龍馬殿の指導のもと振るい覚えた大太刀の技術は、一人での修行において十分に振るえ申したっ。一人で振るえて二人で振るえぬはずが御座らんっ!!いざっ、共に参ろうぞ!!」

 『根裂』にそう声を掛け、試合という形においては二年ぶりにその巨刃の柄を握る。やはり、重そうな外見に似合わず、棒切れのように軽い。その軽さに見合わぬ、しかし一人での修行では何度も振るってきたおかげで得た馴染み深い握り心地が心強い。そんな『根裂』の刃を寝かせ、脇構えの構えを取る。
 本来、脇構えとは相手に刀の間合いを悟らせずに一撃を放つ事に念をおいた構えだ。同時に、右半身を無防備にさらけ出す事で相手に攻撃を誘発させ、それを避けた隙を突いて反撃の太刀を浴びせる構えでもある。が、辰守の場合は前者の効能が完全に死んでしまっている上に、師である龍馬には後者の特性も読み取られてしまっている。構えるだけ無駄なのは明白だが、それでも辰守は構える。
 二人の合間にしばしの沈黙が流れる。両者共にーーいや、実戦経験豊富な龍馬の方が有利だがーー手の内を知り尽くしている。先手必勝という言葉がある通り、先に攻撃を仕掛けた方が勝率は格段に上がる。それでも両者は、その場から身じろぎもせずに睨み合ったままだ。

(真っ先に攻め立ててくると思うたが、わしの出方を見て対応するつもりか。なかなかどうして、良い成長振りを見せてくれるよな。……ならば、ここは生意気な小僧に乗ってわしが出るとしよう)
「御剣龍馬、して参るっ!!」

 一言と共に、龍馬は緑多き大地を力強く蹴り飛ばす。そして、同時に横凪ぎに振るわれた長大な大太刀を身を屈める事で回避し、次撃が到達するよりも早く『瀑布』による刺突を繰り出す。

「いかに拙者が未熟者であろうとも、そのような愚直な刺突を放たれるとは心外にござる!!」

 身の丈と同等の柄による打突で穂先の軌道をずらし、同時に横凪ぎの斬撃を見舞う。

「愚直だと言い切るにはちと早ようないかのう?」

 想定通りの動きをしてくれた未熟者に言葉を投げ掛けるのと、『裂霆』の内一振りが『根裂』の刃を受け止めようと動くのはほぼ同時。しかし、重圧かつ巨大な『根裂』を受け止めるには、あまりにも小さ過ぎた。大気を切り裂く大刃にあっさりと弾かれてしまう。しかし、あっさりとは言え大気以外の物を凪いだからには、ほんの僅かにでも時間が生じる。
 到達する時間を遅らせる事で僅かに髪の毛を斬られながらも斬撃を避け、間合いを詰めるや否や次撃から来るよりも早く肩に担いだ『厳岩』を上段より振り下ろす。
 ここで後方に飛び退いて回避に転じるであろうと考えていた龍馬であったが、ここで少し計算が狂う。『厳岩』の刃が辰守に届くよりも早く、横凪ぎの勢いのままに一回転して後退しつつ切り上げられた『根裂』の刃が、それを阻んだのだ。
 ガギィンッ!!という刃と刃がぶつかり合う事で奏でられた旋律が、いかに『厳岩』が恐ろしい勢いで振り下ろされたのかを如実に物語る。

「……ほぉう、殺すつもりで振り下ろしたのじゃが、受け止めてみせたか。あの状況であれば、避けると思うていたがのう。……しかも腹を向けおるとは、尚良いのう」

 さも嬉しそうに、龍馬は未熟者と侮っていた辰守を褒め称えた。
 切り上げて受け止める、という方向に辰守が動いたこと事態が予想外ではあった。が、だとしても『厳岩』を弾くつもりで切り上げたのであれば、素直に弾かせて『厳岩』を吹き飛ばさせ、二の太刀を放つよりも早く『瀑布』で刺突を見舞おうと思っていた。だがこれでは、刀身の大きさの所為で辰守の身体が隠され、穂先を突き立てる事が出来ない。足元は確かに空いてはいるものの、『瀑布』の長さから考えると、肉薄した今の間合いでは『厳岩』に力を割きながら刺突を放ったとしても、どうしても隙間を縫う形になるため地面が邪魔して足を貫けない。その点から考えても、龍馬が想像していた以上に成長している事が伺えた。
 だが、当の辰守は師匠の未だ衰えぬ怪力に呻いていたのが先であり、自分の成長を実感出来て喜ぶのは二の次だった。
 確かに刺突の事も警戒して、受け止めるか弾くか、あるいは避けるか迷っていたところではあった。とは言えほんの一瞬で判断しなければならない状況で、どれが素早く斬撃を無力化させる同時に刺突を封じるか考えた結果が、受け止める事だったというだけの話だ。……一瞬でその判断を下せただけでも、充分修行の成果が出ていると、あとで龍馬に指摘されたが。
 しかし、受け止めて改めて思った事だが、この老将の力は明らかに強い。たったの一撃を受け止めただけだと言うのに、僅かながらも痺れを感じているのだ。多い日には一日千合は打ち合う事もある間柄だけあって、剛の太刀である事は十二分に把握していたし、最初の頃ならいざ知らず、今では剣を弾き落とされるなんて事は絶対に有り得ない。少なくとも、辰守はそう思っていた。だが、現実は一 両腕が僅かながら痺れたのだ。もしこれが右腕だとしたら、少なくともこれの倍近い衝撃が来るだろうと予測する。

(さすがは己の身一つで三種の竜族と契約を交わして見せたお方!年老いても尚これだけの力をお持ちしているとは……!!いかにヴァリトラ殿の力をお借りしていると言えども、油断は禁物にござるな!!)

 いや、相手は自分に大太刀剣術を叩き込んでくれた師匠だ、決して油断していた訳ではない。だが、ヴァリトラとも夜な夜な特訓していた自信が出て来ていたのも事実だ、心の中でどこか楽観視していたかもしれない。
 安易な気持ちで挑む事なかれ、再度気を引き締め直したところで、

「じゃが頭天はどうかのう?」

 先ほど吹き飛ばした『裂霆』が、辰守目掛けて突撃してきた。両手を斬撃一つで封じられ、鍔迫り合いを演じている若武者の頭天を貫かんと。
 以前の世界であれば、両手を塞がれ動けない時点で頭上の攻撃を避ける手段はない。だが、それはあくまでも以前の世界での話であり、魔術が存在するこの世界においてはいくらでも防ぎようがある。
 この世界に来て六年は経つ辰守とて、例外ではない。

「(奥の手として取っておきとうござったが、やむを得ない!!)龍馬殿!!拙者が成長しているのは武術だけではござらぬ事をご覧に入れましょうぞ!!解沈かいちん!!!!」

 最後の言葉が合図だったかのように、戦況は龍馬の予想もしない方向へと動き出した。

「むっ!?」

 最初の変化、それは『根裂』の喪失だった。
 つい先ほどまで『厳岩』にて鍔迫り合いを演じていた刃が、突如刃だけ瞬間移動したかのように何処かへと消えてしまったのだ。体重を前面に掛けていた事で、自然と前のめりになる。
 それは、龍馬にとって致命的な隙をさらした事を意味していた。

「せいやぁっ!!」

 奥の手を使う事で隙を作り出す事に成功した辰守は、見逃す事なく握り締めたままの残った柄を棒術の要領でぶん回し、龍馬の顔面を強かに打ち据える。同時に、頭上より降り注ぐ『裂霆』の刺突を全て弾いてみせた。

「ぐぬぅっ!!」

 打ち据えられた老将は後方に大きく吹き飛ばされたものの、後方宙返りの要領で着地する。が、額が切れてしまったらしく血が流れ、視界は赤く染まって非常に見づらい。慌てて拭おうとしてーー

小一しょういち隆刃りゅうじんッ!!」

 ーーその言葉に危機感を覚え、なりふり構わず後方へ飛び退く。
 爆音にも似た轟音が鳴り響き、何か硬い小さな物が一斉に襲いかかってきたのは、それから約〇,〇〇三秒後の事であった。
 目視出来ない状況下ではあったが、鼻先と唇が軽く縦に切れたのを痛みという形で感じ、全身を穿たんばかりに叩きつけてくる砂利や小石の威力から、龍馬は辰守が放った技の恐ろしさを痛感した。
 恐らく、上位地竜族の頂点に立つヴァリトラの竜刃器りゅうじんきーー竜に己の存在と力が対等以上であると認められ、契約を交わした者だけが持つことを許される、竜の力を武器の形として具現化した得物ーー『根裂』が有する特殊魔術の一つであろう。
 刃が消えた事、そして辰守の合図から察するに、任意で刀身を地中に埋没させ、辰守の合図と共に標的の足元から刃を突き出させる能力だと推察出来る。しかも「小刃」と言っていた事から踏まえて、刀身そのものだけでなく突起すらもその対象だと直感する。
 しかし、龍馬に出来る事はそれまでだった。
 なりふり構わず後方に飛び退いた所為で加減を誤り、後ろにあった木に勢いよく身体を打ち付けてしまう。それでもなんとか顔を拭おうとしたところで、

小二しょうに結刃けつじん!!拙者の勝ちにござるっ!!」

 首もとに刃が添えられたのを感じ取って、その動きを止めるーー事なく。

「……まったく、わしの知らぬ所でとんでもない技を覚えおって。これではいかにわしが召竜刃しょうりゅうじん憑依装着ひょういそうちゃくを全力で使ったとしても、圧倒されたやもしれんのう」

 愚痴にも似た口調で、しかし負けた事に対してむしろ喜んでいるようにさえ思える声音でそんな事を言いながら、龍馬は『瀑布』を地面に突き刺して改めて拭う。布と傷口がこすれて痛いが、それでも浅い事は確認出来た。
 そして、今首に添えられている刃が、『根裂』の峰に生えていたあの突起であることも。

「それはさすがに大袈裟にございまする。いかに拙者が先の技を用いたとしても、あの程度では本気の龍馬殿と良くて辛勝、最悪相打ちではなかろうかと」
「ふっ、負けると口にせぬ自信をつけたお前の言うセリフか?まぁよい、負けは負けじゃ。奇策に対応できなかったわしの研鑽不足じゃ。
……願いは叶えり。大儀であった」
「我が願いを叶えて頂き感謝に堪えませぬ。お力添えありがとうございましたっ!」

 会話をそこで途切ると、労いと感謝の意味を込めた言葉をそれぞれの竜刃器に投げ掛けた。その言葉が合図だったかのように、、竜刃器はたちどころに召還された時に生じた色の光子となってその姿を消していった。大地に姿を消した『根裂』の刀身のものであろう、至る所から光の粒が立ち上っている。

「……さて、辰守よ。見事わしを越えてみせたその技量と力を信じ、一つ頼み事をしたい。聞いてくれるか?」
「ははっ!!いかなる要件に御座いましょうか!?」

 詠唱を破棄した上に魔法陣無しで支援魔法 エイドを発動させて傷を癒やしながら、敗れた師は一番弟子に言葉を投げ掛ける。その言葉に応じ、すぐさま辰守は厳粛な態度で言葉を返した。龍馬が作り上げた小国にある道場ではなく、わざわざ大きく外れたこの森に誘い刃を合わせさせたその真意を、しっかりと耳にするために。

「水竜の友を持たぬお前には分からぬ事ゆえ、わしが直々に教えてよう。わしが起きた丁度同時刻に、我が友みずちが水龍王リヴァイアサン殿から急報を受けてのう。……竜神きの素質を持ち合わせた者と魂契の儀を終えたとの事じゃった」
「なっ!?それでは、龍馬殿が拙者をこの森に連れて力を試されたのはーー」
「お前の察した通り、竜神き殿を支え共に戦う者 竜将を名乗るに相応しい実力があるか否か確かめる必要があった。そして、竜将の器に限り無く近いこのわしを超えた今、まさに地龍王ヨルムンガンド殿の予言は現実となった。……あとは分かるよのう?」
「はっ!新しき竜神き殿に絶対の忠誠を交わす儀を交わし、この身を挺してで竜神き殿を守り通す!!竜将としての役目を果たすべく、御蔭辰守、いざ旅立ちましょうぞ!!」
「うむ、分かっているならば良し。行っ参れっ!!」
「はっ!!この六年間、拙者を竜将たるに相応しき技量と力を身に付けさせてーー」
「……と言いたい所なのじゃが、それがわしの頼みではない」
「なァっ!?で、では、龍馬殿が拙者に望まれる事とは、いかなるものにございまするか!?」

 この六年間の感謝の言葉を遮られてつまづいた辰守だが、すぐさま龍馬の願いについて改めて尋ねる。
 すると、龍馬の表情が一気に明るくなる。どこか旧友か、あるいはそれに準じる誰かとの再会を待ち遠しく思っているかのような、そんな焦りと喜びに満ちたものだった。
 初めて見るその表情に戸惑いを隠せぬ新米竜将であったが、そんな事などお構いなしにその師は口にした。

「新たな竜神き殿、いや女性ゆえ竜神姫殿と言うべきじゃのう。そのお方を是非我が国 倭国わこくへ是非ともお連れして欲しいのじゃ。……そしてお連れするまでの間、竜神姫殿と共に世界を旅する中で嫌竜派国家と親竜派国家双方の戦力規模や内政状況、跋扈ばっこする魔物や魔族ども、嫌人派の竜族の動向について綿密に調べて欲しいのじゃ」
「……その願いはしかと承りましたが、何ゆえにそれらの事柄について調べる必要が御座いまするか?嫌竜派国家や魔族ども、嫌人派の竜族についてはともかく、同士たる親竜派国家の内政や軍事力まで調べ上げる必要はないのではと拙者は思うので御座いまするが……」

 辰守の疑問はもっともだ。
 親竜派国家は、その名の通り竜族からの攻撃を受けていても尚、かつての関係を取り戻す事を目標としている国々の事だ。
 竜族の襲撃によって大部分を占め、なかでも大国が大多数を占める嫌竜派国家と真っ向から対立するため、万が一嫌竜派から戦争を仕掛けられたり革命が起きた際にすぐさま救援に迎えるよう、各国は戦力や内政状況について共有するよう義務付けられているのだ。そして龍馬が治める倭国は、その中でも最も嫌竜派の国家や嫌人派の竜族から攻撃を晒されにくい地龍山の麓にあり、現状親竜派国家の中でも最強の軍事力を誇るため、その全ての情報が集まっているのだ。
 それを旅の途中とは言えども、いちいち確認する意味が分からない。
 武こそ龍馬を超えて見せたものの、内政関係にはまったくもって無知な辰守に、国主は答える。その表情からは先ほどまでの嬉しそうなそれは消え失せ、いつもの威厳に満ちた表情に戻っていた。

 「お前の言い分も分からなくはない。じゃが、万が一倭国に入ってきている情報が偽りである可能性も否めなくなってきたのじゃ」
 「と、言いますと?」
 「最近西のサファトルマーズ大陸最大の嫌竜派国家 ライガルガー帝国が、親竜派の小国ブパン・ブレイクに宣戦布告したのは覚えているじゃろう?」
 「それは勿論に御座いまする。かつてない窮地に陥り即刻我ら倭国に救援を求め、武蔵殿率いる第三軍の精鋭三百人と共に、龍馬殿の飛竜 飛燕ひえん殿を向かわせた件に御座いまするな?」
 「そうじゃ。ブパン・ブレイクの戦力や早打ち鳥から伝え聞いた戦況、ライガルガー帝国の布陣なども考えると一刻の猶予も許されぬ状況じゃった。そこで飛竜族や地竜族と契約した武蔵達に足止めさせ、飛燕で直接ライガルガー帝国を叩かせることで後退させたところを挟み撃ちにしてやろうと思っておったんじゃが…………武蔵軍が到着した途端にブパン・ブレイク軍が一気に息を吹き返したらしくてのう。破竹の勢いで瞬く間にライガルガー帝国軍を蹂躙し、相互不可侵条約を結ばせるまでに至ったのじゃよ」
 「なんと……!!」
 「まるでわしらに自分たちの実力を見せつけるような戦いをしおったものじゃから、さすがに武蔵も怪しく思ってのう。練兵場や城内をくまなく見て回ったのじゃが、どうやら地下施設のようなものの入り口らしき場所を見つけたらしいんじゃ。その点を踏まえると、他の親竜派の国家も似たような場所があるやもしれぬと思って間者を放ったんじゃが、どうにも魔族や魔物に襲われて皆死んでしもうたんじゃ。いずれもわしが間者を放った国から死亡報告が上がっておってのう、もしかすると暗殺されたやもしれぬと思い至ったわけじゃ」
 「なるほど、そういうわけに御座いますれば、拙者としても黙ってはおられませぬ。偽りの情報を倭国へと流し、挙句その秘密の流出を防ぐためとはいえ同士の人間を暗殺しているとあればーー」

 暗殺した国家に対して報復をしなければならない。そう言い切ろうとしたところで、龍馬は待ったをかけた。

 「お前の気持ちも分からなくもないが、あくまでもかもしれぬという範囲内であることを忘れるな。お前の役目はあくまでも竜将として竜神姫殿を守る事じゃ。軍事力の隠し場所があるか否かを確かめるのはわしのほうでも調べられるが、なによりも優先すべきはこの世界を竜族と人々との関係を修復させることじゃ。嫌竜派の国家とは竜神姫殿との旅で何度も戦うことになるじゃろうし、親竜派の国家には何度も世話になる事じゃろうから頼んだだけじゃ。ゆめゆめ憎しみに駆られるあまり、大儀をわすれてはならぬぞ」
 「……はッ!!承知つかまつってそうろう!!」

 そうだった。
 辰守は自分を戒める。
 今までの話はあくまでも仮想の話であり、実際に決まったわけではないのだ。それに、地龍王に言われていた通り、今のままでは龍王をも超える絶大な力を持つ魔族が誕生してしまえばそれどころではなくなってしまう。それを防ぐ為に、竜族と人との間に平和の架け橋を掛けんとする竜神姫を、全力で守らなければならない。守らなければ、近い将来龍王をも超える魔族に滅ぼされてしまうのだから。

 「……せっかくの門出じゃというのに、暗い話をしてすまなかったな。そうじゃ、竜神姫殿に興味はないか?」

 大きな使命を背負った一番弟子の門出に暗い話をしたことについて詫びながら、努めて明るくさせようとしているのか龍馬はそんなことを問いかけてきた。

 「それは興味がないわけでは御座らぬが……そういえば、なにゆえ竜神姫殿を倭国にお連れしてほしいので御座いまするか?お頼みされずとも、ここはヨルムンガンド殿との契約の際に必ず立ち寄らねばならぬ場所に御座るゆえ、一目見たいのであればその時にでも見ればよろしいのではないかと思いまするが」

 その心遣いに感謝して答えてみたものの、よくよく考えればわざわざ頼む必要なんてなかったはずだ。だというのに何故連れてくるよう頼んだのか、それが気になって問うてみる。
 すると、

 「なに、別に深いわけではない。今回なられた竜神姫殿とは、わしが死ぬ前に深く親密な関係を持っていてのう。せっかくじゃから驚かせて、わしが死んでからどういう人生を歩んで死んだのか話しながらながら酒を酌み交わそうと思っておったんじゃ」

 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに声高に言い放つ龍馬に少し気おされながらも、

 「……しかし、龍馬殿は既に倭国を治められておりますし、親竜派国家と何度も接触する可能性がある以上、バレるのは時間の問題ではないかと」

 と現実的な事を言うと甘いなと言わんばかりに人差し指を立てて横に振った。
 そして、ニヤニヤともはや別人のようにさえ思えるほどの、いたずら好きの子供のような笑みを浮かべながら、これから知り合いと出会う竜将にそっと耳打ちした。

 「御剣龍馬というのは偽名じゃよ」
 「…………………なっ、なんですとおぉぉっ!?」

 衝撃の事実に思わず叫んでしまったが、それでも叫ばした本人は、

 「こういうこともあり得るやもしれんと思ってのう。もちろん、契約の際には真名を名乗った上で結んだが、他の者たちは誰も知らんからのう」

 お前以外は誰も知らんからのう、真名は龍神姫を倭国に連れてきたときに教えてやる、と、反応を面白がるような笑みを浮かべながら付け加えてから、竜将の耳から離れた。

 「で、では、今この場においてはなんとお呼びすればーー」
 「龍馬で構わぬ。……さあ、話は終わりじゃ。竜将としての使命を、果たして参れ」

 いきなり真面目な空気を纏った師の変わりように驚きながらも、なんとか気を静めて改めてひざまずいて、

「はっ!!この六年間、拙者を竜将としての役目を果たすに必要な力と技量を身に付けさせて頂き、誠にありがとうございましたっ!!このご恩は、龍馬殿の期待を遥かに上回る働きを竜神姫殿に見せることで返させて頂きまする!!では、竜神姫殿をお連れ致すその日まで!!」

 この六年間世話になった感謝の言葉を改めて告げると、力強い足取りで東の方向へと歩きだした。

 「……すまぬな。こんな無茶苦茶な門出にしてしもうて」

 森に消えゆく後ろ姿に謝ると、偽名を名乗る老将はその場から去っていった。

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